双凶の妖鬼 蒼 ~再逢~

utsuro

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碧の一言

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 気が済むまで、思う存分海神を抱き尽くし・・・・ボクはようやく、彼の中を離れた。

 涙を溢れさせ、すでに意識を手放し四肢を褥に投げ出している海神を綺麗にすると、ボクは温もりを確かめるように、力を失くし重さを増したその身体を抱きしめた。

 欲情の熱がようやく浅い眠りについたというのに、ボクの海神への狂おしいほどの想いはとどまることをしらなかった。

 これ以上無理をさせれば、本当に壊してしまう。

 海神のなめらかな肌と温もりを名残惜しく思いながら肌を離し、彼に衣を着せて繭の中へ納めると、ボクは再び熱情に飲み込まれないよう自分を誤魔化しながら、へきの店へと移動した。

 「邪魔をするよ。」

 ボクが戸を開けると、碧と幼子が嬉しそうに迎え入れてくれた。

 「お待ちしておりました。今日はお1人ですか。」

 「いや。連れてきてるけど、疲れているから休ませているんだ。・・・・昨日の話。詳しく聞かせてくれるかい?」

 ・・・・碧から詳細を聞いたボクは、彼女の入れてくれたお茶を口に含みながら、考え込んでしまった。

 やはり、ショクの奴は人の世で色々と何かを企んでいるようだ。
 
 放蕩していた時期、ボクは人の世に降りていたずらに過ごしたことがあった。
 だが、最近は実際に降り立つことはほとんどない。

 人の世は巡りが早い・・・・・。
 ほんの少し間を空けただけで、人も風景も、まるで別の天地へ飛ばされたのではないかと疑うほど、様相を変えてしまう。

 その目まぐるしい変化を面白く思い、ボクはちょくちょく人の世をのぞき見ていたが、実際そこに溶け込みながら、情報を得る必要があるとなると、時間がかかりそうだった。

 ボクは人の世に、滞在する場を持っていない。
 海神と宿を転々とするのも良いが、落ち着ける場所が欲しかった。
 
 放浪癖のあるボクは平気だけど、海神は慣れていない。
 きっと疲れてしまうだろう・・・・。

 そんなことを考えていると、繭の中から海神がボクを呼ぶ声が聞こえた。

 繭から海神を出すと、彼はボクにむけて目を細め、微かに微笑んだ。

 「海神、おいで。・・・・もう、大丈夫?」
 「うん。」

 ボクが聞くと、海神はコクリとうなずいて、ボクの隣へ静かに腰かけた。

 「・・・・蒼。何を悩んでいる?」

 「うん・・・。ボクは冥府以外、これといって滞在できる決まった場所を持っていないんだ。人の世へ行くとして、どこへ寝泊まりすべきか考えちゃってね。・・・いっそ、誰かの屋敷を無理矢理空けさせてしまう、っていうのも有りか・・・。」

 ボクが腕組みして呟いていると、海神は困ったように小さく笑った。

 「蒼・・・それにはおよばない。人の世には、私を祀る神社が多く存在するのだが、その中に、神妖が仕切っているものがいくつかあるのだ。そこへ身を寄せればいい。」

 「確かに・・・・。蒼様・・・それでしたら、海神様も落ち着いて休まれることができますね。」

 碧の言葉に、海神は軽く目を見開き、慌ててボクを見つめた。

 「・・・・碧。余計なことは言わなくていい。」

 碧は人の考えを読み取ることに、非常に長けているようだ。
 ボクは顔に熱が上がるのを感じながら、すねてため息をついた。

 「大変失礼しました。」

 謝罪の言葉を口にしながら、碧は口元に小さく笑みを浮かべたまま、すました顔をして、海神に香りの良いお茶を注いでいる。

 虫も殺せなそうな綺麗な顔をしておいて、肝の据わり方はやはり妖鬼だ。
 試しに弱い殺気を送ってみたのに、知らん顔をしている。

 驚いたのは、碧にまとわりついている幼子までもが、ボクの殺気に平然としていることだ。
 妖力の強い子だとは思っていたが、大した胆力だ。

 ボクは諦めて、両手を広げた。
 
 「わかったよ、碧。降参だ。好きに言えばいい。・・・・ボクは別に、怒ってないよ。」

 ボクの言葉に、碧は柔らかく微笑んだ。
 思いがけない彼女の笑顔に驚きを覚えながら、ボクはずっと気になっていることを聞いてみた。

 「なぁ。黄色の奴がボクを狙っていたのは理解できるんだけど、どうして海神は狙われるんだ。ショクの奴は、最初から海神を狙っていた。何か知っている?」

 「それは・・・・。」

 ボクの問いかけに、碧は瞳を泳がせ、言うべきかどうか迷っている様子を見せた。

 「碧・・・・きみ・・・・」

 ボクが声をかけようとしたその時。
 碧にしがみついていた幼子が、突然声を上げた。

 「碧っ。」

 鋭く叫ぶように名を呼ばれ、碧は視線を鋭くした。

 「ショクが、現れたのね。」

 「どこだ。ボクが行く。」

 「蒼っ・・・・。」

 慌ててボクの腕を掴んできた海神に、ボクは苦笑した。

 「馬鹿だな、海神・・・。何を焦ってる。ボクが君を置いていくわけがないだろう。・・・ボクから、離れないで。」

 幼子の頭に手を乗せ、彼の情報を強引に共有したボクはそこに見る者の姿に、驚愕した。

 「黒・・・・なのか?」

 ボクは海神を腕に抱き、すぐさまショクのいるその場へと移動した。
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