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第一部

落ちこぼれ魔女の日常

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 魔女――それは、大自然のエネルギー“マナ”を自らに宿る魔力で加工し、“マナテリアル”を作り出す女性。

 マナテリアルは『マナから作られた物質』の意味を持ち、その形状は様々だ。
 一般的には薬や食品や日用雑貨である場合が多いが、特殊な効果を持つアクセサリーや武器も需要が高く、魔女はどの国でも重宝され、人々から敬われてきた。

 オフィーリア・バーディーもその一人――ではない。

 天才的な薬師で《癒しの大魔女》と呼ばれたリリーナ・バーディーの血を引く一族でありながら、傷薬のマナテリアル薬一つ満足に作れないばかりか、使い魔の一匹も従えられない、稀代の落ちこぼれ魔女だった。

「……さて、今日も一日頑張るぞ」

 朝日が燦々と降り注ぐ春の日。
 オフィーリアは麦わら帽子を目深にかぶって気合を入れるようにつぶやき、色とりどりの草花が咲き乱れる中にしゃがんで、プチプチと雑草をむしる。

 ここはエルドット国の片隅にある、“魔女の里”ウォードの薬草園。

 魔女の里は、マナが満ちた自然豊かな地に魔女たちが作った集落の総称。中でもウォードは《癒しの大魔女》の子孫が多く暮らし、先祖と同じく薬師を生業にしている魔女が多く、薬草園は彼女らの生命線といえる。

 その薬草園の管理をしているのがオフィーリアだ。
 十六歳という若さで、見渡す限り薬草が生い茂る広大な敷地の管理人をやっている。

 水をやり、肥料を与え、間引きし、雑草や害虫の駆除をし……それから依頼に応じて収穫して魔女の工房へ届け、そこでやっと報酬がもらえる。

 幼い頃から魔女としての才能を見限られた彼女は、ずっとこの薬草園で働いてきた。
 
 元々薬草園は里の魔女みんなで管理するものだったが、落ちこぼれのオフィーリアに嫌がらせ半分で仕事を丸投げするうちに、やがて彼女が管理人になればいいという流れになり、現在に至る。

 それしか仕事のないオフィーリアにとっては、居場所と生活の糧をもらえるだけでありがたい話で、居心地の悪い実家を出て薬草園の管理小屋に一人住み、日々畑仕事に精を出している。

 ただ――どれだけ彼女が一生懸命仕事をしても、魔女たちはオフィーリアをクズと嘲笑い、母も出来のいい姉ばかりを可愛がるばかりで彼女に見向きもせず、里の中に味方は一人もいない。

 落ちこぼれだからという理由で、報酬をケチられることなんか日常茶飯事で、時にはタダ働きさせられることだってある。

 なので、副業でハーブティーやポプリなどを作って定期的に近くの町に売りに行くのだが、その収入だって大した額ではない。魔女が作ったのにマナテリアルでないと笑われ、どこに行っても買い叩かれるのだ。

 食べていくのにギリギリで、仕事と家事と睡眠だけを繰り返す毎日。

 それが時々虚しくなることもあるけれど、マナの薄い里の外に出る気はない。
 魔女とマナは切っても切り離せない関係にある。マナテリアルが作れなくなるということもあるが、マナの薄い土地に行くと体内の魔力バランスが崩れ、場合によっては死に至ることもある。オフィーリアは落ちこぼれとはいえ、魔女を名乗れるくらいの魔力を有しているので例外ではない。

 逆に普通の人間は、里に長期間滞在すると心身に異常をきたすらしく、魔女の夫や男兄弟は別の土地で暮らしている。
 理由は定かではないが、魚が種類によって川か海のどちらかでしか生きていけない理屈のようなものだろう。ごく稀に外でも暮らしていける魔女もいるようだが、例外中の例外といえる。

 とはいえ、一週間くらいなら健康に問題はないので、お互いの家を行き来したりよそへ旅行に行ったりもできる。だからオフィーリアも安心して副業に励める。

「……さて、次はっと」

 抜いた雑草を入れた麻袋の口を縛り、麦わら帽子の下で額の汗を拭っていると、急にあたりが暗くなり、強い突風が吹いて麦わら帽子が飛ばされた。

「あっ……」

 宙を舞う帽子を追って視線を上に向けると、上空で金と銀の何かが二体、飛びながら激しくもみ合っているのが見えた。
 たまに猛禽が縄張り争いをしているのを見かけるが、それとはまた別だ。

 だって、争っているのは鳥類なんて豆粒にしか思えないほどの巨大な生き物――ドラゴンだったからだ。
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