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海神>榊の占い
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海神は、元来あまり表情を豊かに変える者ではなかった。
幸か不幸か、海神の負う役目にとって彼のその性質は、非常に都合のよいことだった・・・・・・。
彼は水神殿の主の務めとして、非常に重要な役目を持っている。
占いを得意とする水妖の頭目である彼は、榊の占いと呼ばれる特別な術を用いた占いを日に一度は行い、神妖界に大きな変化が起こる相が現れた際、それを長および妖月へ速やかに報告する責務を負っていた。
だが、この世界に関わらないできごと・・・例えば個人の生死などについては、全く扱いが違う。
神妖界全体に関わらないものについては、いたずらに本人や周囲に不安を与え、世を乱す元にならないよう、逆に、秘匿しておくことをきつく戒められているのである・・・・・。
話は少し遡る・・・・・海神が、蒼と出会う1年ほど前の事だ。
祈りの間で今日も独り、毎日の役目である榊の占いを行った海神は、そこに現れた未来に、冷たく鼓動を震わせていた。
榊の枝を手にとり、再び占ってみるも、凶相を示したその結果は変わることはなく、彼は手にした枝を力なく卓の上へと置いた。
榊の枝からうけた現実味のない宣告に、わずかに呼吸を乱した海神は、堅く目を閉じ、深い呼吸を5度繰り返した。
榊の占いは、そのほかの占いとは異なり、示した未来を大きく違えることはない。
例えるならば、無数の糸が織りなした、大きな絵を見ているようなものなのだ。
それが変わる・・・もしくは変えるということは、すでに紡がれてしまった無数にある糸を全て解き、一から布を織り直すことと同意・・・・つまりは不可能なことなのである。
示された未来に独り身体を震わせ、絶望を幾度となく確かめながら、海神は遠い日に失った、兄と慕った男・・・・龍粋のことを思い出していた。
水妖の棟梁であった龍粋は、・・・・・恐らく死にゆく自身の未来を、すでに知っていたに違いなかった。
知りながら、龍粋はあの孤独な日々から自分を連れ出し、最期を共にすごすことを選んでくれたのだ・・・・・。
海神の心を乱しきっている氷の礫が吹きすさぶような恐怖は、龍粋の思い出を感じ彼に同調しようとすることでわずかに落着き、彼はようやく目を開けることができた。
瞳に光が入ると同時にふと、小さな疑問が、ひっそりと海神の心に浮かんできた。
冷たい現実とただ向き合うだけの行為を回避したい想いも働き、海神はぽつりと姿を現したその疑問へと考えを巡らせた。
龍粋という男は、歴代最強と呼ばれる、非常に強力な神妖だった。
考えたことはなかったが、それほどの神妖である彼には、つがいを望むような想い人は、いなかったのだろうか。
自分は水神殿を継ぐものとして龍粋に大切にはされていたが、つがいを求める慕情のようなものは、もちろん一滴ほども龍粋から感じることはなかった。
だとしたら、彼は生涯、そのような者を刹那も感じることなく逝ってしまったのだろうか・・・・・。
海神には焦がれる者がいるが、彼の想い人である白妙には、宵闇という誰よりも深く想い合っている相手がいた。
白妙が宵闇を忘れることは、永遠にない・・・・。
生涯、自分に振り向くことはないだろう。
最期を迎える時、自分は恐らく独りなのだろうな・・・・。
そんなことを考え、海神は重いため息をついた。
思いが通じ合うことはなかったが、それでも、焦がれる相手を想うことが、海神から龍粋を失った途方もない失意を薄れさせ、彼に強く生きる力を与えてくれていたのだ。
龍粋を失い、絶望に打ち震え、全てを冷たく拒絶していた幼過ぎた私を・・・・・。
二人きりで過ごす洞窟の中、見離すことなくいつも強く抱きしめ、話しかけ続けてくれたあの日の、白妙のように・・・・・。
最期を迎えたその時、龍粋の心を支える者がいてくれたなら・・・・。
彼の手を握り、傍らにいてくれたとしたなら・・・・。
どうか・・・・誰か・・・・・。
龍粋の最期を知らない海神は、心の中で祈るようにそう願っていた。
幸か不幸か、海神の負う役目にとって彼のその性質は、非常に都合のよいことだった・・・・・・。
彼は水神殿の主の務めとして、非常に重要な役目を持っている。
占いを得意とする水妖の頭目である彼は、榊の占いと呼ばれる特別な術を用いた占いを日に一度は行い、神妖界に大きな変化が起こる相が現れた際、それを長および妖月へ速やかに報告する責務を負っていた。
だが、この世界に関わらないできごと・・・例えば個人の生死などについては、全く扱いが違う。
神妖界全体に関わらないものについては、いたずらに本人や周囲に不安を与え、世を乱す元にならないよう、逆に、秘匿しておくことをきつく戒められているのである・・・・・。
話は少し遡る・・・・・海神が、蒼と出会う1年ほど前の事だ。
祈りの間で今日も独り、毎日の役目である榊の占いを行った海神は、そこに現れた未来に、冷たく鼓動を震わせていた。
榊の枝を手にとり、再び占ってみるも、凶相を示したその結果は変わることはなく、彼は手にした枝を力なく卓の上へと置いた。
榊の枝からうけた現実味のない宣告に、わずかに呼吸を乱した海神は、堅く目を閉じ、深い呼吸を5度繰り返した。
榊の占いは、そのほかの占いとは異なり、示した未来を大きく違えることはない。
例えるならば、無数の糸が織りなした、大きな絵を見ているようなものなのだ。
それが変わる・・・もしくは変えるということは、すでに紡がれてしまった無数にある糸を全て解き、一から布を織り直すことと同意・・・・つまりは不可能なことなのである。
示された未来に独り身体を震わせ、絶望を幾度となく確かめながら、海神は遠い日に失った、兄と慕った男・・・・龍粋のことを思い出していた。
水妖の棟梁であった龍粋は、・・・・・恐らく死にゆく自身の未来を、すでに知っていたに違いなかった。
知りながら、龍粋はあの孤独な日々から自分を連れ出し、最期を共にすごすことを選んでくれたのだ・・・・・。
海神の心を乱しきっている氷の礫が吹きすさぶような恐怖は、龍粋の思い出を感じ彼に同調しようとすることでわずかに落着き、彼はようやく目を開けることができた。
瞳に光が入ると同時にふと、小さな疑問が、ひっそりと海神の心に浮かんできた。
冷たい現実とただ向き合うだけの行為を回避したい想いも働き、海神はぽつりと姿を現したその疑問へと考えを巡らせた。
龍粋という男は、歴代最強と呼ばれる、非常に強力な神妖だった。
考えたことはなかったが、それほどの神妖である彼には、つがいを望むような想い人は、いなかったのだろうか。
自分は水神殿を継ぐものとして龍粋に大切にはされていたが、つがいを求める慕情のようなものは、もちろん一滴ほども龍粋から感じることはなかった。
だとしたら、彼は生涯、そのような者を刹那も感じることなく逝ってしまったのだろうか・・・・・。
海神には焦がれる者がいるが、彼の想い人である白妙には、宵闇という誰よりも深く想い合っている相手がいた。
白妙が宵闇を忘れることは、永遠にない・・・・。
生涯、自分に振り向くことはないだろう。
最期を迎える時、自分は恐らく独りなのだろうな・・・・。
そんなことを考え、海神は重いため息をついた。
思いが通じ合うことはなかったが、それでも、焦がれる相手を想うことが、海神から龍粋を失った途方もない失意を薄れさせ、彼に強く生きる力を与えてくれていたのだ。
龍粋を失い、絶望に打ち震え、全てを冷たく拒絶していた幼過ぎた私を・・・・・。
二人きりで過ごす洞窟の中、見離すことなくいつも強く抱きしめ、話しかけ続けてくれたあの日の、白妙のように・・・・・。
最期を迎えたその時、龍粋の心を支える者がいてくれたなら・・・・。
彼の手を握り、傍らにいてくれたとしたなら・・・・。
どうか・・・・誰か・・・・・。
龍粋の最期を知らない海神は、心の中で祈るようにそう願っていた。
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