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257 浜辺リアルバトル
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落下していったロボットアームへ、みずきは心の中で手を合わせた。可哀想なことをしてしまった。自分からエレベーターシャフトに突っ込んでいく形になったが、そう指示をしたのはみずきだ。
重力通りに落ちていったアームがようやく最下部へ衝突したのか、大きな機械が落ちる音がした。耳を塞ぎたくなる。時間差に、目がくらむほど高いのだとみずきは強く実感した。暗くなっている下は覗き込んでもよく分からないが、底なしのだと思うとみずきの足を震わせた。
視線を強引に上へ向けると、生き残った二台がうごうごとタイヤを動かしている。ワイヤーを挟んで二台が向かい合わせになり、アームのロボットハンド部分は上部のワイヤーへ掴まっていた。重い躯体が重力で落ちそうな中、タイヤ同士を上手に噛み合わせて八輪の即席昇降機になっている。
そしてみるみる上昇していった。
「確かに指示したけど……すごいな」
みずきはオートで勝手に動くアーム達の脱出撃に感嘆しつつ、自分を支えるアームにも指示を出した。
「登れ」
しゃくとり虫をイメージ。人工筋肉がうなる。ロボットハンドと大関節、付け根のタイヤ付きベース部分を順繰り伸ばして垂直の壁を登っていく。エレベーター内部にはガイドレールが縦に伸びていて、掴まるための凹凸やレールはいたるところにあった。みずきは特にここと指示を出しているわけではないが、みずきのイメージ発出が脳波コンを通して伝わる間に、Aが仕込んだ補助アシストシステムが意図を汲んで適切な動きに切り替えていく。
先ほど登っていった二台に比べると遅いが、みずきが登るよりは確実に早い速度で少しずつ上層階を目指していった。
「まぶしい」
目を細めながら、廃墟同然の崩れ方をしている建物の残骸から出る。裸足かつ悪路の上だが、ロボットアーム達は時にみずきの乗る一台ごと高く持ち上げながら、ゆっくりと外に運び出した。南国らしい亜熱帯植物の合間から日の光が差し込んでくる。みずきは顔いっぱいで光を浴び、腕を広げて全身で熱を感じた。
同時に、側をくっついてくるロボットアーム二台もマニピュレーターを広げている。
センサーはないため暖かさの実感はないが、みずきの「複腕」がたくさん日の光を浴びたような解放感を共有した。
気持ちが良い。気が上向きになる。
「……慎重に頑張ろう」
みずきは全ての腕にグッと力を入れた。慎重に、というのは今後の作戦だ。ハッキングで存在を知った女隊長に、みずきは自分の姿を目で見てもらうつもりでいた。
命じられた内容は分からないが、恐らく日本人を殺せというような内容だろう。そして地下で大暴れし、踏みつぶして圧死させたと思っている。報告を送り合う敵の通信を簡単に覗けてしまったみずきは、隊長の次の指示に眉をひそめた。
<死体を回収せよ。施設を破壊したのち、被験体の死体を回収せよ>
「ハァ……嫌なヤツ」
ジャングルを進んでいくと、イーラーイの私兵たちが倒れていた。先に進んでいるガルドが大量のデータで脳波コンをクラッシュさせた余波を受け、神経系が麻痺している。しばらくは動けないだろう。
椅子にしているもの以外のロボットアーム二台を先に進ませ、誰も起き上がってこないか警戒する。
「念のため」
倒れて気を失っている兵士たちを一人一人確認し、こめかみの部分にみずきはテープを貼ることにした。みずき自身が素肌を隠すために使っているものだ。表側は白色のビニール地だが、内側は黒い粘着剤になっている。彫りの深い外国人の顔を恐る恐る両手で鷲掴みにし、外し方が分からず難儀しながらヘルメットを外す。中を見ると案の定、内側に脳波コン用の送受信コード端子が見えた。
みずきは意識のない男のこめかみへテープを貼った。これでまたヘルメットを被っても、皮膚接触さえしなければ通信は出来ない。だが、と不安になる。あまり厚みの無いテープだ。干渉しきれず通過するかもしれない。
みずきは試しに、自分の簡易デバイスから伸びている有線コードをテープの上からこめかみに乗せた。続けて、メッセージで「HELLO?」と送信する。だが受信エラーで返ってくる。
「……このテープ、アルミホイル挟まってる?」
黒い粘着面の奥にでも金属を挟んであるのか、テープで強く通信を遮断しているらしい。安心し、ほっと息をつく。期待した以上の機能を持つテープだった。
みずきは念のためさらにもう一枚貼り付け二重にし、ヘルメットを被せて土の地面に寝かせておく。
「急がないと」
素早く指示操作すると、無傷のまま沈黙している六輪装甲車の中や、少し離れた場所で倒れている兵をロボットアームが回収していく。移動するたびタイヤに土がくっつき、走りながら弾いて地面を削っていく。辺りはあっという間にタイヤ痕だらけになった。
「全員ここに……あと、一人デコイに回す。一番身長小さい奴」
みずきは隊長の前に姿を現した後の作戦を考えていた。
BJグループを諦めさせるためには、成果が上がればいい。みずきは何パターンか考えたが、手っ取り早いのはみずき自身を差し出すのがいいと発想した。
死体を回収するつもりらしいイーラーイの民兵隊長に、みずきの偽物を掴ませればいい。
小柄な兵を裸に剥いて、わざと回収させる。明らかに違うだろう見た目の齟齬を埋める鍵が脳波コンだ。
「リアルタイムで、顔の上に顔を載せるだけ……それくらいなら……」
<——出来る>
ガルドが続けた。みずきの隣には、倒れていたはずの兵が一人だけ、腕をだらんとおろしたまま立っている。先ほどガルドのアバターが重なった兵だ。ガタイが良く身長も2mに近い。彼が見ていてみずきに届く視界感覚に違和感は無い。
<ARアプリは軽い。短時間、顔だけなら問題ない>
Aが組んだ支援AIと混ざり合ったみずきの意識が、ガルドの声帯ではっきりと断言した。
「顔だけだから、髪色をもう少し黒くしないと……」
みずきは装甲車の下部についているディーゼルエンジンのススをアームに集めさせた。そのまま小柄な兵の髪へ、ロボットアーム特有のぎこちなさでギシギシと塗りたくる。まだらで塗りムラがあるが、遠目なら黒髪に見える程度にはなった。
「よし」
緊張で激しく鳴る心臓の音に、みずきは生の実感を得ていた。ガルドにはない五月蠅さに、耳のふちが熱くなる。全く嬉しくない。喉の奥から鼓動ごと心臓が出てきそうな吐き気がし、目を一度つむってから開く。
ログイン出来ない。早くガルドに帰りたい。
「ガルドだけの方が、気楽でいい」
<だが、身体が無いと『生きている』とは言えない>
みずきの奥で、ガルドが理性的に呟いた。
海辺。
地図によればハワイのビーチだが、全く実感の沸かないみずきにはただの浜にしか見えない砂と水の集積体。奥には標高が高い部分の岸壁が見えるが、ジャングルの中で少し坂を下ったため、水平線に近い砂浜になっている。
イーラーイの私兵団が島に乗り付けたエア・クッション型揚陸艇——ホバークラフトの大きな黒いゴムスカートが付いた、空気で浮きながら走る水陸両用の乗り物だ——は、海から完全に離れ砂浜の上へ乗りあげ、艇首側斜路を開いていた。
辺りには二名の兵と、ピクニックに使うようなレジャー用チェアに座るスーツ姿の女が一人いた。揚陸艇の上には誰も何も見当たらない。
みずきが道中、地下施設で見かけた二台の装輪装甲車と、陸上で見かけた装輪装甲車一台を載せてもまだもう一台なら入りそうなフルオープンの甲板は、今は空っぽだ。もしかしたらもう一台本当に上陸しているのかもしれない。みずきは警戒すべきだと思いつつも、今は作戦のことで頭がいっぱいだった。
「……右の人は防御が弱い。完全に落とせる。もう一人は使えそうな良いデバイスと繋がってる。意識をそのまま箱に入れて、空の身体を使う。あの座ってるやつに気付かれないように」
<気付きそうにない。コーヒー飲んでる>
「ネットサーフィンもしてる。ブルーホールっぽいけど違う、英語圏のフルダイブSNS? へぇ」
みずきとガルドは、お互いの視界を溶かして一つにした。
みずきが見た様子から、ガルドはコーヒーを飲んでいる女のリラックス加減を。ガルドが感受した通信信号を見たみずきは、繋がっている先でイーラーイとは関係のないページを見ていることを察知した。風景に境目はない。どちらも「佐野みずき」の視界だ。
「いつでもよさそう」
<では開始する。直進>
ガルドがハンドルをイメージし、続けてアクセルをイメージした。運転免許のないみずきにとって一番リアルなレーシングゲームのUIが脳裏に広がる。重力のない宇宙船のレースを意図的に重力下に降ろすため、ガルドは余計なキャパシティを割いた。面倒くさい。そのままみずきの心に反映される。
「免許欲しい」
アクセルを踏んでも思ったようなスピードが出ない。
みずきのイメージが乏しすぎるせいだ。ガルドとしての一面が、装輪装甲車を前に進めるため必要そうな操作やパーツの挙動を<コレ、ほとんど使ってないぞ>と傍観している。
使い方がイメージできないと、Aが生み出したガルドの支援機構も役に立たない。八輪装輪装甲車は鈍足のまま進む。
みずきと敵兵に憑依したガルドは、奪った装輪装甲車で海岸に直接向かっていた。中から外を見るために、ガルドが操作している大柄な兵士がハッチから上に上半身を出している。有線で腰に装備している中型デバイスと繋がっており、その端子へみずきが有線で直に接続し、ガルドとしての意識を乗り込ませていた。
彼本人がもつスキルのみを抽出して運転出来れば良かったのだが、そのためには大型デバイスのフルタイフが必要だ。処理にマシンが追いつかない。みずきは自力で大型車両を運転しなければならず、ブレーキとアクセルとハンドルだけを撮って前を向くイメージを装輪装甲車に送っていた。クラッチは知らない。ギアも分からない。
のろのろとした速度で海岸に迫って来た味方装輪装甲車を不思議に思った私兵たちが、片手を振りながら車両に合図を送っているのが見える。
「不審がられるかも」
<とりあえず手を振り返す>
カルドは操る男の腕をゆっくり左右に振った。正規の軍隊ではない。ハンドサインも、男から奪ったデータの中には無い。だが動きはガルド、つまりみずきが行うイメージによる。女らしかっただろうか。軍人らしくきびきびとすべきだっただろうか。サッとみずきの顔から血の気が引いた。
<ブーツ? 回収完了か?>
短波の通信が突然車内に響いた。
肩を震わせて驚くみずきをよそに、ガルドはテンプレート的な言い方ですぐに返事をした。
<YES>
<エンジントラブルか?>
<YES。停止も加速も出来ない>
嘘をつくのはガルドの方が上手いらしい。みずきは首を少し上げて、上半身を外に出している兵士の下半身を見た。ガルドの表情は分からないが、嘘に何の罪悪感も抱いていないことが共同体のみずきには分かる。
<ではそのままLCACへ搭乗、母艦へ移動せよ>
なるほど、と指示された命令にみずきは目を細めた。
エア・クッション型揚陸艇は荷物を乗り付けるためだけの乗り物だ。装輪装甲車を三台もしくは四台乗り付けるため、沖合に別の船を準備していたのだ。
<チャンス。使わない手はない>
ガルドとみずきが一瞬の間に話し合った。
「追跡させる?」
<技術的に自分には無理>
「じゃあ自爆させる」
<Aが用意していたウイルスを三種類、この男に仕込む>
「ん」
ガルドは、Aに山ほど持たされていたデータのカバンから三つほどファイルをコピーし、男が使っている中型デバイスの隅にペーストした。その間にみずきは装輪装甲車のアクセルを踏み、揚陸艇へそのまま進めていく。停止させようとブレーキをイメージするが、想像より効きが悪い。
「ぶつかりそうだけど」
<対処法が分からない>
首をかしげながら、揚陸艇の艇首側斜路——車いすを載せるために福祉車両についているようなステップを登り、揚陸艇の狭い甲板を進み、後部についているプロペラ型のスラスターへ突っ込む勢いで進み続けた。にわかに砂浜の上の兵二人がバタバタと慌てだし、手を大きく振ってガルド憑依中の兵を制止しようとしている。
<エンジンを停止させろー!>
<いや、とにかく脱出が先だ! 降りろ!>
兵士たち二人が叫んでいるらしく、悠長にコーヒーを飲んでいた女隊長が椅子から飛び起きた。コーヒーカップを投げ、何か叫んでいる。ガルドは兵の耳から入る情報をデータ化しなかったため、みずきにも届かない。
そもそもみずきとしては、乗っている装輪装甲車もホバークラフト式の揚陸艇もどうなったってかまわなかった。海に落ちても構わない。既に車両後部のハッチはいつでも開ける状態で、上半身だけ飛び出ていたガルドの憑依体も、三台のロボットアームに抱えさせた「みずきのダミー兵」と共に飛び出す準備を始めていた。
ホバークラフトの推進部であるプロペラに向かって直進し続ける、鈍い鉄の軋み音が車内にも聞こえてきた。
<タイヤに輪留めを! 急げ!>
止めようとしている兵の通信がガルドにも入って来た。
タイヤ部分に回り込んできたらしい。みずきはキッと視線を車両下部に向ける。耳を澄ませるとタイヤが何かを挟んでギシギシと止まりかける異常音がした。目で目標を定める。
ガルドが右腕だけで、データの塊で出来た大剣を振りかぶった。
「そこ」
脳波コンの気配を、ガルドが装甲車の床ごと斬った。
重力通りに落ちていったアームがようやく最下部へ衝突したのか、大きな機械が落ちる音がした。耳を塞ぎたくなる。時間差に、目がくらむほど高いのだとみずきは強く実感した。暗くなっている下は覗き込んでもよく分からないが、底なしのだと思うとみずきの足を震わせた。
視線を強引に上へ向けると、生き残った二台がうごうごとタイヤを動かしている。ワイヤーを挟んで二台が向かい合わせになり、アームのロボットハンド部分は上部のワイヤーへ掴まっていた。重い躯体が重力で落ちそうな中、タイヤ同士を上手に噛み合わせて八輪の即席昇降機になっている。
そしてみるみる上昇していった。
「確かに指示したけど……すごいな」
みずきはオートで勝手に動くアーム達の脱出撃に感嘆しつつ、自分を支えるアームにも指示を出した。
「登れ」
しゃくとり虫をイメージ。人工筋肉がうなる。ロボットハンドと大関節、付け根のタイヤ付きベース部分を順繰り伸ばして垂直の壁を登っていく。エレベーター内部にはガイドレールが縦に伸びていて、掴まるための凹凸やレールはいたるところにあった。みずきは特にここと指示を出しているわけではないが、みずきのイメージ発出が脳波コンを通して伝わる間に、Aが仕込んだ補助アシストシステムが意図を汲んで適切な動きに切り替えていく。
先ほど登っていった二台に比べると遅いが、みずきが登るよりは確実に早い速度で少しずつ上層階を目指していった。
「まぶしい」
目を細めながら、廃墟同然の崩れ方をしている建物の残骸から出る。裸足かつ悪路の上だが、ロボットアーム達は時にみずきの乗る一台ごと高く持ち上げながら、ゆっくりと外に運び出した。南国らしい亜熱帯植物の合間から日の光が差し込んでくる。みずきは顔いっぱいで光を浴び、腕を広げて全身で熱を感じた。
同時に、側をくっついてくるロボットアーム二台もマニピュレーターを広げている。
センサーはないため暖かさの実感はないが、みずきの「複腕」がたくさん日の光を浴びたような解放感を共有した。
気持ちが良い。気が上向きになる。
「……慎重に頑張ろう」
みずきは全ての腕にグッと力を入れた。慎重に、というのは今後の作戦だ。ハッキングで存在を知った女隊長に、みずきは自分の姿を目で見てもらうつもりでいた。
命じられた内容は分からないが、恐らく日本人を殺せというような内容だろう。そして地下で大暴れし、踏みつぶして圧死させたと思っている。報告を送り合う敵の通信を簡単に覗けてしまったみずきは、隊長の次の指示に眉をひそめた。
<死体を回収せよ。施設を破壊したのち、被験体の死体を回収せよ>
「ハァ……嫌なヤツ」
ジャングルを進んでいくと、イーラーイの私兵たちが倒れていた。先に進んでいるガルドが大量のデータで脳波コンをクラッシュさせた余波を受け、神経系が麻痺している。しばらくは動けないだろう。
椅子にしているもの以外のロボットアーム二台を先に進ませ、誰も起き上がってこないか警戒する。
「念のため」
倒れて気を失っている兵士たちを一人一人確認し、こめかみの部分にみずきはテープを貼ることにした。みずき自身が素肌を隠すために使っているものだ。表側は白色のビニール地だが、内側は黒い粘着剤になっている。彫りの深い外国人の顔を恐る恐る両手で鷲掴みにし、外し方が分からず難儀しながらヘルメットを外す。中を見ると案の定、内側に脳波コン用の送受信コード端子が見えた。
みずきは意識のない男のこめかみへテープを貼った。これでまたヘルメットを被っても、皮膚接触さえしなければ通信は出来ない。だが、と不安になる。あまり厚みの無いテープだ。干渉しきれず通過するかもしれない。
みずきは試しに、自分の簡易デバイスから伸びている有線コードをテープの上からこめかみに乗せた。続けて、メッセージで「HELLO?」と送信する。だが受信エラーで返ってくる。
「……このテープ、アルミホイル挟まってる?」
黒い粘着面の奥にでも金属を挟んであるのか、テープで強く通信を遮断しているらしい。安心し、ほっと息をつく。期待した以上の機能を持つテープだった。
みずきは念のためさらにもう一枚貼り付け二重にし、ヘルメットを被せて土の地面に寝かせておく。
「急がないと」
素早く指示操作すると、無傷のまま沈黙している六輪装甲車の中や、少し離れた場所で倒れている兵をロボットアームが回収していく。移動するたびタイヤに土がくっつき、走りながら弾いて地面を削っていく。辺りはあっという間にタイヤ痕だらけになった。
「全員ここに……あと、一人デコイに回す。一番身長小さい奴」
みずきは隊長の前に姿を現した後の作戦を考えていた。
BJグループを諦めさせるためには、成果が上がればいい。みずきは何パターンか考えたが、手っ取り早いのはみずき自身を差し出すのがいいと発想した。
死体を回収するつもりらしいイーラーイの民兵隊長に、みずきの偽物を掴ませればいい。
小柄な兵を裸に剥いて、わざと回収させる。明らかに違うだろう見た目の齟齬を埋める鍵が脳波コンだ。
「リアルタイムで、顔の上に顔を載せるだけ……それくらいなら……」
<——出来る>
ガルドが続けた。みずきの隣には、倒れていたはずの兵が一人だけ、腕をだらんとおろしたまま立っている。先ほどガルドのアバターが重なった兵だ。ガタイが良く身長も2mに近い。彼が見ていてみずきに届く視界感覚に違和感は無い。
<ARアプリは軽い。短時間、顔だけなら問題ない>
Aが組んだ支援AIと混ざり合ったみずきの意識が、ガルドの声帯ではっきりと断言した。
「顔だけだから、髪色をもう少し黒くしないと……」
みずきは装甲車の下部についているディーゼルエンジンのススをアームに集めさせた。そのまま小柄な兵の髪へ、ロボットアーム特有のぎこちなさでギシギシと塗りたくる。まだらで塗りムラがあるが、遠目なら黒髪に見える程度にはなった。
「よし」
緊張で激しく鳴る心臓の音に、みずきは生の実感を得ていた。ガルドにはない五月蠅さに、耳のふちが熱くなる。全く嬉しくない。喉の奥から鼓動ごと心臓が出てきそうな吐き気がし、目を一度つむってから開く。
ログイン出来ない。早くガルドに帰りたい。
「ガルドだけの方が、気楽でいい」
<だが、身体が無いと『生きている』とは言えない>
みずきの奥で、ガルドが理性的に呟いた。
海辺。
地図によればハワイのビーチだが、全く実感の沸かないみずきにはただの浜にしか見えない砂と水の集積体。奥には標高が高い部分の岸壁が見えるが、ジャングルの中で少し坂を下ったため、水平線に近い砂浜になっている。
イーラーイの私兵団が島に乗り付けたエア・クッション型揚陸艇——ホバークラフトの大きな黒いゴムスカートが付いた、空気で浮きながら走る水陸両用の乗り物だ——は、海から完全に離れ砂浜の上へ乗りあげ、艇首側斜路を開いていた。
辺りには二名の兵と、ピクニックに使うようなレジャー用チェアに座るスーツ姿の女が一人いた。揚陸艇の上には誰も何も見当たらない。
みずきが道中、地下施設で見かけた二台の装輪装甲車と、陸上で見かけた装輪装甲車一台を載せてもまだもう一台なら入りそうなフルオープンの甲板は、今は空っぽだ。もしかしたらもう一台本当に上陸しているのかもしれない。みずきは警戒すべきだと思いつつも、今は作戦のことで頭がいっぱいだった。
「……右の人は防御が弱い。完全に落とせる。もう一人は使えそうな良いデバイスと繋がってる。意識をそのまま箱に入れて、空の身体を使う。あの座ってるやつに気付かれないように」
<気付きそうにない。コーヒー飲んでる>
「ネットサーフィンもしてる。ブルーホールっぽいけど違う、英語圏のフルダイブSNS? へぇ」
みずきとガルドは、お互いの視界を溶かして一つにした。
みずきが見た様子から、ガルドはコーヒーを飲んでいる女のリラックス加減を。ガルドが感受した通信信号を見たみずきは、繋がっている先でイーラーイとは関係のないページを見ていることを察知した。風景に境目はない。どちらも「佐野みずき」の視界だ。
「いつでもよさそう」
<では開始する。直進>
ガルドがハンドルをイメージし、続けてアクセルをイメージした。運転免許のないみずきにとって一番リアルなレーシングゲームのUIが脳裏に広がる。重力のない宇宙船のレースを意図的に重力下に降ろすため、ガルドは余計なキャパシティを割いた。面倒くさい。そのままみずきの心に反映される。
「免許欲しい」
アクセルを踏んでも思ったようなスピードが出ない。
みずきのイメージが乏しすぎるせいだ。ガルドとしての一面が、装輪装甲車を前に進めるため必要そうな操作やパーツの挙動を<コレ、ほとんど使ってないぞ>と傍観している。
使い方がイメージできないと、Aが生み出したガルドの支援機構も役に立たない。八輪装輪装甲車は鈍足のまま進む。
みずきと敵兵に憑依したガルドは、奪った装輪装甲車で海岸に直接向かっていた。中から外を見るために、ガルドが操作している大柄な兵士がハッチから上に上半身を出している。有線で腰に装備している中型デバイスと繋がっており、その端子へみずきが有線で直に接続し、ガルドとしての意識を乗り込ませていた。
彼本人がもつスキルのみを抽出して運転出来れば良かったのだが、そのためには大型デバイスのフルタイフが必要だ。処理にマシンが追いつかない。みずきは自力で大型車両を運転しなければならず、ブレーキとアクセルとハンドルだけを撮って前を向くイメージを装輪装甲車に送っていた。クラッチは知らない。ギアも分からない。
のろのろとした速度で海岸に迫って来た味方装輪装甲車を不思議に思った私兵たちが、片手を振りながら車両に合図を送っているのが見える。
「不審がられるかも」
<とりあえず手を振り返す>
カルドは操る男の腕をゆっくり左右に振った。正規の軍隊ではない。ハンドサインも、男から奪ったデータの中には無い。だが動きはガルド、つまりみずきが行うイメージによる。女らしかっただろうか。軍人らしくきびきびとすべきだっただろうか。サッとみずきの顔から血の気が引いた。
<ブーツ? 回収完了か?>
短波の通信が突然車内に響いた。
肩を震わせて驚くみずきをよそに、ガルドはテンプレート的な言い方ですぐに返事をした。
<YES>
<エンジントラブルか?>
<YES。停止も加速も出来ない>
嘘をつくのはガルドの方が上手いらしい。みずきは首を少し上げて、上半身を外に出している兵士の下半身を見た。ガルドの表情は分からないが、嘘に何の罪悪感も抱いていないことが共同体のみずきには分かる。
<ではそのままLCACへ搭乗、母艦へ移動せよ>
なるほど、と指示された命令にみずきは目を細めた。
エア・クッション型揚陸艇は荷物を乗り付けるためだけの乗り物だ。装輪装甲車を三台もしくは四台乗り付けるため、沖合に別の船を準備していたのだ。
<チャンス。使わない手はない>
ガルドとみずきが一瞬の間に話し合った。
「追跡させる?」
<技術的に自分には無理>
「じゃあ自爆させる」
<Aが用意していたウイルスを三種類、この男に仕込む>
「ん」
ガルドは、Aに山ほど持たされていたデータのカバンから三つほどファイルをコピーし、男が使っている中型デバイスの隅にペーストした。その間にみずきは装輪装甲車のアクセルを踏み、揚陸艇へそのまま進めていく。停止させようとブレーキをイメージするが、想像より効きが悪い。
「ぶつかりそうだけど」
<対処法が分からない>
首をかしげながら、揚陸艇の艇首側斜路——車いすを載せるために福祉車両についているようなステップを登り、揚陸艇の狭い甲板を進み、後部についているプロペラ型のスラスターへ突っ込む勢いで進み続けた。にわかに砂浜の上の兵二人がバタバタと慌てだし、手を大きく振ってガルド憑依中の兵を制止しようとしている。
<エンジンを停止させろー!>
<いや、とにかく脱出が先だ! 降りろ!>
兵士たち二人が叫んでいるらしく、悠長にコーヒーを飲んでいた女隊長が椅子から飛び起きた。コーヒーカップを投げ、何か叫んでいる。ガルドは兵の耳から入る情報をデータ化しなかったため、みずきにも届かない。
そもそもみずきとしては、乗っている装輪装甲車もホバークラフト式の揚陸艇もどうなったってかまわなかった。海に落ちても構わない。既に車両後部のハッチはいつでも開ける状態で、上半身だけ飛び出ていたガルドの憑依体も、三台のロボットアームに抱えさせた「みずきのダミー兵」と共に飛び出す準備を始めていた。
ホバークラフトの推進部であるプロペラに向かって直進し続ける、鈍い鉄の軋み音が車内にも聞こえてきた。
<タイヤに輪留めを! 急げ!>
止めようとしている兵の通信がガルドにも入って来た。
タイヤ部分に回り込んできたらしい。みずきはキッと視線を車両下部に向ける。耳を澄ませるとタイヤが何かを挟んでギシギシと止まりかける異常音がした。目で目標を定める。
ガルドが右腕だけで、データの塊で出来た大剣を振りかぶった。
「そこ」
脳波コンの気配を、ガルドが装甲車の床ごと斬った。
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そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
VRゲームでも身体は動かしたくない。
姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。
古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。
身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。
しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。
当作品は小説家になろう様で連載しております。
章が完結次第、一日一話投稿致します。
月と地球が僕らを置いてどこかへ逃げた
とさか
SF
あれ?さっきまであった地球がここにない?!
ついでに月もない(おまけ)
2300年
政府からの指令により、土星第6衛星「タイタン」の再調査を任された元気な少女と、ある研究者。
特に制限もないからと油断し、ゆっくりまったり宇宙船で旅行を楽しんでいたらまさかまさかそのまたまさか、政府との連絡経路が遮断され、広大な宇宙にポツンと取り残されてしまった。帰ることがほぼ不可能になった彼らは地球に帰ることを最終目標に、ある決心をする。「そうだ彼方、行こう」と。
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シリーズ化しますが一話一話はとっても短い作品です。
一話完結してたりしてなかったりするので、最初から読むことをお勧めします。
フィクションとノンフィクションを混ぜています。史実とは異なる記載がありますがご了承ください。
※小説家になろう、カクヨムに同時投稿しています。
☆イラスト☆
緒方TANK様→ https://mobile.twitter.com/9918otf22r1
ニコニコ静画より「孤独な旅」
DEADNIGHT
CrazyLight Novels
SF
総合 900 PV 達成!ありがとうございます!
Season 2 Ground 執筆中 全章執筆終了次第順次公開予定
1396年、5歳の主人公は村で「自由のために戦う」という言葉を耳にする。当時は意味を理解できなかった、16年後、その言葉の重みを知ることになる。
21歳で帝国軍事組織CTIQAに入隊した主人公は、すぐさまDeadNight(DN)という反乱組織との戦いに巻き込まれた。戦場で自身がDN支配地域の出身だと知り、衝撃を受けた。激しい戦闘の中で意識を失った主人公は、目覚めると2063年の未来世界にいた。
そこで主人公は、CTIQAが敗北し、新たな組織CREWが立ち上がったことを知る。DNはさらに強大化しており、CREWの隊長は主人公に協力を求めた。主人公は躊躇しながらも同意し、10年間新しい戦闘技術を学ぶ。
2073年、第21回DVC戦争が勃発。主人公は過去の経験と新しい技術を駆使して戦い、敵陣に単身で乗り込み、敵軍大将軍の代理者を倒した。この勝利により、両軍に退避命令が出された。主人公がCREW本部の総括官に呼び出され、主人公は自分の役割や、この終わりなき戦いの行方について考えを巡らせながら、総括官室へ向かう。それがはじまりだった。
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