双凶の妖鬼 蒼 ~再逢~

utsuro

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照射殿 石段通り

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 鬼界は広く深い。
 深淵に近づくほど純粋な欲望と狡猾な浅ましさが渾沌と渦巻いている。

 潜るほどに、どこまでも澄んだ青暗い海へ浮かび、醜悪で強大な生き物が奥底から口を開け浮かび上がってくるのを見つめているような・・・・吐き気が込み上げるほどの不気味な不安が重くまとわりついてくる。

 鬼界においては唯一、照射殿しょうしゃでんを中心に放射線状に伸びる石段通りだけが、蒼の支配を受け歓楽街として中立の立場を貫いていた。

 中央に位置する照射殿に移動すると、天に届こうかというほどの光を放ちながらたたずむその場所は、変わらず昼のように明るかった。

 照射殿から続く長い石段を降りていくと、いくらも歩かないうちに、隙間なく立ち並ぶ華やかな店の中から艶めかしい声音で呼びかけられた。

 そこで初めて、ボクと海神は三毛の言っていたことの意味を知ることになった。

 「そこの兄さん!寄ってって、こっちへ寄ってってよ!」
 「隣の素敵なお方も・・・ほらこっち、うちの店へ来てよー。」
 「何言ってんだい!あんたんとこじゃ話にならないよ!兄さん、うちにおいで。おごってやるからさ。」

 ボクと海神は、次から次へと沸き出てくる女形の妖鬼に取り囲まれ、あっという間に身動きが取れなくなった。
 話を聞きつけたのか、群がる妖鬼の数は減るどころか更に勢いを増し、驚くべき勢いで増えていく。

 「兄さんみたいな綺麗な妖鬼を見るのは初めてだよ。ほれぼれするねぇ。」
 「こっちの兄さんも物凄い別嬪べっぴんさんだねぇ。私はこっちの方が好みだよ。私とどっかにしけこまないかい。金はとらないよ。」

 ボクは三毛の忠告をしっかり聞いていなかったことを、早速後悔していた。

 三毛が言いたかったのは、ボクと海神の正体がばれる云々うんねんの話ではなく、「この容姿のままでは異様なまでに人目を惹いてしまう」という意味だったのだ。

 石段通りはボクが支配している数少ない場所の一つだが、それはボクお気に入りの照射殿周辺をクズみたいな連中に汚されるのが嫌だから・・・。
 つまり、ボク自身がこの石段通りを直接歩くのは、初めてのことだったんだ。

 ボクは大きなため息をついた。

 「あー・・・・。やっぱりここにはボク1人で来ておくべきだった。・・・・おい。ボクには何をしてもいいけど、こっちの綺麗な兄さんには触れるなよ!・・・・お前もだ。・・・・子供だってダメだぞ!絶対許さないからな!」
 「そ・・は・・・・だ。」
 「ん?海神、今なんて?」

 あまりに無数の声が重なり、耳のいいボクはあまりの騒ぎに海神の声をききのがしてしまった。
 海神を見ると、困ったような寂し気な目で見上げてくる。

 足元でもみくちゃにされ、踏みつぶされそうになっている子供の妖鬼を肩に担ぎあげてから、ボクは海神の手をひき、少し奥まったところにある店へ逃げ込むようにして入った。
 
 古びた小さい店の中は、温かな光を帯び、乾燥した薬草を詰めた瓶が、壁一面を埋め尽くすように整頓され並べられている。
 これだけの薬草を扱っているにもかかわらず、店の中は清涼な空気で満ちていた。

 へぇー。
 やるじゃないか。

 戸を閉めたと同時に外の喧騒は消え、誰かが無理矢理に入ってくるようなこともない。
 かなり繊細な結界が張られているようだ。

 木製の小さな二人掛けの卓が2つと、4人掛けの卓が1つ置かれた店内は柔らかな静けさに包まれ、下げられた色付きガラスの弾く淡い光が幻想的に辺りに色を添えている。

 ボクは海神を4人掛けの卓に腰掛けさせてから、肩に乗せた子供を降ろした。
 ボクが降ろした途端、子供は弾かれたように卓の向こうへ逃げてしまう。

 「おーい。さっきは自分から寄ってきたのに、今度は逃げるのか?」

 ボクはちょっとだけ意地悪してやりたくなって、子供の前に素早く回り込むと抱え上げてギュッと抱きしめた。
 海神は不思議な表情を浮かべ、黙ったままその様子を見つめていたが、ふいにボクの背後に目をやった。

 「・・・・で・・・君は誰?ボクらをここへ呼んだのは君だろ。」

 ボクは振り返らずに、海神の目線の先にいる、濃緑の着物を着装正しく着こなした女の妖鬼に話しかけた。

 「さすが蒼の君。話が早くて助かります。」
 「何の用だよ。ボクらは忙しいんだ。」
 「存じております。ですが、私の要件は恐らく、あなた様自身と深く関係があるものと・・・・・。」
 「回りくどいのは嫌いだ。さっさと言えよ。」

 ボクが子供を降ろすと、今度は彼女の後ろへ隠れてしまった。

 「黄色の妖鬼が、あなた様を狙っています。そ知らぬふりもできましたが、あなた様は先ほどこの子をお守りくださいました。恩は返すのが私の流儀。其れゆえここへお呼びしたのです。」 

 ボクはようやく彼女の目に視線を合わせ、目を細めた。
 長い髪を清楚にまとめ、みずみずしい蕾のような美しさを宿す彼女は、子供の頭を撫でながら、濃い緑色の瞳を真っ直ぐボクにぶつけてくる。

 「君は・・・誰だ。」
 「私は、へき。皆は私を緑の妖鬼とも呼びます。」
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