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第2話

出会い(8)

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「ビキニ……アーマー……」

 ビキニアーマー。それがアンジェルがかつて使用してたもの。そしてアーチに遺したもの。

 アーチは輝きに吸い寄せられるように石像の前に立つ。手を差し伸べると、ビキニアーマーが発光し光の粒子となって四散した。光は宙を舞いアーチを包み込む。

 光が弾けると、アーチの体にビキニアーマーが装着されていた。

「おお~! イイじゃん、めっちゃカワイイ!」

「いや、カワイイっていうか……」

 赤面して顔を逸らすミョウザ。腕と足を除けば水着とさほど変わらないビキニ―アーマー。実際に人間が着用していると防具とは思えない露出度の高さが生々しく、青少年にはいささか目に毒だった。

「ビキニアーマーからは常に魔力障壁が展開されている。だから見た目に反して防御性能はかなりのものだぞ。そのうえ肉体強化と魔力補助のおまけ付きだ。それがあれば間違いなくアーチの力になってくれることだろう」

「お母さんはこれを着て戦ってたんだよね……」

 アーチは両手をぎゅっと握り、ビキニアーマーを身に纏い戦場を生き抜いた母に思いを馳せる。母はこれを着てどんな想いで戦っていたのだろう。これで自分も少しは強くれるのだろうか。様々な想いが混じり合い、装甲の重みも増しているように感じた。

「……なんか揺れてないか?」

 ミョウザ不意に呟く。言われてからアーチも足元が微かに揺れているのを感じた。揺れは徐々に大きくなり部屋が軋むほど激しさを増した。

「今度は何! お父さんどーなってんの!?」

「ああ、言い忘れていたが、早いとこそこから脱出したほうがいいぞ。その洞窟はビキニアーマーが解放されたら崩れる仕掛けになってるからな」

「なんでそんな仕掛けまで用意してんの!?」

「あいつは昔から遊び心が行き過ぎるところがあったからなぁ」

「呑気に言うな!」

「まあそのくらいの危機など今のアーチにはなんてことないだろう。だが今後も気を引き締め」

「ああもーうっさい!」

 アーチは父親の小言が始まる前に通話を切断した。壁や地面に亀裂が走り、崩壊まで猶予は残されていない。

「どうやって脱出するの?」

「飛ぼう。上が開いてるから、あそこからおれの飛行船で飛んでいけるはず」

「それだ。お願いミョウザ!」

 ミョウザは頷き〈シャットシュット〉から紙を引き抜き瞬時に紙飛行船を折り飛ばす。投げられた飛行船は巨大化しアーチたちに飛来する。

「真上に飛ぶから落ちないように気を付けて!」

「了解! パラァはあたしに捕まってて」

「わかった!」

 タイミングを見計らい飛び乗ると、紙飛行船は急角度に上昇し垂直で地上から離れていく。その間も崩壊は進む。瓦礫の破片が雨となって降り注いでくるのをかわしつつ出口を目指す。

「間に合えぇっ!」

 アーチたちがしがみつく紙飛行船が蒼天に飛びだした。その瞬間、山の一角が音を立てて盛大に崩壊した。

「危なかったぁ~」

 アーチは安堵の息を漏らし下方を眺める。洞窟があったであろう場所は粉塵を巻き上げ瓦礫の山となっていた。

「アーチのお母さん、無茶苦茶なことするわね」

「あたしもさすがにビックリだわ。ま、ミョウザのお陰で何とかなったし、マジ助かったよ~」

 いつぞやのようにミョウザの頭をわしゃわしゃと撫でるアーチ。しかし当のミョウザはどこか真剣な顔をしていた。

「アーチ、おれ……」

「あれ? なんか人が集まってる」

 アーチの言葉につられてミョウザも下を見る。コッパ村に人だかりができていた。コッパ村の人たちは何やや不安げな表情を浮かべていた。

「みんな……?」

 高度を下げ一行はコッパ村に着陸した。すると村人が駆け寄りミョウザを取り囲んだ。

「ミョウザ大丈夫か!?」

 ひと際ガタイのいい男が、たいかくに似合わぬ情けない顔でミョウザに言った。男はアーチがコッパ村に来て最初にミョウザに声をかけてきたあの男だった。

「ど、どうしたんだよ、みんな集まって」

「どうしたじゃねぇだろ! 山がいきなり土砂崩れ起こして何事かと思ったら、お前があそこの洞窟に行ったってジェーンが言うじゃねえか。だから俺らは心配で!」

「心配? おれのことを?」

「当たりめぇだろ! 同じ村の仲間を心配しねぇ薄情モンなんかこの村にはいねぇ!」

「みんなが……?」

 ミョウザが集まった村人たちを見る。ある者は「よかった無事で」と安堵し、ある者は「どこか怪我してない?」と心配していたり、それぞれにミョウザのことを案じていた。

「そうだジェーン。ジェーン! ミョウザは無事だったぞ! こっち来てやんな!」

 男が首をうしろに向け呼びかける。

 集団が割れ、後方から今にも泣きそうな表情のジェーンが現れた。

「ミョウザ……おかえりなさい」

「あ、う、うん」

 きこちない空気が二人の間に沈殿する。ジェーンは一旦ミョウザから目を離しアーチを見た。

「探してたものは見つけられた?」

「うん、お陰様でね。どお? これ。カワイイっしょ?」

 アーチは自身が着用しているビキニアーマーを見せびらかした。ジェーンは困惑気味に「はあ……そうね」と苦笑した。アンジェルが遺したものがこんな破廉恥な装備だとは思いもしていなかっただろう。

「丁度良かった。ジェーン、みんな、聞いて」

 ミョウザは真剣な眼差しで村人たちを見詰め、告げる。

「おれ、この人に付いていくことに決めた」

 突然の宣言にどよめきが上がった。ジェーンだけは静かに俯いていた。

 村人の動揺を他所にミョウザは毅然とした面持ちでアーチに体ごと向き直る。

「いいよな、アーチ」

「あたしは構わないけど……」

「じ、冗談だよな? いつもみたいにまたすぐ帰ってくるんだよな?」

 男が懇願するように唇を震わせて尋ねる。ミョウザはゆっくりと首を横に振った。

「この人は……アーチは、とても大切なことを成し遂げようとしてる。おれはその力になりたい。それに、おれ自身の夢も叶えたい。だから……しばらく村には帰らないと思う」

 ミョウザの眼には揺るがない決意が込められていた。村人たちは明らかにこれまでとは違って本気だと悟った。

「村長、ミョウザのやつこんなこと言ってますが」

 男が問いかけると、集団の中から小さな老人が姿を現した。白く長い口髭を蓄え、腰が曲がり杖を突いている。いかにも村長然とした風貌の老人だった。

「わしはもとよりミョウザの考えには賛成だったからのう。いまさら止める理由もないわい」

 好々爺はそれだけ言うとからからと笑った。

「ジェーン! ジェーンからも何か言ってやってくれ! このままじゃ本当に行っちまうぞ!」

 男はまだ諦められずジェーンに縋った。ほかの人では無理でも、これまで親代わりとしてミョウザを育ててきたジェーンの言葉なら引き留められるかもしれない。村人たちから無言の期待が寄せられた。

 ジェーンはわずかな沈黙のあと静かに口を開いた。

「……いつかはこんな日が来ると思ってた。それが、今日なのね」

「ジェーン! あ、あんた」

「私はこの子の意思を尊重します。私の役目は縛ることではなく、背中を押すことです」

「いいのか、本当に」

「はい……でも」

 これまでせき止めていたものが溢れ出るように、ジェーンはミョウザの前に膝を付きぎゅっと抱きしめた。

「本当に心配したんだからっ。あまり危ないことはしないで」

「ご、ごめん」

「体には気を付けて。頑張るのよ……」

「うん……」

 ミョウザから離れ立ち上がるジェーン。潤んだ目をアーチに向けると深く頭を下げた。

「どうかミョウザを……息子を、よろしくお願いします」

 それは母親としての切なる願い。自分の子供を想う親の、嘘偽りない姿だった。

 ジェーンの気持ちを受け取ったアーチは力強く頷く。

「うん、任せて」

「ま、どっちかっていうとアーチのほうが助けられそうだけどね」

 パラァが茶化す。

「えぇ? そんなことないっしょ~」

「ははっ、言えてるかも」

「あっ、ミョウザまで!」

 パラァの軽口にミョウザが乗っかり、アーチは不服を訴える。

 するとその顔はすぐに優しげな微笑みに変わった。

「もう出発するけど、いい?」

「……ああ」

 ミョウザの返事にアーチは「そっか」と頷く。

「じゃあ、あたしらは行くんで」

「ええ。あなたたちも気を付けて」

「うん。それじゃあ!」

 アーチは踵を返し村をあとにする。

 しかしミョウザはまだ動かず、ジェーンの前に立ったままだった。

「ミョウザ? 早く来なさいよ」

「パラァ」

 アーチはパラァを制する。パラァは溜め息を吐きつつも空気を読んでアーチの肩に下り、成り行きを見守る。

 ジェーンと向かい合うミョウザは何かを言おうと口をもごもごさせていた。

「あ、あの、ジェーン」

「いってらっしゃい、ミョウザ」

「うん、えっと、その……」

 やがて決心したミョウザは顔を上げ、力強く告げた。

「行ってきます……母さん!」

 息子は母に旅立ちの挨拶を告げ、走り去っていく。その背後では、ジェーンが両手で顔を覆い泣き崩れていた。ミョウザは振り返らない。別れを惜しみ、歩みを止めたくなかったから。

 故郷と母とはしばし別れ、少年は夢へと突き進むことを選んだ。

「ミョウザ……もしかして泣いてる?」

「泣いてない!」

 アーチたちに追いついたミョウザはそのまま足を止めずに追い抜いて行った。アーチはその後ろを追いかける。

「いや絶対泣いてるって!」

「な゛い゛でな゛い゛っ!」

 頑なに否定するミョウザの顔は涙と鼻水でぐずぐずになっていた。ミョウザの見栄っ張り振りがおかしくなってしまい、アーチは走りながら思わず噴き出してしまった。

 笑い声が青空に溶けていく。

 風が吹き抜け少年たちの頬を優しく撫でる。

 太陽は今日も変わらず世界を照らしていた。
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