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間章2 若き獣人皇帝の悩み(アズールside)
2 花と人と
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「ずーっと気になってるんですけどー、なんでこんな所から見てるだけなんですかー?」
アズールの肩に飛び乗り、ルヌルムは尋ねた。一応従者であるくせに、ルヌルムはよく肩や頭の上に乗ってくる。
「むこうは俺のことなど覚えていない」
アズールは自分の耳を握りしめた。不安な時やもどかしい時、よくやってしまう。
「素直に『あの時助けた者です』って言えばいいのではー?」
「そんな厚かましいことできるか! それにあの者は、理由はわからないが『ビリー・グレイ』として帝国騎士団に入団している。何か事情があるのだろう」
騎士団の叙任式でビリー・グレイの姿を見た時は驚いた。四年の間にどのような苦労があったというのか。きらきらと発光しているかのように明るかった薄緑の瞳には、翳りが膜のように張りついていた。
ウィリアムから聞いた話では、確かフリン執政官の息子ジーン・フリンと婚約していたはずだ。『僕、ジーン嫌いなんだよね。あんな奴に可愛い片割れのビリーをあげたくないよ』とウィリアムが愚痴っていたのを覚えている。
互いのことを「ビリー」と呼び合う不思議な双子だった。双子というのはきょうだいよりももっと特別なものなのかもしれない。
現在、ジーン・フリンはフィオナ・グレイ――ウィリアムの妹を伴侶としている。図らずもウィリアムの願い通りになっていた。
「公言しないから大丈夫ですー、とか言っとけば平気でしょうー」
「そのことを盾に脅していると思われたらどうする!」
「わーかー、卑屈すぎませんー?」
ルヌルムはやれやれと肩を竦めて翼腕を広げた。
アズールは反論できず、不満げな顔をしてみせることしかできなかった。物事を悪い方向へと考える癖が染みついてしまっている。頭に強い衝撃でも与えない限りこの性格は治らない。
「あの時はむこうの意識はなかったし、助けたという証明のしようがない。そもそも、最初に会ったのは学校だ。たまにあいつと入れ替わって学校に来ていた」
「よく入れ替わってたのに気付きましたねー」
「声の高さと利き手が違うし、目の色も少し明るかった。他にも色々あるが、長い髪を帽子で隠していたのが一番わかりやすい違いだったな」
「はぁー、ずいぶん細かいとこまで見てますねー」
「……今気持ち悪いって思ったろ」
「人の心の中を勝手に推し量っても良いことないですよー」
「いや、入れ替わりを指摘した時にウィリアムにははっきり言われた。『お前のそういう妙に細かいとこキモイ』って」
「でも気に入ったなら正式に紹介してやるよ。特別だぞ。ジーン・フリンにやるくらいならお前のほうが百万倍マシだしな。ビリーに飯作らせるからさ、うちに食べに来いよ。あいつ、荒っぽいわりに料理は上手いんだ」
――そう言ってウィリアムの家に招待されたのがあの火事の日だった。
あの日アズールが時間に遅れなければ、何かが変わっていたかもしれない。過去の自分やウィリアムから責められうなされることが、今でも頻繁にある。
「本当に見てるだけでいいんですかー?」
ルヌルムが翼の端でアズールの頬をつついた。くすぐったくて鬱陶しい。
「花と一緒だ。見ているだけで満たされる」
「数日来なかっただけで死ぬほど落ち込むのにー?」
「あの時は単純に具合が悪かっただけだ!」
「多少のことでは怪我しないほど身体自体は頑強なくせに、メンタルよわよわで病気がちですもんねー」
「いちいちうるさいな! 本当のことだからって言っていいことと悪いことがある!」
うざ絡みをしてくるルヌルムを振り払い、アズールは眼下にビリー・グレイの姿を求める。
最初に見下ろした時と同じように、人の気配はなかった。今日はすぐに立ち去ってしまったようだ。
耳と尻尾が地面から引っ張られているように重い。耳と尻尾は、獣人にとってすぐに感情が現れてしまう場所だ。どんなに意識していても勝手に動いてしまい、制御ができない。
「人も花も、ただ見ているだけでは他人に手折られちゃいますよ。そうでなくても、なんらかの理由である日突然来なくなることだってあるかもしれない」
いつもより心持ち大人びた口調のルヌルムが、がっくりと下がったアズールの肩を叩いた。本当に真面目な時はこういう喋り方になる。
「若に耐えられますか?」
アズールの肩に飛び乗り、ルヌルムは尋ねた。一応従者であるくせに、ルヌルムはよく肩や頭の上に乗ってくる。
「むこうは俺のことなど覚えていない」
アズールは自分の耳を握りしめた。不安な時やもどかしい時、よくやってしまう。
「素直に『あの時助けた者です』って言えばいいのではー?」
「そんな厚かましいことできるか! それにあの者は、理由はわからないが『ビリー・グレイ』として帝国騎士団に入団している。何か事情があるのだろう」
騎士団の叙任式でビリー・グレイの姿を見た時は驚いた。四年の間にどのような苦労があったというのか。きらきらと発光しているかのように明るかった薄緑の瞳には、翳りが膜のように張りついていた。
ウィリアムから聞いた話では、確かフリン執政官の息子ジーン・フリンと婚約していたはずだ。『僕、ジーン嫌いなんだよね。あんな奴に可愛い片割れのビリーをあげたくないよ』とウィリアムが愚痴っていたのを覚えている。
互いのことを「ビリー」と呼び合う不思議な双子だった。双子というのはきょうだいよりももっと特別なものなのかもしれない。
現在、ジーン・フリンはフィオナ・グレイ――ウィリアムの妹を伴侶としている。図らずもウィリアムの願い通りになっていた。
「公言しないから大丈夫ですー、とか言っとけば平気でしょうー」
「そのことを盾に脅していると思われたらどうする!」
「わーかー、卑屈すぎませんー?」
ルヌルムはやれやれと肩を竦めて翼腕を広げた。
アズールは反論できず、不満げな顔をしてみせることしかできなかった。物事を悪い方向へと考える癖が染みついてしまっている。頭に強い衝撃でも与えない限りこの性格は治らない。
「あの時はむこうの意識はなかったし、助けたという証明のしようがない。そもそも、最初に会ったのは学校だ。たまにあいつと入れ替わって学校に来ていた」
「よく入れ替わってたのに気付きましたねー」
「声の高さと利き手が違うし、目の色も少し明るかった。他にも色々あるが、長い髪を帽子で隠していたのが一番わかりやすい違いだったな」
「はぁー、ずいぶん細かいとこまで見てますねー」
「……今気持ち悪いって思ったろ」
「人の心の中を勝手に推し量っても良いことないですよー」
「いや、入れ替わりを指摘した時にウィリアムにははっきり言われた。『お前のそういう妙に細かいとこキモイ』って」
「でも気に入ったなら正式に紹介してやるよ。特別だぞ。ジーン・フリンにやるくらいならお前のほうが百万倍マシだしな。ビリーに飯作らせるからさ、うちに食べに来いよ。あいつ、荒っぽいわりに料理は上手いんだ」
――そう言ってウィリアムの家に招待されたのがあの火事の日だった。
あの日アズールが時間に遅れなければ、何かが変わっていたかもしれない。過去の自分やウィリアムから責められうなされることが、今でも頻繁にある。
「本当に見てるだけでいいんですかー?」
ルヌルムが翼の端でアズールの頬をつついた。くすぐったくて鬱陶しい。
「花と一緒だ。見ているだけで満たされる」
「数日来なかっただけで死ぬほど落ち込むのにー?」
「あの時は単純に具合が悪かっただけだ!」
「多少のことでは怪我しないほど身体自体は頑強なくせに、メンタルよわよわで病気がちですもんねー」
「いちいちうるさいな! 本当のことだからって言っていいことと悪いことがある!」
うざ絡みをしてくるルヌルムを振り払い、アズールは眼下にビリー・グレイの姿を求める。
最初に見下ろした時と同じように、人の気配はなかった。今日はすぐに立ち去ってしまったようだ。
耳と尻尾が地面から引っ張られているように重い。耳と尻尾は、獣人にとってすぐに感情が現れてしまう場所だ。どんなに意識していても勝手に動いてしまい、制御ができない。
「人も花も、ただ見ているだけでは他人に手折られちゃいますよ。そうでなくても、なんらかの理由である日突然来なくなることだってあるかもしれない」
いつもより心持ち大人びた口調のルヌルムが、がっくりと下がったアズールの肩を叩いた。本当に真面目な時はこういう喋り方になる。
「若に耐えられますか?」
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