Dress Circle

有名人

８

「落ち着いたか？ ……何があったか話してみな」
しっかり涙を拭いてから、一架は継美と無人の廊下を歩いた。何故か今は手を繋いでいる。迷子を保護した大人のような図だ。

「……誰かに襲われたか？」

質問口調だが、継美はほとんど確信しているような表情を浮かべていた。それが分かり、一架は目を泳がせる。
とてもじゃないが、｢ハイ襲われました｣なんて言いたくない。それなのに、彼は自分のペースで話を続ける。
「早く言えって。誰にやられたんだ？」
「ヤられてない。それにプライバシーの侵害になるから言うわけにいかないね」
それはもう、襲われたと認めるような台詞だ。言ってから｢しまった｣と臍を噛んだ。
しかし名前だけは言えない。年下に襲われたなんて癪だ。最後のプライドが口を固くする。

「辛かったから泣いてたんだろ。正直に全部話せ。他にもお前が何か隠し事をしてるのは分かってるし」
「なるほど、全部お見通しってわけ？」
「いやお見通しじゃないから訊いてんだよ」

意味のないやり取りをしつつ、心の中では手足をばたつかせていた。
……話していいんだろうか。
冷静に考えると彼に話す義理はないし、味方というわけでもないんだからポンポン話すべきじゃない。

だけど彼に抱きしめられてから、理性のネジが緩み始めている。
顔が熱い。熱を持て余している。頭までぼうっとして、つい口から弱音が零れた。
「味方なんていらないけど敵は作りたくなかったな……」
「何のことか分かんないけど。じゃあ俺はお前の敵？」
「え」
繋いでいた手を引っ張られ、その場で立ち止まる。継美は真剣な表情で一架を見据えた。
いつもふざけてるから、こういう張り詰めた空気が苦手だ。どこを見たらいいのか分からなくなる。

「それを俺に訊く？ 継美さんが何考えてんのかなんて、俺には全っ然分かんないし。会ったのも久しぶり過ぎて、何か別人みたいだよ……」

彼は今は一応教師だし、非人道的な真似はしないと信じてるけど……鬼畜な一面やセクハラ行為はかなりの頻度で実行してくる。だから信じられないでいた。
「そうかー。じゃあハッキリ言っておく」
わざと目を合わせないようにしていたのに、無理やり顔を上げさせられて目が合った。

「俺は、絶対お前の味方」