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第七部 革命編

外務大臣、パーティー・イン

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「しかし、何故今になってこの手配書が出てきたのですか? いえ、それ以前にこれまで誰もジゼル嬢の正体に気づかなかったということは、これが誰の目にも留まっていないと言うことですよね?」
「これが我が国に届けられたのは、お爺様が亡くなられた直後だった。これといった持病も兆候もない、正真正銘の急死だったから王宮内は大混乱だったはずだ」

「ああ、あの時でしたか……私はその混乱に乗じて諸外国が干渉してこないよう、部下共々目を光らせておりました。徹夜も続きで机の上の整頓もままならない日々でしたから、どこかに紛れて消えたとしてもおかしくはありません。貴重な資料の管理がずさんだったのは反省すべきですが……」
「気にするな。父も母も引継ぎで忙殺されていて気づかなかったし、ヒューゴたちの働きのおかげで今のエントールがある。だいたい、もう二十年近く前の話だ。とっくに時効だろう」
「そう言っていただけるとありがたいです」
「ただまあ、その混乱の中、これが処分されずに残っていたのは本当に偶然だが」

 当時はまだレーリアも大病を患っておらず、正妃として采配を振るっていた頃だった。
 執務室では捌ききれない量の書類だったので、一部を自分の宮で決済しようと持ち込んでいたその中に紛れていたらしい。
 しかしそれは急ぎではないからと後回しにし続けて放置し続け、邪魔だからと引き出しの奥底へ仕舞われ……やがて病に倒れて公務をバーバラに任せるようになり、書類の存在そのものが忘れ去られた。

 もしもその未決済の書類をバーバラに渡していれば、ジゼルはもっと早い段階で出自が明らかになり、公爵家で育てられることはなかったかもしれない。
 どちらが彼女にとって幸せだったかは誰にも分からないが、ジゼルを切り札にと考えるテッドにとって、この状況はこの上なく好都合だ。

「ふむ。これでジゼル嬢の出自不明という問題を解決できますし、知らなかったこととはいえ他国の王女を公衆面前で辱め、修道院送りにしたとなれば十中八九不敬罪に問えるでしょうな。ただ、あちらの国王陛下のお口添えが必要になりますが」
「おそらくは喜んで力を貸してくださるでしょう。ジゼル嬢は長年探していた生き別れの娘ですからね。我が身に置き換えれば……くっ、ロゼッタを嫁に出すのも断腸の思いだったと言うのに、同じような理不尽な目に遭ったとなれば、国ごと攻め滅ぼすのもやむなしの気分ですよ」
「愛が重いな……」
「気持ちは分からなくはないですが、ちょっと怖いですね……」

 感情移入しすぎたアーノルドが血涙を流さんばかりの形相で語るのを、ヒューゴもテッドも引き気味につぶやきつつ、軽く咳払いをして話を戻す。

「ジゼルに関してはそれで問題はなくなるが、完全にミリアルドを退位に追い込むには材料が足りない。やらかしたのは即位前だったし、件の断罪劇だけではなく今回の報復戦争に関しても、軍部が裏で糸を引いたのも分かっている」
「軍需産業で栄光を取り戻したいルクウォーツ侯爵が、アーメンガート嬢を通じて軍部と結託していると聞きましたし、ミリアルド陛下個人の責はさらに薄くなる。周りを粛清してそれで手打ちにしようと思えばできますからね」
「戦争反対派の重臣を味方につけた上で、弾劾裁判に持ち込めば可能性もあるが……大叔父様から横槍が入るのは目に見えている」

 一応は直系王族であり軍の最高責任者である彼の権力は絶大だし、何より圧倒的な武力で親類縁者の命を盾に取られれば、味方は容易く味方でなくなってしまう。
 最悪の場合は、テッドを暗殺して事態の幕引きを図ろうとするかもしれない。

「となると……国民の支持そのものを味方につけるしかありませんな」

 妄想の世界からひょっこり戻って来たアーノルドに、テッドはうなずき返した。

「まだ戦争をすると公言はしていないが、急な増税に薄っすらとその危機を感じている者は少なくないし、そうでなくとも戦争反対が多勢なのは明白だ。もしもこの戦争を俺の采配で阻止、あるいは小規模な衝突で終わらせることができれば……」
「世論はセドリック殿下の支持に傾く、というわけですか」
「クーデターというより革命ですね」

「そうだな。だが、その根回しは俺個人の伝手だけでは無理だ。そこでヒューゴに頼みがある」
「わたくしの持つ外交ルートを使い、フォーレンと周辺諸国を結託させればよろしいのですか?」
「話が早くて助かる」

 打てば響くようなやり取りをしながら、悪どい笑みを交わすテッドとヒューゴ。
 共通の巨大な敵がいると団結力は一層強まるし、小国といえど数が集まれば侮れない軍事力になる。そこに経済的な制裁が加われば、下々の反戦ムードはより高まり士気も下がる……と二人は考えていた。
 本来自国の不利益になるような動きはすべきではないが、戦争を食い止めることこそが真の国益だとするなら、それが今打てる最善の方法だ。

「フロリアンを通じて、有事に際して各国に同盟や援軍の要請はしてもらっているが、本当にエントールが開戦に踏み切るかどうか疑心暗鬼で、どこも反応が鈍いらしい」
「おや、すでにそこまで話が進んでいるのですか。わたくしは最後の一押しということですね、承りました」
「頼んだ。外交関係はヒューゴに任せるとして、他の大臣たちへ根回しはアーノルドに任せる。余裕があれば、補佐官や上級官僚クラスにも声をかけてくれ」

「かしこまりました。他の貴族に関してはいかがしましょう?」
「貴族なんて一部を除いて日和見連中ばかりだ。俺たちが乗るべき勝ち馬だと分かれば、勝手に鞍替えでも宗旨替えでもしてくれる」
「確かに。セドリック殿下の尽力でジゼル嬢の名誉が回復したとなれば、一時的にアーメンガート嬢の派閥に寝返った者も考えを改めるでしょうね」

 そうでなくとも、代々軍人の家系であるとか、ルクウォーツ侯爵のように軍需産業で成り上ろうと企む者以外、開戦派はほぼ皆無――つまりは、国民世論と同じく反戦派が多数を占める。
 根回しなんて面倒なことをしなくても、自然とミリアルドを見限ってテッドを持ち上げるだろう。

 それからしばらく今後の方針について具体的な話をまとめ、その日は解散となった。
 
「……ところで、国が買収したジゼルの会社――ロイヤル・ライナーとやらに改名したんだっけか。あれは結局どうなった?」

 帰り際に思い出したようにテッドが問うと、アーノルドが含み笑いをしながら答えてくれた。

「あー……あれはすっかり形骸化したというか、もはや空箱ですね。担当者はみんなクビになったか、閑職へ飛ばされてしまいました。再開しようにも、戦争の支度でカツカツの財政をビタ一文割けませんし、マニュアルを盗むための産業スパイを放つ余裕もないですから」

 野心家で働き者で知恵の回る平民が、傲慢で怠惰な貴族に打ち勝ったということか。
 金銭的な援助は貴族頼りではあったが、なかなか痛快な逆転劇だったといえる。
 
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