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外伝3 背中合わせの距離ーセレストー
*それでもやっぱり自分には…②
しおりを挟む苛立ちは限界に達していた。
一方的にセレストが怒りをぶつけてから数日あまり。イアンとの会話が、本当になくなった。
なくなったとはいっても、仕事に関する話は必要最低限する。が、本当にそれのみ。
最初はセレストも怒っていた為、自ら話しかけるなどはせず、そのまま捨て置いたが、二日、三日とすぎる内に、今度は別の怒りが湧いてきた。
何やら物言いたそうにこちらを見ており、視線に気付いたセレストが目を向けると、慌てて逸らす。
セレストが無視して視線を戻すとまた見ている気配。その繰り返し。
いい加減………………………
「鬱陶しい!!」
ムッスりしたまま吐き捨てる。
反対側の席には、呆れ顔のエリオ。
「それ、そのままご本人に言ったらいいじゃないですか」
「俺から話しかけるのは癪だ!」
「セレスト様……言ってることめちゃくちゃです」
「分かってる!!ところで、アヤはなんでそっちを向いたままなんだ?」
「俺の事は、どうぞ、おかまいなく」
カクカクと何やら固く返事をするアヤに、セレストも訝りながらもそれ以上は言わない。
「そもそも、何があってそうなったんです?」
「言うのか?」
「聞かなきゃ分かりませんよ?」
胡乱な目を向けるセレストに、シレッとエリオが応える。初めて会話を交わした時とは違い、かなり遠慮がなくなった。こういう気を使わない会話をできる相手がセレストには少ない。グレインバルドは幼馴染みとはいえ、主君と臣下。砕けた会話はできても、譲れない一線はある。イアンとは、そういう関係になってから隔絶している。
アヤ以外では、エリオが唯一の話相手だ。
「殿下の執務室で……」
「執務室で?」
「そ、の………」
「はぁ?」
「こ………に、、、お、ょば………て」
「セレスト様?聞き取れません」
顔を顰めるエリオに、なんで自分がこんな事恥ずかしそうに相談しなきゃならんのだと、理不尽な怒りが湧く。
キッと顔を上げる。
「だから!殿下の執務室でイアンに……「だああああぁーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!やめいっ!!」
ソファでそっぽを向いていたアヤが奇声をあげ、真っ赤な顔、軽く涙目で睨みつけてきた。
「ア、ヤ?」
「なになに?アヤ、どうしたわけ?」
訝るセレストと、困惑するエリオに、アヤがプリプリ怒りだす。
「イアンも悪いし、セレストも悪い!!大体なぁ、なんであそこであんな事するわけ?おかげで俺が……」
勢いのままにそこまでまくし立ててから、アヤがハッとなり口を押さえた。
そろっと視線をやる。
呆れ顔のエリオと、額に怒りマークのセレスト。
「そういう事?アヤが変だったのって」
「見てたのなら止めろ!何、覗いてんだ⁉︎」
「あのなぁ!止められるわけないだろ⁈俺が先に部屋に居て、後から来たセレストたちが勝手に……ゃ、りはじ……め、て…」
「人聞き悪い事言うな!言っておくが、俺はあそこでなんてまったくそんな気はなかった!イアンが一人で勝手に盛って…お前が居ると分かればあんな事……大体、アヤは殿下と一緒にいたはずだろ?何で執務室なんか⁈」
「避難してたんだよ!だって、バルドしつけぇんだもん!嫌だって言ってんのにベタベタ触りたがるし、所構わず抱っこしたがるし!俺はぬいぐるみじゃねぇってのッ!!」
「そんな事は知らんッ!」
「あのぉ~~……」
二人の言い合いに、溜め息つきの声がかかる。
白い目で、心底呆れ切ったようにエリオが二人を見やる。
「この際、覗き見してたアヤはどうでもいいよ」
「よくねぇよッ!」
「はいはい、うるさいよ!勝手に覗いて気まずくなったんでしょ?そんな事より、セレスト様たちの方だよ」
「そんな事って酷くね⁈覗きたくて覗いたんじゃねぇわ!!」
「アヤ、ほんとうるさい!もう、後で聞いたげるから黙って!」
エリオにあしらわれ、ブチブチ文句を垂れながら、アヤが拗ねてソファに齧り付く。
「アヤは後で僕がどうにかするんでお構いなく」
「あ……あぁ、、よろしく頼む」
見事に場を仕切るエリオに感心。鬱々拗ねるアヤを気にしつつ、セレストがエリオに向き直る。
「前にもありましたよね?セレスト様」
「え?」
「また、同じ事ですか?」
呆れたようなエリオに、何となく後ろめたくて狼狽える。自分よりかなり下の、侍従の青年に窘められる。本来ならセレストが殊勝になる必要はないが、エリオには弱い部分を早くに晒してしまっている為強く見せられない。
「嫌だったんですか?」
「嫌?嫌って……いうか」
「好きだから触れたいし、抱きたいんですよ?」
「は?へ、、?い、や……」
ど直球な言葉に慌てふためくセレストに、エリオがクスと微苦笑した。
「それに…セレスト様はイアン様が自分に遠慮するのが許せないんでしょ?」
「な、、で、分か…」
「まぁ、なんとなく?お二方を見てれば力関係やらなんやら見えてきますしね」
肩を竦めて笑うエリオに絶句。他者に分かるほど、自分は……
「誤解しないで下さいね?セレスト様がイアン様を制圧してるとかではないですよ?そういう風には見えてません」
動揺しかけた心が落ち着き、思わず溜め息をつく。
「イアンがセレストに強く出れねぇのは、セレストの地位が高いからとかじゃない。セレストに遠慮してるわけじゃない。好きだから。大切すぎるから。傷つけたくないから。だろ?」
ソファでそっぽを向いていたアヤもいつの間にかこちらを向き言う。
「セレスト様……それでも、イアン様。許せない?」
年下二人の青年に静かに笑みを向けられ、目を瞠った後、セレストが静かに立ち上がった。
ゆっくり扉に向かい、部屋を出て行く。
パタリと扉が閉じると同時に、残された二人の青年が同時に笑いながら軽く拳を突き合わせた。
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