上 下
35 / 40

第六章――④

しおりを挟む

 どれくらいパチンパチンいわせまくったか。
 男性陣もそれなりに女神様に腹が立っていたのか、私に口を挟むのをためらっていただけか、おどおど視線を逸らしながらもお仕置きを黙認し続けることしばし。

 女神様の反論する気力を折りめそめそ泣くだけになり、そのうち私の手のひらが限界を迎えたので、いつの間にか復活していたイーダの隣にちょこんと降ろす。
 子供みたいに(現に子供だが)泣きじゃくって縋りつく妻があまりに不憫だったのか、よしよしと頭を撫でてやるイーダ。これで元鞘になるといいんだけど。

 ……にしても、手が痛いのなんの。パンパンに腫れてグーも握れない。
 まさにお尻ペンペンは愛の鞭だ。愛がなかったらできないよ。
 私の場合は愛云々じゃなくただの憂さ晴らしだが。

 ジンジン痛む手のひらを振りながら患部の熱を逃がしていると、ユマが治療してくれた。

「……さすがにまずいかしら、これ」
「どうだろうな。個人的には胸がすく思いがしたが」
「使徒がそんなこと言っちゃっていいの?」
「女神は純粋が過ぎて、悪意なく他人の神経を逆なですることが多々あるからな。想像するに、夫婦喧嘩の発端もそこじゃないか?」
 
 ありえる。というかそれ以外に考えられない。

「ともかく、なんかグダグダなんだけど、これで終わりよね? さらに黒幕が出てきたりとかしないわよね?」
「待て。僕にこれをどうしろというんだ」

 女神様をあやしながら困惑するイーダに、私は苛立ちを隠さず言い放つ。

「これといか言うな。あなたの妻でしょう。夫婦喧嘩のケリは夫婦だけでつけなさい。さもないと、二人まとめて封印するわよ」
「さすがに女神を封印したら大事になる」

 使徒たるユマがすかさず突っ込んだ。冗談ですよ……半分は。

「だが、魔王を放置もできないな。首輪の効果もあくまで一時的なものだろうし」
「そうよね。かといって、封印しちゃえばまた歴史ループしちゃって被害者が増える一方だし、アリサもいい加減ベッドでゆっくり休ませてあげたいし、イーダも一緒に一旦屋敷に戻りましょうか。どうかしら、ルカ」
「……女神様がイーダの力を制御し続けてくれるなら構わない」

 ルカは疲れ切った様子でおざなりな返事をする。
 立て続けに暴露された真実に頭がついていかないのだろう。私も正直思考を放棄したい。

 だが、こんなことは私やアリサの代で終わらせなければいけない。
 あとはこの二人を元鞘に戻すだけだ。説得にしろ脅しにしろ、何か手を考えなければいけない。

*****

 行きと同じ魔法陣を使って屋敷に戻ると、すっかり夜のとばりが落ち上弦の月が南中に差し掛かろうとしていた。

 アリサの世話を侍女たちに任せると、再び食堂に集合してお騒がせ夫婦をぐるりと取り囲んだ。
 圧迫面接ならぬ圧迫取り調べだ。

 夫婦喧嘩の仲裁などどうやればいいのか見当もつかないが、とにかく原因を探ってそれを解消するか、お互いに妥協し歩み寄るしか方法はない。

「では、まずは夫婦喧嘩の発端を聞きましょうか」
「……イーダが大事にとってあった私のおやつ、全部とっちったの!」

 子供の喧嘩か!
 初っ端からくだらなさ過ぎて、私は脱力のあまりテーブルに突っ伏した。
 いかん、こんなところでくじけていてはいけない。速攻で折れそうになる心に鞭打って上半身を起こす。

「そ、それだけですか? もっと他に……」
「それだけよ。ああ、人間からしたら些細なことに聞こえるでしょうけど、神々にとっては大事件なの」

 女神様は大きく息を吸って吐いてから言葉を続けた。

「神は人間みたいに飲食しなくても死なないから、口に入れるとしたら人間から供物として捧げられるものだけ。とはいっても大体が家畜系の生もので、料理する神なんかいないから、実質いただくのはお酒だけね」

 神道だと毎日きちんと調理したものをお供えするが、他の宗教だと家畜を一頭まるごとボンッと捧げるタイプだ。
 私だって牛を丸々もらっても解体できないし、一人じゃ食べきれないから困る。せめてステーキにして渡してくれって思うのは道理だ。

「でもね、たまに供物の中にお菓子が混じってることもある。料理自体珍しいのに、甘くておいしい食べ物ってなると、誰の供物だろうとお構いなしに奪い合いになる。だから、みんな大事に隠しておくの」
「……話の腰を折るようで恐縮ですけど、それならお菓子をお供えしてって人間に言えばいいんじゃないですか?」
「私もそう思ったんだけど、面子とか伝統とか気にする阿呆がいるのよ」

 老害って言葉が脳裏をよぎる。
 まあ、神様自体がそういうのを気にする存在だし、仕方ないといえば仕方ないが、だったら喧嘩しないよう均等に分けるとか考えればいいのに。あ、自己中で傲慢だからそりゃ土台無理な話か。

「で、話を戻すと、そんなわけだから私も供物のお菓子を大事にとっておいたの。イーダと分けて食べようと思って」

 おお? 出だしはどうなることかと思ったが、(失礼は重々承知で)意外とまともなエピソードに移行するようだ。ちょっと安心した。

「なのにイーダったら一人で全部食べちゃって……その時なんて言い訳したと思う? 『君より僕が食べてあげた方がお菓子が喜ぶだろう』って言ったのよ!? ナルシストなところも好きだけど、このときばっかりはさすがにカチンときちゃって!」
「あー……善意を踏みにじられた挙句のナルシス発言ですからねぇ……」

 六対の視線がグサグサっとイーダに刺さる。彼は何を責められているのか分かっていない様子だったが、みんなの冷ややかな態度に自分の分の悪さは悟ったらしく、慌てて謝罪を口にする。

「ご、ごめん。セリカ怒ってたから、和ませたくて言っただけんだけど……」
「嘘っぽい。いや、明らかに嘘。メチャクチャ目が泳いでる」

 私が低い声で突っ込むと、イーダは冷や汗をダラダラ流しながら撃沈した。

「いやもう、本当にごめん。もう勝手にセリカのお菓子食べたりしないから」
「……ったく、女心が分かってないわね。女神様は勝手に食べたのを怒ってたんじゃなくて、一緒に食べたいっていう気持ちを無視されたことに怒ってたの。反省するポイント間違えたらまた同じことの繰り返し――」

 呆れながらイーダにお説教しようとしたところで、腹部に強烈な痛みを感じて椅子から転げ落ちて床にうずくまる。
 あまりの激痛に呼吸もままならないし、よく分からない汗で全身がじっとりとして不快極まりない。

 痛みの発生源に震える手を当てる。
 多分この位置は……死ぬ前に日本刀で刺されたところだ。
 これまで違和感すらなかったのにどうして今になって?

 アリサとイーダを引き離すという役目は終わったから、ハティエットに体を返さないといけなくなった?
 それとも不敬罪で強制送還?
 どっちにしたって死ぬことには変わりないけど……ていうか女神様、すぐ目の前にいるんだから予告くらいしてほしいし、痛い痛いって言いながら死ぬの嫌なんですけど!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

悪役令嬢には、まだ早い!!

皐月うしこ
ファンタジー
【完結】四人の攻略対象により、悲運な未来を辿る予定の悪役令嬢が生きる世界。乙女ゲーム『エリスクローズ』の世界に転生したのは、まさかのオタクなヤクザだった!? 「繁栄の血族」と称された由緒あるマトラコフ伯爵家。魔女エリスが魔法を授けてから1952年。魔法は「パク」と呼ばれる鉱石を介して生活に根付き、飛躍的に文化や文明を発展させてきた。これは、そんな異世界で、オタクなヤクザではなく、数奇な人生を送る羽目になるひとりの少女の物語である。 ※小説家になろう様でも同時連載中

お嬢様のために暴君に媚びを売ったら愛されました!

近藤アリス
恋愛
暴君と名高い第二王子ジェレマイアに、愛しのお嬢様が嫁ぐことに! どうにかしてお嬢様から興味を逸らすために、媚びを売ったら愛されて執着されちゃって…? 幼い頃、子爵家に拾われた主人公ビオラがお嬢様のためにジェレマイアに媚びを売り 後継者争い、聖女など色々な問題に巻き込まれていきますが 他人の健康状態と治療法が分かる特殊能力を持って、お嬢様のために頑張るお話です。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています ※完結しました!ありがとうございます!

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...