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メリナ視点1

メリナside1-2 淫紋とオズウェルとの出会い(回想)

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 元々は「我が子が誰からも愛されますように」という、子を思う純粋な願いだったのだという。

 なんの気まぐれか、その願いを神が聞き入れ、バートレット一族の始祖の娘に愛の祝福を授けた。
 下腹部に祝福の印を得た娘は、親の願い通りに愛され、やがて幸せな生涯の幕を閉じる。

 そこまでは良かった。

 以降、愛の祝福はバートレット一族の娘に必ず引き継がれた。

 年月を経ることによって祝福は次第に強力になっていき、今や異性であれば誰彼構わず強制的に発情させる災い――淫紋《いんもん》へと変貌していた。

 しかしその呪いのおかげで、平民に過ぎなかったバートレット一族は爵位を得るまでになる。

 周囲はそれを「色を使った成り上がり」と揶揄《やゆ》し、陰では「卑《いや》しい犬の子の一族」と呼んで蔑《さげす》んでいた。

 そんな淫紋を持って生まれてしまったメリナを両親は不憫《ふびん》に思い、呪いを断ってくれる救いの主を探すため、広く見合いの相手を募った。

 真に愛し合う者と身も心も一つになれば、印の効力がなくなる――淫紋の継承者たちが残した手記の中に、そういった記述が散見された。抽象的かつ確証はないが、両親はそれにすがった。このままでは屋敷の中で娘を飼い殺すしかなくなってしまう。

 見合いには噂を聞きつけた者が殺到したが、まともな対面にはならなかった。

 メリナのいる部屋に入った瞬間に、ほとんどの者が淫紋の影響で文字通り腰砕けになり、退出させられる。メリナに対して卑猥《ひわい》な言葉を投げつける者もいれば、興奮のあまり飛びかかろうとする者もいた。

(本当に気持ちが悪い……)

 メリナは込み上げてくる吐き気を押さえ込み、微笑を浮かべ続けた。

 淫紋に引きずられない強靭《きょうじん》な精神を持つ者を見極めるには、どうしても直接対面する必要がある。「真に愛し合う者」は、少なくとも淫紋に惑わされた偽りの関係ではない。

 人を惑わせないように屋敷の奥に引きこもり、息を潜めて生活してきたメリナにはあまりに刺激が強かった。場を設けてくれた両親には申し訳ないが、男性全体に対して嫌悪をいだいてしまいそうになる。

 微笑みが仮面のように貼りつき、他の表情に切り替えるのが困難になった頃、その男は現れた。

 男が部屋に一歩足を踏み入れた途端、倦《う》んだ空気がぴりっと引き締まったのをメリナは肌で感じた。

 その男は、隣国の紋章が刻まれた紺色の礼装軍服に身を包んでいた。長身かつ屈強な身体つきをしており、いかにも軍人然としている。

 切れ長の瞳は、紅玉をはめ込んだかのような曇《くも》りのない赤。眼光が鋭く、心にやましいことを抱えていなくとも、一瞥《いちべつ》されるだけで落ち着かなくなってしまう。

 艶やかな黒髪はきっちりと後ろに撫でつけられており、彫りが深く雄々しい顔立ちを際立たせていた。
 抜き身の刃を思わせる冴え冴えとした美貌の男だが、それ以上に目を引くものを備えていた。

「獣人……」

 隣にいる父の呟きがメリナの耳に入る。

 男の腰のあたりからは、長い飾り毛に覆われた豊かな尻尾が。頭頂部にはピンと立った三角形の獣耳が生えていた。どちらも髪と同色の毛色をしている。

 メリナが狼の獣人を目にしたのはそれが初めてだった。
 バートレット伯爵領にはいないというだけで、存在自体は知識として知っている。人間よりも数は少ないが、珍しい種族ではない。隣国には獣人を王に戴《いただ》く国もある。

「カダル帝国シリル州伯オズウェル・シャムスと申します」

 耳に心地良いしゃがれた低音で男は名乗った。

 たったそれだけのことで、メリナは嬉しくなった。自然と口元に笑みが浮かぶ。貼り付けた仮面の微笑ではなく、心からあふれ出た本当の微笑みだった。

 自分の前に立つと、誰であっても男はみんな性欲を剥き出しにした獣になる。

 だが、黒い獣人の男――オズウェルは違った。

 表情を髪の毛筋ほども動かさず、淡々としている。感情が出やすいとされる尻尾も微動だにしていない。

 無愛想とも取れる態度だったが、メリナの目にはとても好ましいものに映った。

 この人ならば、淫紋に惑わされず、「私」のことを見てくれるかもしれない。
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