王様と喪女

舘野寧依

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第十一章:障害に囲まれて

第126話 操作

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「ハルカ……、離せ!」

 カレヴィの殴打から復活したらしいシルヴィが近衛兵に拘束されて暴れる。……今にもこちらに向かってきそうな勢いだ。
 わたしとカレヴィは抱き合うのをやめると、シルヴィに向き合った。

「シルヴィ、おまえはしばらく謹慎していろ。ハルカに近づくことは許さない」
「兄王!」

 シルヴィが悔しそうに顔を歪める。

「ハルカは俺のものだ。いい加減諦めるんだな」

 わたしもカレヴィに続いてシルヴィに言う。

「シルヴィ、わたしはカレヴィを愛してるの。あなたにはもっと似合いの可愛いがきっといるよ」

 するとシルヴィは苦しげに顔を歪めた。

「だが、俺が愛しているのはあなただけだ」
「シルヴィ……わたし、あなたの気持ちには応えられないよ」

 彼がどうしてこんなにわたしにこだわるのかわからないけど、わたしにはカレヴィがいる。

「……分かっている。だが愛しているハルカ」

 これだけ言っても分かってもらえないのか。いったいどうしたらいいんだろう。……まさかこんなことまで千花を頼るわけにはいかないし。

「いい加減諦めろ。一月後にはハルカは王妃だ。おまえが入り込む余地などない」
「それはやってみなければ分かりません」

 カレヴィの言葉にそう答えたシルヴィにわたしは驚いてしまう。
 ええ、これ以上まだなにかやる気?

「もうやめてよ。わたしが愛してるのはカレヴィだけって言ったでしょ」

 すると、カレヴィもわたしの言葉に頷いた。

「確かにきりがないな。とりあえず許しがあるまでおまえは謹慎しておけ」
「兄上、ハルカ……ッ」

 カレヴィが連れてきた近衛兵二人に両脇を拘束されて、シルヴィは彼の部屋へと連れられていく。おそらくこれから軟禁状態になるのだろう。
 それがわたしのせいだと思うと、胸が痛んだ。
 ──シルヴィ、ごめんね。
 お願いだから、わたしのことは縁がなかったものとしてどうか諦めてほしい。
 わたしはシルヴィから顔を背けて彼のことを拒絶した。

「ハルカ……」

 気落ちしたような言葉を最後に近衛兵に連行されたシルヴィはわたしの部屋を出ていった。
 そして部屋に静寂が落ちたのを確認して、わたしは顔を上げた。
 すると、涙が頬を転がっていく。

「ハルカ、泣くな」
「うん」

 カレヴィに強く抱きしめられて、わたしはなんとか頷いた。
 そして落ち着いてきた頃に、顔を上げて言った。

「カレヴィ、ありがとう。もうわたしは大丈夫だから執務に戻って」
「……本当に大丈夫か? なんだったらマウリスに言って今日の執務は中止にするが」

 カレヴィがそう言ってくれるのは嬉しいけれど、わたしは大丈夫だったんだから、執務を中止にしてしまうのはまずいだろう。

「それは駄目だよ。気持ちは嬉しいけど、カレヴィ仕事しなきゃ。それにそのうち千花が来てくれるから大丈夫だよ」
「……ああ、そうだったな」

 カレヴィは頷くと、わたしにキスをしてきた。

「それでは執務に戻る。……ハルカは充分注意するように」
「うん、分かった」

 わたしはカレヴィの頬にキスするべく伸び上がった。けど背の高い彼にはなかなか届かなくて、気が付いた彼が背を縮めてくれて、ようやく彼にキスできた。
 う、なんだかまぬけだ。
 でもカレヴィはそれを気にした様子もなくて、上機嫌でもう一度わたしにキスをした。

「──ではな」

 そして、今度こそカレヴィはわたしの部屋から去っていった。
 その姿を見送りながら、わたしはなんとも寂しい気持ちになった。

 ──わたしは王らしいカレヴィが好きなの。

 以前そんなことをカレヴィに言ったことがあるけれど、それは嘘だ。
 本当はもっと一緒にいて、抱きしめたりキスしたりしてほしい。
 だけど、そんなことを言ったら国王たるカレヴィの邪魔にしかならない。……そうしたらわたしは本物の悪女に成り下がるだろう。
 ……こう考えると、元老院のお偉方の意見も頷けるものがある。
 だからわたしはなるべくカレヴィの邪魔にならないように、かつ盛り立ててあげることができればいいと思う。
 そして婚礼を挙げたら、子を成すことが第一条件になってくるけれども、先にあげたことは変わらない。
 ……ニーニア様達は恋愛結婚だったって聞いたけれど、その辺どうしてたんだろうか。
 今度、お会いした時に聞いてみよう。
 とりあえずわたしは今できることを一生懸命やるだけだ。
 それでわたしはザクトアリアの産業についての本を取り出して勉強を始めた。



「はるか、熱心だね」

 しばらくして包みを携えた千花がやってきて、わたしの勉強は一時中断した。

「王妃になるなら少しは国のことを知っておかないとと思って。あ、座って。今お茶出すから」
「うん」

 千花はわたしの向かいの応接セットに腰掛ける。
 すると、見計らったようにイヴェンヌが千花に紅茶を出してきた。

「ありがとう」

 にっこりと千花が笑って言うと、イヴェンヌはいいえと答えた。それはいいんだけど、イヴェンヌ、なぜ頬を染めてるんだ。千花は友人のわたしから見ても男前だけど一応人妻だぞ。

「これ、気力を上げる魔法と同じ効果がある薬。他の薬はゼシリアに預けてあるからね」

 気の回る千花は他の薬まで作って持ってきてくれたようだ。

「ありがとう、千花。助かる」
「ううん。これは、事に及ぶ前に飲んでね」
「う、うん……」

 そう言われて、わたしは今になって恥ずかしくなってきた。
 そうだ、今夜から夜の習いなんだ。
 カレヴィとあんなことやこんなことしちゃうんだ。
 それでかあああっと赤くなると、千花がおかしそうにくすくすと笑った。

「はるか、可愛い」
「う、からかわないでよ、千花」

 わたしは赤くなった頬を両手で隠すと千花に抗議した。

「ごめんごめん。……それはそうとあの後もシルヴィ殿下で大変だったんだって?」

 前半は笑いながら、後半はまじめな顔で千花が言ってきた。おそらくゼシリアあたりに聞いたのだろう。

「あー……うん。シルヴィにはもっと良さそうながいそうなのにね。……ちょっと困ってる」

 ……本当はちょっとどころかかなりだけどね。
 あのシルヴィの激しさには付いていけない。
 すると千花は人差し指を顎に当てて考え込むように言った。

「それなら、殿下の恋心を操作して他に向けさせようか?」

 ──恋心を操作? 千花が?

「それって魔法で?」
「うん、惚れ薬でって手もあるけどね。性格の良さそうな良家の子女に気持ちを向けさせるの。どうする、はるか」

 それを聞いてわたしの気持ちがぐらつかなかったと言ったら嘘になる。……だけど。

「ううん。その方法だとシルヴィも相手の女の子もかわいそうだから。……せっかく言ってくれたのに悪いけど」
「そっか、そうだよね。まあ、はるかならそう言うと思ってた」

 気を悪くしたふうもなく千花が言う。
 そうか、魔術師ならそんなふうに他人の気持ちを操ったりできるんだ。
 ……とすると、イアスも?
 まさかね、と笑い飛ばそうとしても、一度不安に思ったことは消えてはくれず、しこりになってとどまり続けていた。
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