40代(男)アバターで無双する少女

かのよ

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 黒い森が途切れ、辺りは一気に開けた雪山になる。上級者用のゲレンデのような急勾配で、それを意にもせずロープリフトはガルドたちを頂上へと送り続けた。
 「……そろそろか」
 到着が近い。ガルドは少しリラックスしていた体制を臨戦体制に整えた。勾配のせいで後ろに下がりぎみだった上半身をぐいっと前へ倒し、膝を曲げる。
 顔を上に上げるとロープリフトの終点が見えた。対向線にある、戻っていくロープとの折り返し地点だ。ふもとにあったものと同じ、寝かせられた滑車が二つある。いろは坂のようなヘアピンカーブを描きながら、ロープは山しもに戻っていく。
 フロキリ時代はこのリフトがミニゲームのようなもので、離脱できずに滑車に巻き込まれて「ふりだしに戻るキル・リスポーン」仕様になっていた。
 <真面目にやれよ? こんなところで死に戻っても置いていくからな>
 <マジかよ。だれが脱落するか楽しみだ>
 そう煽るようにチャットが飛び、ガルドは鼻で笑った。
 <乗り物酔いで最悪な時でも、問題なかった>
 <ガルドの腕なら問題ないだろうね~。俺はちょっと自信無いけど>
 「だーいじょぶだぁー!」
 気弱な発言をした夜叉彦に、わざと声に出して励ましたジャスティンの心意気が光る。何人かがポジティブなフェイスアイコンをチャットへ送り出した。
 その頃にはガルドが片手を離している。
 「っと」
 スキーのリフトと同じ要領だ。ガルドは腰をそのまま持っていかれないよう、背もたれにしていた金属板から意図的に大きく離れた。背を伸ばし、膝が伸びてしまったのを再び曲げようと、大きく前傾姿勢になる。
 残念ながらそのままでは止まってしまう。スキー板があれば流れるように進むのだが、とガルドは不満げに自力での前方ローリング回避で距離を稼いだ。
 「よっ、と」
 後方の榎本は、体制を低くしてのスライディングで滑ってきた。確かに板無しであっても滑った方がリフトらしくて良い。ガルドはそう感心しつつ、榎本がスノボのように体を斜めにしているだと気付いた。
 「……ボーダーか」
 「お、そういうお前はスキーヤーだな?」
 楽しそうに目を細めて言う榎本に、ガルドは勝手にライバル意識を燃やす。スノーボーダーというのは、やはり非常にカッコいいのだ。緊張感の無いラフな姿勢で滑走する時などに強く思う。リアルの榎本がだるっとしたスノボウェアを着込んだ姿を想像し、悔しさが二割増す。悔しいが、自分には真似できない。
 それがボードを滑れない自分のひがみなのだと、ガルドは気付いていた。
 「おっ、どっ……」
 榎本より幾分か遅く到着した声は、おっかなびっくりといった様子でロープリフトから脱出しようとしていた。ガルドのように転がるか、榎本のようにスライディングするか、または走るしかない。公式は走りだすのを推奨していたが、両足の同時着地からだと失敗しやすい。
 案の定、マグナは普通に立ち上がろうと両足で雪を踏みしめ、前へと腰からつんのめった。腰に当てられた背もたれに押されたらしい。
 「どぉっ!?」
 普段聞かない濁音の効いた悲鳴に、ガルドの隣からは空気を封じ込めたような音がした。ちらりと覗き見ると、榎本が両手で必死に笑いを堪えている。
 「ん」
 「んぐふっ!」
 たしなめるようにガルドが声にならない声をかけたものの、効果はなかった。漏れでた笑いにマグナが耳ざとく反応する。
 「……フ、笑いたければ笑え。成功は成功だ」
 「榎本」
 「ふふ、わ、悪かったって……っはは、ははは!」
 「久しぶりだったんだ……」
 「しょうがない、数年ぶりだ」
 「まぁ失敗はしてねぇし……お、ジャスはどうだ?」
 そう言って昇ってくるリフトを振り向いた三人の目に、背丈ほどもあるタワーシールドを足で踏んでいるジャスティンの姿が飛び込んできた。ボードというよりソリのようだ。
 「ああー! ずりぃぞジャス!」
 「な、なに!?」
 「だぁっはっは! タンク万歳! でゃーっ!」
 そのままスムーズに、ガルドが望んでいたように颯爽と登りきりそのまま滑り続けた。勢いをそのままにガルドたちよりも数メートル先まで進み、シールド後方に体重を掛けてウィリーに。ざざっと雪を削りながら華麗に停止、ボードのようにシールドを立てた。
 「決まった!」
 「お前、いつの間に武器を乗り物に!」
 <乗り込む前に『閃いたぁ!』とか言い出してさ~>
 そうチャットに発言したのは、さらに後方から登ってきた夜叉彦だった。
 「ハンマーじゃ無理だな……」
 「弓もだ。細すぎる」
 「……ワンチャンある」
 <でしょ? 剣ならイケるっしょ?>
 登ってきた夜叉彦の足元には、やはり刀があった。
 

 山道を抜けた先には、フロキリで最も新しいダンジョンである信徒の塔、そしてそのふもとに広がるフィールドが目の前に広がる。高原といった印象の、降雪量の少ないエリアだ。従来あった高難易度の氷山に初心者が迷い込まないよう、行く途中に作られた初心者用ダンジョンである。わざと崖で囲み、この塔を突破しなければ山を登れない設計になっていた。
 険しい氷山から強風が吹き込み、五人の髪の毛を乱す。
 「しかし相変わらずだな。風が強すぎるだろう……」
 エルフらしいブロンドのサラサラストレートが乱れているマグナが見つめる先は、毛量の多いジャスティンだ。三つ編みにしている髭が旗のようになびいている。
 「寒さを感じないから立ってられるけどよ、ほんとの雪山なら体感温度氷点下だろ」
 「これだけ吹雪なら俺、遭難する自信ある」
 「同じく」
 「お前なら平気だろう!」
 ジャスティンが、ぐしゃぐしゃになったテラコッタ色の髪を掻き分けて目線を榎本に向けた。アウトドアが好きだという点からだろうが、さすがに無理だろうとガルドは首を振った。
 「ジャス、榎本は登山はしない」
 「む、せんのか? 南アルプス、行かんのか?」
 「行かねぇよ。つーか無理だって、そんなハードなトレッキング」
 「そうなのか」
 「雪山は今さら感強いし」
 飽き飽きだ、という顔で榎本が笑う。
 「だって俺たち、月イチでモンブラン級の山登ってるじゃん」
 夜叉彦が目的地である塔の後ろにそびえる、白く鋭い雪山を指差した。ガルドたちロンド・ベルベットにとっては馴染みのフィールドで、フロキリで最も強い敵が居座っている上級者向けのエリアだ。
 「だな。リアルじゃ逆だぜ。行くなら緑の多い長野か、平野だと房総とかだな」
 「長野の話は前に聞いたな!」
 「夏場は良い避暑地だろう。都心から近い、程よく店がある、海がない。良いことずくめだ」
 マグナがいつも通りの理屈じみた持論を述べつつ、塔へと続く崖の一本道を進む。さらに、歩きながら小型のモンスターが沸いてくるポイントに弓矢を打ち込んでいく。
 崖のキワから昇ってくる小サル型のモンスターが一挙にやってくるのを防ぐため、火の属性を持つ弓で先手を打つ方法だ。ほとんどの小型モンスターが火を警戒する。弓や魔法で地面に火を置いておくだけで、ほとんど出てこなくなる。
 「さんきゅーマグナ。海がないのは俺にとっちゃデメリットだけどよ」
 「夏の海など……クラゲだらけだ」
 その海洋生物の名前に、ガルドは内心で「まだ引きずってるのか」と同情した。もう何年か経つが、恋人であるパジャマ子に引きずられて行った海水浴で刺されたのがトラウマらしい。
 「盆過ぎたら入るなって……」
 <クラゲっておいしいよね! 中華のサラダとか!>
 唐突なメロの発言が、メンバーの空気に香辛料の香りを漂わせる。
 「中華……」
 「いいな、中華。あんまりこっちでもあっちリアルでも食ってなかった」
 「こっちはともかく、向こうじゃ胸焼けするからなぁ!」
 「全く……食い物の話ばかりだな、お前たち」
 「ああ」
 「中華ならいいだろ? 無くは無い。遠いけどさ」
 <よーしっ、次回は南の諸島エリアに決定!>
 メロがチャット欄で宣言するのを、一列で崖沿いを歩く五人は頷きながら賛同した。
 「いいね~」
 「現実と行き来していたから不満はなかったが、こうもずっと雪景色だとな……拠点を島に移すのもアリだ」
 「確かに、ファストトラベル使えないってのは不便だな」
 塔の入り口がくっきりと見える距離まで来た。細かった道が開け、塔の前でロータリーのように空間をあけている。
 石造りの塔だ。彩度の無い、くすんだモノクロの円柱をしている。定番のツタなども無く、厳しい環境に建つ牢屋のようだった。
 ガルドはふと、外国のおとぎ話を思い出す。髪の長い乙女が閉じ込められているストーリーだ。幼い頃見た映像では、緑あふれる美しい場所に建っていた。ここは酷すぎる。フロキリで最も新しいこのダンジョンは、よく言えば質素で倹約的なイメージだ。それはこの塔につけられている設定にも合っている。
 宗教が倹約と思われているのは、フロキリの運営があったアメリカも同じなのだろう。ガルドは降り立てなかった国を思った。

 門番代わりのモンスターが二体、五人に立ちふさがるようにじっと佇んでいる。風が強いが、モンスター達の毛並みは揺れずにふかふかとしていた。
 「メロ、そっちはどう?」
 夜叉彦がすらりと背から抜刀しつつ、チャットの向こうへ声をかける。敵を見ているような目線だが、チャットウインドウがある視界右上を感覚しているようだ。ガルドも同様に、右上に意識を傾ける。
 <あっ、ファストトラベル優先で切り込む? 今はテレビ番組のこと聞いてる>
 「は?」
 抜いて力強く構えたはずの刀を、夜叉彦は床に着くほど垂らしてしまった。最前線に進もうと歩いていたガルドも、動きを止める。
 「テレビ?」
 <ドラマでさぁ、続き見逃せないやつあるんだよね~>
 「お、おま、まさかテレビを受信して見せろとか持ち掛けてるんじゃ……」
 <え、うん>
 そしてエモーションフェイスアイコンで「キリッ」とした表情を表現した。そして報告を長文で送信。
 <日本の国営放送ならいいってさ。やったね! ウチ昼のやつ好きでさぁ~、家族で昼ごはん中に見てるんだよ>
 「……え、急展開」
 「そんな大事なことなぜもっと早く言わない……!」
 ガルドのすぐ後ろにいたマグナが崩れ落ちた。
 <え、昼ドラみんな好きだったっけー?>
 「ちげぇよ! 国営放送って、まじかよ! テレビ見れるのか、良いのかそれっ」
 「監禁のつもり全く無いだろう、GM! 情報統制! 意図が読めん、全く理解できない!」
 榎本とマグナが常識的な反応をしていた。パニックになってしかるべき状況だろう。ガルドはそんな二人の様子を見つつ、呑気な三人と同じことを考えていた。
 「うーん、二倍速のニュースかー。聞き取れないなぁ」
 <二倍速?>
 「ドラマも二倍だな!」
 <えっと、ああ! こっちとあっちってずれてるんだっけか!>
 「そ。時間がずれてるってのは……黒い箱に閉じ込められてた時の話だけど、多分ここでもそうだろうし」
 <……超早口になっちゃうの? うわ、ちょっとまって、地上派じゃなくてオンデマンドにしてもらおう>
 「オンデマンド!? おいメロ、お前、それはいくらなんでも無茶だろう!」
 「メロ、いいからファストトラベルとか連絡手段とか、もっと困ってることあるでしょ? メロ?」
 「……あいつ、通知切りやがったな」
 メロからのメッセージは、ここでぷつりと途絶えてしまった。 
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