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第4章 亜麻色の髪の乙女とウサギ事変
4-1 再確認
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誰かに手を握られているのは夢じゃない。
右手を包む温かさによって、ビリーの意識は引き上げられた。
窓から差し込む強い光に目がくらむ。
一瞬だけ、誰かがベッドの脇で、祈りの形に両手を握っているのが見えた。
「……起きたのか!」
弾んだ声が聞こえ、痛いくらい右手に圧がかかる。
左手をひさしにして目をうっすらと開けると、鼻先にアズールの顔があった。
ビリーが驚く間もなく抱き起され、拘束といっていいほど強く身体に腕をまわされる。
「あ、えっ? アズールさ、ま……結構、その、ほんとに……痛いん、ですが……」
「うるさい、近衛騎士のくせに倒れおって! 怪我ならまだしも、俺に毒は治せない!」
あの時受けた針にはやはり毒が仕込まれていたようだ。とはいえ主君をおいて意識を失うなど、アズールの言うとおり近衛騎士の名折れだ。弁解のしようもない。
「申し訳ありません。それよりも、アズール様はお怪我はありませんか」
「俺のことなどどうでもよい。いつ目覚めるかと、心配で……」
アズールの声が不規則に震える。
ビリーの肩に、アズールの頭の重さがかかった。
アズールが妙に距離感が近く、気安く接触してくる人物だというのは学習しているが、それがわかったところで慣れるものではない。
「アズール、様?」
「俺が浅はかだった。近衛騎士などに任じなければ、命を危機に晒すこともなかったろう」
「それはまぁ……そうですけど。だからって、いまさら騎士団に戻れと言われても困りますよ。ジーン副団長に盛大に喧嘩売りましたし。仮に今回の件でジーン副団長が更迭されたとしても、出戻りとして好奇の目で見られるのがオチです」
「こんなことがあっても近衛騎士と偽装恋人のままでいたいと言うのか?」
「いや後者についてはお断りしたいですよ。でもまだ、アズール様を突き落としたのが誰だったのかははっきりしていないですし。ならず者をけしかけた奴と、毒針を投げてくれた奴には相応のお礼をしなくちゃいけません」
「……変な奴だ」
アズールはビリーの肩を掴んで身体を離した。ビリーの真意を窺うようにじっと瞳を見つめる。
「お言葉ですがアズール様の方がよほど変ですよ。たかが騎士風情のことを気にしすぎです。それに何かにつけてべたべたべたべた触りすぎなんですよ。女性を勘違いさせたいのであればそれでいいのかもしれません。ですが何度も申しあげているとおり、私は人間の男です。妻帯はしていませんが男色の趣味もありません」
ビリーはしっかりとアズールを見返す。余計なことを喋りすぎてしまったかもしれない。余裕がない時、嘘をつく時、つい饒舌になる。
「俺も男色ではないと言っているだろう。ただ、その、人間とのコミュニケーションを図るのには肉体的な接触を増やすのが有効だと、昔、友にもらった本に書いてあった」
アズールは気持ち頬を膨らませ、歯切れ悪く呟いた。何か他にも隠していそうな気配がする。
「今まではこれで上手くいったんだがな……」
「そりゃあんたが皇帝だからみんな面と向かって断れなかっただけでしょう。っていうかなんですか、そのわけのわかんない本。おそらく有害図書です。中身を改めるまでもありません。今すぐ焚書にしましょう」
ビリーは勢いよく服の袖をまくり上げた――ところで、重大なことに気が付いた。
服が着替えさせられている。
今着ているのは騎士団制服ではなく、ナイトウェアとして着るような柔らかい生地の長衣だ。それとなく確認したが、胸を潰すさらしはきっちりと巻かれている。
(……これは、もしかしてもしかしたらもしかする?)
頭からさーっと血が引いていくような感覚に襲われた。
(アズール様が着替えさせたとは考えられないけれど、着替えさせた人がアズール様に伝えなかったとも考えられない)
ビリーの頭の中をよくない想像だけが大量に駆け巡る。
活路や希望的観測はまったく見えなかった。どこをどう考えても都合よくアズールに伝わらないルートなどありはしない。
(男じゃないってバレ、てる……!?)
認めたくない結論が導き出され、ビリーは意識を投げ捨てたくなった。
右手を包む温かさによって、ビリーの意識は引き上げられた。
窓から差し込む強い光に目がくらむ。
一瞬だけ、誰かがベッドの脇で、祈りの形に両手を握っているのが見えた。
「……起きたのか!」
弾んだ声が聞こえ、痛いくらい右手に圧がかかる。
左手をひさしにして目をうっすらと開けると、鼻先にアズールの顔があった。
ビリーが驚く間もなく抱き起され、拘束といっていいほど強く身体に腕をまわされる。
「あ、えっ? アズールさ、ま……結構、その、ほんとに……痛いん、ですが……」
「うるさい、近衛騎士のくせに倒れおって! 怪我ならまだしも、俺に毒は治せない!」
あの時受けた針にはやはり毒が仕込まれていたようだ。とはいえ主君をおいて意識を失うなど、アズールの言うとおり近衛騎士の名折れだ。弁解のしようもない。
「申し訳ありません。それよりも、アズール様はお怪我はありませんか」
「俺のことなどどうでもよい。いつ目覚めるかと、心配で……」
アズールの声が不規則に震える。
ビリーの肩に、アズールの頭の重さがかかった。
アズールが妙に距離感が近く、気安く接触してくる人物だというのは学習しているが、それがわかったところで慣れるものではない。
「アズール、様?」
「俺が浅はかだった。近衛騎士などに任じなければ、命を危機に晒すこともなかったろう」
「それはまぁ……そうですけど。だからって、いまさら騎士団に戻れと言われても困りますよ。ジーン副団長に盛大に喧嘩売りましたし。仮に今回の件でジーン副団長が更迭されたとしても、出戻りとして好奇の目で見られるのがオチです」
「こんなことがあっても近衛騎士と偽装恋人のままでいたいと言うのか?」
「いや後者についてはお断りしたいですよ。でもまだ、アズール様を突き落としたのが誰だったのかははっきりしていないですし。ならず者をけしかけた奴と、毒針を投げてくれた奴には相応のお礼をしなくちゃいけません」
「……変な奴だ」
アズールはビリーの肩を掴んで身体を離した。ビリーの真意を窺うようにじっと瞳を見つめる。
「お言葉ですがアズール様の方がよほど変ですよ。たかが騎士風情のことを気にしすぎです。それに何かにつけてべたべたべたべた触りすぎなんですよ。女性を勘違いさせたいのであればそれでいいのかもしれません。ですが何度も申しあげているとおり、私は人間の男です。妻帯はしていませんが男色の趣味もありません」
ビリーはしっかりとアズールを見返す。余計なことを喋りすぎてしまったかもしれない。余裕がない時、嘘をつく時、つい饒舌になる。
「俺も男色ではないと言っているだろう。ただ、その、人間とのコミュニケーションを図るのには肉体的な接触を増やすのが有効だと、昔、友にもらった本に書いてあった」
アズールは気持ち頬を膨らませ、歯切れ悪く呟いた。何か他にも隠していそうな気配がする。
「今まではこれで上手くいったんだがな……」
「そりゃあんたが皇帝だからみんな面と向かって断れなかっただけでしょう。っていうかなんですか、そのわけのわかんない本。おそらく有害図書です。中身を改めるまでもありません。今すぐ焚書にしましょう」
ビリーは勢いよく服の袖をまくり上げた――ところで、重大なことに気が付いた。
服が着替えさせられている。
今着ているのは騎士団制服ではなく、ナイトウェアとして着るような柔らかい生地の長衣だ。それとなく確認したが、胸を潰すさらしはきっちりと巻かれている。
(……これは、もしかしてもしかしたらもしかする?)
頭からさーっと血が引いていくような感覚に襲われた。
(アズール様が着替えさせたとは考えられないけれど、着替えさせた人がアズール様に伝えなかったとも考えられない)
ビリーの頭の中をよくない想像だけが大量に駆け巡る。
活路や希望的観測はまったく見えなかった。どこをどう考えても都合よくアズールに伝わらないルートなどありはしない。
(男じゃないってバレ、てる……!?)
認めたくない結論が導き出され、ビリーは意識を投げ捨てたくなった。
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