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記憶喪失ですが、夫に復讐いたします 12 王宮の調合師2

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急に声を掛けられて、返事が上ずってしまう。

覗いているのは自分の方なのに、相手が声を掛けてくるなんて。



驚いて、次の言葉が出てこない。



「あ、あの、香水の…」

「ああ、香水の体験をしに来たのですね。」





違う、本当は様子を見に来ただけ。



しかし、覗いていた後ろめたさから、見ていただけ、とも言えず、

こくこくと頷くのが精いっぱい。





そんなエレオノーラの様子を見て、男性は柔らかく微笑んだ後、



「調合をしてみますか?」



そう言って、器具を準備し始めた。

柔らかい雰囲気に反して、不思議な圧がある男性だ。



彼は、王宮調合師で、リュシアンという名前らしかった。



「今日も、本来ここでの体験は他の調合師が行うはずだったのですが、

他の調合師の都合がつかず、やむなく私が参りました、不慣れなので、わからないことがあれば言ってくださいね。」





(ど、どうしよう。成り行きで調合することになっちゃった…。)

フレデリックに助けを求めるよう振り返ると、



「あれ……?」



姿がない。





「ああ、フレデリックなら、建物の外にいるようですよ。」



(香りが苦手だから入ってこないのかしら。と、いうか、今、フレデリックって…)



調合師のリュシアンは、ニコッと微笑むと



「彼とは昔馴染みでして。よく知っているのですよ。」



彼のことは気にしなくていいですから、さあさあ、と様々な種類の精油が運ばれてきた。





せっかくなので、この機会に作らせてもらうことにした。



「どんな香りがお好みですか?」



30種類くらいの精油が用意されていた。



ローズ、と書かれた瓶を手に取ると、



「ローズはこの国の特産で、その一種類のみになります。摘みたてのバラを蒸留して作られた、特別なもので、ちょっと有名なのですよ。」



深いローズの香り。華やかで上品だ。

アンナマリーには少し大人っぽいかもしれない。



うーん、と考えながら、他の精油も見ていると、



「どなたかに贈り物ですか?」

と、リュシアン。



「そうできたらな…と思って来ました」

はにかむエレオノーラを見て、リュシアンはうんうん、と微笑み、



「相手の方はどんなイメージなのですか?」

「そうですね、華やかで上品ですが、明るくて愛嬌のある感じ、です。」



「では、お若い方なのかな?」

「同じくらいの年齢かと」





「では、若々しく柑橘系も入れてみたらどうですか?」



言われるままに、柑橘系のなかでもベルガモットを入れてみる。

香ってみると、さわやかすぎる気がした。



「もうちょっと、ふんわりと…フローラルな感じがいいかもしれません」



リュシアンは意外そうな顔をして、エレオノーラを見つめた。



「…もしかしてお相手は女性ですか?」



「そうです!お誕生日のプレゼントにしたいと思っています。」



(男性へのプレゼントと思われていたのね。)

あげる異性のあてもないが、ちょっと気恥ずかしい。



ふうむ、と少し考えて、

「そうでしたか、少しスパイシーな香りを…と思いましたが、女性らしくロマンチックな感じはどうだろう?」

と、いくつか候補の香りを勧めてくれた。



バラの種類や精油のこだわりの精製方法、その他の香りのイメージなど、手に取るもの一つ一つについて、詳しく説明してくれる。

すべての香りを知り尽くしているようだ。さすが王宮の調合師。



王宮調合師の中でも、もしかしたら彼は、特別な地位にいるのかもしれない。



調合師たちは、皆白のローブを羽織っている。

ローブの留め具に、各階級を表す宝石が入っており、赤、黄、若草、緑、青と五階級ある。



しかし、彼の留め具は紫。

見たことがない階級だ。



よく見ると、ローブの内側に金の刺繍が入っている。

(こんな、豪華なローブ見たことない…)





あっという間に調合はおわり、他の材料も混ぜ、無事に瓶に詰めることが出来た。

試しに、少し肌につけてみる。



ローズの上品な香りの中に、さわやかさとう優雅な大人っぽさが混在している。

これから、大人になっていく彼女にピッタリかもしれない。



「わあ、素敵な香りですね!」



「これは、なかなか素敵な香りに仕上がりましたよ。喜んでくださるといいですね。」



よくお礼を言って建物をでると、足元にフレデリックが座り込んでいた。





「わあっ!びっくりした!もしかして、ずっとここにいたの?!」



「…もしかしなくてもそうですよ。お嬢様の護衛騎士ですからね。」

上目遣いで恨めしそうにつぶやくフレデリック。



調合は思った以上に楽しかった。集中していたためか、あっという間に時間が過ぎてしまってた。



「すごくお待たせしてしまったのね、ごめんなさい。」



「謝らなくてもいいんですよ、この窓から、お嬢様の様子を除いていたら、あっという間に時間が過ぎました。」



「…ずっと、見ていたの?」

まさか、ストーカー的な、アレだろうか。



「そうですよ。ほら、ペットをみていると飽きないじゃないですか、あんな感じに近いというか。」



「ペット!?」



まさかのペット。

仮ではあるが、主人に対して、いかがなものだろう。



「いや、えーと、お嬢様ってちょっと小動物っぽいというかなんというか、その、あの…へへっ」



フレデリックはごまかした後、真顔で、



「…ほめてます!」

と一言。





「いやいや、褒めてない!絶対!」





まさかそんな風に思われていたとは、驚きである。

十代の乙女を捕まえてペット扱い。

しかも、自分のほうが犬っぽい男に言われても、だ。



(妹とか、それぐらいの感じかなとおもったけど、小動物とは…)





そんなエレオノーラを横目に、フレデリックは、笑ってごまかし、



「そういえば、結局、香水を調合されたんですよね。」



「そうよ、今日することになるとは思ってもみなかったけれどね。」



「よかったですね、アンナマリー様のお誕生日もこれで一安心」



「そうね、オリジナルのものができてよかったと思うわ。あの調合師様のおかげかも。」



「ああ、リュシアン様ですか?」





(リュシアン“様”?)

フレデリックの言い方がちょっと引っかかった。



彼が“様”をつけるということは、相当な身分のはずだ。



「王宮調合師って、みんなあんな感じなのかしら?優しい雰囲気で、知識も豊富だったわ。」



彼の仕草や話し方は優雅だった、さすが王宮ということだろうか。



調合中に、精油や植物の知識を惜しげもなく披露してくれていた。きっと彼の膨大な知識の一部でしかないのだろう。まだまだ、話し足りない、といった様子だったのだ。



「ああ、やっぱり。あの方は、王宮調合室にいらっしゃいますが、本来は植物学者なんですよ。特に、植物から、抽出できる物質を研究していらっしゃるようです。

この国のバラの精油も、試行錯誤されて、大量生産できる今のかたちになったと聞いています。」



確かに研究者と言われればそんな雰囲気だ。



「あの方が、この国の名産をつくったといっても過言ではありません!」



フレデリックはどこか誇らしげだ。



「すごい方なのね。」



「体験調合もあの方が提案されて、実施することになったんですよ。普段は、見習い調合師が担当していますけどね。」





帰り道、王宮への小道を通り、庭園を抜ける。

どこもバラが美しく咲き誇っていた。



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