双凶の妖鬼 蒼 ~再逢~

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妖鬼 黒 5

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 顔を覆っていたしなやかな白い指先が黒の額から離れ、再び彼が顔を上げると、黒は何事もなかったかのように、少し人を食ったような可愛げのない表情で、再びボクを見つめてきた。

 「それにしても、蒼。・・・・お前は、なかなかに残忍な真似をするんだな。」

 「なんのことだ?」

 「とぼける必要はない。真美のことだ。」

 先程の黒の様子は気にかかったままだったが、意表をついて出されたその名に、ボクは思わず噴き出すように笑ってしまった。

 「なんだ・・・そいつのことか。とぼけているわけじゃない。忘れてたんだ。君、良く覚えているなぁ。名前まで・・・・すごいな。」

 「僕は記憶力には困っていない。お前、わざと真美を家に置いてきただろう。彼女にはショクの呪印が、ついたままだった。」

 まるでいたずらの共犯者を見つけた子供のような黒の無邪気な笑顔に、ボクもようやく肩の力を抜いて、彼に微笑み返す。

 「ばれてたのか。・・・・特に理由はないよ。ボクの守りたい者の中に、あれが入っていなかった・・・ただそれだけのことさ。届けてやっただけマシだろう。あれを届けている間、ボクは海神から離れるしかなかった。・・・・死ぬほど辛かったし、不安だったんだ。」

 ボクが口を尖らせ結構本気でぼやくと、黒は先を促すような目でみつめてきた。

 「君。海神にこの話はするなよ。・・・・そのためにボクは我慢してあれを届けにいったんだから。」

 椅子に浅く座り直し、手を前で組んで生き生きと目を輝かせながら、ボクの目を覗き込んでくる黒に、ボクは言った。

 「それに、ボクはきれい好きなんだ。あんなに汚れ切った心の持ち主を、いつまでも懐にいれておいたら、身体がかゆくなっちゃうだろ。」

 黒が口の端を少しあげ、美しい顔をわずかに傾けて面白そうに耳を傾けてくるから、ボクの口は自分でも気づかないうちに、どんどん滑らかになっていった。

 「綺麗好きな妖鬼なんて異端だろう。だから、生まれたばかりのころはそのせいで、よく命を狙われたんだ。おかげで獲物に不自由することなく、一気に妖力を上げることができたんだけどね。・・・って、・・・・・君、聞くのうまいなぁ。余計なことまで、思わずしゃべってしまいそうになるよ。」

 思いがけず話し過ぎてしまったことに驚き、ボクは黒に対し感嘆の声をあげた。

 だが、その言葉を聞いた黒は、ほんの一瞬、傷ついたように瞳を揺らし、目を伏せると、途端に不機嫌になってしまった。

 わずかに口を尖らせ、そっぽをむいて横目でボクを睨んでくる。

 「僕じゃない。」

 「ん?」

 「お前が、話好きなだけだろう。」

 突然、幼子のようにへそを曲げてしまった黒の姿に、ボクは遥か彼方の記憶に手を伸ばすと、ぼんやりと当時の事を思い出しながら、苦い想いを噛みしめた。

 神妖界に伝わっている昔語りと、遠く、2千年前に起きた出来事について・・・・・。
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