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外伝2 触れる指先ーエリオー

*誰だって……④

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「ぁ………」

目が逸らせない。
こちらを静かに見下ろす瞳は穏やかでいて、力強く。
あまりに一瞬の事に、情けないが声が出ず固まってしまった。

「わ、私は知らんぞ!そいつが、その侍従が悪いのだ!侍従にかけるつもりで…ッ、、公子殿下がお庇いになるなど……と、とにかく!私は、私のせいではないッッ!!」

公爵が喚き散らし、慌てふためいて足早に立ち去った。
バタバタという足音と、ポタリと上から落ちてきた雫に、ハッと我に帰る。

「な、何をなさってるんですか⁉︎貴方は!!」

庇われた腕から抜け出す。
動揺どうよう激しく、大声になる僕には構わず、ラキティスが濡れた髪を掻き上げた。
垂れた雫に片目を眇める。

「随分、強い酒だな。味は悪くないが…」

唇の端を舌先でちろりと舐める様に、思わず、心臓がドキリと鳴る。
慌てて頭を軽く振り、息を小さく吐いた。
あまりに色気漂うそれだが、そんな場合じゃないだろうと強く自分を叱咤しったし、視線を真っ直ぐ上げた。

「何故、庇うんですか?僕はただの侍従です!近衛騎士とはいえ、公子の貴方が庇う価値も理由もない。本来なら、僕が貴方の役割を果たす立場だ」

呆れてしまう。
どこの世に、守るべき者に守られる侍従がいるのか?
ラキティスのは完全に立場を履き違えた越権行為と言える。見るものが見れば、叱責や処罰を受けるのは自分だ。
にわかには信じがたい事実に、頭がついていけない。

「かけられたのは酒だぞ?心配いらんと思うが?」
「酒じゃなかったらどうするわけ⁈危ない薬だったらどうすんのさッ!!第一!酒とか薬とか、何がかかったかは問題じゃないッッ!!自分の立場考えろって言ってんの!」

あまりに呑気のんきなラキティスの言葉に、プツと頭にきた。
一気にくしたて、ぜぇぜぇハァハァ息を吐く。怒りが上がりすぎて頭が痛い。
ふぅ、と上がった息を整えていると、ラキティスが目を瞠りこちらを見ている。

「?」
「……いや、、言葉が」

言葉??
訝しんだ後、思い返して、顔からサァーっと血の気が失せた。
上の者に対して、自分が発したのは不適切な言葉遣い。頭に血が上ったとはいえ、本来ならあるまじき事態だ。
アヤやセレストとの気安い関係に慣れ過ぎてる。
本当なら、2人に対しても許されない事だが……

「す、、あ、も、申し訳ありません!!」

あまりに動揺が激しすぎて思い切りどもる。
まったく、何をやっているのか?
自分が自分で嫌になる。
顔半分を手で覆い、目を伏せて溜め息をついてしまった。

「もう……しないで下さい」
「うん?」

未だ被った酒で濡れたままのラキティスを横目に伺い、再度溜め息を吐く。
庇われたのは、正直、嬉しくもあった。
が、同時に感じたのは言い知れないくらい、自分に対しての嫌悪感。
喜ぶ自分に、もう1人の黒い自分が嘲笑あざわらう。

お前にそんな価値はない。

「僕は……違うから」
「違う?何がだ?」
「……………………」

どこまでも真っ直ぐな人だ。
眩しいくらいに……
直視はとてもできない。
視線を逸らす。

「アヤも、セレスト様も……貴方も。皆んな、キラキラして綺麗な人たちです。でも、僕は………」

一緒にいる事で勘違いしていた。
、と。
そんなわけもないのに……綺麗だと。綺麗になったと勘違いをした。

「綺麗、、、ね?アヤやセレスト様はそうかもしれんが、少なくとも俺は違うな」
「え?」

クッと小さく笑うラキティスの声音に、逸らしていた視線を向ける。
苦々しいものを噛み締めるかのように小さく笑い、振り払うかのように深く息を吐き、ラキティスがいつもの顔に戻る。

「誰が綺麗でそうじゃないかは、そいつを見た他人が決める。だから、お前だってアヤたちをそう見たんだろう?だったら、お前は俺が判断してやる。お前は綺麗だ。俺にはそう見える」
「ッ!!」

真っ直ぐ、向けられた瞳に射竦められた。
目の奥がじわじわと熱くなる。

「な、に……言って。だって………僕、は」
「誰だって、自分を守る為に暗い過去は持つもんだ。それが、大きいか小さいか。多いか少ないかの差だろう?少なくとも、俺は生きる為に必死で、そうせざるを得なかった奴を汚い人間だとは思わん。他人の苦労を知ろうともせず、自分が聞いただけ、見えるだけのもので判断するような奴はクソっ喰らえだ」
「ラキティス、様……」
「キサだ」
「え?」

呆然とする僕に、ラキティスが表情を和らげた。

「キサ。俺の名だ。ラキティスは名目上使っているに過ぎん。親しい者はキサと呼ぶ」

親しい者。

自分がそこに入っていいのか迷い戸惑う。

「さすがに……呼べません。僕、は」
「好きにしろ。無理に呼べとは言わねぇよ」

言葉が砕けた。でも、しっくりくる。
これが、本来のラキティスの気質なんだろう。
ふと力が抜けた。

「庇って下さり、ありがとうございます」
「そっちの方がいいな。庇うなど怒ったりするよりよっぽどいい」

フッと小さく微笑みかけられ、ドキと胸が鳴る。
スッと手が上がり、目元を指の背で撫でられた。

「な、何、ですか⁈」
「庇いきれなかったみてぇだ。酒が……」

どうやら、頬にかかった酒を拭われたらしかった。
優しく触れられた指の感触に息が止まりそうだ。

「あ、りがとう、、ございます」

顔が熱い。
多分、今、ラキティスの顔は見られない。
不意に鼻に届いた強い酒気に、やっと思い返した。

「濡れたままです!何か、拭く物を……」
「いい。もう殆ど乾いている。匂いさえ我慢すれば、部屋まで戻るだけだ」
「でも、、!」
「気にすんな。上着、悪かったな。また、汚れたが…」

目にした上着は酒のシミで汚れてしまっている。葡萄の色が移り見るも無惨だ。

「もう、駄目だな。まぁ、ちょうど新調する気だったからいいが」
「あ、の!!僕、処分しときます」

咄嗟とっさに出た言葉に、ラキティスが訝る。
自分でも思わず何言ってんだと思ったが、後には引けない。

「じゃあ、悪いが捨てておいてくれ」
「………はい」

手渡された上着を受け取る。

「変なのに絡まれるなよ?」
「大丈夫、、です」

それだけ言って、歩き去るラキティスを見送る。
受け取った上着を見つめ、思わず嘆息してしまう。

「なぁにやってんだか……もう」

ラキティスにはそんなつもりは一切ない。そんな事は分かっている。
ラキティスの目が誰を見つめ、誰を追いかけているのかも……
だから、分かっている。
上着をギュッと抱きしめる。

このくらいは許されるだろう。許してほしい。

報いてほしいとは願わない。
心に入りたいわけじゃない。
ただ、叶うなら………………………………………
貴方の瞳の片隅に映りたい………ーーーーーーーーー











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