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第五部 風雲急編

ヒロインの狙い

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 悠々と去って行くセシリアの背を、アーメンガートは淑女の微笑みの裏で、ほぞを噛みながら見送る。

(せっかくあのいけ好かない女の化けの皮を剥いでやれる、いいチャンスだと思ったのに……!)

 彼女にとってセシリアは、同じ悪役令嬢でもジゼル以上に目障りな存在だった。

 今回事態が思わぬ方向に転がったせいで、辺境の情勢を乱した顛末を暴露せざるをえなかったが、幸いにもミリアルドや彼を支持する重臣たちが、異民族の平定に肯定的な意見の持ち主であったため、大きな問題にはならなかった。
 もちろん、自分にとって都合の悪い事実……ビクトリカと密かに通じていたことや、自分の号令で辺境伯や養父ルクウォーツ侯爵を動かしていたことは黙っていたが、それを差し引いてもなかなか危ない橋を渡ったと思う。

 だが、こうしてフォーレン王国の一行を迎えることができたのは、アーメンガートにとってはある意味僥倖であった。
 なにしろ、前作のメインヒーローであるフロリアンが使者としてやって来るのだ。
 この国にいる攻略対象たちと同様に、何をどうすれば手中に収まるのか知り尽くしている相手であり、そこに自慢の手練手管を加えればミリアルドと同様に篭絡できる。
 そうすれば、意中の彼を手に入れたも同然だ。

 だって、アーメンガートが本当に欲しいのは、フロリアンの腹違いの兄であるカーライル。前作のヒロインと同様に、不本意な形で反目せざるを得ない兄弟の溝を埋めるように画策すれば、自然とカーライルとの接点も生まれる。
 出会いさえすればこちらのものだ。落とすことなど容易い。

 あとは、前々から仕込んである罠――王太子付きの侍女によるハニートラップを発動させてミリアルドの不貞をでっち上げ、婚約破棄に持ち込み、フォーレン王国へと亡命する。
 その後は手駒の一つになったフロリアンを王太子の座から退くよう唆し、カーライルを新たに立太子し、自らは王太子妃として彼の隣に並び立つ。
 そんな完璧な未来予想図を描いていた……実際に彼らと対面するまでは。

(フロリアンはわたくしを無視して、赤獅子姫なんて野蛮な女とずっとイチャイチャしてるし! セシリアはセシリアで、ゲストの分際でヒロインのわたくしより目立ってくれっちゃって、本当に腹が立つったらありゃしないわ! 一体どうなってるのよ!)

 昨日王宮入りした彼らを、王族の一員として出迎えたアーメンガートだったが、フロリアンは常に社交辞令的な態度を崩さないばかりか、熱っぽく見つめてもさりげなく触れても一ミリも心を動かす様子はない。
 それどころか、こちらの思惑を見透かしたかのように冷笑を返す。

 初めは登場作が違うから反応がないのかとも思ったが、それなら同じ国民とはいえ自分と同じ作中の登場人物であるセシリアと仲を深められるわけもないし、そもそもこれまで磨いてきたアーメンガート自身の美貌や手練手管に反応しないというのは予想外だった。

 女の武器が効かないタイプは非常にやりにくいが、フロリアンを攻略できるかどうかで今後の方針に大きく影響する。
 是が非でも落としてみせる、と意気込んだものの……はっきり言って付け入る隙がない。

 暗殺やハニートラップを警戒してか決して一人にならないので、偶然を装って接触する機会もなく、円満に婚約を結んだというアピールなのか、ところかまわず熱々バカップルぶりを見せつけるので、近づくことすら億劫になる。
 だが、セシリアは所詮悪役令嬢。どんな手を使って取り入ったかは知らないが、その本性を公の場で晒せばきっとフロリアンも目が覚めて、自分に目を向けるようになるだろう。

 人は感情的になったときに本性が現れるもの。
 因縁の相手であるビクトリカをぶつければ、きっといい反応を見せてくれるに違いないし、派手な装いで主役を食ってくれたことへの意趣返しもしたかった。

 ちょうどいいことにジゼルもそこにいる。
 お節介な彼女が、過去のロゼッタの失言を庇った時のように、場を取りなすべくしゃしゃり出てくれば、多少の騒ぎが起きても都合よく収めることができる。

 ――そう思っていたのに、初手から返す刃で返り討ちに遭ってしまった。
 しかも、感情的になったのはビクトリカの方で、下手をすれば不敬罪で彼は処刑され、最悪の場合辺境伯家そのものが潰れる危険性もあり、セシリアが穏便に済ませてくれなかったらアーメンガートまで何かしらの悪影響があっただろう。

(……彼のセシリアに対するコンプレックスを見誤ってたわ。それと、敵の狡猾さも)

 彼女のおかげで命拾いした身とはいえ、作戦がすべて失敗に終わった今、感謝する気持ちなど起きず憎々しさで胸がいっぱいだ。
 だが、この場で憤慨している様を晒すわけにもいかない。
 すぐさま気持ちを切り替え、ほの暗い顔のまま突っ立っているビクトリカに声をかける。

「ビクトリカ様、申し訳ありません。わたくしが余計なことをしてしまったばかりに、ビクトリカ様のお心を傷つけてしまいましたわ」
「……いえ、アーメンガート嬢のせいではありません。俺が未熟だっただけで……」

 そうはいうものの、自らの行いを反省している様子はなく「こうなったのはすべてセシリアのせいだ」と顔にありありと浮かんでいる。

 今どんなフォローを入れたところで聞く耳は持たないだろうし、面と向かってセシリアから不貞を疑う言葉を投げかけられたのもあるから、少々冷却期間は必要だ。
 適当な理由をつけてビクトリカと別れ、ほとぼりを冷ますため取り巻きたちと共に会場をゆっくりと巡ることにした。
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