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番外編② 恋の調べ〜側にいる者たちに吹く風は〜

*この気持ちに名前をつけるなら?③

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「ラキティス様………」

クリスティアンの手首を掴み、ラキティスが無言で見下ろしている。

「ラキティス様、あの……」
「随分と…」
「え?」

エリオとクリスティアン、同時に声を発した。

「楽しそうな事をしてるな?」
「………………」
「そ、そうなんです!今、こいつ、下級貴族のクセに生意気で……」

エリオとクリスティアンで反応が異なる。ラキティスの言葉を、そのままに受け止め、どこかほっとしたように必死に言い訳するクリスティアンを、エリオは冷めた目で見ていた。

(ホント…ある意味、幸せな奴だよね…)

言葉とは裏腹に、ラキティスの目は冷めきっていて、それに気付かないクリスティアンが、エリオは違う意味で羨ましかった。
彼ほど、貴族らしい貴族はないだろう。本来、貴族はこんなものだ。享楽的で、楽な事にしか興味もなく、好きなようにする。人の機微など伺うなどべくもなく。
苦労など無縁な人生。

(苦労?………あぁ、そうか…分かった)

頭に浮かんだそれに、エリオは一人納得する。

「ラキティス様!あの…失礼でしたら、申し訳ありませんが……その…違いますよね?」
「………………」
「ラキティス様が、こんな奴、気にしてる、なんて」

こんな奴の時に、クリスティアンが忌々しげにエリオを睨みつける。

「”こんな奴”、な…お前達が言う、こんな奴っていうのは?」
「こいつですよ!下級貴族の分際で、卑しくも立場も弁えず、分不相応にラキティス様に取り入ろうとして!」
「城下の酒場、歌舞団の団員」
「は?えっ??」

フッと笑い、ラキティスが口にした言葉に、クリスティアンが、意味を計りかね惚ける。

「俺の事だ。出自は確かに公子だがな…俺には、一平民とし過ごした年月が全てだ。今の俺は、公子などではない。マダム・エルザの歌舞団の団員。勿論、恥ずべき事など一つもないが、俺を形作っているのはそれだけだ。お前達が馬鹿にするそいつより、俺の方がはるかに身分は低いが?そいつが卑しいのなら、俺は何になる?」

クスと笑うが、目は笑ってない。

「あ、あ、の…も、申し訳ありません!し、し失礼します!!」

掴まれていた手が解ける。
ようやく、ラキティスの怒りを理解し、クリスティアンたちが顔面蒼白に、慌ててその場から逃げていった。
ようやく、息を吐く。

「何か、助けて頂いたようでありがとうございます」
「いや…余計な世話だったかもしれん」
「そんな事は………」

言いかけ、無言のラキティスに、エリオは言葉を切り、再び溜息をつく。

「嘘です。そうですね…ちょっと余計かもです。憧れのラキティス様からの叱責に加え、僕を庇いましたからね……まぁ、今以上に嫌がらせされますね」
「その割には、別段困ってるようでもなさそうだが?」
「甘やかされて育ったお坊ちゃんに、隙を見せるわけありませんから」
「今のは隙じゃないのか?」
「…………………」

嫌なところを突いてくる。

(言えるわけないだろ?”貴方の事考えてて、うっかりやられました”なんて)

今回のは完全なる不手際だ。

「ハッ、クシュン!!」

ムスッとしていたら、ぶるっと寒気が襲い、エリオはクシャミする。
水を被ったまま立ち話しており、完全に体が冷えた。冷たさを自覚したら、寒さが一気に来た。
両手で肩を抱くようにしたエリオに、フワリと温かいものが掛けられる。

「え………?」

肩を見やると上着で、ラキティスが自分の上着を脱ぎ着せ掛けてくれたらしい。
カーーっと、顔が熱くなる。
エリオとて年頃の青年で、いい男からこんな決まれば格好良い仕草を、さらっと何でもない事のようにされれば、やはり嬉しい。

「あ、の…いい、です!部屋、すぐそこで……」
「風邪でもひけば、さっきの奴等の思うツボじゃないのか?それこそ、見せたくない隙になるぞ?」
「そ…だけど、でも…」

まだモゴモゴ言うエリオに、ラキティスが片眉を軽くあげる。

「でも、何だ?」
「汚れ……ます」
「大丈夫だろ?幸い……」
「ッッッ!!!」

ついっと、距離を詰められ、額にごく近い場所に顔が近付く。

「かけられたのはただの水だな。汚れてもないし、匂いもない」

クンと軽く鼻が鳴らされ、エリオは固まった。

「部屋で早く着替えろ。上着は後で返してくれ」

ラキティスが離れていく気配にハッとなり、エリオは俯けていた顔を上げた。

「あのっ!あ、りがとう、ございます…」

まともに視線が合い、意味も分からず狼狽えて、再び
エリオは顔を伏せる。
フッと小さく笑う気配があり、頭をポンポンと優しく叩かれる。
そのまま手が離れ、気配が遠ざかっていく。
完全に気配が消えると、エリオはそのままその場にしゃがみ込んだ。

「な、に…これ?顔、熱っつい!」

早鐘打つ心臓。火照ったままの顔。気持ちが、わけも分からずグルグルし、自分のものなのに持て余す。
顔を上げられず、力が抜けて立ち上がれもせず、エリオはフワフワと揺れる気持ちを抱えたまましばらくその場から動けなかった。











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