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ヒロインも歩けばザマァに当たる?
気晴らしに下町へ
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舞踏会だというのに一曲も踊らず帰宅してから、早一週間。
安静第一の私は読書や繕い物などで暇をつぶす傍ら、前世の記憶……主にゲームの展開の子細を必死に思い出していた。
前世を取り戻したのはもう三週間ほど前になるが、その頃は社交の拠点となる王都の屋敷――タウンハウスと呼ばれる邸宅に引っ越してきたばかりで、荷解きや清掃にてんてこまいだったため、落ち着いて記憶の整理ができなかったのだ。
しかもこのタウンハウス、件の借金の抵当に入っていて四年以上不動産屋の預かりだったため、相当荒れていた。
月に一度は業者による清掃が行われていたようだが、それも随分手抜きで、庭には背の高い雑草が生い茂り、邸宅内はハウスダストが舞い、ネズミやゴキブリが這い回る、まさに無法地帯だった。
そこを整備するのは使用人たちだけでは全然手が足りず、私も父も駆り出された。母は社交界デビュー前の弟と共に領地で留守番をしていたのは、きっと幸いだっただろう。
八歳になったばかりのやんちゃ盛りの弟の世話にまで手が回らなかったし、目を離したすきに何をしでかすか分からない。箱入り娘だった母は確実に卒倒して面倒なことになっていたに違いない。
そんなこんなで、今ようやく腰を落ち着けて物事を考える余裕が生まれた。
しかし、いくら脳内を漁ってもカーライル様に関する情報は先日以上には出てこないし、クラリッサが転生者である以上知識としてあるゲームの展開は無意味だ。
仕方なく強制的に突き落とされそうになっている殿下ルートを重点的に思い出しているのだが、なにぶん彼に興味が薄かったので、王道かつベタな展開だった、としか記憶していない。
私、ショタ系が好みだったんだよな、乙女ゲームだと……いや、ガチのショタコンではなく、ロックスみたいなショタっぽい雰囲気の童顔イケメンという意味だ。
……まあ、現実のロックスはクソみたいな奴だったので、どうでもいいが。
というわけで、なんの実りのない一週間をダラダラと過ごし、このまま登場人物たちと関わらず平穏に過ごしたいなぁ、などと間の抜けたことを考えていた私の元に、一通の手紙が届いた。
それは、マクレイン公爵家で開催されるお茶会への招待状。
まあ、社交辞令とはいえ“お友達”になった手前、一度か二度はこういう集まりに招待しなければ体裁が悪い、というのは分かるが……末尾に『フロリアン殿下もお呼びするので、おめかししてきてくださいね』と記されているあたり、波乱の予感しかしない。
そこまでしてカーライル様と私を引きはがしたいのか。
そんな策略を巡らさなくたって、相思相愛の二人を引き裂くなど絶対しないのに。
単に私と殿下の『婚約破棄からの真実の愛』劇場をお望みなのか、あるいはいろいろフラグを立てまくり私を勘違いさせた上で、殿下の婚約者からザマァされることを望んでいるのか。
いや、クラリッサの思惑はともかく、目下重要なのはお茶会に着ていくドレスだ。
こういう時我が国では、主催者のドレスの色が被らないようにするとか、身分が上の令嬢より派手な装いをしないとか、いろいろと暗黙のルールがあるのだが……我が家はそういう調査能力がない以前に、品ぞろえに難があった。
「どうしよう……」
余所行きの衣装が入ったクローゼットの中には、三着のドレスしか入ってない。
しかも一つは先日の舞踏会のために奮発して新調したもの。
これは少々露出が多い夜会用でお茶会には向かない仕様だし、連続で同じドレスを着て参加するのは好ましくない……というか貧乏なのを宣伝して歩いているようなものなので、絶対に避けたいところだ。
とはいえ、後の二着は社交界デビュー時にあつらえたものなので、多分今の私ではもう入らない。ゲーム中のヒロインは『侍女にサイズ直ししてもらった』ドレスでお茶会や夜会に参加するので、リメイクできるはずではあるが、流行遅れのドレスでは笑いものになるのは必至だ。
正直、私個人は周りから笑われようとけなされようと構わないが、両親やいずれ跡を継ぐ弟までもが連動して悪く言われるとなると気が抜けない。
お茶会の開催は二週間後。
今から仕立て屋に注文していては間に合わない。
運悪く、社交シーズンは始まったばかり。末端から上級まであらゆる貴族階級の人間が領地から出てきて王都の屋敷に滞在しており、流行最先端のドレスや盛装の注文が殺到しているだろう仕立て屋は、現在てんてこ舞いの忙しさのはず。
お金を積めば仕上がるかもしれないが、お針子さんたちが過労死するかもしれない。私はブラック加担したくない。
クラリッサに泣きついてお古のドレスを貸してもらう、という手も考えたが、「あの子が『友達でしょ』と言って無理矢理わたくしのお気に入りのドレスを奪ったの」とか濡れ衣を着せられてザマァ、なんてオチがちらつくので却下だ。
やっぱりリメイクでお茶に濁すしかないか。
色かぶりに不安が残るが仕方がない。
ゲーム中のクラリッサは深紅やゴールドなど、目がチカチカするような派手なドレスを着ていることが多かったが、先日の水色のドレスを思い出すとそれも参考にならない。
だが、彼女がもし転生者なら、ヒロインが衣装持ちでないことも持っているドレスの色は知っているはず。きっと避けてくれるだろう。
萌黄色の立て襟ドレスを持ち、繕い物の得意な侍女の元に向かう。私も簡単な針仕事ならできるが、さすがにドレスを直すのは無理だ。
「メアリー、このドレスのサイズ直しをお願いしたいんけど」
「あらぁ、懐かしい。これは作ったものの一度も着なかったアレですねぇ」
おっとりとした口調のメアリーだが、針を動かす手はミシンのように速く正確無比。
ちなみに、この世界ではまだミシンは発明されていない。
「直せそう?」
「多分大丈夫ですよぉ。お嬢様のサイズを測らせていただきますねぇ」
裁縫箱から布メジャーを出したメアリーは、手早く必要な丈を測りメモを取る。
「うーん……だいたいこのままお直しできそうですけどぉ、このあたりの刺繍が少しずれてしまいますねぇ。レースを被せてごまかしましょうかぁ」
「その辺のことはメアリーに任せるわ。二週間後にあるお茶会に着ていくから、そのつもりでお願い」
「はぁい、お任せください」
メアリーに任せておけば安泰だ。
さて、これでドレスの問題は片付いたが……クラリッサがどう出るか不安だ。
私の前でカーライル様とイチャイチャしつつ、フロリアン殿下との仲を煽るとか――あ、でも確かカーライル様は国境警備隊の配属だから、そうそう王都の社交場に来ることはないはず。長期休暇であっても、さすがにもう辺境にお帰りになっているだろう。
つまり、彼は不参加? ラッキー!
なら、呑気にお茶会など開いている場合ではなく、素直に彼を追いかけた方がよほど建設的だと思う。友達以上恋人未満な関係なら、なおのこと急ぎ距離を縮めるべきタイミングである。
しかし、それをせず悠長に構えているということは、何らかの理由でカーライル様は現在も王都に留まり、公爵家のお茶会に参加する可能性が高い。
一瞬希望が見えた気がしたけど、本当に一瞬だった。
うう、お茶会行きたくない。
気持ちがどんより沈んでいくのに、外は呆れるくらいにいい天気だ。
「……ちょっと散歩にでも行こうかな」
現実逃避……もとい気分転換のため、私は庭掃除していた侍女に外出の旨を告げると、その足で裏口に向かって屋敷を出た。王都にはくわしくないが、何度か出歩いているので近所の地理は把握している。
貴族令嬢なら供の一人や二人連れ歩くものだが、我が家にはそんな人員は余っていない。
そもそも、私は四年も庶民に混じって働いていたのに、一度も貴族令嬢だと疑われたことすらない。そんな私が町娘と変わらないエプロン付きのワンピース姿でうろついたところで、誰も私が子爵令嬢だとは思わないだろう。
そう思っていたのだが。
「……ホワイトリー嬢?」
貴族街から下町までのんびり歩き、小腹が減ったのでポケットに入っていた小銭で屋台おやつでも買おうと思った瞬間、出来れば二度と関わりたくなかった人物の呼びかけが聞こえた。
ギギギと音のしそうな動きで振り返ると、そこにはモスグリーンの軍服と制帽を身に着けたカーライル様がいた。
相変わらず深く被った制帽で目元は影になっているが、そのおかげで先日の印象そのままに彼だと断じることができた。
「カ、カーライル様……」
安静第一の私は読書や繕い物などで暇をつぶす傍ら、前世の記憶……主にゲームの展開の子細を必死に思い出していた。
前世を取り戻したのはもう三週間ほど前になるが、その頃は社交の拠点となる王都の屋敷――タウンハウスと呼ばれる邸宅に引っ越してきたばかりで、荷解きや清掃にてんてこまいだったため、落ち着いて記憶の整理ができなかったのだ。
しかもこのタウンハウス、件の借金の抵当に入っていて四年以上不動産屋の預かりだったため、相当荒れていた。
月に一度は業者による清掃が行われていたようだが、それも随分手抜きで、庭には背の高い雑草が生い茂り、邸宅内はハウスダストが舞い、ネズミやゴキブリが這い回る、まさに無法地帯だった。
そこを整備するのは使用人たちだけでは全然手が足りず、私も父も駆り出された。母は社交界デビュー前の弟と共に領地で留守番をしていたのは、きっと幸いだっただろう。
八歳になったばかりのやんちゃ盛りの弟の世話にまで手が回らなかったし、目を離したすきに何をしでかすか分からない。箱入り娘だった母は確実に卒倒して面倒なことになっていたに違いない。
そんなこんなで、今ようやく腰を落ち着けて物事を考える余裕が生まれた。
しかし、いくら脳内を漁ってもカーライル様に関する情報は先日以上には出てこないし、クラリッサが転生者である以上知識としてあるゲームの展開は無意味だ。
仕方なく強制的に突き落とされそうになっている殿下ルートを重点的に思い出しているのだが、なにぶん彼に興味が薄かったので、王道かつベタな展開だった、としか記憶していない。
私、ショタ系が好みだったんだよな、乙女ゲームだと……いや、ガチのショタコンではなく、ロックスみたいなショタっぽい雰囲気の童顔イケメンという意味だ。
……まあ、現実のロックスはクソみたいな奴だったので、どうでもいいが。
というわけで、なんの実りのない一週間をダラダラと過ごし、このまま登場人物たちと関わらず平穏に過ごしたいなぁ、などと間の抜けたことを考えていた私の元に、一通の手紙が届いた。
それは、マクレイン公爵家で開催されるお茶会への招待状。
まあ、社交辞令とはいえ“お友達”になった手前、一度か二度はこういう集まりに招待しなければ体裁が悪い、というのは分かるが……末尾に『フロリアン殿下もお呼びするので、おめかししてきてくださいね』と記されているあたり、波乱の予感しかしない。
そこまでしてカーライル様と私を引きはがしたいのか。
そんな策略を巡らさなくたって、相思相愛の二人を引き裂くなど絶対しないのに。
単に私と殿下の『婚約破棄からの真実の愛』劇場をお望みなのか、あるいはいろいろフラグを立てまくり私を勘違いさせた上で、殿下の婚約者からザマァされることを望んでいるのか。
いや、クラリッサの思惑はともかく、目下重要なのはお茶会に着ていくドレスだ。
こういう時我が国では、主催者のドレスの色が被らないようにするとか、身分が上の令嬢より派手な装いをしないとか、いろいろと暗黙のルールがあるのだが……我が家はそういう調査能力がない以前に、品ぞろえに難があった。
「どうしよう……」
余所行きの衣装が入ったクローゼットの中には、三着のドレスしか入ってない。
しかも一つは先日の舞踏会のために奮発して新調したもの。
これは少々露出が多い夜会用でお茶会には向かない仕様だし、連続で同じドレスを着て参加するのは好ましくない……というか貧乏なのを宣伝して歩いているようなものなので、絶対に避けたいところだ。
とはいえ、後の二着は社交界デビュー時にあつらえたものなので、多分今の私ではもう入らない。ゲーム中のヒロインは『侍女にサイズ直ししてもらった』ドレスでお茶会や夜会に参加するので、リメイクできるはずではあるが、流行遅れのドレスでは笑いものになるのは必至だ。
正直、私個人は周りから笑われようとけなされようと構わないが、両親やいずれ跡を継ぐ弟までもが連動して悪く言われるとなると気が抜けない。
お茶会の開催は二週間後。
今から仕立て屋に注文していては間に合わない。
運悪く、社交シーズンは始まったばかり。末端から上級まであらゆる貴族階級の人間が領地から出てきて王都の屋敷に滞在しており、流行最先端のドレスや盛装の注文が殺到しているだろう仕立て屋は、現在てんてこ舞いの忙しさのはず。
お金を積めば仕上がるかもしれないが、お針子さんたちが過労死するかもしれない。私はブラック加担したくない。
クラリッサに泣きついてお古のドレスを貸してもらう、という手も考えたが、「あの子が『友達でしょ』と言って無理矢理わたくしのお気に入りのドレスを奪ったの」とか濡れ衣を着せられてザマァ、なんてオチがちらつくので却下だ。
やっぱりリメイクでお茶に濁すしかないか。
色かぶりに不安が残るが仕方がない。
ゲーム中のクラリッサは深紅やゴールドなど、目がチカチカするような派手なドレスを着ていることが多かったが、先日の水色のドレスを思い出すとそれも参考にならない。
だが、彼女がもし転生者なら、ヒロインが衣装持ちでないことも持っているドレスの色は知っているはず。きっと避けてくれるだろう。
萌黄色の立て襟ドレスを持ち、繕い物の得意な侍女の元に向かう。私も簡単な針仕事ならできるが、さすがにドレスを直すのは無理だ。
「メアリー、このドレスのサイズ直しをお願いしたいんけど」
「あらぁ、懐かしい。これは作ったものの一度も着なかったアレですねぇ」
おっとりとした口調のメアリーだが、針を動かす手はミシンのように速く正確無比。
ちなみに、この世界ではまだミシンは発明されていない。
「直せそう?」
「多分大丈夫ですよぉ。お嬢様のサイズを測らせていただきますねぇ」
裁縫箱から布メジャーを出したメアリーは、手早く必要な丈を測りメモを取る。
「うーん……だいたいこのままお直しできそうですけどぉ、このあたりの刺繍が少しずれてしまいますねぇ。レースを被せてごまかしましょうかぁ」
「その辺のことはメアリーに任せるわ。二週間後にあるお茶会に着ていくから、そのつもりでお願い」
「はぁい、お任せください」
メアリーに任せておけば安泰だ。
さて、これでドレスの問題は片付いたが……クラリッサがどう出るか不安だ。
私の前でカーライル様とイチャイチャしつつ、フロリアン殿下との仲を煽るとか――あ、でも確かカーライル様は国境警備隊の配属だから、そうそう王都の社交場に来ることはないはず。長期休暇であっても、さすがにもう辺境にお帰りになっているだろう。
つまり、彼は不参加? ラッキー!
なら、呑気にお茶会など開いている場合ではなく、素直に彼を追いかけた方がよほど建設的だと思う。友達以上恋人未満な関係なら、なおのこと急ぎ距離を縮めるべきタイミングである。
しかし、それをせず悠長に構えているということは、何らかの理由でカーライル様は現在も王都に留まり、公爵家のお茶会に参加する可能性が高い。
一瞬希望が見えた気がしたけど、本当に一瞬だった。
うう、お茶会行きたくない。
気持ちがどんより沈んでいくのに、外は呆れるくらいにいい天気だ。
「……ちょっと散歩にでも行こうかな」
現実逃避……もとい気分転換のため、私は庭掃除していた侍女に外出の旨を告げると、その足で裏口に向かって屋敷を出た。王都にはくわしくないが、何度か出歩いているので近所の地理は把握している。
貴族令嬢なら供の一人や二人連れ歩くものだが、我が家にはそんな人員は余っていない。
そもそも、私は四年も庶民に混じって働いていたのに、一度も貴族令嬢だと疑われたことすらない。そんな私が町娘と変わらないエプロン付きのワンピース姿でうろついたところで、誰も私が子爵令嬢だとは思わないだろう。
そう思っていたのだが。
「……ホワイトリー嬢?」
貴族街から下町までのんびり歩き、小腹が減ったのでポケットに入っていた小銭で屋台おやつでも買おうと思った瞬間、出来れば二度と関わりたくなかった人物の呼びかけが聞こえた。
ギギギと音のしそうな動きで振り返ると、そこにはモスグリーンの軍服と制帽を身に着けたカーライル様がいた。
相変わらず深く被った制帽で目元は影になっているが、そのおかげで先日の印象そのままに彼だと断じることができた。
「カ、カーライル様……」
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