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第一部
ベアトリクスの罪
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「魔力を搾取する禁術だ。君たちが痣だと思っているのは極小の魔法陣で、青い陣の持ち主から赤い陣を持つ者に対し、魔力を吸い取り自分のものにする仕組みになっている。つまり、マリアンナが優秀な魔女だというのは、オフィーリアの魔力があってこそ、という可能性が高いということだ」
「う、うそ……」
マリアンナがショックに打ちひしがれる隣で、ベアトリクスは口元を押さえ、膝から崩れ落ちた。図星のようだ。
「……ディルクさんは、どうして禁術だとお分かりになったんですか?」
「混血ドラゴンの集落には、訳ありの人間も住んでいる。社会の枠組みから爪弾きにされた人間たちがな。その中に、禁術を知り過ぎた故に危険視され、里を追われた魔女もいた。実際に禁術に手を染めたわけではなく、ただ学術的な研究のつもりだったようだが……」
彼はその魔女から話を聞いたか、書き記したものを読んだかして、禁術に対する知識を得たのだろう。
彼の来歴からしてただの偶然だろうが、まるでベアトリクスの罪を暴くために現れたようで、これが神の配剤なのかとオフィーリアはおぼろげに思った。
「ちなみに、オフィーリアに施されているのは禁術と名は付いているが、本来は魔力を失い衰弱した魔女を助けるための救命処置だ。使い方さえ間違えなければ危険はない。ただ、搾取される側が持つ魔力量をオーバーして吸い取られることもあり、そうなれば最悪死ぬ。だから禁術とされている、と聞いた」
ため息と共に解説を区切り、ベアトリクスに向き直る。
「ベアトリクス、君はどうしてこんな真似をしたんだ? オフィーリアも君の娘だろう?」
「そ、それは……」
「ベスだけを責めるな。最初に禁術を施したのはこいつの母親だし、最初は本当に二人を助けるためだったんだ」
ベアトリクスを守るようにディルクとの間に立ち、ロイドが事情を語り出した。
身重のベアトリクスが産気づいたのは、夫の家で過ごしている時だった。
運が悪いことに五日も滞在したあとで、魔力のバランスが崩れていたところでの出産だったため、ベアトリクスは衰弱し、生まれたての段階では魔力の弱かったマリアンナも同様だった。
そんな中、オフィーリアだけは潤沢な魔力に守られ、マナの薄い環境でも健康な状態を保っていた。
そこに双子の祖母であるデボラが駆けつけ、弱った二人に禁術を施してオフィーリアの魔力を分け与えて急場を凌いだという。
容態が落ち着いてすぐにウォードに戻り、数日と経たずに母子共に回復したが、禁術が解かれることはなかった。
いくら高難度なマナテリアルを作っても尽きないオフィーリアの魔力に、ベアトリクスは魅せられてしまったのだ。
初めは薄弱だったマリアンナの魔力の成長が著しく、妹の魔力と合わせればいずれ大魔女と呼ばれる存在になれると確信したことも大きかった。
それと同時に、彼女はオフィーリアをひどく憎んでもいた。
自分やマリアンナが死の淵をさまよっていた時に、一人元気に泣き叫んでいたことも、生まれながらにして母をはるかに凌ぐ魔力を持つことも。オフィーリア本人の過失ではないと分かっていても、憤りを抑えることはできなかった。
だからベアトリクスは、デボラから魔力に物をいわせて禁術の主導権を奪い取り、オフィーリアからの魔力の搾取を続けた。
デボラは禁術の犠牲となったオフィーリアの行く末を案じつつも、その後しばらくして持病を悪化させて亡くなった。
「……なぁ、ベス。もう気が済んだだろ。お前がオフィーリアを蔑んでる時とか、誰かにいじめられてるのを見る時さ、自分じゃ『ざまぁみろ』って思ってたのかもしんねぇけど、本当はもうやめたいって考えてたんじゃないのか?」
ひとしきり話したあとロイドは主人に向き直り、子供に言い聞かせるようにしゃがんで視線を合わせた。
「オフィーリアが娘だから良心が痛むってのもあるだろうが、お前は元々そういう陰湿なことに向いてねぇんだよ。ただ、引っ込みつかなくなって、意固地になってただけだ。案外頑固な性格だからな、お前」
「ロイド……」
「けど、ばれちまった以上続ける意味もねぇだろ? ちょうどいい機会だし、禁術なんかもう解いて――」
「嫌! そんなの嫌!」
そう叫んだのはマリアンナだった。美しい顔を歪め、髪を振り乱し、駄々っ子のように足踏みをする。
「禁呪を解けば、わたくしはただの魔女になる! そんなの嫌! わたくしは大魔女になるべくして生まれた、選ばれた魔女の中の魔女なの! 禁術だって、わたくしが大魔女になるよう、神が采配してくれた運命なのよ! 要はクズが死なない程度に魔力を使えばいいだけじゃない! 余計なことをしないで!」
マリアンナの意志に反応してか、人化した彼女の使い魔たちがわらわらと集まってきて、ベアトリクスとロイドを羽交い絞めにした。
「なんで……――ひゃっ!」
勝手なことを喚き散らすマリアンナに困惑するしかないオフィーリアにも、使い魔たちが寄って来て主から引きはがそうとするが、ディルクがぬいぐるみみたいな見た目に反して強力な空中蹴りで次々に倒していく。
「オフィーリアに触れるな!」
「ちょっと! あなたはわたくしの使い魔でしょ! そんなクズ守るなんて許さない!」
「君の使い魔になった覚えはないし、君のように自分勝手な魔女に……愛しい人をクズと罵るような女に、仕える気は毛頭ない。俺が傍にいたいのはオフィーリアだけだ」
落ちこぼれのオフィーリアを愛しいと形容し、自分を拒絶し冷めた目で見るドラゴンに、マリアンナは鬼の形相になる。
「ふん、弱り切ったドラゴンの戯言ね。二度とそんなことが言えないよう、今すぐ使い魔にして、従順な下僕にしてあげるわ!」
そう言ってマリアンナがディルクに向けて腕を伸ばすと、そこから膨大な魔力が放射されて小さなドラゴンの体を捉えようと動き出す。
「う、うそ……」
マリアンナがショックに打ちひしがれる隣で、ベアトリクスは口元を押さえ、膝から崩れ落ちた。図星のようだ。
「……ディルクさんは、どうして禁術だとお分かりになったんですか?」
「混血ドラゴンの集落には、訳ありの人間も住んでいる。社会の枠組みから爪弾きにされた人間たちがな。その中に、禁術を知り過ぎた故に危険視され、里を追われた魔女もいた。実際に禁術に手を染めたわけではなく、ただ学術的な研究のつもりだったようだが……」
彼はその魔女から話を聞いたか、書き記したものを読んだかして、禁術に対する知識を得たのだろう。
彼の来歴からしてただの偶然だろうが、まるでベアトリクスの罪を暴くために現れたようで、これが神の配剤なのかとオフィーリアはおぼろげに思った。
「ちなみに、オフィーリアに施されているのは禁術と名は付いているが、本来は魔力を失い衰弱した魔女を助けるための救命処置だ。使い方さえ間違えなければ危険はない。ただ、搾取される側が持つ魔力量をオーバーして吸い取られることもあり、そうなれば最悪死ぬ。だから禁術とされている、と聞いた」
ため息と共に解説を区切り、ベアトリクスに向き直る。
「ベアトリクス、君はどうしてこんな真似をしたんだ? オフィーリアも君の娘だろう?」
「そ、それは……」
「ベスだけを責めるな。最初に禁術を施したのはこいつの母親だし、最初は本当に二人を助けるためだったんだ」
ベアトリクスを守るようにディルクとの間に立ち、ロイドが事情を語り出した。
身重のベアトリクスが産気づいたのは、夫の家で過ごしている時だった。
運が悪いことに五日も滞在したあとで、魔力のバランスが崩れていたところでの出産だったため、ベアトリクスは衰弱し、生まれたての段階では魔力の弱かったマリアンナも同様だった。
そんな中、オフィーリアだけは潤沢な魔力に守られ、マナの薄い環境でも健康な状態を保っていた。
そこに双子の祖母であるデボラが駆けつけ、弱った二人に禁術を施してオフィーリアの魔力を分け与えて急場を凌いだという。
容態が落ち着いてすぐにウォードに戻り、数日と経たずに母子共に回復したが、禁術が解かれることはなかった。
いくら高難度なマナテリアルを作っても尽きないオフィーリアの魔力に、ベアトリクスは魅せられてしまったのだ。
初めは薄弱だったマリアンナの魔力の成長が著しく、妹の魔力と合わせればいずれ大魔女と呼ばれる存在になれると確信したことも大きかった。
それと同時に、彼女はオフィーリアをひどく憎んでもいた。
自分やマリアンナが死の淵をさまよっていた時に、一人元気に泣き叫んでいたことも、生まれながらにして母をはるかに凌ぐ魔力を持つことも。オフィーリア本人の過失ではないと分かっていても、憤りを抑えることはできなかった。
だからベアトリクスは、デボラから魔力に物をいわせて禁術の主導権を奪い取り、オフィーリアからの魔力の搾取を続けた。
デボラは禁術の犠牲となったオフィーリアの行く末を案じつつも、その後しばらくして持病を悪化させて亡くなった。
「……なぁ、ベス。もう気が済んだだろ。お前がオフィーリアを蔑んでる時とか、誰かにいじめられてるのを見る時さ、自分じゃ『ざまぁみろ』って思ってたのかもしんねぇけど、本当はもうやめたいって考えてたんじゃないのか?」
ひとしきり話したあとロイドは主人に向き直り、子供に言い聞かせるようにしゃがんで視線を合わせた。
「オフィーリアが娘だから良心が痛むってのもあるだろうが、お前は元々そういう陰湿なことに向いてねぇんだよ。ただ、引っ込みつかなくなって、意固地になってただけだ。案外頑固な性格だからな、お前」
「ロイド……」
「けど、ばれちまった以上続ける意味もねぇだろ? ちょうどいい機会だし、禁術なんかもう解いて――」
「嫌! そんなの嫌!」
そう叫んだのはマリアンナだった。美しい顔を歪め、髪を振り乱し、駄々っ子のように足踏みをする。
「禁呪を解けば、わたくしはただの魔女になる! そんなの嫌! わたくしは大魔女になるべくして生まれた、選ばれた魔女の中の魔女なの! 禁術だって、わたくしが大魔女になるよう、神が采配してくれた運命なのよ! 要はクズが死なない程度に魔力を使えばいいだけじゃない! 余計なことをしないで!」
マリアンナの意志に反応してか、人化した彼女の使い魔たちがわらわらと集まってきて、ベアトリクスとロイドを羽交い絞めにした。
「なんで……――ひゃっ!」
勝手なことを喚き散らすマリアンナに困惑するしかないオフィーリアにも、使い魔たちが寄って来て主から引きはがそうとするが、ディルクがぬいぐるみみたいな見た目に反して強力な空中蹴りで次々に倒していく。
「オフィーリアに触れるな!」
「ちょっと! あなたはわたくしの使い魔でしょ! そんなクズ守るなんて許さない!」
「君の使い魔になった覚えはないし、君のように自分勝手な魔女に……愛しい人をクズと罵るような女に、仕える気は毛頭ない。俺が傍にいたいのはオフィーリアだけだ」
落ちこぼれのオフィーリアを愛しいと形容し、自分を拒絶し冷めた目で見るドラゴンに、マリアンナは鬼の形相になる。
「ふん、弱り切ったドラゴンの戯言ね。二度とそんなことが言えないよう、今すぐ使い魔にして、従順な下僕にしてあげるわ!」
そう言ってマリアンナがディルクに向けて腕を伸ばすと、そこから膨大な魔力が放射されて小さなドラゴンの体を捉えようと動き出す。
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