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320 暇から一転、大ピンチ

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 五ステージ、十ステージとクリアしていく間に負うダメージの量は減っていった。
「分断して斜め配置、合わせてダブルで行きます」
「了解。次のターンで調整する」
「経験値の割り振り問題ないっすか?」
「大丈夫。田岡さん優先でそのまま行こう」
「っす。閣下、いいっすか?」
「ああ」
 三橋は相変わらずガルドを閣下と呼ぶ。イントネーションがなだらかで常識的な点で区別がつくが、言い回しと合わせるとコボルトの忠犬を嫌でも思い出した。あちらは鬱陶しく、テンションが急加速急停止する。ボートウィグが言い出したあだ名がなぜ背広組に浸透しているのか不思議だが、止める気にもなれずガルド閣下というロールプレイを受け入れていた。
 短くそっけない返事は「その作戦を採用する」の意味を持つ。危ない時だけ止めるが、それ以外にガルドの出番はない。いざという時のためにケンタウロスたちをスタンバイさせているが、基本は敵への障害物か食いつかせるためのエサ扱いだ。武器ではない。
 Aによるチートバフが付いているガルドだが、レベルは低いままだ。敵のAIは低いレベルのユニットから攻め入るよう組まれているらしく、ガルドの召喚するケンタウロスたちはよく狙われた。エサとして配置しようと言い出したのは山瀬だ。久世が何通りか試した配置方法を大谷が評価し、選ばれたものを三橋が客観的に調整、ガルドが許可を出し全員で動かす。元々頼まれていた統括の役割は分散され、ガルドは文字通り「お飾りの将軍閣下」と化していた。
「あと六体撃破でレベル上がりそうかも」
「おおー! 次のステージで密集してたら、独り占めしちゃっていいっすよ!」
「長方形だといいなぁ」
 山瀬が嬉しそうにしている。長方形と言っているのは3×2の初期配置のことだ。山瀬が乗るケンタウロスの弓矢が使うスキルの攻撃範囲とピッタリ一致する。マス目がずれてしまうとロスが出るが、スキル使用回数に余裕があれば積極的に使っていた。時間短縮はガルドとしては嬉しくないが、煌びやかで派手なスキル演出はアクション性がなくても楽しさに変わりはない。
「楽しいな」
「アクションは苦手ですけど、こういうのだったらいいですね」
 ガルドは全く楽しくない。性に合わない。多少間違っていても許されるスピーディなリアルタイム性を愛しているため、碁盤を前に時間を掛けて予測するS・RPGは想像より退屈だった。
 HPゲージが長い敵ケンタウロスだけを狙って、ガルドは所持ユニットたちに遠距離攻撃を支持していく。背広組がゆっくり丁寧にコマンドを選ぶ横で、脳波コンのラフなイメージ操作でもって四体を同時に動かしていく。田岡の背後につけた個体へは何も考えず一番強い回復スキルを使用させる。
 一連の作業は背広組がしていることの五倍忙しいのだが、ゲーム慣れしているため全く忙しく感じないのだ。フロキリ時代に通り過ぎた初心者の頃を思い出す。当時のガルドならば満足しただろう。もしくは相応に強ければ面白かっただろう。
「くぁ……」
 思わずあくびが出た。大口を開けないよう素早く表情送受信をコントロールパネルへ切り替え、口元を無表情へと切り替える。
 Aはまだ終わらないのか。ガルドは空を見上げながら、馬の足音を背に直立を続けた。


「え、何? これをどこに繋げって?」
「ミソラ、いいからジッとしててくれ」
「でもみんなこんなに忙しそうなのに……」
「彼のバイタルを見ていてくれ」
「危なくなったらアラート出るんでしょ?」
「そのモニターの数字が一桁になったら点滴を換えてくれ」
「素人の私にできるわけないわ!」
「じゃあ看護師さん呼んで。大声でね」
「ずっと大声ですけど!? 三橋くんと繋いでたゲーム機、ずーっとビービー言ってるけど大丈夫なの!?」
「もともとはアメリカ製の機材なんだけどね、こっちが管理している間に色々改造されたっぽい。少し外部の力を借りながら安全性を高めているところだよ。危ない機材を総取っ替えして……えーっと、抜いていい電源はこっちで合ってたかな? 違う? おーっと危なかった」
「……邪魔しちゃヤバいってのは分かった。黙って見てる……」
「あと数時間で終わらせないと」
「終わるの?」
「うーん、あはは」
「笑ってないでしっかりしなさいよ! 三橋くんの今後に関わるんでしょう!?」
「いやぁ、間に合わないならもう一回トライするだけだから」
「これから船に乗るんでしょ? ネット繋がらなくなるじゃない」
「おお、そうだった! まずいまずい、しっかりしないと」
「最初から本気でやれ」



「おおっ」
「どうした、三橋」
「動かない!」
「え」
「前にも後ろにも無理っす」
「大丈夫なの?」
「でも文字化けが直ったっす!」
「文字化け?」
 三橋はケンタウロスの手綱を振るような仕草をした。だが動かない。ガルドは素早く自分のケンタウロスを動かし、次のターンで接敵しそうな西側のマスへ割り込んだ。
「ありがとうございます、閣下!」
「文字化けが直ったというのは……文字化けしてたことが初耳だ」
「あれっ、みなさんなってないんすか?」
「……フロキリがテンプレで使ってるフォントがインストールされていないのかもしれない。文字コードの化け方か?」
「いえ、記号とか文字の一部分が四角になる感じっす。文字コード違いだったら全然読めないっすよ」
「確かに」
「符号化のときと解釈のときとで使うコードが違うだけなら、時間はかかるっすけど読めなくないっす。俺のは歯抜けみたいに抜けるタイプなんで、どこのかは分からないけどとにかく一個、値が壊れてるんだとばかり。直してくれたんすね、外の人。助かるー」
 三橋は1人で納得したような声をあげた。なるほど、とガルドは憶測する。元々フロキリをプレイしていたメンバーと違う背広組や田岡は、アバター性能や環境がガルドたちのものより不足している。Aは彼らへフロキリの不足システムデータを与えてまわっているのだ。三橋のユーザーインターフェイス周りが直ってきているということは、仕事は順調に進んでいるということだ。
「動けないってどうすんだよ、三橋。ターン回るぞ」
「しばらくこっちでフォローする」
「すんません閣下、よろしく頼むっす。あっ! 所持金が増えた!」
「え?」
「わわわ、なん、えー!? すごい速さで……十万、百万、一千万!」
「ステージクリアの報酬か?」
「まだクリアしてないっすよ? 中途半端なタイミングだな~」
「……このゲーム通貨、レートはドルに似せてますよね? 尋常じゃない金額ですよ」
「一千万ダラーって」
「億単位円です。二桁の億。はい」
「人生ゲームでも聞かないぞ、そんな額」
 ガルドも頷く。だが給料代わり、謝礼金だとすれば足りないところだ。
「ゲーム内通貨で貰ってもなぁ」
「なぁに言ってるんすか! 俺らは狩り苦手なんすから有り難いじゃん!」
「何買うんだよ」
「何って久世さん、そりゃあ飯と映画と曲っすよ」
「そんなの買い占めても百万でお釣りくるんじゃない?」
「これからコンテンツ増えるかもしれないし」
「……こっちもだ」
 大谷がケンタウロスに弓を引かせながら右上を指でなぞっている。所持金の数字ドラムロールを見ているのだろう。指の動きを見るに勢いよく回っている。
「大谷の方もアップデートが……」
 とうとう背広組にも変化が現れた。
 ガルドは位置関係をメモしたオフィス系アプリを立ち上げた。Aが親切心で追加してくれたもので、社会人が使うようなTODOのパネルが大量に飛び出てくる。榎本と共有しているホットスワップ関連のプロジェクトボードを展開し、田岡や三橋たちの名前と紐づいたリンクへと飛んだ。
 榎本とガルドが感覚しやすい脳波コン特有の拡張子で文章データが並んでいる。重要そうな文字が優先して感じ取れる工夫のされた感覚文字だ。三橋とその他は別ラベルがされている。
 その間にも敵ターンが回ってきた。三橋を守るようケンタウロスたちに回避と反撃を指示。
「回避率30%で当たった!?」
「過信する方が悪い」
「回復お願いしまーす」
「あっはっは! 倒したぞー!」
「田岡さんすごいっすねー」
 ターン制バトルに必要な情報共有へ耳を傾けながら、ガルドは資料を再確認した。三橋は一人だけ現在地が孤立している。田岡を除いた中で一番危険な状況だ。なにしろあのロシアなのだ。美味い具合に脱出できたから文字化け対応のアップデートができたと分かるが、本当に安全なのかはAにも分からないはずだ。着々とソフトウェア側に改良が入っているということは、本命のホットスワップ対応でのハードウェアの改良が終わりつつあるのだろう。
「ゴールも近いのか」
 ほっとする。大谷の所持金が増えたのも、大谷たち背広組がAやベルベットの仲間がアクセスできる場所にいるということだ。Aは信用している。短くない付き合いで信頼できるところまできた。そもそもベルベットがメインで動いているのであれば、信用しないほうがおかしい。
 ガルドは共有していた資料を閉じた。背広組の生身現在地の欄が空欄のままであっても。他三橋の生身現在地がロシアの警察署から動いていなくとも。最新版のデータではきっと良い場所で安全にアップデートがなされているのだと信じ、連絡が来るまでゲームプレイを続けるだけだ。
「あ、こっちもお金きた」
「全員配布かぁ。お金たくさん刷ると価値が暴落するんだぞー」
「市場価格を外に決められているビジネスは問題ない」
「金井さんが作って売ってるような美味しいご飯とか」
「それは困ります」
「高いと買えなくなる……」
「そのときはまたここでこうして稼げばいいんじゃない?」
「おお、また来れるのか? いいな、次はもっと大人数だといいな!」
「だ、そうですよ。次は田岡さん、布袋さんと来るのはどうでしょう?」
「静は強いからな、負けたくないぞ。ふふ、ふっふふ」
「次は難易度選べるといいね。布袋さんが一緒ならもっと難しくていいと思うわ」
 高い空を見上げながら、ガルドはオフィス系アプリに現在判明していることを片っ端から記録した。物理キーボードならミシンのような音をたてるほどの速さで、しかしこめかみからイメージで流し出す文字は無音のまま光の速さで報告パネルを生成していく。
「閣下、次のステージがラストらしいっすよ!」
<A>
 返事はない。佳境らしい。


<トラブってるのどこかね!? え!? ううむ、人手が足りないのでねー! すまないが後回しでね! そう、電源は順番に! ああもう、貸したまえね! ……ハイできた、早くインストールしないとソレ時間かかるのでね! え、ケーブル? 足りないのかね!? 嘘だろうあれだけ準備して……ああっ、階段は慎重に! 自動運転は切りたまえね!>
<ギギギ/キーキーキー>
<待ちたまえ、ぶつかってる音がするんだがね!>
<ギギ>
<ムリフェイ……ン。そんな、そんな怖い顔しないでくれたまえね。余裕? 全く無いがね! そこはボクがアームで運搬するのでね。忙しい時こそホウレンソウだとみずきが言ってたのでね。え、ちょ、無視しないでほしいのだがねー! えー!?>
<キュルキュルキュル>
<ううん重い>
<ギュルギュルギュル>
<落としはしないのでね>
<キリキリキリキリ>
<これをあと二つかね? うーん、1ステージで終わるとは思えないのでね……>

<みずき、すまないが30分時間を稼いで欲しいのだがね>

<は?>
 ガルドは腹の底から出かかった特大の疑問符を済んでのところで通信声帯に載せた。目の前では最終ステージらしく大型ボスを前にやる気十分の背広組がいる。ケンタウロスは武器を尖らせ、田岡は鼻息荒く最先頭を陣取り、ガルドは最後尾で怒りに任せチャットを打った。
<さん? さんじゅっぷん? ステージ5つは欲しい量をボス面だけで茶を濁せと?>
<あああ、すまないみずき! 必死でやってるのだがね、機材トラブルと人手不足と、あと純粋に重くてだね……>
<言い訳してる暇あるなら10分で終わらせてこい!>
<心底すまない! 終わったらすぐに連絡するのでね!>
 理由を聞いている余裕もない。ガルドは一気に噴き出た汗を自覚する。
 このステージはボスが配置されており、場合によっては時間がかかる。だが30分ももつだろうか。
「ど……」
 どうすれば。ガルドは一文字になるほど歯をキツく食いしばった。
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