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357 優しい嘘
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犯人たちが被害者たちを連れて「ハワイ諸島から北米方面へ海路で逃走した」と予想した日電社長・晃九郎は、部下を数名連れて船舶の調査を行なっていた。ハワイ島から脳波コン通信を維持したまま空路で輸送するだけの技術も金銭的余裕もないだろうとの判断だった。
「電力の消費量を考えると、やはりクルーズ船は怪しいですね……」
「やはりバンクーバーか」
「アラスカに行く船も多いですし、発着数も他の港に比べて桁が違います。隠れ蓑にするには最適かと」
「ピックアップは済んでますよ、社長。ハワイ島発のバンクーバー経由をこの時期行なっているのはこれだけです。オーストラリア船籍……そういえば、久仁子さんの報告にあった二桁規模の被害者を拉致した二隻もそうでしたね」
「ふむ……賭けてみるか」
「はい!」
「足取りを追う。バンクーバーは治安も良い。警備カメラの問題で場所も限定される。あとはこちらが持つ『日本製フロキリ特有の干渉ノイズ』を辿れば、被害者の位置も特定できるだろう」
「奪取作戦は」
「人手がいる。奪取したところで、ログアウト処理には日本側のメンバーの支援がいるだろう。我々はそうしたノウハウもなければ、フルダイブを健康的に維持させるノウハウもない……様子見になるだろうな」
「となると、まずは位置の把握ですね」
「そして見失わない、と。北海道での三橋ログアウト処理の結果を聞いてからでも遅くはないでしょうし。あいつ起きたのか?」
「昏睡と軽い覚醒を交互に繰り返していて、会話はままならないらしいです」
「……くそ」
「ボス、ボスはすぐ北海道に行ってください。こちらの調査は我々がしますので」
「そうですね。こっちの奪取作戦は荒れそうですから、人員と装備の準備を徹底して万全な状態で行いたいですから。日本でそういうの整えてきていただけると嬉しい限りです」
「……ここの指揮は、では佐野。頼むぞ」
「了解。必ず見つけます。娘もきっと、そう望んでいることでしょう」
九郎の顔が一瞬凍る。気付かぬまま部下たちが佐野を慰めた。
「佐野さんの娘さんはおそらく現在追跡中の豪州クルーズ船二隻のうちの一隻にいるのではないでしょうか。外交問題になるため手出しができない状況ですが、現在は白亜教授がついてますから」
「ああ……不安は変わらないが、前より安堵感があるよ」
「我々にできることはもうありません、ここからは諜報活動です。まず下船させるのが難しい。計画としては『第三国によるシージャックの偽装』からの船舶の隔離、一人ずつログアウト処理していく方針ですが……」
「分かってる。居場所の割れてない面々より安全が保障されているから、船を衛星で追跡できている船の方は後回し、だろ?」
「すみません」
「いいって。事実さ。三橋がログアウトできただけでも良しとしよう。順番なら、田岡さんの次に今追ってる『最重要な六人』の安全確保、その次にみずきが乗ってるクルーズ船被害者のログアウト処理だ。なら全力でバンクーバーを探すだけさ」
九郎は作業の手を止めず、佐野の横顔をチラリと見た。脳裏に事件発生前から何枚か得ていた佐野みずきの顔写真が浮かぶ。事件発生後に佐野が提供した家族写真の切り抜きを思い浮かべる。
九郎は脇目もふらず田岡の救出に邁進してきた。だがもうすぐ終わる。三橋の完全覚醒と同時に田岡のログアウト処理を開始するよう指示を出したばかりだ。次に救わねばならない人物は、個人的な感情で言えば部下である佐野が熱望する娘・みずきであった。
本人から最後の通信で貰った「親族への対応についての依頼」を、端末の重要フォルダから引っ張り上げる。
<父や母にはバレたくない。また愛機TET00を売り払われるのはゴメンだ。ガルドとして、日本代表に選ばれたことは佐野みずきと切り離しておきたい……秘密にしてほしい>
ディンクロンにとってガルドは良き隣人だった。ゲームをしている中で触れ合う友である。しかし九郎にとって佐野みずきは被保護対象だった。田岡より高い優先順位にはならないが、得難い部下の大切な一人娘だ。
本音を言えば、優先して救い出したい「重要な六人」をログアウトする方が先だ。良き友人であり部下の大切な一人娘を救えるのだから佐野もそう頷くだろう。
「クルーズ船のシージャック作戦、アメリカのコネを使えるとかってマジっすか?」
「ああ、それな。この先の海の上で爆散したアメリカ人実業家がいただろう、イーライって。アレがらみで交渉したらしい。組織の重要な人物で間違いないとかで、口封じの意味もあるとか」
「俺たちの? 日本じゃ喋れないですよ、どうせ」
「俺たちというより社長だな。国内で警察が動いてる。国家反逆罪、ってやつ? マジだった場合は亡命も視野に入れるだろう? そうなったら海外じゃブルーホールは通常のウェブより社会で信憑性が出る。俺らの証言が潰されることもないだろう」
「なるほど、恩を与えておいて首謀者が米国人であるという情報を隠したいのか」
「実際イーライはメインの片隅には居たんだろうが、計画のメインを担っていたわけではなさそうだからな」
「そうですねぇ」
九郎はパチパチと目の裏で何通りかの計算をした。そして一つ、社長として有効な指示を飛ばす。
「佐野」
「はい」
「お前の言う通り、優先順位は六名の被害者の安全を確認後『拉致状態の維持』、その後オーストラリア船籍のクルーズ船からの被害者全員の退船及び『ログアウト処理』だ。六名の被害者のログアウト処理はその後、だな」
「そうですね。明文化しておきます」
「頼む」
娘が乗っていると信じ込んでいる佐野は、優先順位が高まったクルーズ船からの奪取に満面の笑みをこぼした。九郎はすぐ顔を背け、無表情を貫く。
佐野の望みを本当の意味で叶えるのは、どうやら先になりそうだ。九郎は、友人が送ってきた最後の小さな願いを大事にフォルダへしまいなおしながら作業へと戻った。
「電力の消費量を考えると、やはりクルーズ船は怪しいですね……」
「やはりバンクーバーか」
「アラスカに行く船も多いですし、発着数も他の港に比べて桁が違います。隠れ蓑にするには最適かと」
「ピックアップは済んでますよ、社長。ハワイ島発のバンクーバー経由をこの時期行なっているのはこれだけです。オーストラリア船籍……そういえば、久仁子さんの報告にあった二桁規模の被害者を拉致した二隻もそうでしたね」
「ふむ……賭けてみるか」
「はい!」
「足取りを追う。バンクーバーは治安も良い。警備カメラの問題で場所も限定される。あとはこちらが持つ『日本製フロキリ特有の干渉ノイズ』を辿れば、被害者の位置も特定できるだろう」
「奪取作戦は」
「人手がいる。奪取したところで、ログアウト処理には日本側のメンバーの支援がいるだろう。我々はそうしたノウハウもなければ、フルダイブを健康的に維持させるノウハウもない……様子見になるだろうな」
「となると、まずは位置の把握ですね」
「そして見失わない、と。北海道での三橋ログアウト処理の結果を聞いてからでも遅くはないでしょうし。あいつ起きたのか?」
「昏睡と軽い覚醒を交互に繰り返していて、会話はままならないらしいです」
「……くそ」
「ボス、ボスはすぐ北海道に行ってください。こちらの調査は我々がしますので」
「そうですね。こっちの奪取作戦は荒れそうですから、人員と装備の準備を徹底して万全な状態で行いたいですから。日本でそういうの整えてきていただけると嬉しい限りです」
「……ここの指揮は、では佐野。頼むぞ」
「了解。必ず見つけます。娘もきっと、そう望んでいることでしょう」
九郎の顔が一瞬凍る。気付かぬまま部下たちが佐野を慰めた。
「佐野さんの娘さんはおそらく現在追跡中の豪州クルーズ船二隻のうちの一隻にいるのではないでしょうか。外交問題になるため手出しができない状況ですが、現在は白亜教授がついてますから」
「ああ……不安は変わらないが、前より安堵感があるよ」
「我々にできることはもうありません、ここからは諜報活動です。まず下船させるのが難しい。計画としては『第三国によるシージャックの偽装』からの船舶の隔離、一人ずつログアウト処理していく方針ですが……」
「分かってる。居場所の割れてない面々より安全が保障されているから、船を衛星で追跡できている船の方は後回し、だろ?」
「すみません」
「いいって。事実さ。三橋がログアウトできただけでも良しとしよう。順番なら、田岡さんの次に今追ってる『最重要な六人』の安全確保、その次にみずきが乗ってるクルーズ船被害者のログアウト処理だ。なら全力でバンクーバーを探すだけさ」
九郎は作業の手を止めず、佐野の横顔をチラリと見た。脳裏に事件発生前から何枚か得ていた佐野みずきの顔写真が浮かぶ。事件発生後に佐野が提供した家族写真の切り抜きを思い浮かべる。
九郎は脇目もふらず田岡の救出に邁進してきた。だがもうすぐ終わる。三橋の完全覚醒と同時に田岡のログアウト処理を開始するよう指示を出したばかりだ。次に救わねばならない人物は、個人的な感情で言えば部下である佐野が熱望する娘・みずきであった。
本人から最後の通信で貰った「親族への対応についての依頼」を、端末の重要フォルダから引っ張り上げる。
<父や母にはバレたくない。また愛機TET00を売り払われるのはゴメンだ。ガルドとして、日本代表に選ばれたことは佐野みずきと切り離しておきたい……秘密にしてほしい>
ディンクロンにとってガルドは良き隣人だった。ゲームをしている中で触れ合う友である。しかし九郎にとって佐野みずきは被保護対象だった。田岡より高い優先順位にはならないが、得難い部下の大切な一人娘だ。
本音を言えば、優先して救い出したい「重要な六人」をログアウトする方が先だ。良き友人であり部下の大切な一人娘を救えるのだから佐野もそう頷くだろう。
「クルーズ船のシージャック作戦、アメリカのコネを使えるとかってマジっすか?」
「ああ、それな。この先の海の上で爆散したアメリカ人実業家がいただろう、イーライって。アレがらみで交渉したらしい。組織の重要な人物で間違いないとかで、口封じの意味もあるとか」
「俺たちの? 日本じゃ喋れないですよ、どうせ」
「俺たちというより社長だな。国内で警察が動いてる。国家反逆罪、ってやつ? マジだった場合は亡命も視野に入れるだろう? そうなったら海外じゃブルーホールは通常のウェブより社会で信憑性が出る。俺らの証言が潰されることもないだろう」
「なるほど、恩を与えておいて首謀者が米国人であるという情報を隠したいのか」
「実際イーライはメインの片隅には居たんだろうが、計画のメインを担っていたわけではなさそうだからな」
「そうですねぇ」
九郎はパチパチと目の裏で何通りかの計算をした。そして一つ、社長として有効な指示を飛ばす。
「佐野」
「はい」
「お前の言う通り、優先順位は六名の被害者の安全を確認後『拉致状態の維持』、その後オーストラリア船籍のクルーズ船からの被害者全員の退船及び『ログアウト処理』だ。六名の被害者のログアウト処理はその後、だな」
「そうですね。明文化しておきます」
「頼む」
娘が乗っていると信じ込んでいる佐野は、優先順位が高まったクルーズ船からの奪取に満面の笑みをこぼした。九郎はすぐ顔を背け、無表情を貫く。
佐野の望みを本当の意味で叶えるのは、どうやら先になりそうだ。九郎は、友人が送ってきた最後の小さな願いを大事にフォルダへしまいなおしながら作業へと戻った。
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