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第六部 ざまぁ編

変態フラグは避けられない……?

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「私の言葉に共感できるところがあったようだね。昔から君とは近しいものを感じていたが、ジゼル嬢が実の妹であれば家族愛で片付けられる感情だろう? だから、私とは違うと思っていたんだけど……彼女と血縁がないと知った時には、ようやく同士に巡り合えたと感激したよ」
「だから僕と話をしてみたかったと?」
「そうだよ。君も私に訊きたいことがあるから手紙をくれたんだろうし、ついでだから答えてあげる。最近新しいコレクションが手に入って機嫌がいいんだ」

 やはり、ハイマン家側の動きは悟られていたようだ。
 テッドの正体を含め、レーリアたちの動向にまで勘づいているかまでは読み取れないが、藪蛇にならないようそこには触れないことにした。

「……君の流した情報によって、アーメンガート嬢の身に不利益が生じるとしても?」
「問題ないよ。彼女は長らく破滅の道を歩いていたと、傍で観察していた私はずっと感じていたからね」
「それが分かってて、何故止めなかったの?」

 敬愛する人物が堕ちていくのを、黙って見過ごしていたなんて信じられないし、なによりアーメンガートの愚行を止めていれば、ジゼルは断罪されずに済んだはずだ。
 自制心を働かせ声を荒げることだけは避けられたが、責めるような口調になってしまって気まずくなり、そっとまぶたを伏せる。彼が独自に動いたところで、軍部が絡んでいる疑惑が高いあの一件を防げたとは思えない。
 しかし、それに気を悪くした様子もなく、ベリルは淡々と答えた。

「私はありのままの彼女を愛している。たとえ稀代の悪女として裁かれたとしても、私は彼女の行く末を最後まで見届ける覚悟がある。私はそこいらのストーカーと違って、自分の理想像を相手に押し付けたりはしないし、自分が望む未来へと誘導することもしない。破滅へ向かう姿もまた美しく尊いと感じ、いつまでも愛でていたい気持ちになる……それが常人に理解されないことは、一応自覚しているけどね」

 ひょいと肩をすくめたのち、わずかに残っていたお茶を飲み干して、ベリルは青白い顔に薄い笑みを浮かべる。
 そこには何があっても揺るがない絶対的な愛と、常軌を逸しているのに完璧に律された狂気が混在していた。

(いやいや、これと僕が同類とか絶対にあえないでしょ!? てかその前に、グラスリーくんって本当に人間なの!? なんか未知の生物と対峙してる気分なんだけど!)

 同級生のピュアとダークが入り混じるとんでもない一面を垣間見てしまったハンスは、心の中で悲鳴を上げつつも深呼吸で落ち着きを取り戻し、ついに本題を切り出すことにした。

「じゃあ、お言葉に甘えて……単刀直入に訊くけど、アーメンガート嬢の協力者について知ってることはない?」
「そうだねぇ……従順な下僕という点でいえば、エドガー・ブランシェとニック・メイガン、それとビクトリカ・ヘンドリックの三人かな。アーメンガート嬢にすっかり骨抜きだからね。マルクス・ガーランドも彼女の魅力に堕ちてはいるけど、若い連中ほどのめり込んではいないかな」
「そうそうたる面子だな」

 彼らは皆王太子の側近ないしそれに近しい人物だし、王宮の中で地位もコネもある。
 彼らの協力があれば、アーメンガート自身が籠の鳥であっても大抵のことは外部に委託することができそうだ。

「まあ、淫らな行為に耽っているという点では同類だけど」
「……え、みだ……!? それってその……」

 昨日の天気でも表現するような軽さで重要な不貞を暴露され、ハンスは一瞬言葉を失った。
 次期国王の母となるべき女性が複数の男性と関係を持っているなど、不敬罪に相当する大スキャンダルだ。
 運悪く父親が誰か分からない不義の子を身ごもってしまえば、関係者たち全員の家がお取り潰しになった挙句、主要な人物の首が物理的に飛ぶことになる。

 被害者であるミリアルドだって、不貞を許した間抜けな王太子だと揶揄され無傷では済まない。相手が自分の側近だとなれば、なおのこと監督不行き届きとして罪が重くなる。
 テッドの予想とは別方向で亡国の危機にさらされているのか……と愕然とするハンスだったが、

「一線を越えずとも肉欲を満たす方法など、いくらでもあるだろう?」
「あー……ああ、うん……」
 
 草食系と言えど健全な男子であるハンスも、そういう知識は少なからず持っている。
 とりあえず最悪の事態は回避されたようでほっとするが、それでも不貞は不貞だ。由々しき事態である。
 これだけでも十分アーメンガートを失脚させる材料としては十分だが、その事実が今の今まで露見しなかったことを考えれば、ミリアルド以外の周りの人間は黙認し隠蔽していた可能性が高い。

 不貞現場を直接押さえるか、不貞相手の自白を引き出さない限り有効性は少なく、噂を流すにしてもこちらの破滅を誘いかねない諸刃の剣だ。
 断罪の決定打としてではなく、ダメ押しのカードとして取っておくのが無難か。

(それにしても、話題が話題なだけに、なんとも言えない空気なんだけど……)

 男だけの場とはいえ生々しい話題を出されるのは性格上落ち着かないし、ストーキング対象が他の男とイチャついててなんとも思わない鋼の精神力が恐ろしい。
 そもそも、王太子の婚約者が娼婦まがいのことをしているなんて事実は、できれば知りたくなかった。この話を女性陣にどう説明したらいいのか。次期公爵の語彙力をもってしても、やんごとなき女性の気分を害さないよう伝えられる自信はない。
 知らない方が幸せだった。いろいろな意味で。

「ああ、そうそう。最近は軍部の老害将軍……おっと失礼、ドミニオン・エーゼル閣下とも懇意にしているようだね。ジゼル嬢をでっち上げの断罪するにあたり、随分と力を借りていたようだよ」
「やっぱり軍が絡んでたか……けど、エーゼル大将軍とは厄介だな」

 変態のレッテルを張られる運命から逃避したくて、違う話題に飛びつく。
 七十を超えてなお現役に居座り続ける者を老害と言いたくなる気持ちは分かるが、仮にも先代の王弟殿下である。
 とっくに臣籍降下しているとはいえ、その血筋や武勲などを盾に取られれば、テッドやレーリアもおいそれと手が出せない相手だ。

 歳が歳なだけに、自然死に見せかけて毒殺という手も使えなくはないが、機密性の高い軍部に潜り込むのも一苦労だし、露見した時のリスクが大きすぎる。
 それに、ドミニオンと同等の思想を持つ軍人はいくらでもいるので、彼一人を排除したところで別の頭にすげ替わるだけで根本的な解決にはならない。

「……ダメ元で訊いてみるけど、エーゼル様や軍部と通じている証拠とかは……持ってないよね?」
「それって機密文書レベルだよね。さすがにそれは“読後焼却”を徹底してると思うよ。手紙と言えば、間男たちが恋文と一緒に送ってきた、恥ずかしいポエムならいくらでもあるんだけど」
「いらない」

 ブンブンと首を振ってお断りするハンス。
 他人の恋心を綴ったポエムなど見たくもないし、その手のブツに身に覚えがありすぎて拒絶反応が出た。
 何を隠そうハンスも、過去に同じようなことをやらかしたクチである。
 何故男は恋をすると詩人になってしまうのだろう。たった数年前のことなのに、身悶えしたくなるほど恥ずかしい黒歴史だ。

 ロゼッタのことだから大事に取っていそうだし、今もどこかにあの駄作が眠っているのかと思うと羞恥心で死ねる。若気の至りって恐ろしい。
 一時間足らずで精神をゴリゴリと削られながらも、その後も小さな情報を仕入れつつ雑談に興じ、帰宅の途に就くころにはボロ雑巾と化していたハンスだった。
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