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第七部 革命編

食糧ドロと思いきや……

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 ゲリラライブ開始から一時間後。
 いろんな意味でスッキリしたジジとは裏腹に、こちらもいろんな意味で魂の抜け殻と化した軍人たちを市街地に放置して修道院に戻ると、ヘビメタライブ目当てに集まった若い子たちがあふれんばかりに詰めかけていた。

 彼らに事情を話して女の子を優先して礼拝堂の中に入れてもらい、徴兵されそうな青年たちにはギルとディンの仕入れてきた下剤を配ると、帰宅してすぐ飲むよう指示を出す。
 うまく行くかどうかは正直賭けだが、即興ながらやれることはやった。あとは本当に神に祈るくらいしかやることはない。

「身分もお肉も最終防衛ラインのジゼルは、次の作戦考えといて。私はもうひと弾けしてくるから」
「公爵令嬢をリアル肉壁扱いかいな……まあ、間違うてないけど……」

 おなじみの失言をさらりと混ぜながら、ジジは院長先生のお説法が終わるのを待っていそいそとステージへと出ていく。
 さっき散々叫んで暴れてくせに、まだ元気があり余っているらしい。
 精神年齢アラ還の大阪のオバチャンは、棒読みの合いの手を入れながら傍で聞いてるだけでクタクタなのに……ジジの享年はきっと若かったに違いない。同年代なら泣く。

(うーん、次の作戦なぁ……籠城前の腹ごしらえになんか作ろかな)

 肉壁になる以外作戦らしいものは何も思いつかず、さりとてぼーっと過ごすのも体裁が悪いので、軽食かお菓子でも作っておくことにする。
 作業には他の子にも手伝ってもらうが、何を作るかを考えるくらいは一人でもできるので、まずは食糧庫を覗きにいくことにした。

 増税のあおりで備蓄は心もとなく、今日明日でそこからさらに持ち出しがある可能性がある以上無駄遣いはできないが、不安な時に空腹だと余計に気が滅入るし、事態の展開如何によっては食事の準備もままならないかもしれない。

(あれこれ作るのは面倒臭いし、大量に生地を作ってあとは焼くだけの、スコーンとかクッキーとかがええかな。オートミールとかトウモロコシ粉を混ぜれば小麦粉は節約できるけど、砂糖を減らすとやっぱ味気ないよなぁ……ジャムがあればナンボかカバーできるか。バターも穀物油で代用できるし……)

 手にしたランプの明かりを頼りに、ゴソコソと粉袋やら瓶詰やらを物色しながらレシピを組みなおしていると、奥でガタンッと大きな音がした。
 誰かが同じようなことを考えて食糧庫を覗きに来ていたのかと思ったが、ジゼルが来た時に外側から閂がかかっていたから先客がいるはずがないし、別ルートで奥に行けるほど広いスペースはない。

 おそらく裏庭に通じる搬入用の出入り口から侵入したのだろう。
 防犯のため二つの錠前で二重施錠してあるとはいえ、然るべき技術があれば開けるのは容易いだろうし、劣化していたから破壊できたとも考えられる。

(下着ドロの次は食糧ドロか? 物騒な修道院やで)

 ランプを棚の上に置き、掃除用のホウキを手探りで探して装備すると、背後を狙われないよう壁を背にしながら物音のする方へ向かう。
 ここで恐れをなして逃げず、戦うコマンドを選択してしまう公爵令嬢も物騒だが、端からぶん殴るほど武闘派でも短絡的ではない。もしかしたらかくれんぼしている子供たちかもしれないし、まず穏便に声をかける。

「おーい、そこに誰かおるんか?」
「ひっ!」

 再びガタンと音がしたのち、若い男の引きつった声が上がった。
 子供ではなさそうだ。地元住民が修道院で泥棒を働くとは思えないが、前例があるだけに安心できないし、軍人だとしたらなおさら安心できない。

「あのー。どちらさんです? ひょっとして、今日来はった軍人さん?」
「……」
「別にどこのどちらさんでもウチは怒らへんし、どこにも突き出さへんから出てきてください。顔見えんとそちらさんも気味悪いでしょ?」
「……」
「おなか減ってるんやったら、なんかご馳走しますから。それとも怪我してはるんですか? 救急箱要ります?」

 居直り強盗に豹変するかもしれないとビクビクしつつも、向こうからなんのアクションもないと逆に心配になる。
だが、そうやって根気強く語りかけたのが功を奏したのか、戸棚の陰から侵入者がにょっきりと顔を出した。

「……もしかして、そこにいらっしゃるのは……ハイマン嬢、ですか?」

 久しく呼ばれていない呼称からして、地元民ではなく社交界関係者だろう。
 軍人に知り合いはいなかったはずだが、と小首をかしげつつ確認のためランプをかざすと、そこには泥と埃で汚れた軍服を着た男がいた。
 顔も服と同じくらい汚れているし、暗がりなので顔立ちはよく分からないが、見るからに敵意がなさそうなのでそろそろと近づく。

「えっと、すんません。どちらさんです?」
「トビーとお申します。以前グリード地区でお会いした王宮騎士です。ミリアルド様たちの視察で周辺警備担当をしていた……その節は大変失礼いたしました」
「あー、あん時の。マシューさんの部下の人でしたっけ」
「覚えていらしたのですか」
「まあ、あれだけのことが、あればそう忘れられませんわ」
「お、お恥ずかしい話です……」

 再開発の進捗具合を視察に行こうとしたら、ミリアルドたちが先客でいて通れなかった時があったことがあった。そこでミリアルドの悪口を言った子供たちに激高して剣を抜き、すわ刃傷沙汰になりかけたのを思い出す。
 とはいえ、アンの婚約者であるマシュー・デフォーのとりなしもあり事なきを得たし、子供たちとも無事に仲直りできたようだし、終わりよければなんとやらの結末だった。

「けど、騎士さんがなんでこんなところに……いやいや、詮索は後回しやな。ひとまず、中に入ってください。って言っても、懺悔室ですけどね」

 これ以上裏口から侵入できないよう、内側から物を積み上げて塞ぐと彼を懺悔室に通し、他のシスターを呼ぶついでに清拭用の桶やタオル、それから救急箱を運び込む。
 明るいところで見ると予想以上に汚れていたし、あちこちに治療されず放置されていた傷や打ち身があった。
 ジゼルの知り合いと前置きしていたとはいえ、軍人だというだけで警戒していたシスターだったが、市中にいた他の軍人と比べるまでもなく悪待遇を受けている姿にすっかり同情し、せっせと手当てに勤しみながら質問攻めにする。

「これはひどいわね……あなた、こんなでかい体していじめられてるの?」
「今の隊で、私だけ元騎士なんです」
「どこの世界でも、よそ者に対する風当たりが強いってことなのね。けど、騎士なのに軍人ってどういうこと? 二足の草鞋を履いてるの?」
「王宮内の諸事情で騎士団が軍部に吸収合併され、余剰人員と判断された者が今回の前線部隊へ配置換えされたんです。今は不満のはけ口になるだけで済んでいますが、戦局如何では捨て駒になるのでしょうね」

 苦笑交じりにトビーが言うと、シスターは我が事のように怒りを見せた。

「まあ! 軍隊って血も涙もない連中なのね! ただの弱い者いじめだけじゃなく、人の命を自分勝手な定義で選別して使い捨てるような真似するなんて」
「しかも防衛のためやなく侵略のためやっていうんやから、なおさら理解不能やで。トビーさんが逃げたなるのも当然やな」
「そう言っていただけると心が軽くなりますが……しかし、私が抜けたところで何も変わりません」
「もしかして、よその土地でも徴兵された人がおるんですか?」
「いえ、ここが初めてです。人間を長距離移動させるのはコストがかかるので。当座の物資はいくらか徴収したようですが」

 他で被害がないと聞いて少しだけ安心したが、ラングドンを経由しない別部隊はどうか分からないし、今後同じような被害が出るのは簡単に予想がつく。
 仮に進軍経路沿いの土地に早馬等で警告したとしても、同じ方法で徴兵逃れができるとは限らない。

 ラングドンは土地面積と比較して人口が少なく、若い男に限定すれば下剤を配るのは難しくない。女の子たちを修道院に匿うのだって、結局ジゼルのような貴族令嬢の後ろ盾があってギリギリ成り立つ綱渡りのようなもの。
 そもそも、付け焼刃とはいえこうして事前に対策が練れているのも、領主が交渉に時間を割いてくれているおかげだ。ここより向こう側の領主が軍の恐喝に屈し、二つ返事で人も物も差し出すことだって十分ありえる。
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