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第2話

出会い(7)

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 ミョウザは泣きそうな顔で走りながら地図を開く。先程確認しそびれたヒントを改めて見る。

 そこに書かれていたのは──。

「『泥人形を照らせ』……?」

 泥人形というのは巨像のことで間違いないだろう。

 ではそれを照らせということは。

「照らせって、光を当てるだけならもうマジェットの照明があるし……普通の光じゃ駄目だとすると、ほかに照らすものが……? 光……照らす……太陽……?」

 呟きながら思考を巡らせていたミョウザが、はっと何かに気付いた。ポケットをまさぐり、目当てのものを取り出す。

 それはひとつ前の部屋で入手した太陽の石板だった。

 思い返せば、これまでの仕掛けは全て石板が何かしらの形で関わっていた。だとすれば今回も石板が攻略に必要な役割を持っている可能性が高い。それにひとつ前の仕掛けでわざわざ太陽の石板が余るような作りになっていたのも、考えてみれば怪しい。そして『太陽』と『照らす』という符号。偶然の一致にしては作為を感じる。この石板が鍵を握っていると考えるのが妥当だろう。

 ミョウザは壁をぐるりと見渡し、石板を嵌められそうな場所がないか探す。しかし見える範囲ではどこにもそれらしきものはなかった。推測は間違いだったのだろうか。

 いや、まだ確認できていない場所がある。

 あるとすれば──。

「パラァ! 上まで行ってこれが取り付けられそうなところがないか見てきてくれないか!」

 ミョウザは太陽の石板を掲げ、暗闇に覆われた頭上を差した。

「でもあんなに真っ暗じゃ何も見えないわよ」

「それじゃあ……」

 ミョウザは壁に埋め込まれていた照明用マジェットのひとつを引っこ抜いて「これを持ってって」とパラァに渡した。

 殴りかかってくる泥人形の拳をしゃがんで回避し、ミョウザは再び逃げる。

「頼んだぞ!」

「任せて!」

 球体の照明マジェットを両手で抱えたパラァが真上へ舞い上がる。光がパラァの周囲を暗闇を払いのけ視界を確保する。

 暗闇の中から突然天井が現れパラァは急ブレーキを掛ける。照明で照らして何かないかと探す。

 すると──。

「あったわ! ちょうどその石板を嵌められそうな場所が!」

 天井の一部に不自然に平らに整えられた箇所があり、その中心に正方形の窪みがあった。ミョウザの推測通りだった。

「やっぱそうか。それがわかればあとはっ」

 ミョウザは〈シャットシュット〉から紙を引き抜き飛行船を折る。前方に飛ばして巨大化し、あとはこれに乗って上まで行けば──そう考えていたら、泥人形が飛来する紙飛行船に反応し、拳でそれをぐしゃりと叩き潰した。

「嘘だろ!?」

 肝心の移動手段が文字通り潰されてしまった。これでは上まで行くことができない。パラァに代わりにやってもらうにしても、そうすると照明で天井を照らせなくなってしまう。パラァには今のまま照明係をやってもらうしかない。ミョウザが上まで行くしかないのだ。

「何かほかに方法は……」

 上までの移動方法を考えていると、ミョウザはアーチが落としたヴァーエイルを発見した。

 ミョウザの脳裏にひらめきが走る。

 可能かどうか検討している暇はない。今はとにかくやるだけだ。

「アーチ、これちょっと借りるぞ!」

 ミョウザは逃げつつヴァーエイルを拾った。素早く紙飛行船をふたつ折り、泥人形目掛けて投げつける。泥人形はふたつの飛翔物を叩き落そうと拳を振る。

 その間にミョウザは〈シャットシュット〉から紙を引き抜き聖剣の柄に括り付けた。紙は異様に長く、ミョウザの足元に積まれいる。

「これで頼むぞ……」

 ミョウザは天井を見上げ狙いを定め、紙を握る手に力を込める。

「届けっ!」

 渾身の力で、真上を目掛けてヴァーエイルを投擲した。剣は勢いよく上昇し、狙い通り天井に突き刺さった。

「よしっ!」

 喜びも束の間、ミョウザは垂れ下がる紙に飛びついて登り始めた。長い紙を綱代わりにして天井まで上ろうというのだ。

 ある程度まで登ると、ミョウザは腰に携帯していたナイフで下の部分を切り落とした。これで泥人形に掴まれる心配はない。

 すると紙飛行船を始末し終えた泥人形が、紙の綱を上っていくミョウザを捕捉した。しかし紙の端は泥人形が手を伸ばしても届かない高さにあった。

「へへっ、ここまで来れるなら来てみろってんだ」

 ミョウザは高みから挑発的な笑みを溢し上っていく。

「気を付けて! そっち来てる!」

 アーチの声で下を向くと、たしかに泥人形が垂れ下がる紙目掛けて疾駆していた。

 助走をつけた状態で、足がないにもかかわらず泥人形が跳躍した。

「跳べるのかよぉ!」

 ジャンプした泥人形が紙の端を掴んだ。巨大な質量に引っ張られ、紙がピンと伸ばされる。

「やばい、これじゃ持たないっ!」

 魔力で多少許可されているとはいえ所詮は紙だ。ミョウザひとりならまだしも巨大な泥の塊をぶら下げておけるほど頑丈ではない。

 ミョウザはさっきのように下を切り落とそうとナイフを取り出すが、焦りから手が滑りナイフを落としてしまった。

「ミョウザ早く! 千切れてきてるわ!」

 剣に縛り付けた結び目の近くが、重さに耐えられず横から徐々に裂け始めていた。

「くそっ、このまま行くしかない!」

 一刻の猶予もない。泥人形の対処は諦めて一秒でも早く上り切ることを優先した。ミョウザは紙が千切れないように慎重に、しかし急いで紙の綱を上る。

 裂け目がどんどん大きくなっていく。

 天井まであと少しのところまでミョウザが近付く。

 紙があとほんのちょっとで完全に裂けてしまう。

「ダメッ! 切れちゃう!」

 重量に耐え切れずに紙が──切れた。

「うおおおおっ!」

 それと同時にミョウザは天井に突き刺さったヴァーエイルの柄を握った。ミョウザは天井にぶら下がり、泥人形だけが落下した。地面に激突した泥人形が粉々に砕け、拘束されていたアーチが解放された。

「ミョウザ! やれぇ!」

 泥の中から起き上がったアーチが檄を飛ばす。その傍らではすでに泥人形が再生を始めていた。

 ミョウザはポケットから石板を取り出し呼吸を整える。

「せぇーのっ!」

 腹の底に力を込め腕を振り上げる。

 殴り付けるような勢いで、太陽の石板を天井に嵌め込んだ。

「やった! やったぞ!」

 ごごごごご。

 天井が揺れる。太陽の石板を中心に音を立てて亀裂が走った。亀裂は放射状に広がっていき、壁に到達した瞬間、天井が粉々に砕け散った。

 洞窟の中が眩い光に包まれた。天井が破壊されたことで外の光が入り込んできたのだ。

 それと同時に泥人形が復活する。対峙するアーチに緊張感が走る。だが泥人形は天を仰ぐように両腕を広げ、硬直した。泥人形は太陽の光に反応しているようだった。

「うわああああああっ!」

 ミョウザが悲鳴を上げながら落ちてくる。アーチがそれをキャッチした。

「やるじゃんミョウザ」

「ま、まあね……ってうわぁ」

 ミョウザは所謂お姫様抱っこ状態になっている自分に気付いて慌ててアーチの腕の中から降りた。

 パラァも戻ってきて三人で泥人形の様子を伺う。動きを止めた泥人形は陽光に晒されたことで急速に乾き、白色の砂の塊になっていた。

「終わった、のよね?」

「そうだと思うけど」

「けどこっからどうするんだ?」

『アーチ! アーチ聞こえるか』

 どこからか声が聞こえてきた。

「あれ、この声……」

 それは聞き覚えのある声だった。

 声のもとを辿ると、それは天井から落下したまま放置されていたヴァーエイルから発せられていた。

「もしかして」

 アーチはヴァーエイルを拾い上げる。

「〈符律句〉第三十三番、通信の相」

 ヴァーエイルに〈符律句〉を描くと魔石が発光。男の胸から上の立体映像が浮かび上がった。男はアーチの父デフトンだった。

「お父さん、どうしたの?」

「いや何、そろそろ洞窟に着く頃だろう。お節介かとも思ったのだが、もしや入り口から手間取っていやしないかと気になってな。遠隔会話用マジェットを使って呼びかけてみたのだ」

「それなら残念。もう一番奥まで来ちゃったから」

「本当か? それならいいが。しかしパラァもいるとはいえ、アーチがそれほど機転が利くとは思えんのだが」

「あ、ひどぉ。まあ、あたしひとりじゃ無理だったのは否定できないけど。ここまで来れたのはこの子のお陰」

 アーチがミョウザの背中をぽんと押す。少年は「ど、どうも」と恐縮した様子で会釈した。

「も、もしかして〈少年剣豪〉のデフトン、さん……ですか?」

 いつぞやのように異名を呼ばれたデフトンは気恥ずかしそうに頬を掻いて苦笑した。

「まあそうだ。もう少年という歳ではないがな」

「ミョウザがいろいろと助けてくれたんだよ。ねっ?」

 アーチはミョウザの肩に手を置き体を寄せた。

 伝説の英雄の一員を前にする緊張感と異性に体を密着される気恥ずかしさに、ミョウザは赤面し氷漬けにされたように硬直した。

「そうか、早速心強い仲間と出会えたのだな」

「仲間……うん、そうだね」

 アーチが朗らかに頷くとミョウザが目を見開いた。仲間という言葉を唇に乗せその響きを噛みしめた。

「それはともかく、目的のものはどうなるのよ」

「そうだった。お父さん、本当にここに何かあるの? どこにもそれっぽいもの見当たらないんだけど」

「泥人形の動きを止めたのだろう? ならばじきに」

「あっ、見ろ! あれ!」

 ミョウザが砂の像を指す。像がその巨体の形を保っていられず、指先からボロボロと崩れ始めていた。

「お父さん……お母さんはここに何を遺したの?」

「アンジェルがその場所に遺したもの、それは──鎧だ」

「鎧……?」

「アンジェルが大戦のときに愛用していたものだ。あいつはその鎧のことをこう言っていた」

 巨像の腕が付け根からぼきりと折れ、砕け散った砂が地面にぶちまけられる。頭部も崩れ落ち胴体の半ばまで崩壊すると、中から鈍色の塊が微かに見えた。

「『美醜優劣全てを尊び』」

 砂が崩れていくごとに内側の塊も徐々に見えてきて、それが人の顔の形が浮かび上がってきた。さらに首、肩、胸──上半身まで露わになる。細く丸みを帯びた体型、そして胸部の膨らみから女性を模った石像であることがわかった。

「『希望を示す光となり』」

 引き締まった腰回り、臀部、すらりとした足が覗き、足の先まで砂が取り払われる。最後に石像を支える台座が見えた。

「『人間の生命と尊厳を守る誓いの鎧』──。その名も」

 女性の石像が全容を現した。

 石像は鎧──と呼ぶに相応しいかすら怪しい、奇妙な造形物を身に纏っていた。

 腕の前腕部と肩、膝下から足、胸と下腹部。限定的な部分だけを装甲が覆う。空色に金の縁取りがされたその鎧は、太陽の光を反射し宝石のように煌びやかな輝きを放っていた。

 デフトンが神妙に告げる。

 その名も──。

「──ビキニアーマーだ」
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