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第2話

出会い(3)

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 コッパ村にたどり着いたのはザブン村を出発してから半日ほど経った頃だった。冒険と呼ぶには値しないほどの距離だが、故郷をほとんど出たことがなかったアーチにしてみれば充分に未知の世界だった。

 ひょんなことから出会った少年、ミョウザの案内でコッパ村を訪れたアーチはきょろきょろと村の中を見回す。

「ちょっと離れてるとはいえ、ザブン村とは結構雰囲気違うもんだね」

 ザブン村はほぼ全域が緩やかな坂になっていて、家同士の間隔が近かった。一方でコッパ村は平地で家と家の距離も開いているため、ザブン村に比べて広々とした印象があった。

 何よりも違うのは、潮風だ。心地良いような、鬱陶しいような、生まれてからずっと受けてきた潮の匂いを乗せた風がここにはなかった。当然だ。海がないのだから。

 故郷の香りが届かないところまでやって来たのだ。そう考えるとアーチはなんともいえない感慨を覚えた。

 同じなのは、青い空だけだ。

「同じ場所なんてないでしょ。違って当たり前よ」

「まあそうなんだけど」

「とりあえず誰かに洞窟のことを訊いてみましょ。村の近くにあるなら誰かしら知ってるはずよ」

「ミョウザは洞窟の場所はわからないんだよね? ……ミョウザ?」

 反応がないので振り返る。するとミョウザはどこかバツが悪そうに口をへの字に曲げて俯いていた。

 思えばさっきからミョウザの様子はおかしかった。村に行くまでの間は先導していたはずなのに、いざ到着してからは何故か足取りが重くなり、気付けばアーチが前を歩いていた。まるでアーチを壁にして何かから隠れるように。思い返すと村への案内を頼んだ時も少しだけ渋っていたようにも見えた。何か村に帰りづらい理由があったのだろうか。

「おう、ミョウザじゃねえか!」

 どこからか野太く大きな声がすると、ミョウザの肩がびくりと跳ねた。声がしたほうを見ると大柄な男が家の前で薪割りをしていた。男は持っていた斧を肩に担ぎ、片眉を吊り上げてほくそ笑む。

「なんだもう帰ってきたのかぁ? 今日はまたいつにも増して短い〝旅〟だったなあ!」

 笑う男に対してミョウザは唇を噛んで睨みつけた。

「うるせー! 今日はこの人らがコッパ村に用があるっていうから案内してんの!」

 ミョウザが顎でアーチたちを示すと、大男はアーチを訝しげに睨めつけ、すぐに豪快な笑顔になった。

「そうかい。こんな田舎になんの用かは知らないが、せいぜいゆっくりしていってくれ」

 男はそう言うと丸太のような太い腕で割った薪を抱えて家の中に帰って行った。

 ミョウザは小さく舌打ちをして赤面する。アーチの視線に気付くと気まずそうに髪を掻いた。

「ひとまずおれの家に行こう。ついてきて」

「ああ、うん」

 早足でアーチを追い越し先へ進むミョウザ。事情はよくわからないがあまり詮索しないでおこう。アーチは空気を読んだ。

 少しして一行は一軒の家の前に着いた。取り立てて特徴のないごく一般的なレンガ造りの家だ。

「ただいま」

 ミョウザがドアを開けると、ひとりの女性がテーブルを拭いているところだった。女性は帰宅したミョウザを柔和な笑みで迎えた。

「あら、おかえり。今日は随分と早いのね」

「ジェーンまで……」

「そちらはお客さん?」

「まあ一応」

 ジェーンと呼ばれた女性はミョウザのうしろのアーチたちに気付く。小首を傾げると三つ編みにした亜麻色の髪が揺れる。決して若いとは言えないものの独特の愛らしさがあった。

「どーも、ミョウザくんのお友達でーす」

「はぁ!?」

「あらあらそうなの? ミョウザがお友達をうちに連れてくるなんて初めて。今お茶を用意するから、そこに座って待ってて」

 ジェーンは浮かれた様子で奥のキッチンへと消えた。

 アーチはにやりと笑いミョウザに耳打ちする。

「綺麗なお母さんじゃん」

「母親じゃないよ」

「え?」

 ミョウザは憮然とした面持ちで木製の椅子に座った。予想外の返しに戸惑いながらも、アーチもテーブルを挟んだ反対側に腰を落ち着けた。パラァはテーブルの上にひらりと舞い降り、拭き掃除されたばかりの綺麗な木目を撫でた。

 しばしの沈黙が流れる。母親じゃないという言葉の真意に言及するべきか否か迷っているうちに時間は流れる。

 今更関係のない雑談をするような空気でもタイミングでもないなとアーチが悩んでいると、ミョウザが唐突に頭を下げた。

「さっきはごめん。剣を盗もうとして」

「ああ、それはもういいって」

「でも理由くらいは聞いておきたいわね。売り払ってお金にしようとでも思ったの?」

「そんなことしない。おれは……おれは、マジェットコレクターになるのが夢なんだ」

「マジェット」

「コレクター?」

 アーチとパラァの顔に揃って疑問符が浮かぶ。ミョウザはいきなり自身の夢を語り出したことに赤面しながらも言葉を続ける。

「世界にはいろんなマジェットがある。特に人魔大戦時代に創られたものは、武器としてだけじゃなく造形物としても価値が高くて、今は一種の骨董品として評価されてるんだ。でもその時期のマジェットは戦いの混乱の中で行方がわからなくなってるものが多い。おれはそれを探し集めて、世界一の蒐集家になるのが夢なんだ!」

 語り終えた頃には、ミョウザの顔から恥ずかしさは消えていた。真っ直ぐなひたむきさだけがそこにあった。

「なるほどね。そりゃ伝説の聖剣なんか見たら、見過ごすわけにはいかないわな」

「だからって盗むのは駄目でしょ」

「反省してるって、本当に……。でもいつかは、おれも旅出て世界中のマジェットを──」

「いつかいつかって、この子はいつもそんなことばかり言ってるの」

 キッチンからマグカップを乗せたトレイを持ったジェーンが戻ってきた。その途端に、熱く語っていたミョウザは口をつぐんでしまった。ジェーンは「あまりいい紅茶じゃないけど」とアーチとミョウザの前にカップを置く。どうもと軽く会釈するアーチ。マグカップの中は琥珀色の液体に満たされ、湯気を伴った豊かな香りが鼻腔を喜ばせた。

「ごめんなさいね、フェアリーさん用のカップがなくて」

「お構いなく」

 自分の分のカップを置き配膳を終えたジェーンも椅子に腰を下ろした。ミョウザが手持無沙汰を誤魔化すために紅茶をひと口飲む。それを見たジェーンが微笑ましそうに目を細める。

「村長さんのお宅に歴史書とか図鑑があって、ミョウザはそれを読んで以来冒険に憧れてるみたいで。毎日のように『おれは旅に出るんだ!』って村を出て行っては、いつも日が暮れるころに帰ってくるの」

 ジェーンが控え目に笑うと一旦収まったミョウザの顔がカッと赤くなった。

 村人の目を避けていたのはそういうことだったらしい。またいつのもやつか、と村人に思われたくなかったのだ。

「あははっ、なんかあたしの小さい頃みたい。あたしも親と喧嘩した時『家出する!』って言って、出て行ったその日の夕方に帰るのよくやってたわ」

「あらそうなの? 子供にはよくあることなのかしら」

「だから子供扱いするなって!」

 これまで黙っていたミョウザは勢いよく立ち上がると、自室らしき部屋へと行ってしまった。

 残されたジェーンが申し訳なさそうに苦笑する。

「ごめんなさい。最近あの子ずっとあんな感じで……難しい年頃なの。反抗期、というやつなのでしょうね」

「わからなくはないけどね」

「それにしたって、さっきのは言い過ぎよ。母親じゃないなんて」

「それは……」

 フォローしたはずが、ジェーンの顔が曇り悲しそうに目を伏せた。

「それは仕方ないの。私があの子の母親ではないのは、事実だから」

「えっ」

「ミョウザは捨て子なの」

「捨て子……」

 ジェーンは細い指でカップの縁を撫でる。紅茶の表面には悲しげな顔が反射していた。

「今から十四年前、あの子は村の近くの森の中に捨てられていた。見つけたのは村長さんで、村のみんなで誰があの子の世話をするか話し合った結果……私がその役目を請け負うことになったの」

「それはどうして?」

 パラァが尋ねると、ジェーンは「たぶん気を遣ってくれたのね」と返した。

「私の両親はすでに亡くなっているし、何より当時……夫を病気で亡くしたばかりだったから。私を寂しくさせないために気遣ってくれたんだと思う」

 そこまで話したジェーンは一旦紅茶で軽く唇を湿らせてから続ける。

「実際あの子のお世話を始めてからは大変だったわ。村のみんなもいろいろと手伝ってくれたけれど、本当に、寂しいと思う暇なんかないくらいに毎日忙しくて」

 ジェーンは過去を懐かしむ顔をしていた。その目にはこれまでの忙しなくも楽しい思い出が映っているのだろう。しかしすぐにまた悲しげな表情に戻った。

「でもあの子は頭が良いから、私が本当の親ではないことにいつの間にか気付いていたみたい。たぶんその頃からなの、あの子が旅に出るって言い出すようになったのは」

「何よ、結局反抗期みたいなものじゃない」

「てことはマジェットコレクターってのは嘘ってこと?」

「それも本当だと思うわ。でも心のどこかで、この村の住民として暮らすことに負い目みたいなものがあるのをあの子から感じるの。だから少しでも早く自立しようとしているのね。でも一番の理由は……」

「何よ、一番の理由は」

「あの子、腕にマジェットを付けていたでしょう? あれは赤ん坊のあの子と一緒に布に包まれていたの。しかもその布にはミョウザという名前がわざわざ刺繍されていた。捨てるというより、まるで誰かに託すように。子供に愛情がないならそんな丁寧に扱わないと思うの。だからミョウザは、本当の親に会って自分が捨てられた理由を知りたいのかもしれない」

 そこまで語ったジェーンは言葉を区切ると、自嘲気味に笑い小さく首を振り、告げる。

「いいえ違うわね。きっと純粋に、会いたいのよ……本物のお母さんに」

 それは仮初の母親としての敗北宣言だった。アーチたちは二の句が継げず沈黙が部屋に降りる。そんなことないとか、あなたのことをお母さんだと思ってますよとか、そんな取ってつけたような慰めには何の意味もない。今さっき会ったばかりの人間が気安く口出しできることではなかった。

 返す言葉に困っていると、ジェーンはまた紅茶を飲んで一息吐き、社交的な笑みに切り替わった。

「──それで、あなたたちはどうしてこの村に?」

「あ、ああ、そーだった」

 すっかり目的を忘れ話に聞き入っていたアーチがはっと我に返った。

「あたしたちこの辺にある洞窟を探してるんだけど、どこにあるか知らない?」

「洞窟?」

「あたしのお母さんがそこに何かを保管してるらしいんだけど」

「あら、あなたもしかしてアンジェルさんの?」

 初対面の相手からよく知った名前が飛び出した。
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