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最終章 彩色師は異世界で

3.幸福な時の中で

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「眠いか?」

背中から抱きしめられ、うとうとしていた耳元で囁かれた。
正直、体は気怠い。散々に甘く啼かされて、クリームかバターにされたんじゃないかってくらいにフニャフニャだ。

「ちょっとだけ……」
「じゃあ…報告はまた後で…」
「報告⁉︎分かったのか?」

閉じかけていた目がバッチリ開く。
がばっと正面に向き直ると、苦笑するバルドと目が合う。

「俺は一向に構わんが、とりあえず目に毒だから隠せよ?」
「わっ!ご、ごめ……ッ」

裸なの忘れてた!!
致した跡だらけの体を敷布で包まれる。

「どっち?」
「女の子だそうだ」
「女の子かぁ……良かった」

バルドの言葉に、ほっとして肩から力が抜けた。

「リコは?元気そうなのか?」
「産後は良好だそうだ。母娘共に問題ない」
「そ………なら、安心だな」

報告は、ランスと一緒になったリコの出産について。

終焉の秤が頓挫してから、目まぐるしく理が激動した。

俺に関わり、且つ、終焉の秤に関わっていない者たちは、神三人が理を直した。
ラゼルの手により、魔物融合に失敗し、命を落としたランスとカートは生き返らせてもらえた。リコとランスは一緒になり、カートはまた別で。三人は記憶を入れ替えられ、別の生を歩んでいる。マダムたちの記憶からも消され、三人はマダムのところには居なかったものとされた。

「お祝いの品、贈りたいな……直接、おめでとう言いたかった…」
「会ったところで、リコにはお前に関する記憶はない。混乱させるだけだ」
「うん……分かってる。でもさ」
「品は、気後れせん程度のものを、委細伏せて送っておいた」
「バルド…」

俺が言うのを想定してたとばかり、バルドが呆れたように溜め息をついてから言う。
嬉しくなって抱きつくと、やれやれと苦笑する小さな声が聞こえた。

「ありがと…俺、ワガママばっか言ってるよな?」
「ネアの事もな」

ネア、イヴァンはルーが引き取った。
ネアにはイヴァンだったころの記憶は一切残ってない。キサとの戦闘で、全てを使い果たし、未練も欲も何もかも無くしたのが主な要因らしい。
かといって、ユフィカたち犬狼たちと生活するのは問題ありと、遊びに行くのは良しとされ、ルーの神域にいる。
ネアもまた、マダムたちの記憶からは消された。
ネアの処遇についてはかなり揉めた。
本人に自覚がないにしても、イヴァンがやった事は許されない。
俺自身、散々な事をされた。
だから、バルドは到底許せないと最後まで言っていた。
けど………
あんな、子供みたいな純真なネアを見てしまったら……
何も言えない。

「俺、バルドに甘えてばっかだ」
「惚れた弱みだ……俺がいくら抵抗しようと、結局、お前には勝てん事を知っててやってるからな」
「そんなつもりはないんだけど……」
「知っている。無意識だからタチが悪いんだろうが…」

呆れたように言われぐうの音も出ない。

「サラタータも報告は上がってるのか?」
「あぁ。内乱は収まっている。エドゥアルトが皇太子として何とかやっているようだ。ヴィクトールもいる。大丈夫だろう」

魔族に作り変えられたヴィクターは元に戻された。エティはヴィクターがいれば大丈夫だ。
内乱起こしてイヴァンに殺された第一皇子は蘇生されて、側妃と共に幽閉。ルーたちが記憶の改ざんを行う必要もなく、蘇生した時点で精神異常をきたしており、今は起きて眠るまで、ずっとあらぬ方向を向いたまま微笑み、ボーっとしているらしい。
サラタータ側にも、俺に関する記憶は一切ない。
サラタータが立ち直ったら会いに行く。
約束は結局、果たされる事はないだろう。
寂しいけど……大変な記憶なら、ない方がいい。覚えててもらいたい。ただ、それだけで辛い記憶を課すのは、俺のエゴだ。
だから、我慢した。

報告はほんの一部。全部挙げればキリがない。

大切なモノ、大切な人たちが、俺の手をすり抜けて消えていった。
残った僅かなモノたちを、俺はこの先果たして手放さずに済むだろうか?

「アヤ?」

バルドに呼ばれ、ハッと上げた顔。頬を伝う感触に目を瞠る。
視線が合わさるが、言葉が出てこない。止まらない涙に、口がハクハク動くのみの俺に、バルドが両手を広げる。

「来い、アヤ」

甘やかすような優しい笑みに、矢も盾もたまらず、バルドの腕に飛び込む。

「俺がいる。この先、お前が何かを失う事はない。お前が落とせば俺が拾う。誰かが奪おうとすれば排除する」
「…ッ、………、、」

顔中に口づけされ、涙を唇で吸われる。
ギュッと強く抱き竦められ、唇から安堵の息が漏れた。
その唇に小さく軽く触れられる。

「すっげぇ自信……でも、バルドならやるだろうな」
「当たり前だろ?初めてお前に会ったあの瞬間から、お前は俺のものだったんだ。俺が俺のものを守るのは当然だ」

言い切られ、唖然とした後、我慢できずに吹き出した。
俺からも、バルドの唇に小さく口づけて寝台を降りた。

「アヤ?」
「迷わない」
「うん?」
「もう、平気だ。俺も、バルドと一緒。初めて、バルドに会ったあの瞬間に決まってた。俺がバルドの光であるのと同時に、俺にとってはバルドが光だ」

同じく寝台を降りたバルドが、俺の正面に立つ。

「俺と、命を一緒にしてくれるか?俺と一緒に生きて、一緒に死んでくれる?」
「お前が望むとも望まぬとも…この身全て捧げて」

跪き、右手の薬指の先に恭しく口づけられる。
微笑み合う俺とバルドの耳に、部屋の扉をノックする音と、小さな泣き声が届いた。
カチャリと扉が開き、ヒョコッと顔が覗く。
黒眼と蒼のそれが不安そうに揺れる。

「カイン。どうした?」
「母様……ごめんなさい。サフィが…」

躊躇いがちに言う、双子の長子。その後ろから、ヒックヒックと泣きじゃくる妹姫の手を引いた双子の次子が見えた。
予め、予想はしてたから驚かない。苦笑しつつ、しゃがんで腕を軽く広げる。

「おいで?サフィ」
「母しゃま~」

泣きながら腕に飛び込んでくる小さな体を抱きしめる。まだまだ甘えん坊の娘が、俺無しで大人しく眠れるとは思っていなかった。後から様子を見に行くつもりだったが、どうやらその前に来てしまったようだ。

「母、しゃま、、サ、フィ……ここ、で、ねゆ」

しゃくりあげながらギュッと抱きつく体を抱き上げる。

「いいよ。一緒にここでお眠しよっか?」
「うん!」

泣きながら、それでも満面の笑みを浮かべる可愛らしい顔に、愛しさが募り抱きしめた。
ふと、視線を感じて目をやると、双子がこちらを見ていた。分別がつきはじめ、言葉にすぐにはしなくとも、まだ七歳。甘えたくても、自分たちより小さな妹の手前、口に出せずに我慢するその姿に笑みが溢れた。

「カイン、シアン。今日は何をしたのか聞かせてくれるか?学んだ事を、母様と父様に聞かせてくれ」
「え?」

戸惑って顔を見合わせる双子。
バルドに視線を向けると、苦笑しながらバルドが口を開く。

「そのままだと風邪引くぞ?二人とも、早く寝台に上がれ」

バルドの言葉に、双子がパッと顔を綻ばせる。

「はぁーい!」

年相応に喜声を上げて寝台に飛び上がる。
微笑ましくも幸せな光景に、俺もまた笑いながらその輪の中に入っていった。








                      END
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