40代(男)アバターで無双する少女

かのよ

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106 レトロ・ブラウン

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 ほのかに夕暮れ色をした城下町を、とぼとぼと男ばかりが歩いていた。
 城下町には美しい夕日はかからない。日の沈む海岸沿いが山の向こうにあるため、夕日は全て雪山で打ち消され鈍い色となって差し込んでくる。ガルドたちには見慣れた、いつもの時刻による風景の変化エフェクトだ。
 「サルガスのやつぅ~」
 メロが悪態をつきながら先頭を進んでいる。その後ろを落ち込んだ様子の仲間たちが続いた。怒っているのはメロだけだが、全員煮え切らない表情をしている。
 「いつものことだろ、期待すんなって」
 「えーん、だってー」
 夜叉彦が慰めるように肩に手を回し、酔いどれが次の店に行くような千鳥足で家路を急ぐ。多少疲れもあり、ガルドも姿勢が若干猫背になっていた。
 サルガスに「他ゲーム由来の移動手段がないか」という質問をバッサリ「無い」と一蹴されたメンバーは、ギルド・サンバガラスのホームに四人を残し、取り急ぎ通常生活に戻ることとなった。心の整理と休日という名目で三日、青椿亭での夕食を除いて田岡たちとは別行動となる。
 「しかしカードが揃ってきたな。移動手段をサルガスは『考慮する』と答えた。つまり検討の価値アリというわけだ。もしくは既に準備に入ってるやもしれん」
 「うんうん、不可とは言わなかった。希望は残ってる」
 「だといいがなぁ! しかしアレだ、手段がないならば徒歩だな!」
 「ずっと走るの?……別に足が痛くなったりはしないんだけど、時間かかりすぎ」
 「寝袋作って、とかな」
 「うへぇ、バックパッカーみたいな?」
 げっそりとしたメロの悲鳴に、ガルドはそわりとした。
 アメリカの広大な大地をヒッチハイクで渡り歩く、スラリとした金髪の美女を思い浮かべたのだ。映画やCM広告で見かけるような、典型的なステレオタイプの旅人スタイル。アコースティックギターのワクワクさせる音色、そして少し年代物の、くすんだペールグリーン色をしたアメ車。それはライトが丸くコロンとしている上に、ガルドが想像する必須条件として天井がない。
 「オープンカー……」
 つい溢れたその単語は、ガルドのちょっとした夢だ。まっすぐ伸びる果てしない道を映画のように走ってみたい。免許取得まで一年足りないため、自ずと誰かの隣になる。
 「っくく、安直だなぁ」
 ふと、後ろにいたはずの榎本が脇にいる。笑いを堪えているらしく、時折吹き出す。
 「リアルなら分かるけどな、今のお前はタイヤのでっかいモンスタートラックが似合う。ははっ、やべ、想像したら笑えてきた」
 心外な、とガルドは眉間に皺を寄せた。モンスターと呼ぶくらいなのだから、相当ゲテモノなトラックを想像しているのだろう。
 「榎本ならこういうバイクが似合うな。こういうやつ」
 腕を高く上げ、手首だけハンドルを握るようなジェスチャでそう報復した。車種など詳しくないガルドは単語で表現できないが、すかさず榎本が律儀に教えてくる。
 「ハーレーによくあるアレか? 嫌いじゃないんだよなぁ、あの高いハンドル。フルダイブん中なら腕痛くならないだろ」
 仕返しのつもりが思わしくない反応に、ガルドは「痛いのか、あれ」と素朴な疑問を投げた。
 「だってずっとバンザイなんだから、そりゃ痛くなるだろ」
 「確かに」
 「ここにハーレーあったら絶対買う。デメリット無いし、免許もいらないからな」
 「運転方法がアレと同じなら考える」
 ガルドは名前を出さずに続けた。
 「アレが陸路を走るようなものなら、なんでも運転できる」
 「あー、ボートのやり方か? ありゃ遠心力無かったから簡単だったよな。今はどうなってるか……」
 榎本が考え込む。ガルドも先送りしていた問題点を思い出していた。加速感や重力感があるこの牢獄世界で、今までどおりにいかなくなることもあるだろう。それが何なのかまだ調べていないが、少なくとも話題に登ったボートの運転は変わるはずだ。
 「普通の運転は出来ない」
 ガルドはミニゲームに出てくる一人乗りのスワンボートを想像した。足漕ぎはリズムゲームのようにタイミング合わせを、ハンドルはヘッドアップディスプレイのカメラワーク同様、脳波感受で左右に視野を動かすだけのシンプルなものだ。榎本の言うように遠心力は考慮されず、カーブで速度を落とす必要もない。
 「スクスピ出来てただろ」
 「あれは普通のハンドコンラで操作するものだ。アクセルもボタン」
 「なるほど、リアル寄りの丸いハンドルとか足踏みのアクセルワークが出来ないってか」
 「ああ」
 「ま、乗ってみりゃなんとかなるって」
 「軽い」
 「事故って死んでも殺しても警察いないんだから、気にしないでガンガン飛ばせばいいんだ。横転してもHP九割は残るだろうし……」
 「ポリシーに反する」
 「ネットリテラシー相変わらずがっちがち。ま、お前らしくていいけどな」
 「バイクの、外付けの助手席でいい」
 「サイドカーな」
 「それでいい」
 「いいじゃねえか、乗っけてやるよ。んで雪山爆走して、海沿いまでツーリングな」
 「ああ」
 榎本は機嫌がよくなったようで、あれこれとバイクの話を始めた。自転車好きの榎本はバイクも同じく好きなようで、免許は無いが知識は豊富だった。本当ならば起伏のある山を登るのに適したモデルにすべきだが、そんなことデジタル仮想世界ではナンセンスだ、と自分で言ったことを否定する。趣味のマシンでかっ飛ばすのが理想だと続けた。
 ガルドは半分以上単語が分からないまま、榎本のバイク談義を聞き続けた。

 
 ロンド・ベルベットのギルドホーム。エントランスに転々と置かれた各自のテントが存在感を出していたが、それ以外は拉致前から馴染みの我らがアジトだ。
 最初の数日以降録に使っていない自室に戻り、ガルドはすんと香りを嗅ぐ。すり鉢状にしたとんでもない大きさのベッドは無臭で、覆いにしたギリースーツから緑の香りがした。このベッドに自分の臭いが染み付くことはあるのだろうか、と考えながら、ガルドは今後の予定をポップアップで広げる。
 未送信のメッセージ欄に書かれている計画は、これから話し合いで大きく変更することになっていた。ファストトラベルが使えないとなると、榎本との雑談も本格的に検討すべきかもしれない。
 でなければ寝袋、もしくは外にテントを運ぶ手段を講じる必要がある。
 ベロアのマントを繋いで作ったブランケットを肩まですっぽり掛け、天井とポップアップディスプレイを見ながら横になった。視界は緑と小さい花々で埋まっている。自分で思い描いた天蓋なだけあり、見慣れた天井ではないが非常に落ち着く。
 だが、とガルドは未来を思った。
 ぷっとんやボートウィグ達を探す旅に出るとして、そのために持ち運ぶギルド六人のテントも悪くない。そもそも寒さを感じないのだから、寝袋と満天の星空で構わない。むしろロマンティックだ、とさえ思う。
 ガルドはハーレーを知らなかったが、ハンドルが異様に高いサイドカー付きのバイクをイメージした。それを横付けし、焚き火を囲む。食事は期待できないが、あの高レベル帯の山を越えるためにバトルが続くだろう。そんな旅を思うと、仲間達ほど嫌がる要因が見つからなかった。
 「あーっ! きたぁーっ!」
 突如メロの叫び声が聞こえ、がばりと勢いよく飛び起きる。
 「どうした!?」
 「な、なに?」
 天蓋のカーテンを開けてみると、マグナと夜叉彦がすでにメロまで駆け寄っていた。リビングになっている元サロンラウンジは天井が一段低く、ローテーブルを囲みソファが並んでいる。いつものリビングだ。
 そういえば帰宅直後すぐ自室に引っ込んだため、そこには寄らなかった。
 「きたきたっ、これ!」
 メロの指先を見て、ガルドは驚きのあまり固まった。
 「これは……ブラウン管?」
 「太っ! 液晶曲がってる! 映るのかな」
 「世界観に合わせてる、のか?」
 「電気の無い世界に合わせようが無いだろう、テレビなんて。気持ち程度、あとはGMの趣味だろうな」
 「早速付けてみようよ! 主電源どーこだ!」
 「ここだぁ~」
 ジャスティンが低いダミ声で答えながら、たわんだ液晶の下部を探る。中にバネでもあるかのような深い沈みこみで一部が下がり、カチリと音をたてた。
 それは初めて見るブラウン管テレビだった。黒と灰色の間のような、なんともチープで埃の目立ちそうな外装をしている。
 ぶん、と低く起動音が鳴り、続けてガラスっぽい液晶がじんわりと明るくなっていく。焦点が次第に合っていくが、いつまでたってもシャギーが治らない。
 「画質が変だ」
 「変だな」
 「こういうもんなんじゃない?」
 「だぁはは! お前達、全員初めてか!」
 ジャスティンが鼻高々にそう言い放つ。同年代のはずのメロも素直に「初めて見る~」と近づいていった。
 「ね、チャンネル変えるのってダイヤルじゃないの?」
 「それはもっと昔のやつだな。縁が茶色い……ちゃんとコントローラ、いやリモコンと呼ぶものが……リモ、む?」
 マグナがテレビの回りをキョロキョロ見渡すが、なにも見つからなかった。
 リビングの壁沿いはメロを中心としたインテリアが設置されているが、なにも置いていなかった微妙な隙間にテレビとテレビ台が設置されていた。壁に直接設置できないのか、とガルドはジェネレーションギャップを感じる。
 ローテーブルを回り込むように脇へ移動し、テレビを横から見た。ちょっとした宅配段ボール並みの奥行きがある。これでは壁には吊るせないだろう。
 その下の台はキャスターがついており、ブラウン管テレビに似た安っぽい黒の化学合板製だった。台の中央は棚になっているが、扉はガラスだ。しかし取手が無い。縦のスリットから引き戸ではないと分かるが、つまみがないと開けられない。
 「これ、押すと開くんだよ」
 背後からそんな声がした。ガルドの視線に気づいたらしい榎本が、ガラス扉を軽く押す。
 途端バネに弾かれるようにガラスが開いた。
 「な?」
 「……ほう」
 軽い感嘆で済ませたが、内心ガルドはひどく驚いていた。キッチンの戸棚では見たことがあるギミックだが、まさかそれをテレビの下で見るとは思わなかったのだ。非常に便利に見えるが、今は絶滅している。なにか危険性があるのではないか、と怪しんだ。
 「あ、ここ開きそう」
 夜叉彦が下の縁部分を榎本と同じように軽く押す。
 途端、またバネのように開いた。
 「……ほう」
 なるほど、とガルドは感心する。似たようなギミックだ。時代的な流行りだったのだろう。
 「ボタンいっぱいついてるじゃん! ウケる!」
 「チャンネル、音量、ビデオ……ビデオ?」
 「ビデオって、あーっ! 下の棚!」
 「うわ、ビデオデッキだ」
 榎本が開けたガラス棚の中には、ガルドが見たことのない機械が鎮座していた。無線機のように見えたそれは、VHSテープを見るためのデッキであったらしい。
 「まさか……おい、チャンネルいくつか変えてみろ」
 マグナがそう指示し、テレビに一番近い夜叉彦が頷く。
 先程からテレビは雪山と青空を映し出している。どこだか分からないが、この世界のどこかに定点カメラでも置いたかのような画だ。雲がゆっくり動いているのが小憎たらしい。
 かち、と固い音のするボタンを押すが、テレビ画面は雪山のままだった。
 「むー」
 夜叉彦が唸りながらボタンを連打し、リビングにかちかちかちと音が響く。
 画面は変わらない。
 「国営放送すら映らん」
 「で、意味深なビデオデッキね。夜叉彦、次、端っこのビデオボタン押してみてよ」
 メロが渋い表情で言う。ガルドはぼんやりと「ビデオはつまり外部からの入力のことで、この時代それが一ポートでも事足りた」のだと察知していた。今や大型液晶の役割は「様々な機械からのデータを出力する多目的装置」で、無線有線問わず外部からの入力は細かく切り替えられるのが常識だ。
 この時代のテレビは、その入り口に立っているのかもしれない。そう思うとガルドは赤子を見るような気持ちになった。
 夜叉彦が押したボタンに合わせ、画面右端に蛍光グリーンのカタカナが躍り出る。大ぶりで下手なドットで書かれたそれは、素直に「ビデオ」と名乗っていた。
 続けて突然、ポップアップが表示される。
 「おわっ、急になに!?」
 夜叉彦の顔にかかるように現れたポップアップは、ブラウン管の液晶ではなくその数センチ前面に被るようにして浮かび上がっていた。
 フロキリの文字フォントで一文、メッセージが点滅している。
 <使用料 徴収 二ダラー>
 「お、おう……払えってな……」
 榎本がなぜか恥ずかしそうな様子で手をかざした。
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