王様と喪女

舘野寧依

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第十一章:障害に囲まれて

第121話 幸せな溜息

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「とにかく、邪魔はしないで」

 わたしが怒りながら言うと、アーネスが肩を竦めた。

「今、邪魔をしないでいつするんだい」

 むぅとわたしが二人を睨んだら、イアスは後ろめたそうに視線を逸らした。一方でその兄は平然としている。

「おまえらは後に付いてくるな」
「それなら一緒に行けば問題はないわけだね」

 カレヴィの苦情に屁理屈とも言える返しをしたアーネスにわたしと彼は唖然とした。

「わたしはカレヴィと二人で庭園を巡りたいの! そんなこと言うなら嫌いになるからね!」
「……それは困るね」

 わたしが怒鳴ったことで、ようやくアーネスとイアスがこの場を引いてくれそうになった。
 わたしはそのことに力を得て、もう一度言う。

「こんな方法は逆効果だよ。それにわたしが好きなのはカレヴィなんだから」
「それでも、まだ婚礼は挙げていない。だとすればまだ我々にも日の目はある」
「しつこいぞ」

 カレヴィの言葉にわたしも頷いた。

「ここで引いていたら成就するものもしない。だとしたら行動しない手はないだろう?」

 成就もなにも、わたしはもうカレヴィのものなんだからいい加減に諦めて欲しい。

「ハルカは渡さん。諦めろ」
「カレヴィ……」

 そんな場合でもないのに、わたしはなんだかじーんとしてしまって、カレヴィに抱きついた。

「ハルカ」

 カレヴィもお返しとばかりに抱きしめてくる。

「目の前でいちゃつかないでくれないかな」

 ばりっという音がしそうな勢いで、アーネスがわたし達を引き裂いた。……ちょっとなにすんの!

「人のデート邪魔しに来ている時点で言う台詞じゃないと思うけどっ」
「そうだ。嫌なら俺達に近づくな」

 まったくカレヴィの言う通りだ。
 だけど、そうこうしているうちにも、刻々とカレヴィの執務の時間は迫ってくる。

「もう、お願いだから邪魔しないで」

 胸の前で手を組み合わせてわたしは二人に懇願した。

「そう言われてしまいますと、困ってしまいますね」
「まあ、あまりしつこくして嫌われたら元も子もないからね。この辺で失礼するか」

 ……うん、そうして。
 出来れば、声をかけないでいてくれれば一番良かったけれど。

「それではハルカ様、お邪魔いたしました」
「ではね、ハルカ。今度は二人きりで会いたいものだね」
「それはないから」

 アーネスの言葉につっこんだけれど、彼はまったく気にしていない様子だった。
 二人はわたしに貴婦人への礼をとると、退散していった。
 ……まったくイアスまでなにしてるんだか。
 二人の気配がなくなって、ほっとしたところでわたしとカレヴィは抱き合ってキスをした。
 わたし達はしばらく桜の下でいちゃいちゃしていたけれど、カレヴィがわたしに花を贈りたいと言い出したのでひとまず離れた。
 そこでカレヴィが選んだのは、クリーム色と淡いオレンジ色の薔薇。それを基調にして、わたしをイメージして花束を作れと庭師に命じていた。
 ……そっか、カレヴィのわたしのイメージってそんななんだ。
 頬を染めて花束が出来る様子を見つめていると、やがて納得できるものが出来たらしくカレヴィは頷いていた。

「ハルカ、ほら」

 花束をカレヴィから受け取るとわたしは慌ててお礼を言った。

「可愛くて綺麗だね。本当にありがとう」

 カレヴィの中のわたしのイメージがこんななのは照れくさいやら嬉しいやらで、わたしは胸一杯になってしまった。

「おまえが気に入ったのなら良かった」

 カレヴィが選んでくれた花が気に入らないわけないじゃない。
 そう思っていたら、侍女の一人がカレヴィの傍に寄ってきてなにやら小声で呟いた。

「……残念ながらもう執務の時間らしい。ハルカ、悪いがこれで帰ろう」
「……そうなんだ。もうちょっと一緒にいたかったけど、それなら仕方ないね」

 それでわたし達はおつきの魔術師の移動魔法によって、わたしの部屋に送られてきた。

「ハルカ様、花束を生けさせていただきます」
「あ、うん」

 イヴェンヌが気を利かせて言ってくれたのでわたしは花束を彼女に渡した。
 すると、それを待っていたかのようにカレヴィがわたしの体を攫った。
 そしてわたしは何度もカレヴィにキスされる。それをうっとりと受けながら、わたしはカレヴィの背に腕を回した。
 ……でもそんな愛おしい時間も長くは続けられなかった。カレヴィには大事な執務が待っているのだ。

「……それではな」
「うん、執務頑張ってね」

 本当はずっとこのまま彼にここにいて欲しい。でも、それを口にするのはわがままだし、いけないことだよね。
 そしてわたしはカレヴィを部屋で見送ると、彼の姿が見えなくなった途端、溜息をついた。
 ……なんだか寂しい。
 うまくすれば昼にはまた会えるんだし、それで我慢しろと思うんだけど、いかんせん寂寥感は拭えそうもない。
 今までこんな風になったことはなかったのに、わたしおかしい。……それも、両想いだっていうのに。

「……カレヴィに貰った腕輪とストール出してくれる?」

 すると、モニーカがすかさず出してきてわたしに着けてくれた。
 わたしはストールの綺麗で繊細な刺繍や、金の腕輪の素晴らしい意匠にうっとりと目をやった。
 ──こんな綺麗なものをカレヴィはわたしにくれたんだ。
 そんな素晴らしいものに、今まで気にもとめなかったのをわたしは恥じた。

「ハルカ様、お花はどちらに置きましょう?」

 イヴェンヌとソフィアが花束を生けた花瓶を二人で運んで来た。

「あ……、よく見えるようにテーブルの中央において」
「かしこまりました」

 二人は小さく頷くと、テーブルの真ん中に花瓶を据えた。

「それではお茶の準備をさせていただきますわね」

 モニーカがせっかくそう言ってくれたけれど、わたしはお茶をする気が起きなかったので断ってしまった。

「悪いんだけど、しばらく一人にして貰える?」

 しばらくはカレヴィへの想いに浸っていたい。
 すると侍女三人は顔を合わせた後、笑顔になって了承してくれた。
 ……本当はこの時間に漫画を描く予定だったんだけど、たまにはいいよね。

「……綺麗」

 わたしは誰もいなくなった部屋のテーブルにつくと、カレヴィに貰った花束を見て切ない溜息をついた。

 ──カレヴィ、愛してる。

 彼にこのお返しをしたいけれど、わたしに出来ることといったらこの体で、としか思いつかず、だけどそうするわけにもいかず、わたしはカレヴィへと募る愛しさに幸せな溜息を繰り返すしかないのだった。
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