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205 ルール破りのペットルール
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本来のヘルプ欄は、アイテムを選択する画面から飛べるようリンクを張られたウェブ上のテキストだった。外界と隔絶された今、アイテムや装備にあるべきヘルプ欄は文字化けか黒か、そもそも存在しないかの三択になっている。
その代わり、本来なかったはずのものが増えている場合は日本語か英語で書かれた「トロフィー」がドロップするようになっていた。内情を知るガルドへAが渡した時は、オートのドロップではなく手渡しだったがアイテム形状なのは変わらない。
ただしAとメロのインコが同じヘルプ内容になっているかどうか、ガルドには確証がなかった。表向き喋らないAに比べて、片言だが会話する機能が搭載されているラスアルは外見上高性能に見える。そう含め、メロにはその場でヘルプをさらってもらうことにした。
口頭で読むよう指示し、耳で読む。
「ヘルプってこれだね。<ラスアル、読み上げて!>」
そう言っている間にも鳥型モンスターの腕が迫ってくる。それほど強くないが細かな攻撃は、プレイヤーに例えれば双剣か片手剣に近い。リーチは短くコンボを長く積んでくるタイプだ。狙われるメロを庇い、ガルドは早め早めのパリィを心掛ける。ガルドより少し後方では榎本もパリィに参加していて、二人掛かりでやっと、鳥のスピーディな攻撃を捌けていた。
背後からも鳥の声がするが、よく聞くと日本語だった。
「イチ、オトモダチ! キミトイッショニ、ウタッタリ! オドッタリ!」
教育チャンネルのマスコットキャラクターにも聞こえる片言で抑揚の大きな言い方を、メロは辛抱強く聞いている。ガルドと榎本は一撃も取りこぼさないよう正確無比を徹底しながらパリィを続け、じりじりと後退した。
「ニ、ケンサクエンジントウサイ! ワカラナイコト、ナンデモキイテ! サン、オウエン! タタカウキミノチカラニナルヨ!」
「それ! <三番、どうやるの?>」
「シジシテネ!」
「指示? なるほど、音声での指示を受領できるAIなんだねー。いい子いい子」
「イイコ!」
「和んでないでとっととバフかけさせろ!」
榎本が後ろを振り返って文句をつけた。
「よし、ラスアル! ウチのMP爆上げでお願い!」
「オネガイ! MP、アゲ!」
黄緑色のインコから、マグナがよく使う支援系スキルの効果音が鳴り始めた。羽を広げ、羽ばたいてから肩を抱くように縮こまり、身体全体を虹色の輝きエフェクトで包み込んでいく。
「メロ、ガンバレ」
片言の声が小さくメロの名前を呼んだ。
「ラスアル」
メロがそっと、肩に乗るインコ型ペットの頭を撫でる。鳥が好きだが、恐らく飼ったことはないのだろう。おそるおそるツンと指先で触れ、そのまま指の先だけで薄く撫でている。
AIは感情を読み取るのではなく、人間のリアルタイムな行動を読み込み、対応する最善の行動をデータベースから弾いているだけ。ガルドは頭でそう思いながら、メロの手のひらに頭を突っ込んで「モットナデロ!」と鳴くラスアルに胸を突かれた。
「よぉしよし! めいっぱいバフ頼むよ!」
黄緑色の体毛が分からなくなるほど、虹色の光が強くなった。そしてラスアルが大きく羽を広げるのに合わせ、光のエフェクトが波状に広がっていく。メロが普段使うロングチャージの魔法スキルより細密で上品な輝きがメロを包み、ガルドを包み、ハンマーを振り回す榎本も包んでいく。
「お、パーティ全体に効果あるのか! ラッキー」
パリィで一度巨鳥の足を上へ弾きながら、ガルドはパロメーターの変動を目で感覚した。表示が視界の右上にくっきりと表示される。UNICODEへの変換がうまくいかなかったのだろう。中国語と記号が合わさった宇宙文字のような表記がオレンジにゆっくり点滅している。
「……文字化けしてる」
「え」
「大丈夫なのか」
「田岡のメッセンジャー全部そうだし、もうしょうがねぇだろ。うわっすごい勢いでMP戻るぞ!? すげー」
榎本が驚きながら、通常攻撃をスキル攻撃に切り替えた。完全に出し惜しみなしで、普段ならば五コンボ程度で息切れになる燃費の悪い攻撃法だ。
だが榎本は、六撃目もスキルを放てた。
「こりゃ……すごいな」
「ラスアルちゃんすごーい!」
メロが後方へ飛び跳ねるようにして下がり、杖をくるりと回してチャージを端折る。闇属性のおどろおどろしい霧のようなビームが二撃、三撃と続き、さらにくるりくるりとメロが杖を回し、大きな魔法陣を開いた。ロングチャージ系スキルのエフェクトはどれも豪華だが、ハングドマンのそれはどちらかと言えばシンプルかつホラーテイストだ。魔法陣は血を指で引いたようなカスレ具合で、その合間からどす黒い血のようなシミがにじみ、骨のような形に変わっていく。
「すごいよ、コンボん最後に召喚行ける!」
「ヒット間に合うか!?」
前段階の攻撃ヒットからチャージの長い攻撃のヒットまで、コンボ継続だと判断されるのに必要な接続時間はコンマレベルで決められている。通常武器のものより魔法スキルは長く設けられ、救済措置のような扱いで待ってもらえるのだ。ガルドにはその感覚がない。榎本にもない。あるのは知識だけだ。
メロだけが感覚で分かっている。長年遠距離プレイヤーとして腕を振るってきた経験値が大声になって飛び出た。
「余裕!」
ビーム攻撃の直撃から八秒は経っている。近接戦闘メインのガルドならばとっくに無理だと諦めているころだ。血みどろの魔法陣から現れた黒い霧は、骨のような形をいくつも作り、四つ足動物の肋骨に近い配置へ並び直した。背骨が天井に、内臓側が巨大な鳥型モンスターの頭上に現れる。
「ハ、ン、グド、マン……九文字っ!」
一文字ずつアルファベットが浮かびあがり、肋骨の内側から垂直方向へ向けて赤黒い光の柱が高速で発射された。輝いているが黒い。ブラックホールのような色彩が疾走感をもって落ちてくる。それが九撃、アルファベットの一文字ずつ放たれた。Hangedman。武器固有スキルは武器の名前がそのままつけられることも珍しくない。
九段ヒットの後、宙に浮いたままの肋骨がガパリと開く。
「ラストー!」
牙のように開いた肋骨が、巨大な鳥の首目指して食らいついた。ギロチンのような鋭利な効果音が鳴る。それまでの総ヒット数からダメージが大きく変わるスキルで、この最後に鳴る効果音が通常の打撃音ならば下、ギロチンだけならば中、さらに男の悲鳴が加われば上のダメージが入った証拠だ。
場所取りのためガチャガチャと音を立てながら走っていた榎本がピタリと止まり、聞き耳を立てている。ガルドも動作をゆっくり抑え、悲鳴が聞こえるのを待った。一瞬無音の後、布団越しに叫ぶような、くぐもった男の悲鳴が聞こえた。
「すっげー! 一人ハングドマンコンプリート!」
「マジで一人だよちょっと! ね、ムービー撮っててくれた!?」
「んな暇ない」
笑顔のメロへ、笑顔の榎本が一蹴する。
「ヒドイ!」
「すごい、メロ。おめでとう」
「わぁ~ありがとうガルドぉー! すごいよねぇ、この子のお陰でしょー?」
いい子と褒められ頭を撫でられ、ラスアルは「ショー?」と嬉しそうにオウム返しした。ガルドは作り笑いをしながら、Aをちらりと見る。Aは情報戦でのチート能力を持っている。ガルドたちにとっては有利でしかないが、世界をゲームの枠と捉えればバランスを崩しかねない能力だ。プレイヤーに「裏ではこうなってるよ」と耳打ちしているのだから、GMにとってはバグそのものだろう。
嬉しそうにしているメロを客観的に見つめる中でガルドは、自分のAのことも含め、ズルをしている罪悪感を初めて覚えた。
ラスアルもまた、手加減を知らないゲームバランス破壊の前兆だ。今は素直に喜んでいるメロも、ルールの外からやって来たペットを扱うのがチートの類だと気付けば胸が痛むに違いない。MODを入れて敵を蹂躙し、ギルド仲間に総スカンを食らって「ひがみやがって」と鼻で笑う痛い厨二病ゲーマーになど、だれだってなりたくないものだ。
「おい、コイツ目に見えて赤ゲージ行ってるぞ」
「え"っ!?」
榎本がパリィだけで防戦一方になりながらメロを笑った。
「ちょっとメロさん~? やりすぎじゃないですかぁ~?」
「だっ……あう、だってぇ」
「俺まだペット貰ってないんですけどねぇー? 終わらせちゃうおつもり~?」
変な口調でふざける榎本に、温厚なメロもすかさず反撃に出る。
「そっちだってバカスカ打ってたじゃん! そんなのってないよ、そんなのってないよねー!」
「うわっ、こっちに毒霧吹っ掛けてくんなって! だぁも一悪かったよ俺も調子乗って……いやトドメ刺したのお前だからな」
「分かってるよもぉ~」
「大丈夫、まだ生きてる」
ガルドがフォローに入る。ボコボコにされ鳥の怒りを集めきってしまったメロから、なんとかヘイトをかき集めようとガントレットと剣をぶつけて打ち鳴らした。ガンガンと鐘のように響く音につられ、鳥が無理やりガルドの頭上へ足を振り上げてくる。
「とりあえずパリィだ! あ一回復出来ない後衛なんて守ってられないっつーの!」
「自力で何とかするしー。ラスアル、リジェネ」
「ナニソレー」
「あーっと、しまった! 他タイトルのだもんね。えっと、天使兎の祝福!」
「シュクフクー!」
肩の上で頭をシェイクしながら、ラスアルが何度も声を上げる。
「シュクフクー!」
声がするたび、うっすらメロだけ白に近いグリーンに光っている。
「フクー!」
また光る。
「うっわ、まじかよ。自動回復継続出来るのか。あんな便利なのが指示一つで……くそ、チートめ! サルガスもよっぽどだったけどなぁ、戦闘に持ち込まれると勝てないって! ずるいぞ!」
ガルドは頷きそうになり、ぐっと堪えた。自分もAを持っている。外側から強力な権限を与えられたという意味では、ガルドのAの方が「創造神に近い」と言えるだろう。神様にチートを貰った人間をずるいと言えるのは、前提条件が異なる「持たざる人間」だけだ。ガルドには何も言えない。
「ずるい? チート? 上等上等~!」
あっけらかんとラスアルを撫でるメロに、榎本は「けっ」と不満を漏らし、ガルドは目を見張った。「確かに普段ならそうかもだけど、今なんてもう世界がルール決めてんじゃないもん。ウチらがルールっぽいものを使ってあげてるってだけだよーっだ」
「な」
絶句する。
「GMがモノ置いて、ウチらプレイヤーはそれを使いたいように使うだけ。フロキリが好きだからフロキリに近い形にして使ってるだけ。でしょ?」
「ラスアルは……明らかに別のルールだ」
振り下ろされたボスの足をわざと明後日の方角へパリィし転倒を狙う。鳥の身体は中腹が大きいためか、数回斬り結んで最後に一撃強く吹っ飛ばすと呆気なく後方へ転倒した。普段なら攻撃を畳みかけるところだが、距離を取ってメロの方へバックステップで戻る。
「そうそう。だからペットなんてもう『新規装備実装キャンペーン』だよ。みんな手に入れるのが前提かな」
「……全員バフ機能持ちかは分からない。それに、ペットを作らないプレイヤーも出てくる」
「だってそれ、イベント参加者限定のエンブレム装備が火傷完全防御出来るたった一つの装備だった時と同じじゃん」
そんなこともあったな、とガルドは少し昔を思い出した。完全に火傷状態を防ぐアイテムがイベント限定だったころ、火山地帯に行けるのはイベント参加経験者だけという制約が出来ていた。それも、ユーザーによる自主ルールだ。
新しい世界で新しいルールを調べてきたガルドは、GMが想定したルールを探るのが一番だと思っていた。逆鱗に触れず生き延びるために、どこを触れないよう動けばいいのか聞きながら調査してきた。
だがもっと自由でいいのかもしれない。ガルドは目から鱗の気分でメロの笑顔を見る。戦闘以外では多種多様なアイディアを募り、監禁生活直後に自室まで作ったガルドたちだが、こと戦闘となるとフロキリ仕様のルールでがんじがらめだったのだ。
「敵も変わってきた。あんな鳥いなかったし、こっちは火傷しないけど明らかHP量多すぎるし」
「ああ」
「みんなエスパーみたいにスキル使いまくるのが常識になるよ、きっと」
「……」
ガルドの眉が勝手にピクリと揺れる。
「寂しい?」
メロは鋭い。ガルドは素直に、榎本に見えないよう位置を取ってからコクリと頷いた。
その代わり、本来なかったはずのものが増えている場合は日本語か英語で書かれた「トロフィー」がドロップするようになっていた。内情を知るガルドへAが渡した時は、オートのドロップではなく手渡しだったがアイテム形状なのは変わらない。
ただしAとメロのインコが同じヘルプ内容になっているかどうか、ガルドには確証がなかった。表向き喋らないAに比べて、片言だが会話する機能が搭載されているラスアルは外見上高性能に見える。そう含め、メロにはその場でヘルプをさらってもらうことにした。
口頭で読むよう指示し、耳で読む。
「ヘルプってこれだね。<ラスアル、読み上げて!>」
そう言っている間にも鳥型モンスターの腕が迫ってくる。それほど強くないが細かな攻撃は、プレイヤーに例えれば双剣か片手剣に近い。リーチは短くコンボを長く積んでくるタイプだ。狙われるメロを庇い、ガルドは早め早めのパリィを心掛ける。ガルドより少し後方では榎本もパリィに参加していて、二人掛かりでやっと、鳥のスピーディな攻撃を捌けていた。
背後からも鳥の声がするが、よく聞くと日本語だった。
「イチ、オトモダチ! キミトイッショニ、ウタッタリ! オドッタリ!」
教育チャンネルのマスコットキャラクターにも聞こえる片言で抑揚の大きな言い方を、メロは辛抱強く聞いている。ガルドと榎本は一撃も取りこぼさないよう正確無比を徹底しながらパリィを続け、じりじりと後退した。
「ニ、ケンサクエンジントウサイ! ワカラナイコト、ナンデモキイテ! サン、オウエン! タタカウキミノチカラニナルヨ!」
「それ! <三番、どうやるの?>」
「シジシテネ!」
「指示? なるほど、音声での指示を受領できるAIなんだねー。いい子いい子」
「イイコ!」
「和んでないでとっととバフかけさせろ!」
榎本が後ろを振り返って文句をつけた。
「よし、ラスアル! ウチのMP爆上げでお願い!」
「オネガイ! MP、アゲ!」
黄緑色のインコから、マグナがよく使う支援系スキルの効果音が鳴り始めた。羽を広げ、羽ばたいてから肩を抱くように縮こまり、身体全体を虹色の輝きエフェクトで包み込んでいく。
「メロ、ガンバレ」
片言の声が小さくメロの名前を呼んだ。
「ラスアル」
メロがそっと、肩に乗るインコ型ペットの頭を撫でる。鳥が好きだが、恐らく飼ったことはないのだろう。おそるおそるツンと指先で触れ、そのまま指の先だけで薄く撫でている。
AIは感情を読み取るのではなく、人間のリアルタイムな行動を読み込み、対応する最善の行動をデータベースから弾いているだけ。ガルドは頭でそう思いながら、メロの手のひらに頭を突っ込んで「モットナデロ!」と鳴くラスアルに胸を突かれた。
「よぉしよし! めいっぱいバフ頼むよ!」
黄緑色の体毛が分からなくなるほど、虹色の光が強くなった。そしてラスアルが大きく羽を広げるのに合わせ、光のエフェクトが波状に広がっていく。メロが普段使うロングチャージの魔法スキルより細密で上品な輝きがメロを包み、ガルドを包み、ハンマーを振り回す榎本も包んでいく。
「お、パーティ全体に効果あるのか! ラッキー」
パリィで一度巨鳥の足を上へ弾きながら、ガルドはパロメーターの変動を目で感覚した。表示が視界の右上にくっきりと表示される。UNICODEへの変換がうまくいかなかったのだろう。中国語と記号が合わさった宇宙文字のような表記がオレンジにゆっくり点滅している。
「……文字化けしてる」
「え」
「大丈夫なのか」
「田岡のメッセンジャー全部そうだし、もうしょうがねぇだろ。うわっすごい勢いでMP戻るぞ!? すげー」
榎本が驚きながら、通常攻撃をスキル攻撃に切り替えた。完全に出し惜しみなしで、普段ならば五コンボ程度で息切れになる燃費の悪い攻撃法だ。
だが榎本は、六撃目もスキルを放てた。
「こりゃ……すごいな」
「ラスアルちゃんすごーい!」
メロが後方へ飛び跳ねるようにして下がり、杖をくるりと回してチャージを端折る。闇属性のおどろおどろしい霧のようなビームが二撃、三撃と続き、さらにくるりくるりとメロが杖を回し、大きな魔法陣を開いた。ロングチャージ系スキルのエフェクトはどれも豪華だが、ハングドマンのそれはどちらかと言えばシンプルかつホラーテイストだ。魔法陣は血を指で引いたようなカスレ具合で、その合間からどす黒い血のようなシミがにじみ、骨のような形に変わっていく。
「すごいよ、コンボん最後に召喚行ける!」
「ヒット間に合うか!?」
前段階の攻撃ヒットからチャージの長い攻撃のヒットまで、コンボ継続だと判断されるのに必要な接続時間はコンマレベルで決められている。通常武器のものより魔法スキルは長く設けられ、救済措置のような扱いで待ってもらえるのだ。ガルドにはその感覚がない。榎本にもない。あるのは知識だけだ。
メロだけが感覚で分かっている。長年遠距離プレイヤーとして腕を振るってきた経験値が大声になって飛び出た。
「余裕!」
ビーム攻撃の直撃から八秒は経っている。近接戦闘メインのガルドならばとっくに無理だと諦めているころだ。血みどろの魔法陣から現れた黒い霧は、骨のような形をいくつも作り、四つ足動物の肋骨に近い配置へ並び直した。背骨が天井に、内臓側が巨大な鳥型モンスターの頭上に現れる。
「ハ、ン、グド、マン……九文字っ!」
一文字ずつアルファベットが浮かびあがり、肋骨の内側から垂直方向へ向けて赤黒い光の柱が高速で発射された。輝いているが黒い。ブラックホールのような色彩が疾走感をもって落ちてくる。それが九撃、アルファベットの一文字ずつ放たれた。Hangedman。武器固有スキルは武器の名前がそのままつけられることも珍しくない。
九段ヒットの後、宙に浮いたままの肋骨がガパリと開く。
「ラストー!」
牙のように開いた肋骨が、巨大な鳥の首目指して食らいついた。ギロチンのような鋭利な効果音が鳴る。それまでの総ヒット数からダメージが大きく変わるスキルで、この最後に鳴る効果音が通常の打撃音ならば下、ギロチンだけならば中、さらに男の悲鳴が加われば上のダメージが入った証拠だ。
場所取りのためガチャガチャと音を立てながら走っていた榎本がピタリと止まり、聞き耳を立てている。ガルドも動作をゆっくり抑え、悲鳴が聞こえるのを待った。一瞬無音の後、布団越しに叫ぶような、くぐもった男の悲鳴が聞こえた。
「すっげー! 一人ハングドマンコンプリート!」
「マジで一人だよちょっと! ね、ムービー撮っててくれた!?」
「んな暇ない」
笑顔のメロへ、笑顔の榎本が一蹴する。
「ヒドイ!」
「すごい、メロ。おめでとう」
「わぁ~ありがとうガルドぉー! すごいよねぇ、この子のお陰でしょー?」
いい子と褒められ頭を撫でられ、ラスアルは「ショー?」と嬉しそうにオウム返しした。ガルドは作り笑いをしながら、Aをちらりと見る。Aは情報戦でのチート能力を持っている。ガルドたちにとっては有利でしかないが、世界をゲームの枠と捉えればバランスを崩しかねない能力だ。プレイヤーに「裏ではこうなってるよ」と耳打ちしているのだから、GMにとってはバグそのものだろう。
嬉しそうにしているメロを客観的に見つめる中でガルドは、自分のAのことも含め、ズルをしている罪悪感を初めて覚えた。
ラスアルもまた、手加減を知らないゲームバランス破壊の前兆だ。今は素直に喜んでいるメロも、ルールの外からやって来たペットを扱うのがチートの類だと気付けば胸が痛むに違いない。MODを入れて敵を蹂躙し、ギルド仲間に総スカンを食らって「ひがみやがって」と鼻で笑う痛い厨二病ゲーマーになど、だれだってなりたくないものだ。
「おい、コイツ目に見えて赤ゲージ行ってるぞ」
「え"っ!?」
榎本がパリィだけで防戦一方になりながらメロを笑った。
「ちょっとメロさん~? やりすぎじゃないですかぁ~?」
「だっ……あう、だってぇ」
「俺まだペット貰ってないんですけどねぇー? 終わらせちゃうおつもり~?」
変な口調でふざける榎本に、温厚なメロもすかさず反撃に出る。
「そっちだってバカスカ打ってたじゃん! そんなのってないよ、そんなのってないよねー!」
「うわっ、こっちに毒霧吹っ掛けてくんなって! だぁも一悪かったよ俺も調子乗って……いやトドメ刺したのお前だからな」
「分かってるよもぉ~」
「大丈夫、まだ生きてる」
ガルドがフォローに入る。ボコボコにされ鳥の怒りを集めきってしまったメロから、なんとかヘイトをかき集めようとガントレットと剣をぶつけて打ち鳴らした。ガンガンと鐘のように響く音につられ、鳥が無理やりガルドの頭上へ足を振り上げてくる。
「とりあえずパリィだ! あ一回復出来ない後衛なんて守ってられないっつーの!」
「自力で何とかするしー。ラスアル、リジェネ」
「ナニソレー」
「あーっと、しまった! 他タイトルのだもんね。えっと、天使兎の祝福!」
「シュクフクー!」
肩の上で頭をシェイクしながら、ラスアルが何度も声を上げる。
「シュクフクー!」
声がするたび、うっすらメロだけ白に近いグリーンに光っている。
「フクー!」
また光る。
「うっわ、まじかよ。自動回復継続出来るのか。あんな便利なのが指示一つで……くそ、チートめ! サルガスもよっぽどだったけどなぁ、戦闘に持ち込まれると勝てないって! ずるいぞ!」
ガルドは頷きそうになり、ぐっと堪えた。自分もAを持っている。外側から強力な権限を与えられたという意味では、ガルドのAの方が「創造神に近い」と言えるだろう。神様にチートを貰った人間をずるいと言えるのは、前提条件が異なる「持たざる人間」だけだ。ガルドには何も言えない。
「ずるい? チート? 上等上等~!」
あっけらかんとラスアルを撫でるメロに、榎本は「けっ」と不満を漏らし、ガルドは目を見張った。「確かに普段ならそうかもだけど、今なんてもう世界がルール決めてんじゃないもん。ウチらがルールっぽいものを使ってあげてるってだけだよーっだ」
「な」
絶句する。
「GMがモノ置いて、ウチらプレイヤーはそれを使いたいように使うだけ。フロキリが好きだからフロキリに近い形にして使ってるだけ。でしょ?」
「ラスアルは……明らかに別のルールだ」
振り下ろされたボスの足をわざと明後日の方角へパリィし転倒を狙う。鳥の身体は中腹が大きいためか、数回斬り結んで最後に一撃強く吹っ飛ばすと呆気なく後方へ転倒した。普段なら攻撃を畳みかけるところだが、距離を取ってメロの方へバックステップで戻る。
「そうそう。だからペットなんてもう『新規装備実装キャンペーン』だよ。みんな手に入れるのが前提かな」
「……全員バフ機能持ちかは分からない。それに、ペットを作らないプレイヤーも出てくる」
「だってそれ、イベント参加者限定のエンブレム装備が火傷完全防御出来るたった一つの装備だった時と同じじゃん」
そんなこともあったな、とガルドは少し昔を思い出した。完全に火傷状態を防ぐアイテムがイベント限定だったころ、火山地帯に行けるのはイベント参加経験者だけという制約が出来ていた。それも、ユーザーによる自主ルールだ。
新しい世界で新しいルールを調べてきたガルドは、GMが想定したルールを探るのが一番だと思っていた。逆鱗に触れず生き延びるために、どこを触れないよう動けばいいのか聞きながら調査してきた。
だがもっと自由でいいのかもしれない。ガルドは目から鱗の気分でメロの笑顔を見る。戦闘以外では多種多様なアイディアを募り、監禁生活直後に自室まで作ったガルドたちだが、こと戦闘となるとフロキリ仕様のルールでがんじがらめだったのだ。
「敵も変わってきた。あんな鳥いなかったし、こっちは火傷しないけど明らかHP量多すぎるし」
「ああ」
「みんなエスパーみたいにスキル使いまくるのが常識になるよ、きっと」
「……」
ガルドの眉が勝手にピクリと揺れる。
「寂しい?」
メロは鋭い。ガルドは素直に、榎本に見えないよう位置を取ってからコクリと頷いた。
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難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
DEADNIGHT
CrazyLight Novels
SF
総合 900 PV 達成!ありがとうございます!
Season 2 Ground 執筆中 全章執筆終了次第順次公開予定
1396年、5歳の主人公は村で「自由のために戦う」という言葉を耳にする。当時は意味を理解できなかった、16年後、その言葉の重みを知ることになる。
21歳で帝国軍事組織CTIQAに入隊した主人公は、すぐさまDeadNight(DN)という反乱組織との戦いに巻き込まれた。戦場で自身がDN支配地域の出身だと知り、衝撃を受けた。激しい戦闘の中で意識を失った主人公は、目覚めると2063年の未来世界にいた。
そこで主人公は、CTIQAが敗北し、新たな組織CREWが立ち上がったことを知る。DNはさらに強大化しており、CREWの隊長は主人公に協力を求めた。主人公は躊躇しながらも同意し、10年間新しい戦闘技術を学ぶ。
2073年、第21回DVC戦争が勃発。主人公は過去の経験と新しい技術を駆使して戦い、敵陣に単身で乗り込み、敵軍大将軍の代理者を倒した。この勝利により、両軍に退避命令が出された。主人公がCREW本部の総括官に呼び出され、主人公は自分の役割や、この終わりなき戦いの行方について考えを巡らせながら、総括官室へ向かう。それがはじまりだった。
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