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第一章:落ちてきたのは異世界の女
第9話 政略結婚に対しての義務
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翌々日の朝、王宮で用意した菓子を手にしたハルカやティカと共に、カレヴィは彼女達の故郷にやってきた。
ちなみに、菓子はハルカによると「お別れの時に配る」のだそうだ。
今のハルカは、水色の上着に下には短い白い服を着て、長い黒の靴下をはいている。
ハルカに初めて会った時の服装よりはマシではあるが、はっきり言うと地味だった。しかしハルカによると、彼女の会社ではこれが標準の格好らしい。
ちなみにカレヴィはスーツというこちらの世界の服を着ていた。ハルカやティカによると、どうやら似合ってはいるらしい。
自分の世界とはまったく異なる世界に来たカレヴィは外がどうなっているのか興味がないわけではなかったが、今はハルカの事が先だ。
いずれ落ち着いた時に、またこの世界に来ることもあるだろうと、今回はそれについて一切諦めることにした。
「悪いけど、しばらくここで待機しててね」
ハルカはカレヴィとティカに倉庫に隠れるように言ってきた。ここは滅多に人が来ない場所らしい。
「……俺も一緒に行かなくていいのか?」
ハルカの上司の説得に来たカレヴィは最初から自分がいた方がいいのではないかと思ってそう聞いたのだが、ハルカなりに一応説得の順番があるらしい。それによると、カレヴィの出番はまだ先のようだった。
「うん、まだ大丈夫。必要になったら呼びにくるから。……ちょっと殺風景なところだけど、我慢してね」
「そうか、分かった」
ハルカがそう言うならば仕方ないとカレヴィは納得して頷いた。
「はるか、頑張って。駄目そうならすぐそっちに向かうから」
「うん、じゃあ後でね」
ハルカはティカの言葉に頷くと、手を振って倉庫から出ていった。
カレヴィはティカが出した映像で、しばらくハルカと離れた場所から様子を窺っていた。
しばらくハルカはいくつもある机の上を掃除していたが、そこにはカレヴィが見たこともない機器が並んでいた。それにカレヴィが気を取られている間に、ハルカは床を掃き始める。
いったいいつになったら話をつける相手が現れるんだ、とカレヴィが思っていると、そのうちに一人の男がやってきた。
「おはよう、只野ちゃん。今日はやけに早いな」
「ええ、まあ。主任、おはようございます」
二人が挨拶しあっているのを見て、どうやらその男がハルカの上司らしいのはなんとなくだが分かった。
ハルカは主任に茶を淹れると、意を決したように話を切り出した。
「……実はわたし、今度結婚することになったんです」
そう言った瞬間、茶を飲んでいた主任が噴き出した。
……そんなに驚くような話なのだろうか。ハルカが結婚しても別に不思議ではないだろうに。
その後始末をした後、ハルカは急で申し訳ないが、すぐに辞めさせてもらいたいと主任に言った。
すると主任はかなりそのことに対して渋っていた。
それは「すぐ辞めるのは非常識だから説得は時間かかるかも」とハルカが言っていたので、予想通りの展開ではあった。
そこでカレヴィはティカに断って、ハルカのすぐ傍まで移動魔法で送ってもらい、その中に出ていった。
「おい、ハルカ。まだ説得できていないのか」
すると、カレヴィがまだ現れると思っていなかったらしいハルカが驚いたように彼を見た。そして、主任も見るからに異国人のカレヴィをまるで場違いな者が現れたと思っているかのように見つめている。
それからなぜかその直後に、大勢の年配の女性が入室してきて、カレヴィを目にして大騒ぎになった。
なんだ? ここでは異国の男は珍しいのだろうか。
カレヴィがそう思いながらハルカを見ると、彼女は女性陣に「只野さん、この外人さんとどういう関係!?」などと、質問責めにされていた。
困ったようにハルカはカレヴィを一瞬見ると、仕方なさそうに言った。
「……えーと、彼がわたしの結婚相手です」
ハルカがカレヴィを紹介すると、場は更に騒然となり、彼女は女性陣にもみくちゃにされた。
「おはよう。どうしたんだい、この騒ぎは」
そうこうするうちに、係長と課長という男が出てきて、ようやく騒ぎは収まった。
……しかし、女の集団というのはなにやら恐ろしいものがあるな。
年配の女性陣を相手にして、既に疲れた様子のハルカを見て、カレヴィは呑気にそう思った。
その後、カレヴィとハルカは客人に応接するための部屋に通されて、主任から彼らの結婚の報告を受けた係長、課長と話をしていた。
「ほう、それではカレヴィさんはフランスの方なんですね」
どこか感心したように言うと、課長と係長はカレヴィの容貌を興味深げに見ていた。
よく分からないが、そう言えとティカから耳元へ指示が届いて、カレヴィはその通り伝えた。
ハルカの耳元にも同じようにティカから指示が来ているらしい。
「俺の家はそこそこ格式のある旧家だ。そこで、ハルカには花嫁修業がてら、言葉を習得してもらう。その為には今すぐ日本を発たなければならない」
カレヴィが言葉を発するたびにハルカがハラハラと彼と上司達の顔を見つめていた。
……なんだ、なにか問題があるのか?
ハルカは始めこの男達に「カレヴィは教わった日本語が偏っているので、偉そうに聞こえるのは勘弁してください」と断っていたが。
「そうですか。只野さんは仕事もできるし、本当は抜けられると困りますが、そういう事情なら致し方ありませんね」
課長がそう言うと、ハルカが心なし嬉しそうな顔をして彼を見つめた。
そうか、ハルカは仕事ができるのか。
それなら先程の主任という男に渋られても仕方ないな。
「確かに、今度から只野さんに急ぎの文書を上げてもらうことができなくなるのはちょっと厳しいな。只野さんのタイピングのスピードは貴重だったからね」
タイピングという意味の分からない単語を聞いてカレヴィは首を傾げそうになったが、努めてそれが顔に出ないようにする。
最強の女魔術師の言語翻訳魔法でも理解出来ないということは、なにかの専門用語だろうか。
カレヴィがそんなことを思っているうちに、ハルカが申し訳なさそうに二人に深々と頭を下げた。
「すみません」
「まあ、こんな事情ならしょうがないから、只野さんは自分の幸せを優先して。慣れない海外生活、体に気をつけて頑張ってね」
「あ、ありがとうございます」
課長がハルカに激励の言葉をかけると、係長も続けて言った。
「仕事のことなら、みんなで分担してなんとかするから、後のことは気にせず、自分の幸せのことを考えてね」
「本当にすみません。ありがとうございます」
二人の言葉に感動したのか、ハルカは涙を流し始めた。
「ハルカ」
カレヴィはそれ以上なんと言ってよいか分からず、ただ彼女の肩に手を置いて顔を覗きこむ。
課長と係長はそんなカレヴィ達を微笑ましそうに見つめていた。
それから、ハルカは私物の整理をしてから、菓子を配って回っていた。
「おめでとう、只野さん」
「まさか只野ちゃんが嫁に行くとはなあ。向こうでも頑張ってね」
「只野さん、こんな素敵な彼氏がいるなら早く言ってよ。……前に嫌なこと言っちゃってごめんね」
同僚らしい女性がばつが悪そうにハルカに謝ってきた。
「本当にすみません。あの時のことは気にしてないですから、相田さんも気にしないでください」
二人の間になにがあったかは不明だが、ハルカは嬉しそうだった。
「只野さん、いなくなっちゃうなんて寂しいですぅ~っ」
甘えるように後輩らしい女性がハルカに抱きついてくる。
「急なことで本当にごめんね。迷惑かけるけど、後のことは頼むね」
ハルカがそう言うと、その女性は目を真っ赤にして「はい」と頷いていた。
「せっかくのおめでたいことなのに、只野ちゃんにお祝いをあげられなくてごめんね」
主任が申し訳なさそうにハルカに言うが、彼女はそれに対して首を振って微笑んだ。
「いえ、そんなこと気にしないでください。急に無理を言ってすみませんでした。それから……、今まで本当にお世話になりました」
ハルカはそう言うと、人々に深々と頭を下げる。
カレヴィはその様子を黙って見ていて、ハルカからこの環境を奪ってしまうことを少々うしろめたく思った。
ハルカの周囲からは祝われているが、いわばこれは政略結婚だ。愛などなにもない。
……だが、自分の出来る範囲でハルカを幸せにすればいい。それが俺の義務だ。
そう思い直すと、カレヴィは周囲の祝福を受けるハルカの肩を抱き寄せた。
すると、ハルカが少し恥ずかしそうにしたが、カレヴィはそれを見なかったことにして、結局その場を去るまで彼女の肩を抱いていた。
カレヴィがハルカと共に倉庫まで戻ると、待機していたティカが笑顔で言ってきた。
「あっ、はるか! よかったね、うまく説得できて」
「うん」
その途端、ハルカの顔が歪むとティカに抱きついて涙をこぼした。
まあ、ハルカが泣きたくなるのも、分かる。分かるが……。
「……こういう場合は、普通、夫になる俺に抱きつくものじゃないか?」
ついそうぼやいてしまったカレヴィの言葉は、二人に簡単に無視された。
ちなみに、菓子はハルカによると「お別れの時に配る」のだそうだ。
今のハルカは、水色の上着に下には短い白い服を着て、長い黒の靴下をはいている。
ハルカに初めて会った時の服装よりはマシではあるが、はっきり言うと地味だった。しかしハルカによると、彼女の会社ではこれが標準の格好らしい。
ちなみにカレヴィはスーツというこちらの世界の服を着ていた。ハルカやティカによると、どうやら似合ってはいるらしい。
自分の世界とはまったく異なる世界に来たカレヴィは外がどうなっているのか興味がないわけではなかったが、今はハルカの事が先だ。
いずれ落ち着いた時に、またこの世界に来ることもあるだろうと、今回はそれについて一切諦めることにした。
「悪いけど、しばらくここで待機しててね」
ハルカはカレヴィとティカに倉庫に隠れるように言ってきた。ここは滅多に人が来ない場所らしい。
「……俺も一緒に行かなくていいのか?」
ハルカの上司の説得に来たカレヴィは最初から自分がいた方がいいのではないかと思ってそう聞いたのだが、ハルカなりに一応説得の順番があるらしい。それによると、カレヴィの出番はまだ先のようだった。
「うん、まだ大丈夫。必要になったら呼びにくるから。……ちょっと殺風景なところだけど、我慢してね」
「そうか、分かった」
ハルカがそう言うならば仕方ないとカレヴィは納得して頷いた。
「はるか、頑張って。駄目そうならすぐそっちに向かうから」
「うん、じゃあ後でね」
ハルカはティカの言葉に頷くと、手を振って倉庫から出ていった。
カレヴィはティカが出した映像で、しばらくハルカと離れた場所から様子を窺っていた。
しばらくハルカはいくつもある机の上を掃除していたが、そこにはカレヴィが見たこともない機器が並んでいた。それにカレヴィが気を取られている間に、ハルカは床を掃き始める。
いったいいつになったら話をつける相手が現れるんだ、とカレヴィが思っていると、そのうちに一人の男がやってきた。
「おはよう、只野ちゃん。今日はやけに早いな」
「ええ、まあ。主任、おはようございます」
二人が挨拶しあっているのを見て、どうやらその男がハルカの上司らしいのはなんとなくだが分かった。
ハルカは主任に茶を淹れると、意を決したように話を切り出した。
「……実はわたし、今度結婚することになったんです」
そう言った瞬間、茶を飲んでいた主任が噴き出した。
……そんなに驚くような話なのだろうか。ハルカが結婚しても別に不思議ではないだろうに。
その後始末をした後、ハルカは急で申し訳ないが、すぐに辞めさせてもらいたいと主任に言った。
すると主任はかなりそのことに対して渋っていた。
それは「すぐ辞めるのは非常識だから説得は時間かかるかも」とハルカが言っていたので、予想通りの展開ではあった。
そこでカレヴィはティカに断って、ハルカのすぐ傍まで移動魔法で送ってもらい、その中に出ていった。
「おい、ハルカ。まだ説得できていないのか」
すると、カレヴィがまだ現れると思っていなかったらしいハルカが驚いたように彼を見た。そして、主任も見るからに異国人のカレヴィをまるで場違いな者が現れたと思っているかのように見つめている。
それからなぜかその直後に、大勢の年配の女性が入室してきて、カレヴィを目にして大騒ぎになった。
なんだ? ここでは異国の男は珍しいのだろうか。
カレヴィがそう思いながらハルカを見ると、彼女は女性陣に「只野さん、この外人さんとどういう関係!?」などと、質問責めにされていた。
困ったようにハルカはカレヴィを一瞬見ると、仕方なさそうに言った。
「……えーと、彼がわたしの結婚相手です」
ハルカがカレヴィを紹介すると、場は更に騒然となり、彼女は女性陣にもみくちゃにされた。
「おはよう。どうしたんだい、この騒ぎは」
そうこうするうちに、係長と課長という男が出てきて、ようやく騒ぎは収まった。
……しかし、女の集団というのはなにやら恐ろしいものがあるな。
年配の女性陣を相手にして、既に疲れた様子のハルカを見て、カレヴィは呑気にそう思った。
その後、カレヴィとハルカは客人に応接するための部屋に通されて、主任から彼らの結婚の報告を受けた係長、課長と話をしていた。
「ほう、それではカレヴィさんはフランスの方なんですね」
どこか感心したように言うと、課長と係長はカレヴィの容貌を興味深げに見ていた。
よく分からないが、そう言えとティカから耳元へ指示が届いて、カレヴィはその通り伝えた。
ハルカの耳元にも同じようにティカから指示が来ているらしい。
「俺の家はそこそこ格式のある旧家だ。そこで、ハルカには花嫁修業がてら、言葉を習得してもらう。その為には今すぐ日本を発たなければならない」
カレヴィが言葉を発するたびにハルカがハラハラと彼と上司達の顔を見つめていた。
……なんだ、なにか問題があるのか?
ハルカは始めこの男達に「カレヴィは教わった日本語が偏っているので、偉そうに聞こえるのは勘弁してください」と断っていたが。
「そうですか。只野さんは仕事もできるし、本当は抜けられると困りますが、そういう事情なら致し方ありませんね」
課長がそう言うと、ハルカが心なし嬉しそうな顔をして彼を見つめた。
そうか、ハルカは仕事ができるのか。
それなら先程の主任という男に渋られても仕方ないな。
「確かに、今度から只野さんに急ぎの文書を上げてもらうことができなくなるのはちょっと厳しいな。只野さんのタイピングのスピードは貴重だったからね」
タイピングという意味の分からない単語を聞いてカレヴィは首を傾げそうになったが、努めてそれが顔に出ないようにする。
最強の女魔術師の言語翻訳魔法でも理解出来ないということは、なにかの専門用語だろうか。
カレヴィがそんなことを思っているうちに、ハルカが申し訳なさそうに二人に深々と頭を下げた。
「すみません」
「まあ、こんな事情ならしょうがないから、只野さんは自分の幸せを優先して。慣れない海外生活、体に気をつけて頑張ってね」
「あ、ありがとうございます」
課長がハルカに激励の言葉をかけると、係長も続けて言った。
「仕事のことなら、みんなで分担してなんとかするから、後のことは気にせず、自分の幸せのことを考えてね」
「本当にすみません。ありがとうございます」
二人の言葉に感動したのか、ハルカは涙を流し始めた。
「ハルカ」
カレヴィはそれ以上なんと言ってよいか分からず、ただ彼女の肩に手を置いて顔を覗きこむ。
課長と係長はそんなカレヴィ達を微笑ましそうに見つめていた。
それから、ハルカは私物の整理をしてから、菓子を配って回っていた。
「おめでとう、只野さん」
「まさか只野ちゃんが嫁に行くとはなあ。向こうでも頑張ってね」
「只野さん、こんな素敵な彼氏がいるなら早く言ってよ。……前に嫌なこと言っちゃってごめんね」
同僚らしい女性がばつが悪そうにハルカに謝ってきた。
「本当にすみません。あの時のことは気にしてないですから、相田さんも気にしないでください」
二人の間になにがあったかは不明だが、ハルカは嬉しそうだった。
「只野さん、いなくなっちゃうなんて寂しいですぅ~っ」
甘えるように後輩らしい女性がハルカに抱きついてくる。
「急なことで本当にごめんね。迷惑かけるけど、後のことは頼むね」
ハルカがそう言うと、その女性は目を真っ赤にして「はい」と頷いていた。
「せっかくのおめでたいことなのに、只野ちゃんにお祝いをあげられなくてごめんね」
主任が申し訳なさそうにハルカに言うが、彼女はそれに対して首を振って微笑んだ。
「いえ、そんなこと気にしないでください。急に無理を言ってすみませんでした。それから……、今まで本当にお世話になりました」
ハルカはそう言うと、人々に深々と頭を下げる。
カレヴィはその様子を黙って見ていて、ハルカからこの環境を奪ってしまうことを少々うしろめたく思った。
ハルカの周囲からは祝われているが、いわばこれは政略結婚だ。愛などなにもない。
……だが、自分の出来る範囲でハルカを幸せにすればいい。それが俺の義務だ。
そう思い直すと、カレヴィは周囲の祝福を受けるハルカの肩を抱き寄せた。
すると、ハルカが少し恥ずかしそうにしたが、カレヴィはそれを見なかったことにして、結局その場を去るまで彼女の肩を抱いていた。
カレヴィがハルカと共に倉庫まで戻ると、待機していたティカが笑顔で言ってきた。
「あっ、はるか! よかったね、うまく説得できて」
「うん」
その途端、ハルカの顔が歪むとティカに抱きついて涙をこぼした。
まあ、ハルカが泣きたくなるのも、分かる。分かるが……。
「……こういう場合は、普通、夫になる俺に抱きつくものじゃないか?」
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