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第3章 偽りの理由
3-4 帝国騎士団式職務執行法
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やましき心の持ち主の活動時間は夜と相場が決まっている。
というアズールの主張を裏付けるかのように、ビリーは何者かに後をつけられていた。
家を出て、商業地区の市場で買い物を済ませた時には、空は夕方の終わる色になっていた。夜の藍色がじわりじわりと下りてきている。
(たぶん四人……いや、五人かな。嫌だなぁ、もう)
バニラの香りがする白い花と数種類の果物を抱えたビリーはこっそりとため息をついた。
今までに騎士団制服を着ていて誰かに襲われたことはない。夜間に一人で出歩いていも、だ。皇帝・現人神の尖兵として、国外からは脅威、国内では羨望の眼差しを向けられていた最盛期よりは衰退したとはいえ、帝国騎士団の権威はいまだに健在だった。
(人間嫌いのならず者か、私に個人的な恨みがある人か)
ビリーは人通りの少ない路地の方へと足を向けた。取り囲まれるのが一番まずい。せまい道で一対一に持ち込みたい。
夜間巡視中の騎士に応援を求める、というもの考えたが現在位置は商業地区周辺の巡回ルートからやや外れている。大きな物音を立てれば駆けつけてくれるかもしれないが期待はできない。
「市場を出たあたりからついて来ているようですが、何か御用でしょうか」
袋小路を背にし、ビリーは追跡者たちに声をかけた。
暗がりから、頭全体を布で覆い隠し襤褸をまとった者たちが現れる。全部で四人。体格から見ておそらく全員男性。リーダー格と思しき者が先頭に立ち、威嚇をするように棍棒を手に打ちつけている。他の三人も粗末な木切れや小さなナイフなどを持って武装していた。
「あんたをちっと痛めつけるだけで、俺たちの食い扶持をひと月分もまかなってくれるって酔狂な御仁がいてねえ」
答えたのはリーダー格の男だ。背筋はまっすぐと伸びていて若々しい印象があるが、声は老人のようにしわがれていた。
「つまり敵対行動を取るつもりなんですね」
面倒くさいなと思いつつ、ビリーは確認した。
自国の民間人――ならず者にしか見えないとしても――に対し、緊急時やその他例外を除いて先に手を出してはいけないという決まりが帝国騎士団にはある。皇帝直属の近衛騎士になりはしたが、今ビリーが身につけているのは騎士団の制服だ。騎士団員としての外形を備えた状態で事件を起こせば、当然騎士団からクレームが来る。その方が厄介だ。
「お、おう。あんた追いつめられてるくせに、いやに冷静だな」
ビリーの態度が予想外だったのか、リーダー格の男はわずかにたじろぐ。うしろの三人は「どうでもいいからさっさと終わらせろよ」などと野次を飛ばしている。
「ありがとうございます。では、どうぞ」
ビリーは道の端の方に荷物を置いた。ならず者たちの方に向き直る。
「……馬鹿にしてんのかてめぇ!」
逆上したリーダー格の男が棍棒を振りかざして襲いかかってきた。他の三人は混戦を避けてか、様子を見ている。下手に近寄ると棍棒が当たってしまうほど路地はせまい。
「敵対行動を確認しました。ただちに武器を捨てて投降してください」
お決まりの文言を言い切るのと同時に、風で加速したビリーは飛びつくように男の首に左腕を巻きつけた。そのまま自分の身体を背面に倒し、その勢いと体重を利用して相手の身体を地面へと叩きつける。
背中と後頭部を激しく打ちつけた男はそれだけで動かなくなり、力なく開いた手から棍棒が転がった。
ビリーは棍棒を拾い、素早く立ち上がる。
首折り落としをやると自分も身体を地面に打ちつけてしまうため、硬い地面でやるとかなり痛い。しかし、そんな内心は露ほども見せずに、棍棒を残りの三人に向かって突きつける。
「ただちに武器を捨てて投降してください」
小柄で線の細い青年だと思って侮っていた相手に文字通り仲間が倒され、三人は動揺しているようだった。三人で一気に攻撃できるほど道幅はない。誰が次に立ち向かうか押し合い譲り合っている。
「……普通に強いのだな、ビリー・グレイ」
やや落胆したような声が、ならず者のいる方向――そのさらに奥から聞こえてきた。
一番後方にいた男が短い悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。
残った二人のならず者は背中を合わせ、それぞれビリーと、新たに現れた藍色の髪をした青年をにらみつけた。
「……こ、こんな所で何やってんですかアズ――あ、あ……アー様!」
名前を呼ぶのはまずいが敬称をつけないのもまずい、と思ったせいで変な呼び方になってしまう。
ターバンで耳を隠し、いつもより装飾や刺繍が控えめな衣をまとったアズールはひらひらと手を振った。妙に機嫌がいい。
「帰りが遅いから迎えに来たのだが、やはり狙われたな」
「『やはり狙われたな』じゃありません! 私子供じゃないんですよ! あー……あなたが、迎えに来てどうするんですか! まさか一人で来たわけじゃないですよね!? っていうか体調は!? そもそも本物ですか!? ああもうっ、本当に何やってるんですか!!」
まずはならず者のほうを片付けるべきなのはわかっているが、ビリーは矢継ぎ早に疑問をぶつけずにいられない。
庭園から突き落とされて殺されかけたというのに、夜に城外を出歩くなどアズールには危機感がなさすぎる。
「二人でなければ出来ない話ばかりだな。邪魔な輩にはご退場いただこう」
「なんか意味合いが微妙に違う気もしますが、後半については同意します」
ビリーは一旦アズールに関する問題をすべて棚上げし、倒すべき相手へと意識を向けた。
というアズールの主張を裏付けるかのように、ビリーは何者かに後をつけられていた。
家を出て、商業地区の市場で買い物を済ませた時には、空は夕方の終わる色になっていた。夜の藍色がじわりじわりと下りてきている。
(たぶん四人……いや、五人かな。嫌だなぁ、もう)
バニラの香りがする白い花と数種類の果物を抱えたビリーはこっそりとため息をついた。
今までに騎士団制服を着ていて誰かに襲われたことはない。夜間に一人で出歩いていも、だ。皇帝・現人神の尖兵として、国外からは脅威、国内では羨望の眼差しを向けられていた最盛期よりは衰退したとはいえ、帝国騎士団の権威はいまだに健在だった。
(人間嫌いのならず者か、私に個人的な恨みがある人か)
ビリーは人通りの少ない路地の方へと足を向けた。取り囲まれるのが一番まずい。せまい道で一対一に持ち込みたい。
夜間巡視中の騎士に応援を求める、というもの考えたが現在位置は商業地区周辺の巡回ルートからやや外れている。大きな物音を立てれば駆けつけてくれるかもしれないが期待はできない。
「市場を出たあたりからついて来ているようですが、何か御用でしょうか」
袋小路を背にし、ビリーは追跡者たちに声をかけた。
暗がりから、頭全体を布で覆い隠し襤褸をまとった者たちが現れる。全部で四人。体格から見ておそらく全員男性。リーダー格と思しき者が先頭に立ち、威嚇をするように棍棒を手に打ちつけている。他の三人も粗末な木切れや小さなナイフなどを持って武装していた。
「あんたをちっと痛めつけるだけで、俺たちの食い扶持をひと月分もまかなってくれるって酔狂な御仁がいてねえ」
答えたのはリーダー格の男だ。背筋はまっすぐと伸びていて若々しい印象があるが、声は老人のようにしわがれていた。
「つまり敵対行動を取るつもりなんですね」
面倒くさいなと思いつつ、ビリーは確認した。
自国の民間人――ならず者にしか見えないとしても――に対し、緊急時やその他例外を除いて先に手を出してはいけないという決まりが帝国騎士団にはある。皇帝直属の近衛騎士になりはしたが、今ビリーが身につけているのは騎士団の制服だ。騎士団員としての外形を備えた状態で事件を起こせば、当然騎士団からクレームが来る。その方が厄介だ。
「お、おう。あんた追いつめられてるくせに、いやに冷静だな」
ビリーの態度が予想外だったのか、リーダー格の男はわずかにたじろぐ。うしろの三人は「どうでもいいからさっさと終わらせろよ」などと野次を飛ばしている。
「ありがとうございます。では、どうぞ」
ビリーは道の端の方に荷物を置いた。ならず者たちの方に向き直る。
「……馬鹿にしてんのかてめぇ!」
逆上したリーダー格の男が棍棒を振りかざして襲いかかってきた。他の三人は混戦を避けてか、様子を見ている。下手に近寄ると棍棒が当たってしまうほど路地はせまい。
「敵対行動を確認しました。ただちに武器を捨てて投降してください」
お決まりの文言を言い切るのと同時に、風で加速したビリーは飛びつくように男の首に左腕を巻きつけた。そのまま自分の身体を背面に倒し、その勢いと体重を利用して相手の身体を地面へと叩きつける。
背中と後頭部を激しく打ちつけた男はそれだけで動かなくなり、力なく開いた手から棍棒が転がった。
ビリーは棍棒を拾い、素早く立ち上がる。
首折り落としをやると自分も身体を地面に打ちつけてしまうため、硬い地面でやるとかなり痛い。しかし、そんな内心は露ほども見せずに、棍棒を残りの三人に向かって突きつける。
「ただちに武器を捨てて投降してください」
小柄で線の細い青年だと思って侮っていた相手に文字通り仲間が倒され、三人は動揺しているようだった。三人で一気に攻撃できるほど道幅はない。誰が次に立ち向かうか押し合い譲り合っている。
「……普通に強いのだな、ビリー・グレイ」
やや落胆したような声が、ならず者のいる方向――そのさらに奥から聞こえてきた。
一番後方にいた男が短い悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。
残った二人のならず者は背中を合わせ、それぞれビリーと、新たに現れた藍色の髪をした青年をにらみつけた。
「……こ、こんな所で何やってんですかアズ――あ、あ……アー様!」
名前を呼ぶのはまずいが敬称をつけないのもまずい、と思ったせいで変な呼び方になってしまう。
ターバンで耳を隠し、いつもより装飾や刺繍が控えめな衣をまとったアズールはひらひらと手を振った。妙に機嫌がいい。
「帰りが遅いから迎えに来たのだが、やはり狙われたな」
「『やはり狙われたな』じゃありません! 私子供じゃないんですよ! あー……あなたが、迎えに来てどうするんですか! まさか一人で来たわけじゃないですよね!? っていうか体調は!? そもそも本物ですか!? ああもうっ、本当に何やってるんですか!!」
まずはならず者のほうを片付けるべきなのはわかっているが、ビリーは矢継ぎ早に疑問をぶつけずにいられない。
庭園から突き落とされて殺されかけたというのに、夜に城外を出歩くなどアズールには危機感がなさすぎる。
「二人でなければ出来ない話ばかりだな。邪魔な輩にはご退場いただこう」
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