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226 けみけっこは見た
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夕暮れで赤く染まる雪山を、女は無言のまま黙々と登っていた。
愛用するドレッシーな装備と腰に吊るした銃、慣れ親しんだ疑似的な雪の感触と見慣れた雪山が冷静さを女に与えている。もし寒さが本物なら、今頃パニックになって谷底へ転がり落ち、打ちどころが悪ければ死んでいただろう。谷底を一瞬見た女は立ち止まった。空を見上げ、周りに聞こえるように大きなため息をつく。
「あ~あ、ここじゃ落ちても死ぬわけないわよね! 飲まず食わずでピンピンしてるんだもの!」
山の向こうに薄っすらとだが螺旋階段が見え、女は表情を明るく変える。
「うなだれたってしょうがない! 城に行けばきっとログアウト出来るわよね!」
背後から疑心的な声が返事をした。
「え~?」
「しっかりしなさいよ、ジョー」
「けみさんが能天気過ぎなんだよぉ。そんな都合よくいかないと思うけどぉ?」
ぐうたらとした男の声だ。案外低い。だが容姿を見ると幼い児童に見える。背中から薄く透過加工された赤色の羽が二枚生えていて、ふっくらとした頬と大きい瞳も同じく赤色だ。皮膚の色彩は白に近く、髪色は銀に近い灰色をしている。
男はフェアリエン種と呼ばれる妖精型のアバターだった。腹部がぽっこり出るのが特徴だが、男はわざとつるんとへこませた体形に設定している。顔の大きさも控えめで、遠目で見ると小学生児童に見えないこともない。リアル世界ではヴィジュアル系バンドが着るような黒と白の華美な装備を着込んでいて、ところどころ血が滲んだような装飾がされていた。
「能天気ってなによ。ポジティブよ、ハイパーポジティブ!」
「はいはい、分かったから」
「君だって私の明るさに助けられてるでしょ?」
「自分で言うなってぇ」
あきれ顔を隠さない。女は「ジョー……」と名前を神妙な面持ちで呼ぶ。
「な、なに?」
「そんなにネガティブだと……はげるわよ?」
「なんだよそれぇ。シリアスに言うこと? 馬鹿じゃないのぉ?」
「ばっ、馬鹿とはなによ!」
「けみさんこの前自分で『私馬鹿だから』って言ってたじゃないか」
「私はいいの! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだから!」
「あはは、いいよーだ。見た目的にはオレの方が年下だしぃ」
ジョーは女をけみさんと呼び、年相応に見える明るさでケラケラと笑った。しかし、けみと呼ばれた女——熟練のソロプレイヤー・けみけっこは顔を苦々しくゆがめた。
「ジョーの方が私の倍近いじゃないの」
指摘しながらけみけっこは再び山を登り始めた。後方からの声がどんどん近付いてくる。足音も早く、急勾配の山を全速力で走っている。腰から垂らしているボロボロの包帯が一本、尾のように後を追っていた。
そして追いつき抜き側に一言。
「……けみさん、若いねぇ」
ジョーは低い声でぼそり呟いた。けみけっこは勢いよく背後を振り向く。
「ちょ、そこは否定しなさいよ! アバターの話してるなら設定を貫き通して!」
「なんで若いって言われて嫌がるのか分からないよ。まずさぁ、なんで熟女アバターなの。アラサーなんてただの年増だろぉ?」
「年月の厚みが分からないなんて悲しいわね。大人ならもっと若い子を引っ張ってくとかさぁ、不安がる後輩に優しく声をかけるとかさぁ……本当にジョーって私の倍生きてるの? 嘘でしょう?」
「もう永遠に小学生してたい」
「ほんっとダラダラしちゃってもう! しゃんとしてよ!」
山を登るスピードが遅いジョーを待つようにして、けみけっこが足を止めて仁王立ちで待った。疲れたようにジョーが笑う。
「あはは……ハァ」
「見た目ショタの癖に老けすぎ! マイナス思考禁止一!」
けみけっこは大声でぎゃあぎゃあと騒いだ。ジョーが苦笑しながら後を追う。
「ま、助けられてるってのはマジだけど」
「でしょう」
「なに自信満々に胸張ってるんだよぉ。これさ、子どもがはしゃぐの見てる親の気分なんだよ? けみさんがガキってこと」
「万年独身が何言ってんの? 子ども居た試しないじゃないの」
「アバターなんだからそういうの抜きにして欲しいんだけど。ショタだよ、僕」
「アラフィフの間違いかしら?」
「本当のこと言わないでよぉ」
観念したような声を上げるジョーに、けみけっこは甲高く癖のある声で笑った。山と山の間を通過し、反響して大きくなる。こだまになって響く声にけみけっこが笑い声を追加した。
「山の向こうまで聞こえないかしら」
雪山の向こうには天高く登る魔法の螺旋階段と、麓には氷結晶城と呼ばれる最大規模の都市がある。
「……もっと西行ってみる?」
「無理無理。ここから行くなら伯爵超えないと」
ジョーは少し眉尻を下げた。
「そうなんだけどさぁ」
「フレンドで作戦立ててフルメンバーで挑んでやっと勝てるような相手よ? 野良で適当に殴り掛かる私たち二人だけじゃ、伯爵なんて敵うわけないわ。GEペアならソロでもイケるでしょうけど」
「でもけみさん、勝率悪くないよね?」
「そりゃあ野良でも時間狙って行ってたもの。成績が良くて地雷じゃない奴がログインしたら、とかね」
「だとしても上手いよなぁ。なんでソロにこだわるんだ?」
ジョーがけみけっこの隣まで追いつき、横に並んで首をかしげる。低身長のフェアリエン種は足も短く、歩幅が狭い分歩行動作が素早く設定されている。子どものようにせわしなく山を登るジョーへ、けみけっこは頭をかがめて覗き込むようにして返事をした。
「大人は群れないものなのよ、坊や」
「あはは、変にこじらせてるよねぇ」
ジョーは声変わりをとうに過ぎたような低い声で笑いながら、子供のような明るい笑みを浮かべた。
猛吹雪はいつのまにか止んでいた。加えてガルドはいつのまにか、榎本に思い切り頭を撫でられていた。
視界いっぱいに肌色が広がっている。じゃらりとぶつかるシルバーのネックレスが額に当たっていて、時折呼吸に合わせて肌色がモザイクガラスのように色を変えた。オブジェクトに接近しすぎると見える荒いポリゴンの境目だ。
滲んでいた視界から一気にくっきりとピントを合わせ、ガルドはアゴを上げて上を見上げた。アゴヒゲが見える。鼻が下から見える。榎本の瞳は遠くを見ていてガルドの方は見ていない。スゥ、と息を吸う音が聞こえる。
頭突きする勢いで接近することは、近接武器担当のガルドならば対人戦闘時に山ほどある。だが地面に膝をついた状態で胸を借りるなど初めてのことだった。やっとそれが相当に恥ずかしい行為なのだと自覚する。
「っ!」
思わずステップの操作を念じてしまい、ガルドは地面を削りながら一気に距離を取った。
「お」
「う」
一瞬の沈黙。
「……詳しくは、聞かねぇから」
「……ん」
恥ずかしさがこみ上げるが、榎本が全く普段通りの表情で歩き出したため言い訳を述べる隙すらない。間隔を広く開けて真後ろを歩く。
「お前が些細な事でこんな悩むような奴じゃないのも知ってる。どうせ俺らに隠れてデカい事やってるんだろ。鈴音か? いや、聞かないって言ったからな」
「む」
「相談相手にならなってやれるが、お前が話したくなるまで待つさ」
榎本は何かに感づいた様子だが、流石にAの存在までは思い至らないらしい。繊細な鈴音のメンタルへ潤滑油として骨を折っているのは夜叉彦の方で、彼にはMISIA、MISIAには夜叉彦という「相談相手」がいる。
「榎本には……」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
「なんだよー、俺だってお前に吐き出したことあるだろー? 今更照れる仲かよ」
そういえばそうだとガルドは肩の力を抜いた。榎本も以前、イラついた様子でガルドに一対一の対戦を挑んできたことがあった。トンカツを調理していたキッチンでうだうだと泣き言を言ったこともあった。
よく見ると榎本の耳は真っ赤になっている。
「へ、笑うなって」
「笑ってない」
「笑ってんだろ」
「……ふ」
自然と笑みが漏れている。照れとは違う。榎本を馬鹿にしているわけでもない。久しぶりにさらけ出した感情の吐露を受け止めてもらえたことへ、喜びに近い笑みが勝手にこぼれだした。
Aに指示した感情情報のカットはなされなかったらしい。懐を見れば、黒い鳥はガルドの前腹に作った抱っこ紐の中からアーモンド型の瞳を榎本へと向けている。続けてガルドの視線に気づき目線を上げた。
<悲鳴の上げ方には注意すべきだがね>
<は?>
突然変なことを言ったガルドの眼前へ、Aが強制的に表示したらしいマップが現れた。
<突然だな……何かいるのか!?>
素直にAの忠告を聞き、悲鳴を上げないようアゴをぎゅっと締める。
出されたマップには、ガルドと榎本のマーカーが二つ、さらにもう二つマーカーが光っていた。
「っい!?」
イの字に結んだ口から驚愕の声がどうしても漏れる。
「お、何か出たか!?」
榎本が慌てて振り返って来たが、ガルドの方がさらに早く振り返っている。猛吹雪だった時は気配すらなかったのだが、マップにはポインターとして近くに何かが居ると伝えている。すぐ背後だ。途中に遮蔽物もなく目視で見えるだろう。
「……ど、どーもー。あっはは……あは、あは……」
ありありとした苦笑いで「今の見ちゃいました」と言わんばかりの女が一人、山の頂からガルドへ手を振っていた。
「見たな」
「見てないわよぉ!」
「嘘なら針千本」
「ごめんなさいごめんなさい! でも久々の再会なのに塩対応じゃない!? ちょっとぉっ!」
「忘れろ」
「いやぁもう心のフィルムに焼きつけちゃったわよね。あ、フィルムってアレね。ノスタルジー平成アイテム、フィルム写真。カメラオブスキュラを想像してもらってもいいわ」
「テンション高いな……」
「え、だってー! あのGEコンビが! え、いいの!? これマジ公式にしちゃっていいわよね!?」
「あー……」
「やだぁ冗談よ! ナマモノ主食じゃないから。でも地雷どころか新しい沼な気配するわ」
「よく分からねぇけど、けみけっこ……元気、そうだな」
ガルドが心配で胃に穴が空きそうなほどだったソロプレイヤーの一人、けみけっこがフランクに笑う。榎本とはガルドの紹介で接点があるが、ほぼ交流はない相手のはずだ。ガルドにとってはそれなりに親しくしていたソロ仲間でもある。
「君たちもね、ガルド、榎本。え、何しに来たの?」
「なっ、なにしに……」
「く……いや、無事ならいい……」
気苦労が取り越し苦労だと判明し、ガルドと榎本は揃って苦笑した。すると女が満面の笑みになって両頬を両手の平で挟み込む。
「まあっ! まさか私たちを探しに来てくれたの!? 素敵~それでこそ大人の男! 紳士! ジョーとは大違いなんだからもうっ!」
ガルドと榎本がたじろぐ勢いで、ドレッシーな黒の装備に身を包んだ短髪茶髪の女がまくしたてた。雪も風も止んでいるが、どんどん辺りは夜に近づき暗くなってきている。ガルドは眼下に見える魔法杖の灯り——リスポーン用の安全区画を指さしながら、とにかく移動しようとけみけっこを誘った。
「ジョーも一緒よ。さっき山向こうに雑魚がごろごろいたから、どうせだし~とか言って狩りに行ったわ」
「ソロで大丈夫か?」
榎本が心配そうに山頂を見た。ガルドたちは山の峰より少し下を沿って歩いてきたため、山頂より向こう側を見ていない。
「そもそもアッチに雑魚敵なんて出たか? 何もないだろ……」
「……」
けみけっこは黙っている。雪山に不釣り合いな黒いドレスには真珠の装飾がされていて、腰のあたりから深々とスリットが入っていた。腰骨より上まで見えてしまうが、何の躊躇もなくけみけっこは長い脚を見せびらかすようにしてクルリとターンする。
「なにかあったのか?」
「あっちね。ええ、あったわ。驚かないで聞いて、二人とも」
山際に刺さった杖と雪の解けた山の岩肌へヒールの音を立てて侵入しながら、けみけっこが神妙な表情で続ける。
「この世界、フロキリとは違うのよ!」
少し低く声を作りながら言い切った。
「知ってんぞ」
「ん」
「えええっ、やだぁ恥ずかしいじゃない……さっきの抱擁シーンより恥ずかしいわ」
「やめろーいじるなー」
「榎本が照れてる! ウケる一、ふふふっ」
けみけっこが心底楽しそうに笑っている。ガルドはいたたまれなさと安堵で全身の力が抜けっていた。
愛用するドレッシーな装備と腰に吊るした銃、慣れ親しんだ疑似的な雪の感触と見慣れた雪山が冷静さを女に与えている。もし寒さが本物なら、今頃パニックになって谷底へ転がり落ち、打ちどころが悪ければ死んでいただろう。谷底を一瞬見た女は立ち止まった。空を見上げ、周りに聞こえるように大きなため息をつく。
「あ~あ、ここじゃ落ちても死ぬわけないわよね! 飲まず食わずでピンピンしてるんだもの!」
山の向こうに薄っすらとだが螺旋階段が見え、女は表情を明るく変える。
「うなだれたってしょうがない! 城に行けばきっとログアウト出来るわよね!」
背後から疑心的な声が返事をした。
「え~?」
「しっかりしなさいよ、ジョー」
「けみさんが能天気過ぎなんだよぉ。そんな都合よくいかないと思うけどぉ?」
ぐうたらとした男の声だ。案外低い。だが容姿を見ると幼い児童に見える。背中から薄く透過加工された赤色の羽が二枚生えていて、ふっくらとした頬と大きい瞳も同じく赤色だ。皮膚の色彩は白に近く、髪色は銀に近い灰色をしている。
男はフェアリエン種と呼ばれる妖精型のアバターだった。腹部がぽっこり出るのが特徴だが、男はわざとつるんとへこませた体形に設定している。顔の大きさも控えめで、遠目で見ると小学生児童に見えないこともない。リアル世界ではヴィジュアル系バンドが着るような黒と白の華美な装備を着込んでいて、ところどころ血が滲んだような装飾がされていた。
「能天気ってなによ。ポジティブよ、ハイパーポジティブ!」
「はいはい、分かったから」
「君だって私の明るさに助けられてるでしょ?」
「自分で言うなってぇ」
あきれ顔を隠さない。女は「ジョー……」と名前を神妙な面持ちで呼ぶ。
「な、なに?」
「そんなにネガティブだと……はげるわよ?」
「なんだよそれぇ。シリアスに言うこと? 馬鹿じゃないのぉ?」
「ばっ、馬鹿とはなによ!」
「けみさんこの前自分で『私馬鹿だから』って言ってたじゃないか」
「私はいいの! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだから!」
「あはは、いいよーだ。見た目的にはオレの方が年下だしぃ」
ジョーは女をけみさんと呼び、年相応に見える明るさでケラケラと笑った。しかし、けみと呼ばれた女——熟練のソロプレイヤー・けみけっこは顔を苦々しくゆがめた。
「ジョーの方が私の倍近いじゃないの」
指摘しながらけみけっこは再び山を登り始めた。後方からの声がどんどん近付いてくる。足音も早く、急勾配の山を全速力で走っている。腰から垂らしているボロボロの包帯が一本、尾のように後を追っていた。
そして追いつき抜き側に一言。
「……けみさん、若いねぇ」
ジョーは低い声でぼそり呟いた。けみけっこは勢いよく背後を振り向く。
「ちょ、そこは否定しなさいよ! アバターの話してるなら設定を貫き通して!」
「なんで若いって言われて嫌がるのか分からないよ。まずさぁ、なんで熟女アバターなの。アラサーなんてただの年増だろぉ?」
「年月の厚みが分からないなんて悲しいわね。大人ならもっと若い子を引っ張ってくとかさぁ、不安がる後輩に優しく声をかけるとかさぁ……本当にジョーって私の倍生きてるの? 嘘でしょう?」
「もう永遠に小学生してたい」
「ほんっとダラダラしちゃってもう! しゃんとしてよ!」
山を登るスピードが遅いジョーを待つようにして、けみけっこが足を止めて仁王立ちで待った。疲れたようにジョーが笑う。
「あはは……ハァ」
「見た目ショタの癖に老けすぎ! マイナス思考禁止一!」
けみけっこは大声でぎゃあぎゃあと騒いだ。ジョーが苦笑しながら後を追う。
「ま、助けられてるってのはマジだけど」
「でしょう」
「なに自信満々に胸張ってるんだよぉ。これさ、子どもがはしゃぐの見てる親の気分なんだよ? けみさんがガキってこと」
「万年独身が何言ってんの? 子ども居た試しないじゃないの」
「アバターなんだからそういうの抜きにして欲しいんだけど。ショタだよ、僕」
「アラフィフの間違いかしら?」
「本当のこと言わないでよぉ」
観念したような声を上げるジョーに、けみけっこは甲高く癖のある声で笑った。山と山の間を通過し、反響して大きくなる。こだまになって響く声にけみけっこが笑い声を追加した。
「山の向こうまで聞こえないかしら」
雪山の向こうには天高く登る魔法の螺旋階段と、麓には氷結晶城と呼ばれる最大規模の都市がある。
「……もっと西行ってみる?」
「無理無理。ここから行くなら伯爵超えないと」
ジョーは少し眉尻を下げた。
「そうなんだけどさぁ」
「フレンドで作戦立ててフルメンバーで挑んでやっと勝てるような相手よ? 野良で適当に殴り掛かる私たち二人だけじゃ、伯爵なんて敵うわけないわ。GEペアならソロでもイケるでしょうけど」
「でもけみさん、勝率悪くないよね?」
「そりゃあ野良でも時間狙って行ってたもの。成績が良くて地雷じゃない奴がログインしたら、とかね」
「だとしても上手いよなぁ。なんでソロにこだわるんだ?」
ジョーがけみけっこの隣まで追いつき、横に並んで首をかしげる。低身長のフェアリエン種は足も短く、歩幅が狭い分歩行動作が素早く設定されている。子どものようにせわしなく山を登るジョーへ、けみけっこは頭をかがめて覗き込むようにして返事をした。
「大人は群れないものなのよ、坊や」
「あはは、変にこじらせてるよねぇ」
ジョーは声変わりをとうに過ぎたような低い声で笑いながら、子供のような明るい笑みを浮かべた。
猛吹雪はいつのまにか止んでいた。加えてガルドはいつのまにか、榎本に思い切り頭を撫でられていた。
視界いっぱいに肌色が広がっている。じゃらりとぶつかるシルバーのネックレスが額に当たっていて、時折呼吸に合わせて肌色がモザイクガラスのように色を変えた。オブジェクトに接近しすぎると見える荒いポリゴンの境目だ。
滲んでいた視界から一気にくっきりとピントを合わせ、ガルドはアゴを上げて上を見上げた。アゴヒゲが見える。鼻が下から見える。榎本の瞳は遠くを見ていてガルドの方は見ていない。スゥ、と息を吸う音が聞こえる。
頭突きする勢いで接近することは、近接武器担当のガルドならば対人戦闘時に山ほどある。だが地面に膝をついた状態で胸を借りるなど初めてのことだった。やっとそれが相当に恥ずかしい行為なのだと自覚する。
「っ!」
思わずステップの操作を念じてしまい、ガルドは地面を削りながら一気に距離を取った。
「お」
「う」
一瞬の沈黙。
「……詳しくは、聞かねぇから」
「……ん」
恥ずかしさがこみ上げるが、榎本が全く普段通りの表情で歩き出したため言い訳を述べる隙すらない。間隔を広く開けて真後ろを歩く。
「お前が些細な事でこんな悩むような奴じゃないのも知ってる。どうせ俺らに隠れてデカい事やってるんだろ。鈴音か? いや、聞かないって言ったからな」
「む」
「相談相手にならなってやれるが、お前が話したくなるまで待つさ」
榎本は何かに感づいた様子だが、流石にAの存在までは思い至らないらしい。繊細な鈴音のメンタルへ潤滑油として骨を折っているのは夜叉彦の方で、彼にはMISIA、MISIAには夜叉彦という「相談相手」がいる。
「榎本には……」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
「なんだよー、俺だってお前に吐き出したことあるだろー? 今更照れる仲かよ」
そういえばそうだとガルドは肩の力を抜いた。榎本も以前、イラついた様子でガルドに一対一の対戦を挑んできたことがあった。トンカツを調理していたキッチンでうだうだと泣き言を言ったこともあった。
よく見ると榎本の耳は真っ赤になっている。
「へ、笑うなって」
「笑ってない」
「笑ってんだろ」
「……ふ」
自然と笑みが漏れている。照れとは違う。榎本を馬鹿にしているわけでもない。久しぶりにさらけ出した感情の吐露を受け止めてもらえたことへ、喜びに近い笑みが勝手にこぼれだした。
Aに指示した感情情報のカットはなされなかったらしい。懐を見れば、黒い鳥はガルドの前腹に作った抱っこ紐の中からアーモンド型の瞳を榎本へと向けている。続けてガルドの視線に気づき目線を上げた。
<悲鳴の上げ方には注意すべきだがね>
<は?>
突然変なことを言ったガルドの眼前へ、Aが強制的に表示したらしいマップが現れた。
<突然だな……何かいるのか!?>
素直にAの忠告を聞き、悲鳴を上げないようアゴをぎゅっと締める。
出されたマップには、ガルドと榎本のマーカーが二つ、さらにもう二つマーカーが光っていた。
「っい!?」
イの字に結んだ口から驚愕の声がどうしても漏れる。
「お、何か出たか!?」
榎本が慌てて振り返って来たが、ガルドの方がさらに早く振り返っている。猛吹雪だった時は気配すらなかったのだが、マップにはポインターとして近くに何かが居ると伝えている。すぐ背後だ。途中に遮蔽物もなく目視で見えるだろう。
「……ど、どーもー。あっはは……あは、あは……」
ありありとした苦笑いで「今の見ちゃいました」と言わんばかりの女が一人、山の頂からガルドへ手を振っていた。
「見たな」
「見てないわよぉ!」
「嘘なら針千本」
「ごめんなさいごめんなさい! でも久々の再会なのに塩対応じゃない!? ちょっとぉっ!」
「忘れろ」
「いやぁもう心のフィルムに焼きつけちゃったわよね。あ、フィルムってアレね。ノスタルジー平成アイテム、フィルム写真。カメラオブスキュラを想像してもらってもいいわ」
「テンション高いな……」
「え、だってー! あのGEコンビが! え、いいの!? これマジ公式にしちゃっていいわよね!?」
「あー……」
「やだぁ冗談よ! ナマモノ主食じゃないから。でも地雷どころか新しい沼な気配するわ」
「よく分からねぇけど、けみけっこ……元気、そうだな」
ガルドが心配で胃に穴が空きそうなほどだったソロプレイヤーの一人、けみけっこがフランクに笑う。榎本とはガルドの紹介で接点があるが、ほぼ交流はない相手のはずだ。ガルドにとってはそれなりに親しくしていたソロ仲間でもある。
「君たちもね、ガルド、榎本。え、何しに来たの?」
「なっ、なにしに……」
「く……いや、無事ならいい……」
気苦労が取り越し苦労だと判明し、ガルドと榎本は揃って苦笑した。すると女が満面の笑みになって両頬を両手の平で挟み込む。
「まあっ! まさか私たちを探しに来てくれたの!? 素敵~それでこそ大人の男! 紳士! ジョーとは大違いなんだからもうっ!」
ガルドと榎本がたじろぐ勢いで、ドレッシーな黒の装備に身を包んだ短髪茶髪の女がまくしたてた。雪も風も止んでいるが、どんどん辺りは夜に近づき暗くなってきている。ガルドは眼下に見える魔法杖の灯り——リスポーン用の安全区画を指さしながら、とにかく移動しようとけみけっこを誘った。
「ジョーも一緒よ。さっき山向こうに雑魚がごろごろいたから、どうせだし~とか言って狩りに行ったわ」
「ソロで大丈夫か?」
榎本が心配そうに山頂を見た。ガルドたちは山の峰より少し下を沿って歩いてきたため、山頂より向こう側を見ていない。
「そもそもアッチに雑魚敵なんて出たか? 何もないだろ……」
「……」
けみけっこは黙っている。雪山に不釣り合いな黒いドレスには真珠の装飾がされていて、腰のあたりから深々とスリットが入っていた。腰骨より上まで見えてしまうが、何の躊躇もなくけみけっこは長い脚を見せびらかすようにしてクルリとターンする。
「なにかあったのか?」
「あっちね。ええ、あったわ。驚かないで聞いて、二人とも」
山際に刺さった杖と雪の解けた山の岩肌へヒールの音を立てて侵入しながら、けみけっこが神妙な表情で続ける。
「この世界、フロキリとは違うのよ!」
少し低く声を作りながら言い切った。
「知ってんぞ」
「ん」
「えええっ、やだぁ恥ずかしいじゃない……さっきの抱擁シーンより恥ずかしいわ」
「やめろーいじるなー」
「榎本が照れてる! ウケる一、ふふふっ」
けみけっこが心底楽しそうに笑っている。ガルドはいたたまれなさと安堵で全身の力が抜けっていた。
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登場人物たちは、自分たちの存在意義や、現実世界との関係性を模索しながら、仮想世界を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれていく。果たして彼らは真実にたどり着き、自由を手に入れることができるのか。そして、現実世界と仮想世界の境界線は、どのように変化していくのか。
この物語は、SFとファンタジーの要素を融合させながら、人間の記憶、感情、そしてアイデンティティの本質に迫る壮大な冒険譚である。
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
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