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第一章――③

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 反省などカケラもしないまま、三日間を懲罰房で過ごした。

 うーん、シャバの空気はうまいぜ!
 日の当たる中庭の雑草をむしる手を止め、ぐっと伸びをした。

 毎日ダラダラと食っちゃ寝の生活をしていたので、すっかり体が鈍っている。
 休日はほぼ完全なる引きこもりの私だが、三日も狭くて薄暗い部屋に閉じ込められれば、さすがに鬱々とした気分になった。
 ムショから出てきたヤクザみたいな感想を漏らすのも無理ないと思って欲しい。

 あー……でも、草むしりって腰にくるわぁ。
 ただでさえ硬いベッドのせいで全身バッキバキだっていうのに、この中腰体勢は結構負担かかる。
 ああ、電動芝刈り機が欲しい。

 などと内心文句を垂れ流しながら、たぎる恨みを雑草にぶつけてザシュザシュ景気よく引き抜いていると、きれいにカットされたトピアリーの影からせせら笑う声が聞こえてきた。

 視線だけ向けると、私と同じ服を着た侍女たちがいた。
 小馬鹿にした様子で私を眺め、聞えよがしに陰口を叩く。

「見て見て。雑草女が雑草を抜いてるわ」
「まあ。仲間を刈り取るなんて、なんて無慈悲な女なの?」
「あんな悪女をいつまで置いておくつもりなのかしら」
「身分を笠に着て、辞めさせないよう圧力をかけてるって噂よ」
「やだぁ。権力振りかざすなんて最悪じゃない」

 内容が低俗過ぎて怒るどころか、逆に貧相な語彙力しかない脳みそに同情が湧く。

 学生時代も根暗なオタク女子として陰に日向にリア充どもにディスられていたから、それなりに精神的苦痛に対する耐性はあるし、経験上こういうのは反応を見せると逆につけあがるのも知っている。
 こういうのは無視だ、無視。

 陰口で盛り上がる彼女たちを華麗にスルーして無心に雑草を抜いていると、どこかでかいだ異臭が漂ってきた。

「……彼女をそんな風に言わないで。私が醜いのが全ていけないの」

 出た! アリサ!
 まるで狙ったようなタイミングで出てきたけど、まさかあんたが仕込んだんじゃないでしょうね?

「こんなブスが聖女に選ばれて、憎まない女の人はいないわ。仕方ないことだもの。でも、いつか私が世界を救えば、彼女だって分かってくれると信じてるの」

 羽扇で半分顔を隠しつつ、精一杯けなげさアピールするアリサ。
 私からしたら芝居臭さが半端ないんだけど、そのご高説に侍女たちは感涙がにじむ目で彼女を見つめ、口々にほめそやした。

「さすが聖女様です!」
「感動いたしました! 私、一生懸命お仕えしますわ!」
「ありがとう、みんな。そう言ってくれるだけで私は頑張れるわ」
「ああ、アリサ様……!」

 おおお……なんなんだ、この陳腐な寸劇は。
 開いた口が塞がらないというか、呆れてものも言えないとはまさにこのこと。

 白けた私は草むしりの場所を変えようと立ち上がった。が、

「ちょっと。アリサ様がこうもおっしゃってくださってるのに、逃げるつもり?」

 侍女の一人からきつい声で呼び止められた。

 え、私もこのクソな寸劇に参加しろと? 冗談じゃねぇ。
 けど、ここで波風を立てるとあとから面倒なことになりそうだし、ひとまず合わせておくか。

「……逃げるつもりはありませんでしたが、アリサ様のお言葉があまりにありがたく、また矮小な己を恥じて、合わせる顔がないような気がしてならなかったのです。誤解させるような態度をとってしまい、申し訳ありません」
「ふん。口では何とでもいえるわ。きっちり態度で示してもらわないと」

 くいっと親指で地面を指さす。
 え、地獄へ落ちろ? 女子がそんな下品なサインを使うもんじゃありません……というわけではなく、もしかしなくても土下座しろってことか。
 アリサはいじらしく「もういいの」と口では言っているが、目では明らかに「さっさと土下座しろや」と脅してくる。目は口程に物を言うとはまさにこのことだ。

 ああもう。それこそ冗談じゃない。もう付き合ってられん。

「態度で示せと言われるのでしたら、私は私の本分である侍女の役割をまっとうすることで、誠意と忠誠をお示しすることにします。では、アリサ様。次の仕事がございますので、御前を失礼します」

 アリサはわずかに片眉を吊り上げたが、ここで私を深追いすればボロが出ると思ったのか、それ以上は何も言わなかった。
 しかし、従順な取り巻きと化した侍女たちは納得しなかったらしく、去ろうとする私を掴んで引き留め、無理矢理土下座フォームへと持ち込んだ。

「ちょ……いだっ!」
「いいから謝れ!」
「あんたのせいでアリサ様がどれだけ傷ついたと思ってるの!?」

 全部冤罪なんだから、謝る必要ゼロだっての!
 てか、ここで嘘でも非を認めてしまえば、私(ハティエット)は完全に悪役の烙印を押されてしまう。
 でも、逆らえば不敬罪で処刑ということもあるし……どうすりゃいいのよ!

「ああ……みんな、もうやめて! 暴力はよくないわ! 私はそんなことしてほしくないの!」

 涙ながらに止める声を出しながらも、アリサは一歩も動かない。
 顔を覆って子供のようにイヤイヤと首を振るだけ。
 どうせ心の中では満面の笑みで手を叩いて「土・下・座! 土・下・座!」とコールをしてるんだろう。

 ふざけるな。こんな奴に下げる頭はない。
 人間としての尊厳をかけ、力いっぱい頭を押さえ付けてくる侍女たちに抵抗する。

「……何をしている」

 必死の攻防を繰り広げていると、低い男の人の声が響いた。こ、この声は……!

 オロオロと私から遠ざかる侍女たちの拘束から解き放たれ、自由になった頭を上げると、そこには戦国時代の軍師のような陣羽織風のベストを身にまとった私の大大大推しキャラ――ユマがいた。

 女神から聖女の教育係という役割を与えられた、無表情で朴訥とした性格のサブキャラだったが、ストイックな生き様と不意打ち笑顔が私を含めた一部女子から絶大な人気を集め、移植版で攻略対象に格上げされたのだ。

 うわああ、生のユマだ! 二次元もいいけどリアルはもっといい!
 こっそり感動に打ち震える私をよそに、アリサはほっとした顔でユマに駆け寄る。

「ユマ! よかった、助けて」

 アリサが弱々しい態度で(自分の都合のいいように捻じ曲げた)事情を話すと、ユマはひとつうなずいた。

「分かった。あとは俺に任せて、アリサは部屋に戻っていろ」
「ええ。でも、あまり叱らないであげて」
「善処しよう」

 短いやり取りを終え、アリサは後ろ髪を引かれるような仕草で立ち去った。
 が、一瞬目が合った時、憎々しげな光が宿っていたのを私は見逃さなかった。もうちょっとそういうのは隠した方がいいぞ。ま、それが若さってもんですが。

「あんたたち」

 アリサを見送ったユマが、私と侍女たちに向き直る。
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