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第七部 革命編

ついに進軍開始……!?

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 肌を切るような冷たい北風に混じって、枯れ葉と粉雪が舞い散る。
 いよいよ冬の到来だ。

 ラングドンは豪雪地帯というほどではないにしろ、例年何メートルも積雪する土地柄で、毎日何度も雪かきしないと戸口も窓も塞がれ、家に閉じ込められてしまうという。
 まだこの時期は昼間に温かい日差しに恵まれているせいか、道端や日陰に薄っすらと積もっているだけだが、そのうちに雪かきに追われる日々が来るのだろう。

「はあ……寒っ! 誰かさんのせいで、洗濯が地獄になったもうたわ……」

 下着やハンカチなどの小物が入った洗濯籠を抱えて裏庭に出たジゼルは、汲んだ井戸水のほのかな温かさに癒されつつ、一気に済ませてしまおうと桶に粉石鹸を溶かし入れ、洗濯板でジャブジャブと洗い出す。
 この季節だけに限らず、清潔に保ちたい衣類は、大鍋でグツグツ煮るように煮沸するのが常だが、薪も炭も税で徴収されてしまったため、こうして水と石鹸で洗うしかなくなった。まったくもって迷惑な話である。
 もちろん、色落ちや型崩れを防ぐため水洗いせねばならない衣類も多いので、増税のあおりがあろうがなかろうが、この苦行から解放されはしないが。

 ただ、水洗いが増えたおかげで転生して以来、初めてあかぎれができた。
 ハイマン家の面々が見たら大騒ぎしそうであるが、あかぎれそのものは前世でもよくなっていたのであまり気にしていないし、よく効くハンドクリームを農家のご夫人から分けてもらっているので、痛くて家事に支障が出ると言うことはない――とんでもなく薬臭いのが難点だが。
 良薬口に苦しを言い換えて、良軟膏は鼻に苦し、と言ったところか。

「ひぃ、冷たい冷たい……ふう、終わった……」

 一人なのでおしゃべりする相手もおらず、黙々と作業に集中してすすいで絞り、あとは干すだけとなったところで、礼拝堂の掃除係だった女の子がトコトコとやって来た。

「ジゼルさん、お疲れ様です。あとはわたくしがしておきますので、暖かい中で休んでてください」
「いや、もう室内の干場に干すだけで終わりやし、こっちは大丈夫やで。あ、よかったらそこの洗い桶だけ片付けといてくれる? 重いから気ぃつけてな」
「分かりました」

 ジゼルのお願いに素直に返事をすると、その子は大きな桶を抱えて井戸端へと向かう。
 ついこの間まで慣れない家事を頑張ってこなすだけで精いっぱいだったのに、今では率先して仕事を探したり、余裕がある時は誰かの手伝いをするようにもなった。

 別にジゼルや他のシスターがそうしろと言ったわけではなく、彼女たちが自然とそう行動を始めたのだ。せっかくのやる気を削ぐような真似はしたくないので、特にやることがなくてもちょっとした頼みごとをするようにしている。
 近い将来生家に帰ってどこかへ嫁ぐだろうお嬢様たちに、家事スキルは不要かもしれないが、誰かを思いやる気持ちや広い視野で周りを観察する力は、きっとどこかで役立つはずだ。

(うーん、親は無くとも子は育つっちゅーのは、こういうのを言うんかなぁ……)

 精神年齢アラ還暦のジゼルは母親気分で彼女の背中を見送ると、半地下にある室内物干場へ向かおうとした時、

「姐さーん!」
「大変、大変ッス!」

 元下着ドロ未遂犯にして、ジゼルの自称舎弟であるギルとディンが、血相を変えて裏庭に飛び込んできた。
 兄の手紙を届けに来たジジと同じような顔に嫌な予感がするが、ひとまず下着類が彼らの視界に入らないよう、籠を地面下ろしてその前に立つ。

「なんや、どないしたん?」
「やばいッスよ! なんか知らないけど、軍隊が来たッス!」
「隣国に攻め入るから、食料と男手を差し出せって……それから、若い女の子も……」
「このままだと俺ら、戦場に連れていかれちまうッス!」
「女の子は野戦病院で看護師として働かせるって話ですけど、いやらしい目してたし本当かどうか……めちゃくちゃ不安ッス……」

 戦争についてはあらかじめ耳に入れていたから驚きはしなかったし、ラングドンは立地的に王都と辺境の間にあるとはいえ、かなりの回り道になる。最短ルートを通らず、道草を食ってまでここに“補給”に立ち寄るとは予想外だった。
 しかも、あれだけ税を搾り取っておきながらなおも搾取しようとする強欲さも、こんな状況下でも下劣な欲を満たそうとする腐った性根も、厚顔無恥も甚だしい。

 とはいえ、ここでジゼルが怒り狂ったところで何も始まらない。
 小さく深呼吸して気持ちを静めると、パニクっている二人の腕をパシパシ叩いて落ち着くよう諭す。

「ビビる気持ちは分かるけど、アンタらが慌てとってもなんも始まらんで。騒いだ分だけ難癖つけられて、もっとえげつない要求が来るかもしれん。他のみんなを守るためにも、今はおとなしくしとき」
「姐さん……」
「姐さんが、そう言うなら……」

 彼らが軍人に直接物申すような根性があるとは思えないが、外野が無意味に騒いで刺激していいことはひとつもない。静観が第一だ。

「ところで、軍隊はどこにおるんや? もうそこいらであれこれ物色しとるんか?」
「あちこちウロついてはいますけど、それはまだみたいッス」
「隊長みたいな人が領主様と交渉してるって聞いたッス」
「ほんなら、今のウチらにできるのは、領主さんがうまい具合に交渉してくれることを祈ることと……被害に遭いそうな女の子を修道院に集めて匿うことくらいかなぁ……」

 今日は幸いなことに、院長先生の眠たくなるほどありがたいお説法のある日だ。
 若い女の子はあまり参加しないが、定例的な集まりがあれば修道院に足を運んでも不審がられないし、そのまま寮の方へ避難してもらおうというのがジゼルの考えだ。

 祈りの場である礼拝堂はともかく、それ以外は男子禁制なのが女子修道院である。
 もしもそれを押してまで踏み入ろうとするなら、ハイマン家の名を使ってでも止める覚悟はある。他のご令嬢の協力ももらえれば百人力だ。
 とはいえ、この方法ではこの二人のような青年たちを守ることはできないのだが――と歯がゆさを覚えている最中、ふと天啓が舞い降りた。

「あ、せや……アンタらを守る方法がなくはないで」
「え!? マジっすか!?」
「戦場に行くくらいならなんでもするッス!」
「大きい声で言うのもアレやから、ちょっと耳貸して」

 ちょいちょいと手招きして耳打ちをする――下剤を飲めと。
 戦時下の日本では、召集令状を受け取った若者たちが醤油を大量にあおり、赤痢のような症状を引き起こして徴兵を免れようとした、という話を聞いたことがある。

 その話の真偽も実際に免れたかも不明だが、衛生管理の徹底が難しい戦場に置いて、感染症の疑いのある者が一人でもいれば、何かのはずみで全軍に病原菌が広がり、部隊が瓦解するリスクを抱えることになるのは事実。
 さらにここ数日急激に冷え込んできた。本格的に雪が積もる前にここを抜けたいだろうから、仮に下剤による症状だと分かっていても回復を待たず、進軍を優先させるはず。

「腹痛と下痢で半日トイレに籠るんがええか、戦場で何か月も死の恐怖におびえるんがええか……考えるまでもあらへんな? 分かったら薬局から下剤かき集めて、若い衆に配って歩いておいで」

 にっこりと恵比須顔で微笑みサムズアップすると、二人はまだ下剤を飲んでもないのに、青ざめた顔で下腹あたりを押さえつつ、コクコクとうなずいてダッシュで出ていく。
 これで何人助かるか分からないし、人様宅のトイレを野郎どもが占拠して申し訳ない気持ちになるが、若い働き手が永遠に失われるよりマシだと思ってほしい。

「さて、ほんならウチも頑張らなアカンな……」

 まずは院長を始めとしたシスターたちに事情を話して、匿う協力を取り付けなければ。それと並行して、他のお嬢様たちにも狙われそうな女の子を修道院に集めてもらわないと。
 領主と軍との交渉がどう転ぶか分からないし、先走った阿呆が不埒を働かないとも限らない。
 善は急げ、時は金なり。ジゼルは迅速に行動を開始した。

 ……後日、籠に入ったまま放置されカチコチに凍った洗濯物が発見され、ジゼルはこっぴどく𠮟られることになるが、それはまた別の話。
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