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第四部 思春期編

皇子様とご対面

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 何気ない移動を装いつつ緊張をほぐすため、リインと流行りの小説についておしゃべりながら大広間を出て、廊下をいくらか歩いたところで、不安げな様子の両親と合流した。
 これからゼベルと会うことに緊張しているのかと思いきや、

「ジゼルちゃん、ジゼルちゃん。大丈夫だった?」
「え? 大丈夫って何が?」
「私たちがいなくなったあと、よからぬ男に声をかけられなかったか? ほら、コーカス伯爵とかコーカス伯爵とか」
「……なんで伯爵一択なんか知らんけど、あの人はダンスに誘いしたい人が別におるみたいやから、ウチは関係ないで。っちゅーわけで、今日もナンパどころかダンスの申し込みもゼロや。絶賛彼氏いない歴を更新中やで」

 ドヤ顔でグッと親指を立ててみせると、両親は「そうか、そうか」とほっとしたように顔をほころばせる。
 そろそろ婚約者を見繕わないといけない頃合いだから、娘がモテないことを悲観するならまだしも、何故喜ぶのか意味が分からないが……これが愛されているということだろうか。

 一人首をひねりつつ、ゼベルを待たせるわけにもいかないので先を急ぐ。
 大臣らに案内されたのは、要人の控室らしい部屋だった。周囲に王宮の衛兵らしい姿はなく、代わりにガンドール人の護衛が等間隔に並んでいる。
 ジゼルたちの訪問を他に気取られないようにという配慮よりも、暗殺を警戒しているからだろう。異国の地では、信用のできる身内で回りを固めている方が安心だ。

「では、我々はこの近くに控えておりますので、終わりましたらお声がけください」
 部屋の前まで着て、大臣はそう言いおいて去って行った。てっきり共に拝謁するのかと思ったが、マグノリア父娘とはここで一旦お別れらしい。

 代わりにドアの前に控えていた護衛が対応し、ガンドール語で室内と一言二言やり取りしたのちに入室できた。
 そこは王宮の一室に相応しい豪華な調度品で整えられていたが、何故か家具類がすべて壁側に押しのけられて、妙に広々すっきりしている。

 そのぽっかりと空いた場所に、エスニック柄の分厚い敷物が敷かれ……一人の男が柔らかそうな丸い座布団に腰を下ろしていた。
 それをゼベルだと認識したジゼルは、敷物の少し手前まで歩み寄り、目を合わせる前にこうべを垂れる。
 ガンドール式に挨拶をするなら正座して頭を下げる、日本人にはなじみあるスタイルに近いものだが、ここはエントールだから問題はなかろう。

「貴重な時間を取らせてすまないな。知っての通り、私はゼベル・ダグマ・ガンドール。直言を許可する……そなたらの名を聞かせてもらう」

 さすが大国の看板を背負っている外交官。
 行商人たちもそれなりにうまいが、それをはるかに凌駕する流暢な言葉遣いだ。大阪弁で訛っているジゼルより、よっぽど発音がいい。

「お初にお目にかかります、ゼベル殿下。わたくしはケネス・ハイマン。エントール王国にて公爵の地位を賜っております。こちらにいるのが妻のアメリア……そしてこちらが、娘のジゼルでございます」

 父がスラスラと自己紹介を始め、母とジゼルを指し紹介するので、二人は呼ばれた順にカーテシーをしながら「お会いできて光栄です、殿下」とお行儀よく挨拶をする。

「このたびは――」
「あー……公式の会見ではないし、堅苦しい挨拶は抜きにしてくれ、ハイマン卿。というか、その手のセリフは先ほどのやり取りだけで腹いっぱいだ。面を上げ、楽にせよ」

 意外にざっくばらんな性格なのか、それともエントール王室の歓迎が過剰過ぎたのか。
 国の顔である外交官がそれでいいのかと思うが、社交場で飛び交う中身のないおべっかや、長ったらしいだけでさほど意味のない台詞回しを聞き続けていると、うんざりする気持ちは分かるし、根っこが庶民のジゼルとしては親近感が湧くが。

 なんにせよお許しが出たので、伏せていた顔を上げる。
 近くで見ても、やっぱりエキゾチックイケメンだ。周りをむさくるしい髭のオッサンが固めているので、余計に際立って見える。

 そんな皇子様が……何故か無言でこちらをガン見してくる。

 初めは単なる目力のせいかなぁと思ったり、美魔女の母に見とれているのかとも思ったが、ビシビシ突き刺さる視線は気のせいでもなんでもなかった。
 ジゼルは予想外の事態に晒され、背中にダラダラと冷や汗を流す。

(ひぃ! なんやの一体!?)

 相手が皇子でなければガンを飛ばし返すところだが、つまらない喧嘩を吹っかけて不敬なんて目も当てられない。

 なので一生懸命笑顔を張り付けて耐え……しばしのち、ゼベルは花が開くように破顔したかと思えば、すっくと立ち上がってジゼルに歩み寄り、ガシッと両肩を掴んだ。

「ぬおっ……!?」
「殿下!?」

「うむ、やはりそっくりだ! いや、生き写しだ! 商人たちから見せられた女神の絵姿を見た時から、随分似ていると思っていたが、実物を見て確信したぞ! よくぞ私の前に戻ってきてくれた、ヨルド!」
「誰やねん、それ!?」

 思わず異国の貴賓相手に素で突っ込んでしまったが、ゼベルは気分を害する様子もなく、むしろ嬉々とした表情を浮かべた。

「ふっ、その飼い主に媚びない気の強さ……ますますヨルドに間違いない!」
「せやから、それ誰なんですか!? てか、飼い主って、なんやのん!?」

 濃い目のイケメン顔が間近に迫るも、突拍子もない出来事に軽いパニックが起きている。
 心臓はさっきからせわしなくバクバクしているが、これは色恋のときめきではなく、危険信号の動悸だ。
 愛娘を見知らぬ男にホールドされている両親は、今にもゼベルを突き飛ばしそうな顔をしながらも、すんでのところで理性が働いて踏みとどまりつつ……「これはどういうことか」と殺気を込めた視線を側近たちに飛ばしている。

 それに射落とされたわけではないだろうが、側近たちが何ごとか言いながらゼベルの背を軽く叩いて落ち着けさせつつ、ジゼルから引っぺがえしてくれた。

「怖かったわねぇ、ジゼルちゃん。よしよーし」
「お父様とお母様がついているから、もう他の男には手を触れさせないよ」

 奪還した愛娘を守るように両サイドから抱きしめてくれる両親に、ほっと安堵の息が漏れるが、絵面としては温かな家族愛というよりも、ゆるキャラに抱き着いて写真を撮る観光客にしか見えない。シュールだ。
 しかも彼らの口から「ふふふ、役得だ」とか「やーん、ふかふかぁ」とか聞こえてくると、なんだか素直に喜べない気分になるのは、心が狭いのだろうか。

 側近たちにガンドール語で叱られているゼベルも、こちらをチラチラ見ては「私もモフモフしたい……」などとつぶやいている。

(ウチの扱いって一体……)

 弾力のあるむっちりボディであることは認めるが、断じてモフモフ枠にもゆるキャラ枠にも転向したつもりはないのだが。
 なんだか虚しい気分になりつつ、船底のフジツボのようにこびりつく両親を引きはがした。

 それから数分後。
 側近のお小言から解放され、座布団に座り直したゼベルが、皇族にあるまじき最敬礼の角度で頭を下げた。

「……えー……先ほどは大変失礼した。淑女に対する礼を著しく欠いていたことを、この通り謝罪する」

 何を言われていたのかは分からなかったが、さぞ厳しく咎められたのだろう。
 叱られていたのは短時間なのに、すっかりしょげ返っている。

 当然の報いではあるが、こうも素直に謝られては逆に居心地が悪い。
 尊大に開き直られるよりかは好感が持てるが、格上の相手に頭を下げられると罪悪感の方が勝る。
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