5 / 194
二十歳の青年
#3
しおりを挟む窓の外の景色が緩やかに流れていく。初めて見る高層ビル群にあっけにとられながら、手元はずっと指を曲げたり伸ばしたりしている。
高速道路に入ってからは景色を楽しむという唯一の癒しも失い、視線を落とした。
すると嫌でも視界に入ってしまう、スレンダーな脚。
「こんなに長く車に乗るのは初めてだろう。白希、酔ってないかい? 窓を開けようか」
「あ、いや、大丈……あ、やっぱり窓は開けていただいてもよろしいでしょうか」
こういうの何て言うんだっけ。蛇に睨まれた蛙?
けどもっとしっくりくる例えは、獅子だ。真隣に座る青年に気圧されながら、白希は唾を飲み込んだ。
病院前で車とぶつかりそうになった際、颯爽と現れたこの青年に助けられた。また訳も分からぬ間に彼の黒塗りの車に乗せられ、真岡の運転でどこかへ向かっている。
どこか、と言っても本当はさっきの台詞から分かってたりする。この人の家だろう。
後部座席にこの青年と座っているが、隣にいるだけですごいオーラを感じた。横目に盗み見ることすら憚られ、開け放した窓の方を首が痛くなるぐらい向いていた。
すっっっごく視線を感じる。
でも鈍感なふりをして、全く気づかない風を装った。
聞きたいことはたくさんあるのに、会話を切り出せない……。
気まずいことこの上なくて、とにかく嫌な汗をかいていた。運転に集中してるせいか、真岡さんも何も話さないし。
あ、お礼。とにもかくにもお礼言わないと!!
顔を前に戻した時、車が停止した。真岡がこちらに振り返り、ドアを開ける。
「お疲れ様です。着きましたよ」
「ふえ……っ」
街中には変わりないが、隣にはとても立派なマンションが建っている。車の中からではとても上層階まで確認できない。
青年は先に降りると、白希に向かって手を差し出した。
「さぁ、どうぞ」
「ありがとうございま……」
手を取りそうになって、慌てて引っ込めた。
危ない。色々あって忘れていた。自分は、迂闊にひとに触れたらいけないのだ。
白希が青ざめていることに気付いたのか、青年は一歩後ろに下がった。
「足元に気をつけて、お姫様」
「あ、……はい」
お姫様という言い回しは如何なものかと思ったが、あえて触れずに車を降りる。
「真岡、ありがとう。今日はもういいぞ」
「承知致しました」
「えっ」
どうやら、真岡とはここで別れるらしい。急いで前方へ向かい、深く頭を下げた。
「真岡さん、色々ありがとうございます」
「いいえ。白希様、……それではまた」
彼は微笑むと、ウィンカーを出して発車した。あっという間に車の列に入り、姿が見えなくなる。
「……っ」
その時強い風が吹いて、思わずぶるっとした。季節は春に入ったばかり。夕方にもなると、上着がないと肌寒い。
青年もそれに気付いたのか、肩を抱き寄せてきた。
「ここは冷える。早く中に入ろう」
「……はい」
この人、どうして……。
いや違う。今もこうして触れてるのに、力が暴走してない。この人が原因なのか、それとも自分に原因があるのか。分からないまま、エレベーターに乗った。
道中、そっと壁に触れてみた。一度目は何ともなかったけど、二度目に触れた時は心臓が止まるぐらい冷たかった。
「……っ」
やっぱり変わらないか。
足元を見ながら、彼についていく。十五階建てのマンションで、彼の部屋は十階にあった。
「ここでも充分夜景が綺麗だよ。見てごらん」
「わぁ……っ!」
部屋の明かりが点いて一番に目に入ったのは、宝石箱のような夜景だった。
「すごい……」
床から天井まで広がる大窓に手をつき、呟く。だがまたハッとして、手を離した。
すごいところに住んでるなぁ。
でも彼なら当然かもしれない。
確か今では海外展開もしている大手建設会社。水崎グループ取締役社長のひとり息子。
水崎宗一。自分は、この人を知っている。
振り返り、震える拳を握り締めた。
でも何故、自分をここに連れてきたんだろう。
それだけが解せない。自分はずっと彼に会いたかったけど、彼は仕事やプライベートで忙しいはず。
不安や混乱はあるものの、両手を揃えて頭を下げる。
「あの……火事のときも、助けてくださいましたよね。本当にありがとうございます」
本当はずっと会いたかった。────会ってみたかった。
死ぬかもしれないと思った矢先、夢が叶って。まるで全てが夢のようだ。怒涛の展開で理解が追いつかないし、浮遊感が抜けない。
「んむっ!?」
少しして頭を上げると、思いっきり強く抱き締められた。
「白希……! 会いたかった……本当に、無事で良かった」
「んぐ……っ」
力が強過ぎて窒息しそう。顔が宗一の胸に押しつけられれている体勢なのだが、彼は構わずに続ける。
「私のことを覚えてるかい? 私は君を忘れたことは一度もない……東京に移ってからも、君のことだけをずっと考えていた」
21
お気に入りに追加
170
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
行ってみたいな異世界へ
香月ミツほ
BL
感想歓迎!異世界に憧れて神隠しスポットへ行ったら本当に転移してしまった!異世界では手厚く保護され、のんびり都合良く異世界ライフを楽しみます。初執筆。始めはエロ薄、1章の番外編からふつうにR18。予告無く性描写が入る場合があります。残酷描写は動物、魔獣に対してと人間は怪我です。お楽しみいただけたら幸いです。完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる