双凶の妖鬼 蒼 ~再逢~

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「誓うよ。・・・・必ず、すぐに戻る。だから海神・・・・少しの間、一緒に耐えてくれる?」

 蒼の言葉を聞いてうなずきながら、私はたまらなく寂しくて、恐ろしくて仕方がなくなっていた。
 彼と共に過ごす時間を、欠片ほども溢してしまいたくない。

 蒼にそばを離れると告げられた瞬間・・・・突然得体の知れない、戦慄を伴う不安に激しく追い立てられ、私は蒼にすがりつかずにいられなかった・・・・。

 よほど急いでくれたのだろう。
 結局、蒼が私のそばを離れたのは、ほんのわずかな時間だけだった。

 戻って来た蒼の手を、すかさず衣の影に引き入れ、私は泣きたい気持ちでその手を強く握りしめた・・・・・。

 何かを感じ取ったのか・・・・蒼は安心させるように柔らかな微笑みを向けてくると、包み込むようにしっかりと私の手を握り返してくれる。

 私の心に冷たいシミを広げていた得体の知れない漆黒の不安は、蒼の手の温もりに追いやられ、紙の燃えかすが風に吹かれる時のように、ふわりと瞬く間に吹き飛ばされ跡形もなく消え去ってしまった。

 子供たちの話に耳を傾けながら、みなの死角に入り、衣越しにそっと蒼の肩に顔をうずめ、私は小さく安堵の息をついた。

 蒼の傍らにいる幸せをかみしめながら、私は、慣れ親しんだ彼の甘い涼香を、胸の奥へ招き入れるように深く吸い込んだ・・・・・・。

**********************

 移動してきた真美の部屋の中で、ボクは珍しく焦っていた・・・・・。

 やはり、黄色の妖鬼の屋敷を訪れてから、明らかに海神の様子がおかしい。
 海神は、こんな局面で、意味もなく子供じみた態度をぶつけてくるような者ではない。

 ショクの存在が、海神の心を再び追い詰めているのだろうか・・・・・。

 繭の中から、未だに気を失っている真美という少女を引きずりだし、ボクはそいつをさっさと寝台へ放り投げると、彼女の入っていた繭を指でつまみ、少し悩んでから、それを一瞬で炎へと変えた。

 繭はもったいないけれど、これを入れた物に他の物を入れる気持ちにはなれなかったのだ。

 彼女の手首に浮き出ているショクの印を一瞥し、ボクは急いで海神の元へと移動した。

 ボクが戻ると、そこには既に黒の姿があった。
 白妙と黒は互いに無言のまま牽制しあっている雰囲気ではあったが、今は完全に刀を納めている状態のようだ。

 気が急いでいるボクは、黒とかすめるような視線を交わしただけで、そのまま彼には構うことなく、海神の元へ戻った。

 ボクが傍らへ立つと、海神はすかさず自分の衣の影にボクの手を隠し、強く握りしめてきた。

 ほんの少し離れただけのはずだったのに、ひどく追い詰められた様子をみせてきた海神にボクは驚きを覚えたが、少しでもそんな彼を安心させてやりたくて、しなやかな海神の指を包み込むように握り返した。

 海神はホッとしたように身体から緊張を解くと、密かにボクの肩へ顔をうずめ、甘い吐息を小さく吐き出した。

 いつもとあまりに違いすぎる海神の様子に戸惑い、彼の指をそっと撫で、心の中で呼びかけながら、ボクは子供たちの話に耳をかたむけた。

 彼らの話を聞いたボクは、碧の情報がよどみなく正確で、誤りのないものであることを理解した。
 ボクは、碧の有能さに感嘆しながら、話ついでに、水穂に寄生していた悪い蟲を引き抜き、取り除いてやった。

 冥府ではごくありふれた、細長いみみずのような蟲だが、神妖や人間にとってはかなりおぞましいもののようだ。

 海神がわずかに顔を歪めたのを見て、ボクはさっさと蟲を焼き払う。

 蟲のあった場所を、顔をしかめ見続けている白妙に気づき、ボクは苦笑して口を開いた。

 「ま、そう嫌ってやるなよ。蟲だって生きてる。彼らが悪いわけじゃない。全ては使ったやつの責任なんだ。」

 「いやいや、蒼さん。お言葉ですけど、あなたさっきその彼らを容赦なく燃やしてませんでしたか?」

 しょうと呼ばれる青年が、呆れた様子で問いかけてきた。

 確かに、一理あるのだろうが、ボクにとっては海神が全てだ。
 ボクは、守るものを迷わない。

 「ん?そりゃぁ当たり前でしょ。だって、海神が嫌がってたんだもん。何をためらう必要がある?」

 ボクの答えに、子供たち4人は目を丸くし、口を開けたまま顔を見合わせている。

 海神を見ると、恥ずかしさから眉間に皺をよせ困った顔をしていた。

 「確かに。それは蒼にとって見逃せぬ大事に違いないな。・・・それに、海神がこんなに嬉しそうにしている所など、そうそう見られるものではない。相変わらず、大切にされているのだな。」

 ようやくいつも通りの落ち着きを取り戻した海神に、ボクがホッと胸をなでおろしていると、白妙がそんなことを言いながら海神の頭を撫でようと近づいてきた。

 むっとしたボクは、白妙の前に立ちふさがり彼を追いやると、口を尖らせたまま海神の髪を何度もなで、彼をボクの後ろへしっかり隠した。

 白妙は、つまらなそうな顔をして、話題をショクの事へ戻した。

 人間に蟲を使い精神誘導までして、念入りに・・・時間をかけて罠を張っていたショクの粘着質なやり口に、みな一様に口が重くなる。

 ボクは残ったもう一つの繭から、少女の霊を取り出し、彼女の情報を吐き出させた。

 黒のことも気になるし、ボクは海神と一刻も早く2人きりになりたくて仕方がなかったのだ。

 だが、少女の霊の話を聞いて、ボクは碧の話していた巨大な陣というものがどれほどの規模で組まれていたのかを実感し、思わず眉間に皺をよせた。

 ショクの組んだ陣は、縛りの多さと難易度に応じ、領域を広げていくものだった。
 もし、奴の仕込んだ全ての縛りが成功してしまえば、この街一つ分の魂が、全て奴の腹の中に流れ込むところだったのだ。

 日時による大きな縛りがあったようで、どうやら昨日の今日なのに無理をして奴が動いたのは、この縛りの為に動かざるを得なかったというのが本音のようだ。

 「話を聞いた限りですが、その妖鬼・・・かなり陰湿な質と感じます。そんな彼が、せっかく手間暇をかけて計画したものを、こんなにあっさり手放すとは思えませんが・・・・。よく簡単に手を引きましたね。運がよかったのでしょうか。」

 翡翠ひすいの鋭い問いかけに、ボクと黒は同時にピクリと反応し、目を細めた。
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