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第一章――②

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 ついて来いってことは次の仕事かな、と思ったんだけど、彼女の後をついて行った先は塗籠のような窓のない小さな物置のような部屋だった。
 ローチェストに載った小型のランプに照らされた室内には、硬そうなベッドとポータブル便器だけが置かれている。

 まるで独房……いや、懲罰房だ。

「これより三日間、ここで反省しなさい」

 そんな感想を見透かされたかのような発言が飛び出すと、室内に押し込まれてしまう。

「え、ちょっと……!」

 反論を遮るように重い音を立ててドアは閉まり、外からガシャンと錠がかかる音がした。
 ドアをグーで叩いてみるが、反響音からして結構分厚いので、ちょっとドタバタしたくらいでは外に音は漏れないだろう。

「う、嘘……なにこれ……」

 何がなんだか本当に分からない。これが人生最期に見る夢だとするなら最悪だ。

 全然状況について行けてない頭を抱え、ペラペラなせんべい布団の敷かれたベッドに身を投げる。
 寝転がっただけで腰痛い。この痛みが幻だとは思えないが、あの時日本刀で刺された痛みも嘘ではないはず。

 念のため腹部をさするが痛みはないし、傷らしいものもない。

 ふと、頭の中に異世界転生という単語がよぎった。
 ライトノベルで最近流行っている設定で、事故ったり死んだりした主人公がファンタジー世界に生まれ変わって人生をやり直すというもの。
 女性向けでは、ゲームやラノベの世界の悪役令嬢の役に転生するが、バッドエンド回避のために努力を重ね、実は性悪だったヒロインをやり込めてイケメンと結ばれる、という筋書きが人気だ。

 私も(不本意ながら)か悪役とみなされているが、記憶を掘り返しても『聖魔の天秤』にそんなキャラもイベントも存在していないし、侍女は全員モブでイベントに絡むことはない。
 でも、あの場にいたのはゲームのキャラたちとそっくりだし……ああもう、わけ分かんない!

 むくりと起き上がり、もう少しここについて分かるものがないかローチェストの引き出しを漁ってみると、古びた手鏡が出てきた。
 鏡面にヒビは入っているが割れてはいない。
 おもむろに覗いてみると、そこには私ではない人物が映った。

 お団子頭の二十前後の女の人だ。
 リアルの私よりほっそりとしたあごのラインと整った目鼻立ちをしている。
 化粧っ気がないので地味オーラは出ているが、それなりに着飾れば十分美人の部類だろう。

 ……失礼な話だけど、この見た目だと私の方がヒロインっぽくない?
 リアルもこの体も女子高生とは呼べない歳だから資格はないだろうけど、らしさだけなら絶対今の私だよ。

 え? 自意識過剰ですか、そうですか。でもアリサよりは(以下略)。

 転生先(仮)がなかなかの優良物件であることに少し気分を持ち直した私は、もっと何かないかと懲罰房の中を観察したが、他に目ぼしいものはなかった。

「ふう……退屈……」

 家探しもあっという間に終わり、暇をつぶせるものもないので、すぐに手持ち無沙汰になってしまった。

 これからどうなるんだろう。
 謹慎が明けたら、また冤罪を吹っかけられるかもしれない。
 何だか常習犯みたいな口ぶりで言われてるし、クビになっちゃうかも。
 いや、それどころか不敬罪で本当に首が斬られちゃうなんて事態に……?

 うわああ! 嫌だ嫌だ! 死んで転生して速攻死ぬなんて論外でしょう!
 チート無双したいなんか思ってないけど、せめて平凡な幸せくらいは保証して!

 することがなくなると、嫌なことばかり考えてしまう。
 こんな時スマホがあればなぁ。くだらない動画でケラケラ笑ってた昨日の自分が懐かしい。

 じわりと涙がにじんでくるが、それを袖口でこすってベッドに横たわる。
 起きているから変なことを考える。それならいっそ眠ってしまえばいい。
 次に目覚める時は本当にあの世だったらいいのに、なんて思いながら目を閉じた。

******

 その日、私は夢を見た。
 横山羽里としての私ではなく、この体の本来の主である侍女の追憶の夢。

 彼女の名はハティエット。

 さる高貴な貴族のご令嬢で、十代半ばまでは何不自由ないお嬢様生活を送っていたが、いわれのない誹謗中傷を受けて婚約破棄された挙句家を追放された。
 意図的なのか偶然なのか、その辺の記憶を見せてもらえなかったので経緯は不明だが、何をしたにしろ女の子を身一つで追放はひどすぎる。

 それからハティエットは数年の間大店の商会の使用人として働いていたが、ここもまた不当解雇されて路頭に迷うことになる。
 ちょうどその時、異世界より召喚された聖女アリサに拾われて、彼女の住まう屋敷の侍女として働けることになったようだ。

 ハティエットは恩返しのため真面目に頑張っていた。
 しかし、そんな彼女をアリサは自分の引き立て役――というかサンドバッグとして使った。

 服を破いたり、ベッドに虫を入れたり、実に低俗な嫌がらせ(おそらくすべて自作自演)を彼女がやったように見せかけ、周りの同情を買いながらも彼女を許すことで聖女としての格を上げ、自身の地位を確固たるものにした。
 冤罪を何度も何度も押し付けられたハティエットは、過去のトラウマとアリサの横暴により、心を壊してしまった。

 だが、文字通り魂の抜け殻と化しながらも、ハティエットは生きたいと願っていた。
 だからだろうか。
 刺されて死んだと思われる私の魂が、彼女の体に入り込んだみたいなのだ。たとえるならスマホの予備バッテリーみたいな感じだ。

 つまり、今の私は完全に異世界に転生した存在ではなく、あくまで仮住まい状態なのだろうと推測される。
 もしも彼女の心が蘇れば、私は本当に死んでしまうのだろう。

 彼女の境遇には同情するけど、あんな悪女にお仕えするなんて無理難題もいいところだ。

 かといって、自殺して全部終わりにできるほどの勇気はない。
 一度死んだとはいえやっぱり死ぬのは怖いし、こちらの都合でハティエットの生存願望を破壊すれば永遠に彼女に恨まれるだろう。

 自己愛が強い小心者である私は、仕方なく現状維持を続ける決意をした。
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