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123 酒と涙と

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 「待たせたな」
 「ゲェッ、参謀!」
 「なんだその言い方は。来たぞ、ガルド。敗北など絶対にさせん!」 
 頼もしい声に胸が熱くなる。ガルドは力強く頷き返してから、厄介な剣士けんうっどをキルすべく大剣を振りかぶった。
 レイド班はクラムベリ側の増員にざわめいたが、すぐに武器を構えスキルを溜めている。マグナがそれを雨あられのような弓矢で妨害し、けたたましく説教を始めた。
 「全く、あの謎のカウントダウンが始まってすぐ飛び出したのか、お前達は。分かっているのか今の状況! 説明は後にするが、攻城戦などしている場合じゃない。いいか、まず状況のすり合わせだ。そして精神の安定、今後の計画立て、解決への模索っ! いいか、勝手に俺たちのプランをぶち壊している自覚を持て!」
 「ヒャ、ヒャイ……」
 高い声でボマーが消え入るような声で返事をし、縮こまって手榴弾を仕舞った。それを別のプレイヤーが鼓舞する。
 「諦めんなよ! せめて一個くらいフラッグ取ろうぜ!」
 「さぁせるかぁーっ!」
 続いて聞こえたもう一人の声に、ここは二人に任せようと決めた。
 「ミーシャ、ここ頼む」
 「任せな、ぶっ潰してやろうじゃない」
 ごく自然に女性らしい話し口で返したミーシャが、荒々しくハンマーを振りかぶってガルドの脇を駆け抜けた。ラズベリーカラーのセミロングヘアを棚引かせ、柄の長いハンマーを力強く叩き込む。
 「暴れてやる、暴れてやる暴れてやるっ!」
 そのまま鬼のように戦闘を始めたミーシャとマグナに場を任せ、ガルドは相棒の元へ走った。背後から銃弾が飛んでくるが、ロックオンアラートが聞こえていたガルドは見切りで急加速し振り切る。
 ガルドのいた場所と榎本のいる場所の間に群生する背丈の高い草を掻き分け、せせらぎ程度の小さな川をザブザブ渡り、小高い雪の丘を越えた先に戦闘集団が見えた。
 こちらには気付いていない。
 「ジンネマン!」
 見えた人影の名前を叫び、ガルドはそのままタックルの姿勢で突っ込んだ。
 「ガルド! おお、ガルド! 無事だったんだ! よかったよかった」
 蛍光ブルーに設定したドワーフ種特有の毛むくじゃらな髪を、頭上のてっぺんで巨大なお団子にしたプレイヤーだ。声は気の抜けた機械合成特有の、覇気のない女の子のものだ。ヒゲを無しにしている女ドワーフのジンネマンは、言葉とは裏腹に肩を突き出しガルドへ向かって突進してきた。
 「嬉しいなぁ! ずっとコイツらばっかりでつまんなかったんだよ」
 身長の小さなジンネマンと、プレイヤーが選べる最大サイズのガルドが正面からぶつかり合う。交通事故かと思うような衝撃音と、空気が震える痺れのエフェクトがジンと広がった。
 「気分は」
 「今は最高! さっきまでげっそりしてたけど」
 「そうか。よかった」
 「そっちは? 楽しい?」
 「ああ」
 「だろうね。いい顔してる」
 戦うたびに「タックル衝突からの『お元気ですか』」を挨拶にするのがお決まりとなっているガルドとジンネマンは、久しぶりのルーティーンに含み笑いで向かい合った。ギチギチと力比べをする肩と、ゲームグラフィックの都合で重なりあい半透明になる程近い顔、そして瞳がぶつかり合う。
 「隙あり!」
 「ふわぁー!? 後ろからとか卑怯だぞ、榎本! 自重しろ!」
 「けっ」
 「な、なに……? 今までにない反応、まさか嫉妬!?」
 「ちげーよ」
 背後からジンネマンを殴ったのは、明らかに面白くないという顔をした榎本だった。口をムの字にしたままハンマーをもう一度振り上げ、振り返って反撃しようとするジンネマンの、少々小ぶりな大剣もろとも打ち砕く。
 「そんなに私のこと好きなら優しくしてよ~」
 そう言い残して氷になったジンネマンに、榎本が口を歪めながら身震いした。
 「あれであのナリなんだから凄いよな。見ただろ、空港で」
 「ん、びっくりした」
 続く他のプレイヤーたちを連携で牽制しつつ、榎本がジンネマンのリアルを話題にあげる。
 「どう見たって品の良い老紳士にしか見えないのに、あのテンション」
 くつくつ笑いながらハンマー用スキルを連発する榎本に、ガルドはあえて通常攻撃で補佐した。榎本を自由にさせるために一歩後ろから、取りこぼしたものを丁寧にパリィしていく。
 「ハワイに行くってのにハット被るとかホント異次元だよな」
 「背筋がいい」
 「それがお前みたいな大暴れプレイスタイルだぞ。ホント二面性あるよな。たまにキモいが、悪いやつじゃ無い」
 「だからオトモに?」
 ジンネマンは榎本のお付きとしてハワイ入りする予定だった。ロマンスグレーの髪をワックスで整え、中折れの上品なハットに合った上物のオーダーメイドスーツを着込み、黒革のアタッシュケースを手にして立っていた老紳士。まさに名前の「ジンネマン」が合っている、とガルドは目を丸くしたことを思い出す。
 「さっきのはヤバいジンネマンだな。テンション変になってやがる」
 「ああ」
 「俺らも普通じゃねぇけどっ」
 ゲージを使い切った榎本の強力スキルを見計らい、今度はガルドがスキルを多用していく。示し合わせたわけでは無いが、自然に榎本はガルドの脇に下がってきた。
 「――コイツらも存外ヤバいな」
 「言えてる」
 ガルドは回転系のスキルを繰り出し、前線の押し上げを続けた。


 「弁明があれば述べろ」
 フラッグが一つもお互い取られ合わなかった「勝者なし」の表示が現れ、混ざり合った新生フロキリ初の攻城戦は終了した。エリア中央に集まったガルドたちは、そこで正座するレイド班と仁王立ちのマグナに近づく。
 「……お説教か?」
 「む、お疲れ様
 「ああ、そっちも重畳ちょうじょう。むしろ遅くなってすまなかったな。お前たちが真剣に構えてくれていたから、なんとかペナルティ無しで済んだようなものだ」
 「いいって。俺らも憶測で『ディスティラリにいるのはレイド班』だって判断しただけだし」
 「来ない訳が無い」
 「いいや、甘いな。きっちり締めるぞ。普段ならまだしも、今は通常とは大きく状況が異なるんだ。大人だろう、分かるだろう、なぁディビビ」
 「ヒャイ! すんませんっした!」
 声の高いボマーをDBBディビビと呼び、マグナが一歩近づく。懇々と続くねちっこい、たまに質問し聞いているのか確認する程に真面目な締め上げが、しばらくの間続く。
 「……ま、まぁ参謀。その辺で」
 「ディスティラリは。これで全員か?」
 「ひぃふぅみぃ、ん? 足りないなぁ」
 「誰だ」
 「あ、吟醸ちゃんいねぇじゃーん」
 「よし呼べ。氷結晶城まで戻るため、クラムベリで移動の準備を進めている。来れるなら全員来い――さっきの話の続き、宿屋でするからな。逃げるなよ……?」
 「あわわわ!」
 「ほら、参謀怒っちゃってるじゃないですか。私知りませんよ?」
 「お前もだぞ、けんうっど」
 「げっ」
 「ヒュー! 地獄のツーリズムの始まりだぜェ~」
 「反省の色無しだなぁ、ん? ディビビ」
 「い、いえ……すんません、反省してます……」
 マグナが迫り、DBBディビビが顔をうなだれたままそっぽを向いた。
 「してるようには見えんな!」
 「してますってぇ~! マグナー、許してくれよぉ~」
 「泣きつくなバカ、どうせお前が他の奴らをそそのかしたんだろう!」
 「違うって、なあ!?」
 半泣きで振り返ったディビビに、ロンベル・レイド班は苦笑いで答えた。
 騒ぎのきっかけを作るのは、毎回確かにこのディビビというお祭り好きなプレイヤーだ。細身の、軽薄そうなアメリカ人バンドマンのような見た目をしている。金髪ロン毛にヘアバンド、両頬に三本線のペイント、パンキッシュな黒革装備と銀鎖の装飾を身体中に回していた。
 ハードな外見のディビビが老けたエルフに怒られているのは、なんともシュールだ。ガルドは口から漏れない程度に笑う。
 「お前たちもお前たちだ」
 「はいっ!」
 グルンと首を回して日和見男たちを睨むマグナに、ガルドと榎本は揃って小さく笑った。そして、凄まれて震え上がっているレイド班を放っておき、応援に駆けつけたMISIAミーシャへ労いの声をかける。
 歯を見せて笑ったミーシャは、髪をかき上げ、ばさりと棚引かせながら踵を返した。
 「はースッキリした。帰ろ帰ろ」
 「あ、俺らは……」
 榎本が立ち止まったまま言い淀む。マグナをちらりと見ると、まだ彼は説教を続けていた。ガルドはその様子に連絡を諦め、ミーシャに伝言を頼むことにした。
 「ミーシャ」
 「あん? どうした大将」
 「ちょっとディスティラリと、ついでに島まで行ってくる」
 「へ?」
 「俺も。ミーシャはそのままマグナについててくれ。こいつ任せでいいからな? あんま根詰めるなよー?」
 「あ、閣下が行くなら僕も行きますよ! じゃあアネさん、また!」
 ボートウィグと榎本が続く中、ガルドはミーシャに手を振って反対側へ歩き出した。


 雪の原は、奥に行くにつれてどんどん砂っぽくなり、とうとう雪がなくなっていく。ずっと続いていたフロキリの冷たさが溶けていくようで、ガルドは嬉しくなった。脳波から「走る」というイメージを叩き込む。
 それだけでアバターのガルドは、先ほどまでしていた戦闘時と同じように全速力で走り出した。
 「閣下!?」
 「っははは! よし、競争だな!」
 「いやいやいやボディの重さ的に僕が一番足早いですよ!?」
 「じゃあ妨害ありにしようぜ。なぁガルド!」
 「ああ」
 加速して並んだボートウィグの足を引っ掛け、ガルドは口角を上げたまま走った。後ろから、若干ガルドより軽いために足の速い榎本が追いつき、肩へ肩をぶつけてくる。
 角度を鋭角にし、ガルドは榎本を弾き返した。
 「だぁっ、良い当たりだなオイ!」
 「そっちこそ」
 「負けませんよー!?」
 颯爽と駆け抜ける犬獣人に、ガルドと榎本は「あっ」と声をあげ、慌てて追いかけた。海岸が見えてくる。サビ鉄の赤が目立つ港町を囲む、川を使った堀と低い外壁。そして追い越し追いつきを繰り返す二人の、子どものような笑い声が響く。
 ガルドは普段通りの仏頂面だったが、しょっちゅう転ぶボートウィグを見て、時折クスリと笑った。
 港町ディスティラリの入り口近くまで来ると、レイド班から連絡を受けていたのか、猫耳をつけた双剣使いが走ってきた。
 「わぁ~、みーんなー!」
 ショートボブから生える耳や長い尻尾、手までもが白茶の毛でフサフサとしている。ふっくらした幼児体型で、短い手足を振って走る様子は猫というより、まるでクマの着ぐるみに見えた。
 吟醸ちゃんだ。名前プレイヤーネームに敬称まで含まれるため、ガルドは略さずにきちんと呼んでいた。律儀なガルドは少数派で、大抵吟醸と呼ばれている。
 駆け寄ってきた猫獣人は、いつも通り酔っ払いのような喋り口で三人を呼んだ。
 「ガルドちん、榎本ちん、ボーちん!」
 「吟醸、相変わらずだな」
 「吟醸先輩ー! 大丈夫っすかー?」
 ディスティラリはクラムベリよりもずっとオープンで、街を囲む壁も腰丈しかない。その向こうに見える広い空と広い海をバックに、猫獣人吟醸がCMのワンシーンかの如く手を振っている。そして投げやりに「んもぉ大変だったよぉっ」と愚痴を吐いた。
 「おう、お疲れ」
 「やっとマトモな人間きたよぉ、ねぇ~、ここどうなってんの~?」
 「大丈夫、みんな一緒だ」
 「連絡聞いたよぉ。ファストトラベル使えないのに、山越えて城から来てくれたんだねぇ。ありがとねぇ、三人とも」
 酔っているのか、演技なのかガルドには分からなかった。泣いているのかもしれない。感受機器が悲しみを受け取る前に感情送信をシャットすれば、アバターはちらりとも泣かない。慣れていくにつれ、どの程度堪えれば涙にならないか塩梅が分かるようになる。
 「当たり前だろ、仲間だろうが」
 「僕はクラムベリに居たんですけどね。すんませんっす。もっと早く街から出てみればよかった……」
 「いいの、分かるよボーちん。私も、なんだかワケ分かんなくて、怖くて、ずっとココでじっとしてたんだぁ。すごいね、メインスタメン前線六人組。すごい、すごいよ」
 「吟醸ちゃん」
 「ガルドちん、ありがと、ありがと」
 抑えきれなくなった震えが、吟醸の体を小刻みに揺らした。
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