上 下
50 / 217
第四部 思春期編

皇子様とご対面

しおりを挟む
 何気ない移動を装いつつ緊張をほぐすため、リインと流行りの小説についておしゃべりながら大広間を出て、廊下をいくらか歩いたところで、不安げな様子の両親と合流した。
 これからゼベルと会うことに緊張しているのかと思いきや、

「ジゼルちゃん、ジゼルちゃん。大丈夫だった?」
「え? 大丈夫って何が?」
「私たちがいなくなったあと、よからぬ男に声をかけられなかったか? ほら、コーカス伯爵とかコーカス伯爵とか」
「……なんで伯爵一択なんか知らんけど、あの人はダンスに誘いしたい人が別におるみたいやから、ウチは関係ないで。っちゅーわけで、今日もナンパどころかダンスの申し込みもゼロや。絶賛彼氏いない歴を更新中やで」

 ドヤ顔でグッと親指を立ててみせると、両親は「そうか、そうか」とほっとしたように顔をほころばせる。
 そろそろ婚約者を見繕わないといけない頃合いだから、娘がモテないことを悲観するならまだしも、何故喜ぶのか意味が分からないが……これが愛されているということだろうか。

 一人首をひねりつつ、ゼベルを待たせるわけにもいかないので先を急ぐ。
 大臣らに案内されたのは、要人の控室らしい部屋だった。周囲に王宮の衛兵らしい姿はなく、代わりにガンドール人の護衛が等間隔に並んでいる。
 ジゼルたちの訪問を他に気取られないようにという配慮よりも、暗殺を警戒しているからだろう。異国の地では、信用のできる身内で回りを固めている方が安心だ。

「では、我々はこの近くに控えておりますので、終わりましたらお声がけください」
 部屋の前まで着て、大臣はそう言いおいて去って行った。てっきり共に拝謁するのかと思ったが、マグノリア父娘とはここで一旦お別れらしい。

 代わりにドアの前に控えていた護衛が対応し、ガンドール語で室内と一言二言やり取りしたのちに入室できた。
 そこは王宮の一室に相応しい豪華な調度品で整えられていたが、何故か家具類がすべて壁側に押しのけられて、妙に広々すっきりしている。

 そのぽっかりと空いた場所に、エスニック柄の分厚い敷物が敷かれ……一人の男が柔らかそうな丸い座布団に腰を下ろしていた。
 それをゼベルだと認識したジゼルは、敷物の少し手前まで歩み寄り、目を合わせる前にこうべを垂れる。
 ガンドール式に挨拶をするなら正座して頭を下げる、日本人にはなじみあるスタイルに近いものだが、ここはエントールだから問題はなかろう。

「貴重な時間を取らせてすまないな。知っての通り、私はゼベル・ダグマ・ガンドール。直言を許可する……そなたらの名を聞かせてもらう」

 さすが大国の看板を背負っている外交官。
 行商人たちもそれなりにうまいが、それをはるかに凌駕する流暢な言葉遣いだ。大阪弁で訛っているジゼルより、よっぽど発音がいい。

「お初にお目にかかります、ゼベル殿下。わたくしはケネス・ハイマン。エントール王国にて公爵の地位を賜っております。こちらにいるのが妻のアメリア……そしてこちらが、娘のジゼルでございます」

 父がスラスラと自己紹介を始め、母とジゼルを指し紹介するので、二人は呼ばれた順にカーテシーをしながら「お会いできて光栄です、殿下」とお行儀よく挨拶をする。

「このたびは――」
「あー……公式の会見ではないし、堅苦しい挨拶は抜きにしてくれ、ハイマン卿。というか、その手のセリフは先ほどのやり取りだけで腹いっぱいだ。面を上げ、楽にせよ」

 意外にざっくばらんな性格なのか、それともエントール王室の歓迎が過剰過ぎたのか。
 国の顔である外交官がそれでいいのかと思うが、社交場で飛び交う中身のないおべっかや、長ったらしいだけでさほど意味のない台詞回しを聞き続けていると、うんざりする気持ちは分かるし、根っこが庶民のジゼルとしては親近感が湧くが。

 なんにせよお許しが出たので、伏せていた顔を上げる。
 近くで見ても、やっぱりエキゾチックイケメンだ。周りをむさくるしい髭のオッサンが固めているので、余計に際立って見える。

 そんな皇子様が……何故か無言でこちらをガン見してくる。

 初めは単なる目力のせいかなぁと思ったり、美魔女の母に見とれているのかとも思ったが、ビシビシ突き刺さる視線は気のせいでもなんでもなかった。
 ジゼルは予想外の事態に晒され、背中にダラダラと冷や汗を流す。

(ひぃ! なんやの一体!?)

 相手が皇子でなければガンを飛ばし返すところだが、つまらない喧嘩を吹っかけて不敬なんて目も当てられない。

 なので一生懸命笑顔を張り付けて耐え……しばしのち、ゼベルは花が開くように破顔したかと思えば、すっくと立ち上がってジゼルに歩み寄り、ガシッと両肩を掴んだ。

「ぬおっ……!?」
「殿下!?」

「うむ、やはりそっくりだ! いや、生き写しだ! 商人たちから見せられた女神の絵姿を見た時から、随分似ていると思っていたが、実物を見て確信したぞ! よくぞ私の前に戻ってきてくれた、ヨルド!」
「誰やねん、それ!?」

 思わず異国の貴賓相手に素で突っ込んでしまったが、ゼベルは気分を害する様子もなく、むしろ嬉々とした表情を浮かべた。

「ふっ、その飼い主に媚びない気の強さ……ますますヨルドに間違いない!」
「せやから、それ誰なんですか!? てか、飼い主って、なんやのん!?」

 濃い目のイケメン顔が間近に迫るも、突拍子もない出来事に軽いパニックが起きている。
 心臓はさっきからせわしなくバクバクしているが、これは色恋のときめきではなく、危険信号の動悸だ。
 愛娘を見知らぬ男にホールドされている両親は、今にもゼベルを突き飛ばしそうな顔をしながらも、すんでのところで理性が働いて踏みとどまりつつ……「これはどういうことか」と殺気を込めた視線を側近たちに飛ばしている。

 それに射落とされたわけではないだろうが、側近たちが何ごとか言いながらゼベルの背を軽く叩いて落ち着けさせつつ、ジゼルから引っぺがえしてくれた。

「怖かったわねぇ、ジゼルちゃん。よしよーし」
「お父様とお母様がついているから、もう他の男には手を触れさせないよ」

 奪還した愛娘を守るように両サイドから抱きしめてくれる両親に、ほっと安堵の息が漏れるが、絵面としては温かな家族愛というよりも、ゆるキャラに抱き着いて写真を撮る観光客にしか見えない。シュールだ。
 しかも彼らの口から「ふふふ、役得だ」とか「やーん、ふかふかぁ」とか聞こえてくると、なんだか素直に喜べない気分になるのは、心が狭いのだろうか。

 側近たちにガンドール語で叱られているゼベルも、こちらをチラチラ見ては「私もモフモフしたい……」などとつぶやいている。

(ウチの扱いって一体……)

 弾力のあるむっちりボディであることは認めるが、断じてモフモフ枠にもゆるキャラ枠にも転向したつもりはないのだが。
 なんだか虚しい気分になりつつ、船底のフジツボのようにこびりつく両親を引きはがした。

 それから数分後。
 側近のお小言から解放され、座布団に座り直したゼベルが、皇族にあるまじき最敬礼の角度で頭を下げた。

「……えー……先ほどは大変失礼した。淑女に対する礼を著しく欠いていたことを、この通り謝罪する」

 何を言われていたのかは分からなかったが、さぞ厳しく咎められたのだろう。
 叱られていたのは短時間なのに、すっかりしょげ返っている。

 当然の報いではあるが、こうも素直に謝られては逆に居心地が悪い。
 尊大に開き直られるよりかは好感が持てるが、格上の相手に頭を下げられると罪悪感の方が勝る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。