上 下
207 / 217
エピローグ

ブサ猫令嬢、出荷される!(中)

しおりを挟む
 生みの親と育ての親、どちらもありがたい存在だし大好きではあるが、誰も彼も突っ込みどころ満載な台詞しか並べないし、向けられる愛も予想斜め上だったり重すぎたりで、素直に喜べない。
「なんだかなぁ……」と思わず遠い目になってしまうが、現実逃避する前に廊下から嵐がやって来た。

「ジゼルー、ジゼル、開けてー! お姫様のドレス見せてー!」
「ああ、アンさん! そんなにドンドンしちゃダメです! ご家族の時間をお邪魔をしちゃいけません!」

 迫りくる殺人鬼のような連続ノックをかましながら、明るくも騒々しい声を響かせるアンに続いて、悲鳴に近いシエラの声が聞こえる。ちょっとしたホラーだ。
 ジゼルが留守中に、アンはマシューと、シエラはトーマと結婚している。以前からジゼルを介した友人関係だったが、今は義理の姉妹だ。

 きっと退屈して会場を抜け出したアンを、シエラが追って来たのだろう。途中まではトーマかマシューが一緒だったが、花嫁の控室に向かっているのを察知して、追跡を断念したのかもしれない。
 このままシエラに説得されればいいが、あの暴走特急がこのまま黙って帰るとも思えない。ちょっとだけ相手をしてやれば納得するかと、ドアを開けてもらおうとしたが、ややあって他の友人たちが駆けつけた。

「はぁはぁ……もう! 抜け駆けはいけませんわよ、アン!」
「ジゼル様の花嫁姿は会場にてみんなで一緒に見ると、約束したではありませんか」
「アンは約束を守らない悪い子だと、マシュー様に言いつけますわよ」

 リインとミラとジェーンだ。
 特にアンを可愛がっていた子たちだから、放っておけなかったのだろう。

「ぶう……でもアン、ちっちゃいからよく見えない……」
「マシュー様に抱っこしてもらえば、きっとよく見えますよ」
「うん、高い高いーってしてもらう!」

 熊のような立派な体格のマシューのことだ、成人女性でも子供のように軽々と持ち上げられるだろう。肩車だってしちゃうかもしれない。
 夫婦というより親子のような、微笑ましい光景が目に浮かぶが、動物園のパンダのように見物される身としては、あまり微笑ましくない気持ちになる。

「……お、お姫様抱っこではないのね……」
「アンらしいといえばらしいですが……」

 友人たちも呆れたように笑っている。さもありなんだ。

「ジゼル様、お騒がせしまして申し訳ありませんでした」
「後ほど披露宴でお会いできるのを、楽しみにしておりますわ」
「ジゼル、またねー!」

 パタパタと可愛らしい足音を立てて、嵐が去っていく。
 廊下から気配が消えてやれやれと一息つくが、落ち着く暇もなく式の時間となった。

 まだ一緒にいたいと渋る家族を追い出して会場へ向かわせ、不備がないか最終確認をしたあと、白い生花をあしらったベールとティアラをセットし、長いトレーンを持ってくれる小さな付添人たちと共に控室を出る。
 そこからいくらか歩いて角を曲がると、礼拝堂へと通じる巨大で重厚な観音開きの扉が現れ――その前に、白地に金糸で縁取りされた婚礼衣装に身を包んみ、いつもは下ろしている前髪を後ろに撫でつけたテッドが佇んでいた。

 経験上『テッドと言えば黒』のイメージが強いし、逆に『白と言えばミリアルド』という思い込みもあって、白の衣装を選んだことに初めは違和感があったが、悔しいことにイケメンは何を着ても似合うし、白を着ていても内面の腹黒さが透けて見えているあたり、なんの違和感もない。
 ないはずなのだが……なんだか昨日までとは印象が違う気がする。

 ベール越しの視界のせいか、あるいは見慣れないオールバックのせいかとも思ったが、どちらでもない感じだ。土壇場で緊張するような軟弱男ではないはずだし、ジゼルが相手では幸せで舞い上がることもあるまい。
 近づきながら観察すること数秒。その違和感にやっと気づいた。

「ジゼ――」
「か、かか髪! 短くなっとるやん!?」

 テッドが何か言おうとして口を開いたが華麗にスルーし、指さして突っ込んだ。
 これまでずっと背の中ほどまで伸ばし、組み紐で束ねられていた後ろ髪がバッサリとなくなり、襟足も短く整えていて首回りがすっきりとしている。
 正面から見ると分かりにくいが、やや斜め方向から見るとその差は歴然だ。

「……ご婦人じゃあるまいし、男が髪を切ったくらいで大げさに騒ぐことか? それとも、短髪の俺は好みではないとでも?」
「別に長かろうが短かろうがツルッパゲやろうが、テッドはテッドやしどうでもええわ」

 さっぱりした首筋を触りながら、意地の悪い笑みで返してくるテッドを、これまた華麗にいなすジゼル。どうせ髪なんて歳をとればいずれなくなるものだし、ハゲたらカツラを被ればいいだけだ。

「ほう。ハゲでもいいとは、懐が広いな。俺の妻は」
「まだ妻とちゃうわ。フライングやめい」

 神前で誓いを立てたわけでもなく、婚姻誓約書にサインしたわけでもないので、妻呼ばわりされたくない。
 まあ、今更この結婚を無効にできるわけでもないし、これから十分かそこいらで手続きされてしまうので、無駄なあがきではあるが。

「ちゅーか、昨日まであったモンがなくなっとったら、普通びっくりするやろって話や」
「俺は昨日まであった猫耳がなくなったあなたを見ても、何も驚かないが」
「そら、アンタはずっと従者やってたんやから、あのお団子してへんウチも知っとるからやろ。んで、いつの間に切ったん?」
「今朝風呂に入っている時にふと思い立って、ハサミを持ってこさせてその場でバッサリと。仕上げは散髪が得意な者に任せたが」
「思い切りよすぎひん!?」

 二本指でハサミを動かす仕草をしながらあっけらかんと述べるテッドに、ジゼルは浴室に長い髪がそこかしこに散らばる光景を想像してしまった。
 事前に知らされていても恐怖しか感じない。掃除係は悲鳴を上げて卒倒していないだろうか。

「お掃除の人、可哀想やな……」
「心配するな、あらかた自分で片付けた。我ながら不気味な光景だったからな」

 国王陛下が自分で自分の髪の始末をしているのも滑稽な絵面だが、衛生面が気になるのは元従者としての習い性なのだろう。いいんだか悪いんだか。

「まあ、ほんならええけど……でも、ホンマにただの思い付きなん?」
「散髪が面倒だから伸ばしっぱなしにしていただけで、願掛けをしていたわけでも、特に思い入れがあるものでもないしな。それに、髪が長いといろいろと邪魔だろう? 一緒に寝ている時に踏まれたら痛いし、ほら、致す時も――」
「ああああ! はいはい、分かりました! それ以上は聞かへんわ!」

 表現はぼかしてはいるが夫婦のアレコレのことで、まだ無垢な小さな付添人たちに聞かせていい内容ではない。
 ベールがずれそうになるくらいコクコクと勢いよくうなずき、続きを遮ると、テッドはニコリと笑って自分の腕を差し出した。

「分かればよろしい。では、そろそろ時間だな。お手をどうぞ、奥さん」
「まだ奥さんちゃうっちゅーねん……」

 しぶとく口先では抵抗しつつも、素直に彼の腕に手を回す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

悪役令嬢の腰巾着に転生したけど、物語が始まる前に追放されたから修道院デビュー目指します。

火野村志紀
恋愛
貧乏な男爵家の三女として生まれたリグレットは、侯爵令嬢ブランシェの在りもしない醜聞を吹聴した罪で貴族界から追放。修道院送りになってしまう。 ……と、そこでリグレットは自分の前世を思い出した。同時に、農家の行き遅れ娘でモリモリ頑張りつつ、その合間にプレイしていた乙女ゲームの世界の中にいると気づく。 リグレットは主要キャラではなく、ライバルの悪役令嬢プランシェの腰巾着。 ゲーム本編には一切登場せず、数多いるブランシェの被害者の一人に過ぎなかった。 やったね! ヒロインがヒーローたちをフラグを立てているうちにさっさとこの国から逃げる計画を立てよう! 何とこのゲーム、メリバエンドがいくつも存在していて、この国そのものが滅亡するぶっ飛んだエンドもある。 人の恋路に巻き込まれて死にたくねぇ。というわけで、この国を脱出するためにもまずは修道院で逞しく生きようと思います。 それとメインヒーローの弟さん、何故私に会いに来るんですか?

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。