2 / 8
#1
しおりを挟む「ミスター、冥王様からのお達しです。今夜の宴の為に、人間の美男美女を連れてくるように、と」
「あれ……。一昨日厳選して十五人連れてきたばかりだけど、おかしいな。とうとうボケたとか……?」
「いいえ、正気です。その十五人はあまり好みではなかったらしく、全員昨日のうちに下界に帰してます」
太陽の光が一切届かない闇の世界、冥府。生者が入ることは決して許されないこの地に、ここ最近では生きた人間が行き来している。
その理由はひとつ。長らく仕える主、冥王の遊宴によるものだ。
本来であれば亡者の魂を導く厳格で冷徹な王のはずだが、俺が仕える冥王は享楽主義で、酒と美人(男女問わず)を求める最低最悪の変態野郎だった。
彼は生きた人間の熱を何よりも欲し、俺達従者に拐かすように命じた。彼に骨抜きにされた者はこの冥府に残り、そうでない者は記憶を消されて下界に帰る、というしょうもない状況が続いている。
もっとも、今までここに残った人間はひとりだけだ。洗脳されてるわけでもないのにどっかり居座っている、物好きな青年。
「お、天使ちゃん。今日も不機嫌そうだね」
冥王の城の中枢にある、天井の高い檻にワゴンを押しながら入った。檻と行っても格子の先にある大部屋は常に扉が開け放たれており、好きに出入りできる。中は家具が揃っており、少し暗い以外は快適に過ごせる。
この人間の青年に三食届けることも俺の業務の一環だ。
現状、俺は貪欲な冥王にこき使われている。
「今日も肉か」
「嫌ですか? ベジタリアンじゃないでしょう?」
「ベジタリアンじゃなくても野菜は食べたいよ」
そういうものなのか。自分は食事なんて必要ないから知らない。
というか、人間に対する知識そのものが少ない。ここにくる人間は、皆既に死んでいるから。
「それなら今度地上に行く時は野菜も買ってきます。奥様」
「ああ、嬉しい。……けど奥様って呼ぶのだけはやめてくれないか。本気で鳥肌が立つ」
艶のある黒髪と、健康的な肌。たまたま訪れた国で見つけたが、サラリーマンというやつらしい。彼は青ざめながら自分の腕をさすった。
「でも冥王は旦那様で、貴方は彼の妻だから奥様ということになるんですよ」
「いや男だし。百歩譲って愛人だろ。あと俺にはアケミっていう名前があるから、そう呼んでほしいな」
彼はステーキを口に運びながら、横目に見てきた。
「アケミ様」
「おお、そうそう。ありがと♪」
たったそれだけのことで彼は満面の笑みを浮かべ、ワインをあおった。
何が嬉しいのかさっぱりだが、彼の落ち着きっぷりが異常ということだけは分かる
「アケミ様は人間界に帰りたいと思わないんですか?」
「俺を連れ去った張本人がそれを訊くのか……」
「すみません、命令でしたので……でも生きてる貴方には拒否権がある。一言でも帰りたいと言えば、旦那様は帰してくれますよ」
ところが、彼は少し考えてから肩を竦めた。
「心配してくれてありがと。でも俺、ここ結構気に入ってるんだよね。黙ってても食事は出るし、仕事に行かなくて済むし。何だかんだ、その冥王サマは手を出してこないし?」
「気が移ろいやすい方ですからね。今夜も端麗な人間を連れ去るように、とのお達しです」
「マジか。性欲オバケじゃん」
「でも、きっと明日には誰もいませんよ。もうずっと、そんな宴が開いてます」
ただ酒を飲み交わし、大騒ぎするだけの遊宴。冥王は権力を私利私欲につかっているが、遊んで帰れる人間達もある意味役得だ。最初こそ恐れ戦きパニックに陥るが、城内の絢爛豪華な宴が始まった途端、皆大はしゃぎする。それで次の日には自分の家に帰っているのだ。彼らの身近にいる物は、一晩限りの神隠しと思うだろう。
「そ。じゃあ天使ちゃん、今日も人間を誘拐してくるんだ」
「ええ……まあ」
頷き、窓際に寄りかかる。彼は食べるペースが早く、あっという間に皿を空にした。これだから、後で下げに来るよりここで待ってた方が好都合に思える。
まだ若いのに、……若いからか、怖いもの知らずで明るい。この暗い城で光る、唯一の灯火のようだ。
「……口にソースついてますよ」
「あ、サンキュー」
彼はナプキンで口を拭うと、何故かこちらを見てにやにや笑った。なにかと思っていると、自身の膝に頬杖をつき、頭を軽く傾げる。
「時々は笑うんだな。そうやって笑うとすごい可愛い」
どこか安心したような、なにかを見守るような視線だった。
こういうの何て言うんだっけ。昔はよく聞いた気がするんだけど、思い出せない。
覗いても闇しか見えない窓に手をかけると、彼も隣にやってきた。
「ね、冥王サマの好みのタイプってどんなん? 俺をここに残してくれたってことは、俺の顔もタイプって認識で良いのか?」
「そうじゃないですか?」
「適当だなぁ」
「主の嗜好や性癖なんて知りたくありませんよ。でもまぁ……俺が連れて行こうと思った辺り、貴方は綺麗なんじゃないですか」
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。
みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。
男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。
メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。
奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。
pixivでは既に最終回まで投稿しています。
転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
俺の死亡フラグは完全に回避された!
・・・と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ラブコメが描きたかったので書きました。
愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと
糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。
前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!?
「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」
激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。
注※微エロ、エロエロ
・初めはそんなエロくないです。
・初心者注意
・ちょいちょい細かな訂正入ります。
龍は精霊の愛し子を愛でる
林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。
その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。
王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。
音楽の神と呼ばれた俺。なんか殺されて気づいたら転生してたんだけど⁉(完)
柿の妖精
BL
俺、牧原甲はもうすぐ二年生になる予定の大学一年生。牧原家は代々超音楽家系で、小さいころからずっと音楽をさせられ、今まで音楽の道を進んできた。そのおかげで楽器でも歌でも音楽に関することは何でもできるようになり、まわりからは、音楽の神と呼ばれていた。そんなある日、大学の友達からバンドのスケットを頼まれてライブハウスへとつながる階段を下りていたら後ろから背中を思いっきり押されて死んでしまった。そして気づいたら代々超芸術家系のメローディア公爵家のリトモに転生していた!?まぁ音楽が出来るなら別にいっか!
そんな音楽の神リトモと呪いにかけられた第二王子クオレの恋のお話。
完全処女作です。温かく見守っていただけると嬉しいです。<(_ _)>
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
俺の悪役チートは獣人殿下には通じない
空飛ぶひよこ
BL
【女神の愛の呪い】
この世界の根源となる物語の悪役を割り当てられたエドワードに、女神が与えた独自スキル。
鍛錬を怠らなければ人類最強になれる剣術・魔法の才、運命を改変するにあたって優位になりそうな前世の記憶を思い出すことができる能力が、生まれながらに備わっている。(ただし前世の記憶をどこまで思い出せるかは、女神の判断による)
しかし、どれほど強くなっても、どれだけ前世の記憶を駆使しても、アストルディア・セネバを倒すことはできない。
性別・種族を問わず孕ませられるが故に、獣人が人間から忌み嫌われている世界。
獣人国セネーバとの国境に位置する辺境伯領嫡男エドワードは、八歳のある日、自分が生きる世界が近親相姦好き暗黒腐女子の前世妹が書いたBL小説の世界だと思い出す。
このままでは自分は戦争に敗れて[回避したい未来その①]性奴隷化後に闇堕ち[回避したい未来その②]、実子の主人公(受け)に性的虐待を加えて暗殺者として育てた末[回避したい未来その③]、かつての友でもある獣人王アストルディア(攻)に殺される[回避したい未来その④]虐待悪役親父と化してしまう……!
悲惨な未来を回避しようと、なぜか備わっている【女神の愛の呪い】スキルを駆使して戦争回避のために奔走した結果、受けが生まれる前に原作攻め様の番になる話。
※悪役転生 男性妊娠 獣人 幼少期からの領政チートが書きたくて始めた話
※近親相姦は原作のみで本編には回避要素としてしか出てきません(ブラコンはいる)
俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜
明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。
しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。
それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。
だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。
流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…?
エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか?
そして、キースの本当の気持ちは?
分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです!
※R指定は保険です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる