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夜会 4

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「ここにいたのか。……一人か?」







「はい」







そう答えると、ほっとしたようにシルビオは息を吐いた。



疲労のにじむ顔で、なぜか額にはしっとりと汗がにじみ、上着も脱いで手にかけている。







「どうされたんですか?」







(シルビオ様も女性たちから逃げてきたのかしら)







「お前を探していた」







(え?どうして?)







あっという間に女性に取り囲まれ、まんざらでもない笑顔を向けていたはずだ。



シルビオは、少し不機嫌な表情で近寄ってきて、エレオノーラの二の腕あたりをそっとつかんだ。







「こんな暗がりに一人でいたらだめだ。お前相手に妙なことを考える男も多いんだ、何かされたくなければ一人になるな」







つい、強い口調でエレオノーラに言い放ってしまった。無事でいたことをほっとする一方で、あまりに無自覚なそぶりに苛立ちを覚える。







(自分がどれだけ男の目を引いているのか自覚がないのか?!あんなに男たちが賛辞を送りダンスを申し込もうと機会をうかがっていたというのに!)







いつもと違うシルビオの様子に、エレオノーラの瞳にはほんのわずかに怯えがにじむ。







「すまない、怒っているわけではない。……無事でよかった」







あっという間に女性たちに取り囲まれ、身動きが取れなくなった瞬間、エレオノーラを見失ってしまったのだ。夜会に慣れていないエレオノーラは誰かに誘われれば素直についていってしまうのではないかと気が気ではなかった。







「そんな大げさな、大丈夫ですよ」







褒められ慣れていないエレオノーラは、男性が賛辞を贈ることも、ダンスに誘うことも社交の一環だと思っていた。







「……どれだけ自分が美しいか、自覚がないんだな……」



シルビオはエレオノーラを見つめ、独り言とも言えない言葉は、エレオノーラの耳には届かなかったようだ。







夜風になでられたエレオノーラの方は、小さく震えた。







シルビオはそっと持っていた上着をエレオノーラの肩にかけ、そのうえから抱きしめたいのとどうにか堪え、そっとエレオノーラの頬に手を添えた。







不思議そうにじっと見上げるエレオノーラの瞳には、シルビオだけが映る。







「できることなら……」







言い淀んだ言葉を、伝えるかどうか迷い、口をつぐんだシルビオだが、







(彼女のかわいらしさも、健気さも、俺だけが知っていればいい)







紛うことなき独占欲が、シルビオの心を支配する。







「できることなら、その紫の檻に、永遠に俺を閉じ込めてほしいものだ」







甘く、やわらかな言葉が、エレオノーラを絡めとる。







その言葉に、エレオノーラの心の奥底は切なく、甘い喜びに震える。







復讐をすべき相手のはずなのに、心がシルビオの方へ傾こうとする。







恋とよぶにはあまりに淡い気持ちを、言葉にすることはできない。



(この気持ちには、今日幕を引くのよ)







「………っ」



言いかけた言葉は、最後のワルツに吸い込まれるように消えた。







「踊ろう」



差し出された手に、エレオノーラはそっと手を重ねた。



見つめあった瞳には、きらきらと微かにシャンデリアの光が飛び込んでくる。くるりと回るたびに、光がはじける。







楽団のワルツは、最後ということもあり、とても華やかな音楽だ。その音楽に合わせ二人は夢中で踊った。







音楽が終わる。しんと静まり返った後、室内からは拍手と歓声があがる。



しかし、二人はワルツが終わっても、目を離すことが出来なかった。







(手を、離さなければ……)







一瞬の余韻、室内からシルビオを呼ぶ甘くて高い声が聞こえた。







「シルビオ様―?どこにいらっしゃるの?」







その声を聴いて、エレオノーラは、はっと我に返った。







(誰?!)







その瞬間、シルビオの表情が固まる。ぎこちなく振り返ると、大きなため息をついた。



その声の主は、シルビオを見つけると、花が咲くような笑顔で、テラスへ飛び出て来た。







「シルビオ様!探しましたよ~、ってどなた?」







さっきまでの猫なで声とはうってかわって、鋭く冷たい声でエレオノーラを睨んだ。







「ちょっと休憩していただけだ」







その娘は、年頃はエレオノーラと同じか少し幼いくらいだろうか。



シルビオによく似たグレーの瞳だが、少したれ目で眉も下がってるところが、可愛らしい。彼女が潤んだ瞳で見上げたら、大抵の男性は落ちてしまうだろう。







彼女は、シルビオとエレオノーラの間に入り、シルビオの腕にぎゅうぎゅうとしがみついている。







「帰るぞ」







そう言って、シルビオは踵を返し、その女性とテラスから出て行った。女性は不満げな視線をエレオノーラに向けながらも、シルビオに付き従ってテラスを後にするが、シルビオの上着がエレオノーラの肩にかけられていることを目ざとく見つけていた。











残されたエレオノーラは、ただ、彼らを見送るしかできなかった。







(連れの女性がいたのね……振り返りもせずに行ってしまったわ)







何の言葉もなくシルビオは去っていった。



所詮、そこまでの関係ということなのだろう、とエレオノーラは無理やり自分を納得させた。







(はっきりしたじゃない、これで、よかったのよ)



テラスから見る月は、やけに明るく、滲んで見えた。







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