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第1章 黒の双極 傾く運命は何処なりや
8.解呪の能力(チカラ)
しおりを挟む部屋を飛び出し、書室へと走る。
ノルスが神殿を焼失させるつもりなら、手掛かりとなるかもしれない物を失くすわけにはいかない。
城にもそういった物はありそうだが、『帰りたいから手掛かり探させてくれ』とは、さすがに皇太子には言い辛い。カイザーなら協力はしてくれるだろうけど……思い出すと、何故か胸が詰まる。
「それどころじゃないってば!どうしたんだよ……ワケわっかんねぇ……」
走りながら独り言る俺に、隣を走るシュラインが心配そうに見上げてくる。
それに軽く首を振り、ひとまず考えを無理やり振り切る。
「何でもない!急ご!燃やされる前に何とかしなきゃ。追いつかれてまた捕まっても困る」
速度を上げ、回廊の角を曲がりかけた俺を、シュラインが前に立ち阻む。思わず足がもつれそうになりながら、慌てて立ち止まる。
「シュライン?何、急……」
俺の言葉を遮るように、爆音と共に業炎が曲がり角から噴き出した。
目の前を庇うように腕を掲げた俺の目に、真っ赤な炎が映る。
「うわっ!マジか⁈あっぶな……ッッ!」
シュラインが止めなきゃ、炎に巻かれてた。建物のあちこちで爆音が鳴り響く。
揺れも激しくなってきた。
「ノルス!あのクソ坊主、やったな⁈強行したんだ!」
どうやら俺を捕まえる事は諦めたらしいが、神殿はあくまでも焼き払うつもりらしい。
捕まる心配は無くなったが………
「最ッ悪!!書室、行けなくなった!それに、逃げなきゃヤバいじゃん!!」
捕まる以前に、逃げなきゃこのまま神殿と共に真っ黒けだ。
そんな死に方、嫌すぎる!!
炎の向こうを見る。未練は残るが、進めない以上、致し方ない。
グルルと鳴くシュラインに促され、踵を返す。
「ぜってぇ、許さん!!あンの、クソ坊主ッッッ!」
逃亡を図っているだろうが、おめおめ逃すつもりはない。神殿を脱出したら、全部告発するつもりだ。
それにはまず、無事に逃げなきゃいけない。
あちこち炎が吹き出すのを避けつつ、懸命に走る俺の耳に、微かなそれは聞こえた。
ふと立ち止まる俺に、シュラインが鳴いて裾を咥えて引っ張る。
「シッ!静かに………」
耳を澄ます。
爆音の中、聞こえたそれにハッとして首を巡らす。
「鳴き声だ!子どもじゃなさそうだけど、鳴き声がする」
生き物の微かな鳴き声。
聞こえた以上は放っておけない。
それが聞こえた方へ走り出す。
目の前にある部屋の扉に辿り着き、中へ入る。
炎があちこちで燃え上がる部屋。熱さと煙に、口元に腕を当てる。
「う!ケホッ!ど、こだ⁈どこにいる⁉︎」
「キュウッ!!」
聞こえた鳴き声に、慌てて駆け寄る。倒れた椅子の影。白銀がかったオコジョとイタチの中間くらいの生き物が、プルプル震えている。
そんな場合じゃないと分かっているが……
「やばっ!可愛い……♡」
クリクリした目で見つめてくる可愛さに、思わず呻く。
「置いてかれたのか?こっち、おいで?」
噛まれないか、ちょっと躊躇うがゆっくりと手を伸ばす。
触れる前に、バチっと鋭く手が弾かれた。
「つッ⁉︎な、何⁈」
足元にボウッと、円形の紋様みたいなものが一瞬浮かび上がって消える。
もう一度手を伸ばす。触れる手前で、手の平にパチパチと少し強めの静電気みたいな衝撃を感じ引っ込めた。
「触れない?なんか、膜みたいのが張ってる……」
部屋は容赦無く燃えていってる。揺れと地響きも酷くなってるし、猶予がない。
目の前でキュウキュウ鳴く小っさい生き物。
「くっそ!誰か知らんが、何でこんなひでぇ事できんだよ⁉︎どうすりゃいいわけ?」
焦りばかりが募る。
バンッと弾けたような音がし、ハッとした瞬間、頬に焼けつくような痛みを感じた。
顔を顰める俺のそばに、カラカラと石飛礫が転がった。炎で膨張した柱の欠片が飛んできたようだ。
切れた頬の傷から血が流れ落ちる。
シュラインがそれを舐め取ってくれた。
『………ト、、、ナ、ヲ…………、ゲクダ』
「えっ?」
不意に聞こえた声に、思わず見渡す。
炎に真っ赤に染まる部屋には他に誰も居ない。
「誰か居るのか⁉︎」
声を張り上げるが返事はない。
「今の……、一体」
呆然と呟く俺の頬を、再度、シュラインが舐めた。
『血と、名をお与え……下さいませ、、ーーーーーよ』
「シュ、ライン?」
目を瞠る。
声は、シュラインから発せられているとしか思えない。
「シュライン、おま……喋って⁈え、?何⁉︎」
慌てて問うが、シュラインは首を傾げるだけ。
気のせいだろうか?
ジッと見るが、声はもう聞こえない。
「今の………ああぁっ、もうッッッ!!わけ、分かんねぇっての!もう、いいや!!何だっけ?血と名前??」
とりあえずどうすればいいか分からないが、血を出すべく、転がる柱の欠片を手に取ると手の平を思い切って切りつけた。鈍い痛みと共に、傷口から血が滴る。
「いっつ、ッッッ……!うぅ~…ッ、で、名前か?この子につけたらいいのか?」
我ながら、得体の知れない声に馬鹿正直に従っている自覚はある。何やってんだかと飽きれつつも、今はやってみなきゃ分からない。
「適当に付けちゃ可哀想だからな……こ、はく。琥珀にしよ!目の色、似てるし」
キュっと鳴いて見上げてくるのに、ニコと笑いかけ、そっと血が流れ落ちる手を伸ばす。
膜のようなものには弾かれる事なく手が当てられた。
途端、グンと吸引されるかのように血が流れ出す。
「っ、くっ!!」
膜の表面を覆うように血が広がる。溝を水が満たすかの如く、一瞬浮かび上がっていた紋様が俺の血で現れた。
ボウッと淡く発光し、文字のようなそれが浮かび、螺旋を描きながら俺の中に戻る。
「なっ、んだ⁉︎これ……」
頭の中に、見た事もない字が目まぐるしく駆け巡る。
読めないのに。読んだこともない字の筈なのに。
どう言えばいいか分かる。
口が、俺の意思とは関係なく勝手に開き、言葉を紡ぎ出した。
「契約解放、理解除、命鎖断裂。我が血を以ちて、結びを有無きとす………ーーーーーー『血契解呪』」
バンッ、バンッ、と金属が弾けて切れるような音を立てながら、円形の紋様が散り散りに壊れていく。
最後の一紋様が形を崩し、消えると同時に、体からガクリと力が抜けた。
白い生き物、琥珀が膝に乗り上げ見上げてくる。
変な膜と、あの円形の何かは消えて自由になってる。
「よ、かった……も、大丈…………」
フゥッと目の前が一気に暗くなっていく。体を起こしていられない。なす術なく倒れ込んだ。
部屋は変わらず燃え続け、熱と煙が一気に逆巻く。
「熱………い、、逃げ、な………ゃ」
体が言うことをきかない。
逃げなきゃと思う気持ちとは裏腹に、意識が段々薄れていく。
「だ、、れか………」
脳裏に浮かんだ紺碧の瞳。
その名を俺の口が音を紡ぐことはなく、瞼がゆっくりと閉じていった。
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