双凶の妖鬼 蒼 ~再逢~

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海神 2※

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 虚ろな意識の中、されるにまかせ口内を蹂躙されていた私の唇と青年の唇が離れた。
 温もりが離れていくゾクリとした感覚に、こらえきれず吐息と涙が溢れる。

 「名をよこせ。」

 青年の瞳が鋭く紅く光った。
 鬼術を使用したのだ。
 私は、青年に名を告げた。

 「海神わだつみ・・・・。」


 この男に、術を・・・かけなければよかった・・・・・・。

 私は、後悔から目を伏せた。
 私がとっさにかけたのは、得意としている読心術の一種だ。
 穢れた妖鬼の目的が知りたくてとっさにかけた術が、私の心を激しくかき乱していた。

 この美しい妖鬼は、きまぐれなのだ。
 私をあっさり殺そうとしておいて、その直後に寄せてきた真っ直ぐな好意は、純粋で・・・偽りのものではなかった。
 その事実が、彼の紡ぐ甘い言葉と共に、私を戸惑いと快楽で震えさせる。
  
 その時、海のかなたから何かが近づいてくる気配を感じた。

 恐らくみずはが異変に気付き向かってきたのだ。
 だが、自分ですら赤子の手をひねる様におとしてしまえるこの妖鬼に、みずはでは歯が立つはずがない。
 いたずらに命を散らせるだけだ。
 みずはをこの妖鬼にかかわらせてはいけない。
 みずはの身を案じ、焦りを感じていると、突然、青年が私を抱え上げた。

 まるで女がされるように横抱きに抱えられもがく私を、この妖鬼は強力な力で離そうとしなかった。
 青年は私を抱えたまま、冥府へ転移していった。


 *************************

 初めて目にする冥府の景色は、赤く暗く恐ろしいほどに深く広がっていた。

 青年は上空に浮いている、巨大な岩の大地に建てられた豪奢な屋敷へ降り立った。
 青年が門前に立つと、閉じていた扉が帰りを待ちわびていたように、自ら次々と口を開けていく。
 青年は部屋の一つへ入ると、私をそこで降ろした。

 よほどの力を持つ妖鬼らしく、私の読心術でさえ、青年の心が乱れている時以外は読み取ることができないでいた。
 青年は美しい顔にとろけるような甘やかな笑みを浮かべた。

 「よごしてしまったことは謝る。案内させるから風呂を使っていってくれ。」
 「・・・・・・。」

 青年の声に、再び甘い快感が身体を登り始める。
 私は熱を逃がすように身をよじり、小さく顎を上げた。

 「海神・・・・。」

 耳元で名前を囁かれ、強烈な快感に貫かれた私は息をつめた。
 たまらず、このうらめしい青年をにらんだ。

 「はははっ。好きだよ、その顔。ねぇ・・・・・ボクを誘っているの?」

 いやな妖鬼だ。
 なぎの大洋のような、静かで底の知れない殺気を身の内にまといながら、語る言葉は幼子のように勝手で・・・真っ直ぐなのだ。

 私はとまどいと快楽の責め苦から逃れたくて、青年に殴りかかった。
 拳をかわし私の後ろに回り込むと、青年は私をきつく抱きしめ、首筋から耳元へ優しくむように口づけ始めた。 
 思わず漏れた吐息に、青年が動揺したことが伝わってくる。
 
 このままではまずい・・・・・。

 伝わってくる感情に溺れそうになりながら、私は顔を歪めた。
 膝から力が抜け落ちそうになる。

 ふいに、身体から温もりが遠ざかり、私は混乱した。
 青年は何も言わず、従者の小鬼を呼ぶとそのまま部屋から出て行ってしまった。

 
 小鬼に案内された風呂は、素晴らしいものだった。
 洞窟のような岩風呂は青く上品に輝き、こんこんと澄んだ湯が湧き出している。

 汚れた衣を小鬼に預け、私は身を清めた。

 鬼の住処すみかで清めるというのは矛盾が過ぎるな・・・・。

 そんなことを想い、苦い笑みを浮かべながら、私は青年を想い眉間に皺をよせる。

 彼が私にぶつけてくる感情は明らかに思慕の情だった。
 からうように、軽薄にもて遊ばれていることに恥辱を覚えながら、私は、同時に降り注いでくる激しい慕情に囚われていた。

 男である自分をいたずらに辱めているだけではないのか・・・・・。
 なぜかわからないが、出会ったばかりの自分に、この青年は強い慕情を攻撃的なまでに真っ直ぐぶつけてくるのだ。

 あるいは、青年自身この想いに気づいていないのではないだろうか。
 ただ、快楽を吐き出す相手と私を認識しているのやもしれない。

 あの海の上で・・・・・青年の腕の中、快楽に溺れた私は、たまらず自ら名を捧げようとしていた。
 そんな私に流れ込んできた青年の想いは意外なものだった。

 青年は、私が名を告げようとしていることに気づき、あえて鬼術を使って自らの手で名を取り上げたのだ。

 妖鬼である青年に私が無理矢理従わされている、という体裁をあえて作ろうとしている。
 彼の目的はわからなかったが、用が済めば私を解放する気でいるのだ。

 透き通る柔らかな湯に浸かりながら、私は深いため息をついた。

 早く離れなければ・・・・・・。
 今も収まらないこの甘やかな胸の高鳴りを彼のせいにばかりは、できないのだから。
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