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番外編

魔王陛下のとある一日③

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「入れ」
「失礼します」

 入室してきたのは、元ミリアルド付きの従僕だったニック。
 アーメンガートに懸想して悪事に加担した過去もあるが、長く王太子の補佐役をしてきただけあって能力は高い。
王宮を長く不在にしていたテッドには従僕がおらず、一から人材育成するだけの時間もなかったので、新たな爵位を餌に彼を傍仕えにすることにした。

 実家からは過去のやらかしのせいで半絶縁状態だった彼は、その申し出に面白いように飛びつき、実際によく仕えてくれている。
 他にもエドガーやマルクスなど、ミリアルドの側近だった奴らも同じようにこちら側に引き込んだ。それぞれ内心思うところはあるだろうが、ニックと同様によく働いてくれるので、今のところ問題はない。

「本日のご予定ですが――通常のご公務の他、上半期の財務報告会と修正予算会議を予定しております。それと、謁見の申し出が五件ございます。謁見者氏名のリストはこちらに」
「ああ、ありがとう」

 今日も予定は目白押しだ。会食がないだけマシではあるが、予算会議があるということは、まともに食事が摂る時間が取れないという意味でもある。
 というのも、各省のお偉方が自分の部署にお金を回すべく、面白くもない自画自賛の武勇伝を語ったり、対立部署の欠点をあげつらって貶めたりと、足の引っ張り合いばかりして話が全然まとまらないのだ。

 ジゼルが「第三者機関を作って、各部署の成果を客観的に報告させるべき」と言うので、ひとまず王族が所有する“影衆”という諜報集団に調査させ、その結果を元に予算を配分するようにしているが、それでも些細な揚げ足取り合戦をやって予算をかすめ取ろうとする連中が多くて、本当に辟易する。
 今日は初っ端から魔王モードで臨み、速攻で終わらせよう。
 そして、久しぶりに子供たちと夕食を囲むのだ。

「他に今報告すべきことはあるか?」
「エリック様とルーナ様に釣り書が何通も届いております。いかがいたしましょう」

 結婚式で濃厚なキスシーンを見せつけたおかげで、テッドには一切釣り書は届かなくなったが、代わりに子供が生まれたらそっち宛てに「ぜひ我が子を」とグイグイ押してくる連中が増えた。
 今までは社交辞令にかこつけた声掛けだけだったが、早くも釣り書を送りつけてくるとは。エリックでさえまだお披露目もしてないのに、随分と気が早いことだ。下心が見え見えすぎて怒るよりもむしろ笑いが出る。
 売りに出される子供に罪はないが、親は要注意リストに入れるべきだろう。

「一応目を通しておく。執務室に置いておいてくれ」
「かしこまりました。では、失礼します」

 慇懃に一礼してニックが去り、謁見者のリストを頭に叩き込むと、朝食の時間が迫っていた。
 食堂へと向かうため廊下に出ると、ちょうどジゼルが自室から出てくるところだった。
自らを“ブサ猫王妃”と称して国民から親しまれる彼女は、二十歳半ばを過ぎてもいつも頭の上には猫耳お団子がある。
 ジゼルの人気も手伝って若い女性の間でブームになり、一時期右も左も猫令嬢だらけになった。しかし、どれだけオシャレを頑張っても、異性の視線が猫耳お団子ばかりに行くのが不満だったようで、すぐに下火になったという歴史があるが……それはさておき。

「ちちえー!」
「あ、ちょ、走ったら危ないって!」

 舌足らずな甲高い声に続いて、ジゼルの慌てる声が廊下に響く。
 振り返ると、幼い女の子がトトトッと軽い足音を立てて駆け寄るところだった。
 ウェーブがかった金茶の髪と、ぱっちり切れ長の赤珊瑚の瞳。エリックとは逆パターンで両親の色を受け継いだ彼女が、もうすぐ三歳になるルーナである。
 兄妹そろって父親そっくりな顔だが、無邪気でお転婆なところ、それからちょっぴりふくよかなところは母親似だ。なにしろ、よく食べよく寝る子なのだ。

 いつもは朝食の時間ギリギリまで眠っているか、乳母と遊んでいるルーナだが、夢見が悪いのか寝起きの機嫌が悪い時がたまにあり、乳母でもお手上げ状態になる。
 そういう時はジゼルに任せるしかない。
 母親の傍が一番安心できるのか、はたまたルーナもあのむっちりボディに癒されているのか、ジゼルが添い寝しながらしばらく構ってあげると、嘘のように機嫌が直るらしい。

 テッドも普段は「ちちえ、だーすき!」と慕われているが、不機嫌ルーナになると「ははえがいい! ちちえ、ヤ!」とごねられて振られてしまう。
 解せない。でも、ジゼルに甘えるルーナは可愛い。親馬鹿上等である。

「ルー……」
「ひゃうっ」
「――ナ?」

 かがんで抱き上げてやろうかと思ったが、テッドの数歩前でズベシッとこけた。両腕を前に出してクッションにして顔面を守る、見事なこけ方だった。どうやってマスターしたのか訊きたい。
 しかし、体を強かに打ちつけたのには変わりないようで、プルプルと痛みに悶絶していた。

「だから言わんこっちゃない……大丈夫か、ルーナ? 起っきできるか?」

 心配そうに声をかけつつも、ジゼルは助け起こそうとしない。
 助けてと言われればすぐに助けるが、非常時でもない限り簡単に親が手を出さず、見守るほうがいいというのが彼女の考えだ。テッドも大怪我をしない限りは、それでいいと思っている。
 お付きの侍女たちも国王夫妻に従い、オロコロしつつも見守りに徹している。

「おーい。ルーナ、大丈夫か?」
「……だーじょぶ!」

 しばしじっとしていたルーナだが、おもむろにむくりと起き上がってテチテチと歩み寄って、かがんだ体勢で待機していたテッドにぎゅっと抱きつく。よほど痛かったのか、まなじりに涙が浮いているが、ワンワン泣くことはなかった。
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