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第四部 思春期編
バカップルの結婚式
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カンカンと照りつける日差しがいつの間にか柔らかくなり、朝晩にはひんやりとした風が吹くようになった。
暦の上だけではなく肌でも秋を感じるようになった、とある吉日。
貴族街にある聖堂にて、ハンスとロゼッタの結婚式が執り行われた。
聖堂に集うのはハイマン公爵家とビショップ侯爵家の血縁者、それから新郎新婦のごく一部の親しい人間だけだが、式のあとに行われる宴会ではこの何倍もの人数が集うことになっており、今頃屋敷の使用人はてんてこ舞いで働いているに違いない。
(いやぁ、この夏はマジで怒涛の季節やったわ……)
新郎側の親族席で両親に挟まれて座り、本日の主役の登場を待つジゼルは、天井に描かれた鮮やかな宗教画を見上げながら回想に耽る。
夏の初め頃……トーマと観劇デートしたあたりはまだ緩やかに時間が流れていたが、その後決算書とそれに付随する諸々の書類を泣きながら片付け終わると、途端に忙しさが増した。
前世の感覚では新郎の妹などお手伝い要員か、お客様扱いのオマケのようなものだが、貴族社会ではそうも言っていられない。
現代日本では式場の人がやってくれることを、代わりに家族がやらねばならないのだから、そりゃあ忙しいに決まっている。
使用人にも適宜仕事は割り振るが、本来の職務を放棄されてはこちらの生活がままならないし、新婚夫婦のために離れの手入れもしないといけないので、こちらのことにかかずらっている場合ではない。
間の悪いことに、生涯現役をモットーにしていた家令も侍女頭も、寄る年波に勝てず足腰を悪くしてしまい、今年度を最後に引退を決意した。
老後は養生しがてらポルカ村の別荘の管理人をするそうで、ジゼルたちと縁遠くなるわけではないが、使用人たちはその引継ぎのせいでバタバタしているところもあり、頼りになるのは家族だけだ。
大まかなことは大人たちが仕切ってくれていたので、ジゼルは新郎新婦と一緒に会場のセッティングや来客たちへの手土産など、細々とした内容を詰めていった。
手土産はガーデンパーティーで培った商人コネクションで、とっかえひっかえ外商を呼んで納得のいくものを選び出し、宴会料理はこれまで我が家で好評だったものを中心に、新作メニューも織り交ぜて出すことになった。
時に気晴らしと称して親しい令嬢たちを呼んでお茶をしたり、空き時間を作って二人をデートに送り出したりと、メンタル面のフォローも忘れない。
そんな敏腕マネージャーのような頑張りのおかげで今日がある……なんていうのは誇大広告で、ジゼルがやったのは微力ながらのお手伝いでしかなかったが、ともかく無事に晴れの日を迎えられてよかったと思う。
そうこう思考を巡らせているうちに、修道女が奏でるパイプオルガンから厳かな音色が流れてきた。
前世の結婚式でよくかかっていた、軽やかで幸福を象徴するような曲調ではなく、いかにも儀式めいた神聖さを感じるものだが、それだけに背筋が伸びる思いがする。
ややあって分厚い扉が開き、白の婚礼衣装に身を包んだ新郎新婦が入場する。
宗教の関係か、このあたりの国々では、新婦が父親とバージンロードを歩くという習慣がないようで、結婚式では夫婦となる二人がそろって入場するのが定番らしい。
ついでに婚礼衣装が白という概念もない。男性側は礼装の基準から黒か白のタキシードが一般的だが、女性は喪服を連想させる黒以外なら、何色のウエディングドレスを着ても構わないことになっている。
だからか、前作今作共にヒロインの結婚式イベントでは、攻略対象ごとに違う色のドレスを着てバージンロードを歩くスチルが用意されていた。
……というよりも、そのイベントありきで、父親のエスコートも白縛りの概念もなくなったのかもしれない。
しかし、ロゼッタは白を選んでいた。二人の出会いは社交界デビューの時で、その時着ていたデビュタントドレスの白にしようと初めから決めていたそうだ。それに合わせて、ハンスも白のタキシードを仕立てさせたらしい。
盛装の美男美女というだけでも非モテ非リアには眩しいのに、それが純白の衣装であればいっそ神々しさすら感じる。
そんな二人を拍手で出迎えつつ、チラリと新婦側の席を見やると、姉の晴れ姿に無邪気にはしゃぐロベルトと、穏やかに微笑みつつも目元を潤ませるグロリアと……目も顔も真っ赤にして、滂沱の涙と鼻水を垂れ流すアーノルドがいた。
花嫁の父が涙するのはよくある話だが、ドン引きするレベルで号泣している。
(いやいや! 宰相さん、泣いてまうの早すぎやない!? こういうのって、お式やのうて披露宴の終盤の『両親への感謝の手紙』の下りとかやない? この世界にそんなんないけど。てか、顔面がものすごいグッシャグシャで、取り返しがつかんことになってるし!)
喉元まで出かかった突っ込みを無理矢理胸中に押し戻す。
アーノルドの様相は、まるでどこぞの料理店から、ほうほうの体で逃げ帰ってきた男たちのようにシワクチャの顔である。元に戻るのだろうか?
国のナンバーツーといえど人の親であると微笑ましく思いつつも、式が始まってすぐでこんなにグダグダで大丈夫なのかと不安にもなる。
ロゼッタはといえば、顔を覆う目の細かいベールのせいか、緊張で視野狭窄になっているのか、父親の醜態は目に入っていないらしい。
それまでに原状復帰できるかどうか……無理だろうな、とジゼルは確信していた。ついでに、夫人と娘にそろって叱られるところまでセットで想像できた。
ジゼルが主役たちそっちのけで、こっそりダメな大人を観察しているうちに、二人は聖壇の前にたどり着く。
そこで待ち構えていた司祭の進行で、呪文のように長々と紡がれる聖句を聞き続ける退屈な儀式を経て、神前で夫婦の誓いを立てたのちに、婚姻証明書にサインをする。
これで晴れて、ロゼッタ・ビショップからロゼッタ・ハイマンになったわけである。
現代社会では夫婦の姓についていろいろと議論があるが、古めかしい世界観の、しかも家柄を重んじる貴族社会において、そんな問題も疑問も存在しない。
まあ、仮にあったとしても、愛する人と尊ぶ人の家族となった証であれば、ロゼッタはよろこんでハイマン姓を名乗るだろうが。
さて、そんなことよりも、残すところはシメもとい乙女的にはメインイベントの、誓いのキスのコーナーである。
ハンスがそっとベールを持ち上げると、事前の入念なお手入れと花嫁化粧で、美人がさらに美人になったロゼッタが現れた――ただし、オーバーヒート寸前のガッチガチの表情だったが。
(ロゼッタ……幸せな花嫁さんがその顔は、アウトやないか?)
気品と美貌を兼ね備えた完璧な淑女というイメージだが、奥手で恥ずかしがり屋なロゼッタにとって、人前でキスをするというのは儀式であっても人生の窮地そのものだろう。
娘の門出に号泣する父親と、ある意味ではいい勝負である。
これがビショップ家の血なのか。
並みの男なら思わず引きそうな顔だが、ロゼッタの性質を知り尽くしたハンスは静かに笑って受け流し、唇を重ねた。
愛しい人に触れられて安堵したのか、これで羞恥プレイが終わりと思ってか、新婦の表情が緩む。
乙女ゲームのスチルのような……いや、ロゼッタの容貌からして、悪役令嬢物のライトノベルの挿絵だろうか。
ステンドグラスから差し込む七色の光が、美男美女の耽美なキスシーンに神聖な彩を与え、参列者一同からは感嘆のため息が漏れる。
ジゼルも締まりのないブサ猫顔で「ふぉぉー」と淑女らしからぬ声を発して見とれていた。
が、ものの三秒もあれば終わりそうな儀式が、なかなか終わらない。
(え、ちょ、お兄ちゃん!? 何してんの!?)
さすがに衆目の前で大人なキスはしていないと思うのだが、ジゼルの角度からは子細が見えなくてハラハラする。
五秒、八秒、十二秒……三十秒を超えるか超えないかあたりで司祭の咳払いが聞こえ、ようやく二人の顔が離れる。
完全にキャパオーバーし放心状態となったロゼッタを、さっきまでの濃厚な一幕などなかったかのような爽やか笑顔でエスコートし、颯爽と聖堂をあとにするハンス。
人畜無害な草食系男子の意外な肉食面を見せつけられた参列者たちは、新郎新婦をポカンと見送りながらこう思ったらしい――公爵家がお世継ぎに恵まれるのはそう遠い話ではないな、と。
事実、結婚して一年足らずで懐妊が判明し、二男三女に恵まれることになるのだが、それはまだ未来の話。
暦の上だけではなく肌でも秋を感じるようになった、とある吉日。
貴族街にある聖堂にて、ハンスとロゼッタの結婚式が執り行われた。
聖堂に集うのはハイマン公爵家とビショップ侯爵家の血縁者、それから新郎新婦のごく一部の親しい人間だけだが、式のあとに行われる宴会ではこの何倍もの人数が集うことになっており、今頃屋敷の使用人はてんてこ舞いで働いているに違いない。
(いやぁ、この夏はマジで怒涛の季節やったわ……)
新郎側の親族席で両親に挟まれて座り、本日の主役の登場を待つジゼルは、天井に描かれた鮮やかな宗教画を見上げながら回想に耽る。
夏の初め頃……トーマと観劇デートしたあたりはまだ緩やかに時間が流れていたが、その後決算書とそれに付随する諸々の書類を泣きながら片付け終わると、途端に忙しさが増した。
前世の感覚では新郎の妹などお手伝い要員か、お客様扱いのオマケのようなものだが、貴族社会ではそうも言っていられない。
現代日本では式場の人がやってくれることを、代わりに家族がやらねばならないのだから、そりゃあ忙しいに決まっている。
使用人にも適宜仕事は割り振るが、本来の職務を放棄されてはこちらの生活がままならないし、新婚夫婦のために離れの手入れもしないといけないので、こちらのことにかかずらっている場合ではない。
間の悪いことに、生涯現役をモットーにしていた家令も侍女頭も、寄る年波に勝てず足腰を悪くしてしまい、今年度を最後に引退を決意した。
老後は養生しがてらポルカ村の別荘の管理人をするそうで、ジゼルたちと縁遠くなるわけではないが、使用人たちはその引継ぎのせいでバタバタしているところもあり、頼りになるのは家族だけだ。
大まかなことは大人たちが仕切ってくれていたので、ジゼルは新郎新婦と一緒に会場のセッティングや来客たちへの手土産など、細々とした内容を詰めていった。
手土産はガーデンパーティーで培った商人コネクションで、とっかえひっかえ外商を呼んで納得のいくものを選び出し、宴会料理はこれまで我が家で好評だったものを中心に、新作メニューも織り交ぜて出すことになった。
時に気晴らしと称して親しい令嬢たちを呼んでお茶をしたり、空き時間を作って二人をデートに送り出したりと、メンタル面のフォローも忘れない。
そんな敏腕マネージャーのような頑張りのおかげで今日がある……なんていうのは誇大広告で、ジゼルがやったのは微力ながらのお手伝いでしかなかったが、ともかく無事に晴れの日を迎えられてよかったと思う。
そうこう思考を巡らせているうちに、修道女が奏でるパイプオルガンから厳かな音色が流れてきた。
前世の結婚式でよくかかっていた、軽やかで幸福を象徴するような曲調ではなく、いかにも儀式めいた神聖さを感じるものだが、それだけに背筋が伸びる思いがする。
ややあって分厚い扉が開き、白の婚礼衣装に身を包んだ新郎新婦が入場する。
宗教の関係か、このあたりの国々では、新婦が父親とバージンロードを歩くという習慣がないようで、結婚式では夫婦となる二人がそろって入場するのが定番らしい。
ついでに婚礼衣装が白という概念もない。男性側は礼装の基準から黒か白のタキシードが一般的だが、女性は喪服を連想させる黒以外なら、何色のウエディングドレスを着ても構わないことになっている。
だからか、前作今作共にヒロインの結婚式イベントでは、攻略対象ごとに違う色のドレスを着てバージンロードを歩くスチルが用意されていた。
……というよりも、そのイベントありきで、父親のエスコートも白縛りの概念もなくなったのかもしれない。
しかし、ロゼッタは白を選んでいた。二人の出会いは社交界デビューの時で、その時着ていたデビュタントドレスの白にしようと初めから決めていたそうだ。それに合わせて、ハンスも白のタキシードを仕立てさせたらしい。
盛装の美男美女というだけでも非モテ非リアには眩しいのに、それが純白の衣装であればいっそ神々しさすら感じる。
そんな二人を拍手で出迎えつつ、チラリと新婦側の席を見やると、姉の晴れ姿に無邪気にはしゃぐロベルトと、穏やかに微笑みつつも目元を潤ませるグロリアと……目も顔も真っ赤にして、滂沱の涙と鼻水を垂れ流すアーノルドがいた。
花嫁の父が涙するのはよくある話だが、ドン引きするレベルで号泣している。
(いやいや! 宰相さん、泣いてまうの早すぎやない!? こういうのって、お式やのうて披露宴の終盤の『両親への感謝の手紙』の下りとかやない? この世界にそんなんないけど。てか、顔面がものすごいグッシャグシャで、取り返しがつかんことになってるし!)
喉元まで出かかった突っ込みを無理矢理胸中に押し戻す。
アーノルドの様相は、まるでどこぞの料理店から、ほうほうの体で逃げ帰ってきた男たちのようにシワクチャの顔である。元に戻るのだろうか?
国のナンバーツーといえど人の親であると微笑ましく思いつつも、式が始まってすぐでこんなにグダグダで大丈夫なのかと不安にもなる。
ロゼッタはといえば、顔を覆う目の細かいベールのせいか、緊張で視野狭窄になっているのか、父親の醜態は目に入っていないらしい。
それまでに原状復帰できるかどうか……無理だろうな、とジゼルは確信していた。ついでに、夫人と娘にそろって叱られるところまでセットで想像できた。
ジゼルが主役たちそっちのけで、こっそりダメな大人を観察しているうちに、二人は聖壇の前にたどり着く。
そこで待ち構えていた司祭の進行で、呪文のように長々と紡がれる聖句を聞き続ける退屈な儀式を経て、神前で夫婦の誓いを立てたのちに、婚姻証明書にサインをする。
これで晴れて、ロゼッタ・ビショップからロゼッタ・ハイマンになったわけである。
現代社会では夫婦の姓についていろいろと議論があるが、古めかしい世界観の、しかも家柄を重んじる貴族社会において、そんな問題も疑問も存在しない。
まあ、仮にあったとしても、愛する人と尊ぶ人の家族となった証であれば、ロゼッタはよろこんでハイマン姓を名乗るだろうが。
さて、そんなことよりも、残すところはシメもとい乙女的にはメインイベントの、誓いのキスのコーナーである。
ハンスがそっとベールを持ち上げると、事前の入念なお手入れと花嫁化粧で、美人がさらに美人になったロゼッタが現れた――ただし、オーバーヒート寸前のガッチガチの表情だったが。
(ロゼッタ……幸せな花嫁さんがその顔は、アウトやないか?)
気品と美貌を兼ね備えた完璧な淑女というイメージだが、奥手で恥ずかしがり屋なロゼッタにとって、人前でキスをするというのは儀式であっても人生の窮地そのものだろう。
娘の門出に号泣する父親と、ある意味ではいい勝負である。
これがビショップ家の血なのか。
並みの男なら思わず引きそうな顔だが、ロゼッタの性質を知り尽くしたハンスは静かに笑って受け流し、唇を重ねた。
愛しい人に触れられて安堵したのか、これで羞恥プレイが終わりと思ってか、新婦の表情が緩む。
乙女ゲームのスチルのような……いや、ロゼッタの容貌からして、悪役令嬢物のライトノベルの挿絵だろうか。
ステンドグラスから差し込む七色の光が、美男美女の耽美なキスシーンに神聖な彩を与え、参列者一同からは感嘆のため息が漏れる。
ジゼルも締まりのないブサ猫顔で「ふぉぉー」と淑女らしからぬ声を発して見とれていた。
が、ものの三秒もあれば終わりそうな儀式が、なかなか終わらない。
(え、ちょ、お兄ちゃん!? 何してんの!?)
さすがに衆目の前で大人なキスはしていないと思うのだが、ジゼルの角度からは子細が見えなくてハラハラする。
五秒、八秒、十二秒……三十秒を超えるか超えないかあたりで司祭の咳払いが聞こえ、ようやく二人の顔が離れる。
完全にキャパオーバーし放心状態となったロゼッタを、さっきまでの濃厚な一幕などなかったかのような爽やか笑顔でエスコートし、颯爽と聖堂をあとにするハンス。
人畜無害な草食系男子の意外な肉食面を見せつけられた参列者たちは、新郎新婦をポカンと見送りながらこう思ったらしい――公爵家がお世継ぎに恵まれるのはそう遠い話ではないな、と。
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