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「な……っ、だったらなぜ公爵家はわざわざ独立したんだ。おかしいだろう!」

 嘘をつかない光の精霊王に言われても、バザックはまだ信じようとしない。──それとも信じたくないのか。

「──決まっているじゃないか。そんなあっさり解決してしまったら、復讐にならない。ルーシエとローゼス公爵家を愚弄した罪、存分に受けるがいい」

 マティアスに冷酷に告げられて、バザック達が絶句する。

「まだ、肝心な話は終わっていない。……ジョゼ、前へ」

 マティアスの声に従って、なかなか男前の黒髪の近衛騎士が進み出た。

「はい。殿下申し訳ございませんが、彼らと少々話をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ。君には酷な役目を押しつけているんだし、言いたいことがあるのも分かるから構わない」
「ありがとうございます」

 マティアスに頭を下げると、ジョゼはバザック達の前に立つ。そして呆れたように言った。

「まあ、見事にボロボロだな。王都にいたときは武装していたはずなのに、今はそこの騎士崩れの剣だけしか残っていなかったとは。大方、ここに来るまでに遊び呆けて金が足りなくなって売り払ったというところか」

 ジョゼの言葉が図星だったのか、取り巻き達がばつが悪そうに目を逸らす。
 しかし、バザックはそれに気づかずに叫んだ。

「な、なぜ、貴様がそれを知っている! 貴様とは初対面のはずだ!」

 バザックのそれは、ジョゼの言っていることを肯定していることである。
 マティアス達は、よくそんな気構えでこの国に攻めこむ気になったなと苦笑する。
 まあ、呆れる程馬鹿だから仕方がないのか。それにしても、お粗末すぎるとしか言いようがない。

「初対面じゃないぞ。オランディアの王都で一度会っている」
「嘘をつくな! 貴様など知らん!」

 バザックがわめくと、ジョゼは「ああ、そうか」と言って、後ろに撫でつけていた前髪を無造作に下ろした。

「王都の食堂で会っただろう? あんたらが雇おうとした傭兵としてな」

 ジョゼがにやりと片方の口の端を上げると、バザック達が唖然とする。すると、それまで黙っていたアマンダが彼に向けて訴えた。

「お、お願い、助けて! あなたなら、わたしを助けてくれるわよね!?」
「……はあ? なんで俺があんたを助けなきゃならないんだ?」

 訳が分からないという風にジョゼが顔をしかめる。……まあ、彼のこの反応は当然だろう。

「だ、だって、わたしに優しくしてくれたでしょ?」
「……俺は一度たりともあんたに優しくした覚えはないぞ。むしろ避けていたくらいだ。男侍らせておいて、俺にまで色目使ってくるあばずれなんか、関わりたくもない」
「ひ、酷い! わたしはあばずれなんかじゃ!」

 この期に及んで泣き真似をするアマンダをジョゼは冷ややかな瞳で見る。

「男を侍らせるために、姫さ……ルーシエ様に冤罪を被せるだけでも充分あばずれだ。……それに、王都の食堂でも、そこの男どもが陛下を討つ、ルーシエ様にいたっては、拷問の上、処刑して首を晒すとまで言っているのに止めようともしない。そのくせ、マティアス様の命乞いだけはする。胸糞悪すぎて、その男達共々、その場で切り捨ててやろうかと思ったぜ」

 嫌悪を隠そうともせず、吐き捨てるように言ったジョゼの殺気に、アマンダがひっと息を呑む。

「それに、そこの男ども。身分をかさに着てとか難癖付けて婚約破棄したらしいが、あの食堂にいて、ルーシエ様が平民に慕われているのが分からなかったのか? 俺に言わせりゃ、あんた達の方がよっぽど身分をかさに着てると思ったが」

 意味が分からないというように、バザックと取り巻き達がジョゼを見返す。
 それに対して、彼は呆れたように溜息を零した。

「……あのな。ルーシエ様はたとえ平民であろうとも差別なんてしない。
あの方は幼い頃から平民が無料で学べる学校を各地に作り、おかげでオランディアの識字率は劇的に上がった。
それだけでなく、技能を訓練する学校を作り、貧乏で単純作業しかさせてもらえなかった層を助け、さらに成績優秀な者には、奨学金を出してより専門的な技能を身に付けさせ、王宮に仕官することも可能にした。
それでも職にあぶれて食うに困った者には、自ら炊き出しをしていた。深窓のお嬢様のはずのルーシエ様が包丁を握って調理までするんだぜ? そうそう出来るもんじゃない。
そういうわけで、ルーシエ様に恩義を感じている者は相当数いる。……そして、俺もルーシエ様に助けられた一人だ。
そんなルーシエ様を侮辱するやつは絶対に許さない」

 修羅場をくぐり抜けてきた者特有の凄みのある視線に射抜かれて、バザック達が縮み上がる。

「ああ、それから間抜けなそこの男どもに伝えておくが、傭兵は基本的に暗殺には向いていない。それくらい事前に調べておけ」
「そんな卑怯な真似はしない! 我々は正々堂々と公爵に挑もうと……!」

 宰相子息の言葉に、ジョゼが唖然とした。

「……は? たった十名の傭兵で公爵家と辺境伯に挑もうとしたのか? それじゃ、斥候せっこうくらいにしかならないじゃないか。あんたら、信じられないほど阿呆だな」

 マティアス達も完全にジョゼに同意である。
 よくもまあ、こんなずさんと言うのもおこがましい計画で、この国を滅ぼそうなどと言えたものだ。呆れてものも言えない。

「……まあ、前置きはこのくらいにしておくか。そこの王太子、これがなんだか分かるか?」
「そ、それは、わたしが書いた……!」

 ジョゼが手にたずさえていた書状を目にして、バザックが目をみはった。

「そうだ。こんな穢らわしいもの、触れているだけでも嫌だが、これも任務だ。きっちりと遂行させてもらう」

 そう宣言すると、ジョゼは表情を消して、封筒の中から便箋を取り出す。

 ──あれは、婚約破棄後にバザックがルーシエに宛てた書状。
 愚か者達の本当の地獄はこれからだ。
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